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伍/見えない道先の概算
5-11
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◇
原チャリを走らせて、誰よりも先に現場につく。番号で鍵のかかっている南京錠を開けた後、俺はいつもの通りに原チャリを現場の隅っこのほうに止めた。
いつもより早めに出たつもりはないが、それでも今この現場には誰もいない。それに対して心細さを覚えるものの、最初にきちんとやるべきことを自分の中で明確にしながら、俺は現場の入口の方で立ち尽くす。
そんなところで立ち尽くしていれば、数分ごとに様々な職人が入り口を通って現場の中に入ってくる。俺が立ちすくんでいる様子を見て、彼らは異様な目で見てくるが、俺はそれを無視して、ここに来るはずの恭平の到着を待つ。そうしてようやくというべきか、十数分後くらいに恭平はやってきた。
「昨日はすいませんでした」
開口一番に吐くべき言葉は謝罪だった。誠意のこもっている謝罪が必要だと思った。先に恭平が現場に来ていたのなら、少しだけ厄介なことになっただろうけれど、それでも恭平は俺よりも遅くに来てくれた。運がいいのかもしれない。そんな彼に対して、俺は深々と頭を下げた。
「……頭は冷えたのか?」
恭平は俺の瞳をしっかりと捉えながら、そう言葉を吐く。俺はその視線に報いるように見つめ返しながら、彼の言葉にうなずく。
頭は冷えたのか、実際どうなのかはわからない。だが、昨日と比べれば、思考にもやはかかっていない。どこか明瞭で、気分は優れている。昨日よりかは素直に言葉を選ぶことができるような気がする。
「大丈夫です。きっと、昨日はどうかしてたんです。本当にすいませんでした」
心の中を整理して、それでも思いつくのはそんな言葉しかない。でも、実際にそうだと思うのだ。昨日の自分はどこか憂いばかりを引きずって、どうかしていたとしか思えない。
俺の重ねた謝罪を聞いて、恭平は頭をぼりぼりとかく。どこか気まずそうな雰囲気がある。だが、それをさせているのは俺なのだから申し訳なさを反芻してしまう自分がいる。
「……まあ、なんだ。俺も何か言い過ぎたような気がするし、悪かったな」
「いや、あの時は俺が──」
「はいはい、ここで会話はいったんおしまいだ。後でいろいろ聞くことにするから、とりあえず早出するぞ。昨日お前が早くに帰ったせいで、仕事が追い付いてねえんだ」
「……あの時は恭平さんが帰したような──」
「うるせー! ともかく仕事が山積みなんだ! 働くぞ!」
照れ臭そうに笑う恭平の姿。そのまま彼は歩みを進めていき、現場の詰所のほうへと向かっていく。彼には見えないだろうが、俺はそれに対して深々と頭を下げて、謝罪、感謝の気持ちを態度で伝える。
改めて感じること。俺は周囲に生かされているということ。皐や恭平、それ以外の人間にだってそうだ。意識できないところで、いろいろな人間に俺は生かされている。
「……それなら、報いらなきゃな」
誰にも聞こえない独り言。久しぶりともいえる独り言。それを吐いたことで、どこか自分を取り戻せたような気がした。
◇
「最近の調子はどうだ?」
午前中の休憩する時間帯になり、恭平はいつも通りに話しかけてきた。昨日までの気まずさを含ませることはなく、あくまで平然とした口ぶりだと思った。
「というか、いつも聞いてますよね、それ」
「そうか? 最近は聞いてなかったような気がするけど。まあ、聞いてたとしても大概忘れてしまっているからな」
がはは、と豪快に笑う恭平の姿。ここでいつもの俺なら、忘れるくらいなら聞かなくてもいいだろう、とかそんな具合のことを考えるのだろうけれど、今日はそんなことがよぎることはない。よぎることはあっても、心の底からそれを思っているわけじゃない。
これはひとつの恭平なりの配慮なのだ。俺が彼に馴染むことができるように、去年から繰り返されているひとつのテンプレート。
「まあ、いろいろありましたよ。昨日とかは特に」
