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弐/偶然にも最悪な邂逅

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 揺れる電車の波に飲み込まれる感覚を覚えた。

 乗客についてはまばらで空席がところどころ目立っている。対面になって座る席には誰も座っていない。

 どうせ短い時間しか乗らないというのに、それでも俺たちは対面席に座った。

 俺が先に席に座って、傍らにある窓を覗く。対面に座ればいいのに、皐は俺の隣に座る。そんな彼女をちらと覗けば、俺がしていたように、窓の方へと視線を移すのを感じた。

 外の風景を見ることは楽しい。

 どこか新鮮なのだ。

 電車に乗ることがそこまでない生活だったから、その景色の変化を見ることが楽しい気持ちがある。

 そんな気持に浸りながら、自分の心の憂いから視線をそらす。それでも記憶が蘇ることはどこまでも変わらないのだけど。

 昔、父親が運転していた車の中、呆然と外の景色を見つめた記憶。

 流れる景色、指を人だと見立てた遊びを繰り返して話しかけていた過去。電柱を避けたり、白い線をハードルや壁だと見立てて、指先で飛び越える遊び。どこまでも、幻想を映し出す子供のごっこ遊び。

 そんな遊びを見て、父はどんな顔をしていただろうか。……微笑んでいたような気がする。今では見ることのできない父の顔を思い出して、結局憂いから目をそらすことはできそうもなかった。

 もう、家族の顔を見ることはできそうもない。

 ほぼ縁切りとなってしまった、ということもあるかもしれないが、皐とこういう関係を選んだことに、俺は彼らに対面する資格を失ったような気がする。

 不貞を働いた母に対しても、父に対しても。

 誰にも告白できない事情。皐は名字が異なるからと、伊万里にはその関係を示したけれど、関係が身内であり、更にそれが身内に近づくほどに、それを明示することは難しくなる。

 苦しい感覚。目をそらしたいことばかりだ。

 昔を巡ることで、俺はこの感情を切り離すことができるのだろうか。

 わからない。それでも、一部の過去を見つめることで、気持ちは楽になるような気がしたから、向かうだけだ。





 懐かしい景色に意識を浸す。

 駅から降りて、空気を肺に入れる。それでなにか感慨が変わるわけではないけれど、それでも郷愁感を隠すことはできそうになかった。

「懐かしいね」と皐は言葉を吐いた。

 皐は手を繋ごうとしてくる。俺はそれを──。

 ──受け入れていいのだろうか。俺達の関係を知っているかもしれない他人の可能性を考えると、ここで彼女の手を握ることは許されるのだろうか。

 迷いが何度も反芻する。視線をそらした考え、それでも向き合い続けなければいけない倫理。

 ……意識のし過ぎなのではないだろうか。別に兄妹で手をつなぐことくらい普通のことだろう──、という言い訳を繰り返しても、自分の中で納得することができないのだから、それを受け入れることはできない。

「──翔也?」

 皐の手の甲が俺の左手に触れる。擦るように、撫でるように、彼女の肌の表面が感覚に当たる。

 わからない、わからない。

「大丈夫だよ」

 皐は、俺の考えていることがわかっているように言葉をつぶやく。

「当たり前のこと、当たり前のことなんだから」

 そうして彼女は俺の手を握った。指を絡ませて、恋人繋ぎ。さも、どうじていないような雰囲気を感じさせながら。

 ──でも、その言葉は皐自身で言い聞かせるような言い方だったのが、俺は気になってしまった。





 歩き慣れていたはずの町並み。でも、そこには変化がところどころ存在している。距離を離したのは一年くらいでしかないのに、いつの間にか閉店している店や、新しく開店したらしい場所。

 確かあったはずだった並列されていた樹木の残骸。今暮らしている町並みに存在している桜の気配を殺すような、殺伐とした空間。きっと、この状況でなければ意識さえしなかった景色のすべての残骸。

 ひどく、寂しさを覚えた。別に、俺が彼らを殺したわけでもないのに、切り倒された彼らを見て、寂しさを覚えずには居られなかった。罪悪感を覚えそうになった。

 俺がしている選択が正しいのかがわからなくなった。正しさはどこにもないことはわかっているし、俺がここで暮らしていたとしても何も変わらなかっただろうが、それでも禁忌を犯しているという理由を見出すには十分だった。

 俺がここに来たことは正解なのだろうか。これで俺は自分自身に向き合えるということにつながるのだろうか。昔を巡ることで、俺は気持ちを切り替えることはできるのだろうか。ここまで来て引き返したくなる衝動に従いたくなるのは背徳感故だろうか。

 ここまで来て引き返すことを考えている?

 そんな事実が馬鹿らしくなる気持ちと、それに従いたくなる気持ちの反復が止まらない。

 鼓動が加速している。

 胸が苦しい。

 手元にまで拍動は響いている。

 手を繋いだ彼女にまで、この脈動が伝わっていないだろうか。

 それでも、自分で選択したことだから、前を向くしかない。

 今日のことも、ここまでのことも。

 すべて、俺が選択したことなのだから。





 駅前を抜けて、しばらくまっすぐの道を行く。途中、デパートがある場所を左抜けて、またまっすぐ。

 デパートに寄ることを頭の片隅で考えたけれど、それを皐に提案することはしなかった。皐も、デパートに対して言及することはなく、喧騒にまみれている景色を、逃げるように俺たちは抜けていった。

 デパートを抜けて、郷愁を覚える感覚。それが馴染みのある場所であれば、それは心を突き抜けるほどに。

 そうしてたどり着くのは──。

「──ここだね」

 昔、彼女とよく遊んでいた、馴染みのある公園だった。
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