「ほう、詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」
俺は彼の言葉に微笑みながら、取り出した煙草に火をつける。煙草に火をつけて思い出すのは愛莉のこと。だから、まずは愛莉のことを話した。
幼馴染と家に泊めていること、それに少しどぎまぎ、というか動揺していること。それでも皐に支えられていることを認識して、少し、というか結構元気になったこと。
「惚気話を聞きたかったわけじゃねえんだけどな」
「……じゃあ、あとは高校の話とか」
高校については、授業はいつも通りという感じだ。仕事終わりは、正直気が抜けて集中する時間は短いものの、昨日は集中できたような気がする。……いや、愛莉のことで頭がいっぱいだったかもしれない。
高校で思い浮かぶのは、やはり伊万里と皐、俺で共同して活動している自然科学部のことかもしれない。だから、それについてを適当に話してみる。
自然科学部の運営についてを話したところで、何かが解決するわけでもない。昼間に活動する人間がいないから、自然科学部らしい活動ができないこと、勧誘活動でもしたいところではあるが、昼の部と夜の部では連携が難しいだろう、という話が出たこと。
「難航はしていますけど、結局楽しくやれていますよ。先行きは不安だけど」
苦笑交じりに俺は言葉を吐く。笑い話にもならないかもしれないけれど、俺の素直な気持ちを吐き出せたから、だいぶと楽な気持ちになる。
へえ、と恭平は関心のありそうなそぶりを見せる。うんうん、と俺の話が終わった後も頷いている。
「……なにか?」
「……いや、ひとつ思い当たることがあったりなかったりしてな」
恭平は意味ありげな言葉をつづける。
「俺の妹さ、お前が通ってる高校の、昼の部の生徒なんよ」
「……」
はい? と俺はヘンテコな声をあげてしまった。
原チャリを走らせて、誰よりも先に現場につく。番号で鍵のかかっている南京錠を開けた後、俺はいつもの通りに原チャリを現場の隅っこのほうに止めた。
いつもより早めに出たつもりはないが、それでも今この現場には誰もいない。それに対して心細さを覚えるものの、最初にきちんとやるべきことを自分の中で明確にしながら、俺は現場の入口の方で立ち尽くす。
そんなところで立ち尽くしていれば、数分ごとに様々な職人が入り口を通って現場の中に入ってくる。俺が立ちすくんでいる様子を見て、彼らは異様な目で見てくるが、俺はそれを無視して、ここに来るはずの恭平の到着を待つ。そうしてようやくというべきか、十数分後くらいに恭平はやってきた。
「昨日はすいませんでした」
開口一番に吐くべき言葉は謝罪だった。誠意のこもっている謝罪が必要だと思った。先に恭平が現場に来ていたのなら、少しだけ厄介なことになっただろうけれど、それでも恭平は俺よりも遅くに来てくれた。運がいいのかもしれない。そんな彼に対して、俺は深々と頭を下げた。
「……頭は冷えたのか?」
恭平は俺の瞳をしっかりと捉えながら、そう言葉を吐く。俺はその視線に報いるように見つめ返しながら、彼の言葉にうなずく。
頭は冷えたのか、実際どうなのかはわからない。だが、昨日と比べれば、思考にもやはかかっていない。どこか明瞭で、気分は優れている。昨日よりかは素直に言葉を選ぶことができるような気がする。
「大丈夫です。きっと、昨日はどうかしてたんです。本当にすいませんでした」
心の中を整理して、それでも思いつくのはそんな言葉しかない。でも、実際にそうだと思うのだ。昨日の自分はどこか憂いばかりを引きずって、どうかしていたとしか思えない。
俺の重ねた謝罪を聞いて、恭平は頭をぼりぼりとかく。どこか気まずそうな雰囲気がある。だが、それをさせているのは俺なのだから申し訳なさを反芻してしまう自分がいる。
「……まあ、なんだ。俺も何か言い過ぎたような気がするし、悪かったな」
「いや、あの時は俺が──」
「はいはい、ここで会話はいったんおしまいだ。後でいろいろ聞くことにするから、とりあえず早出するぞ。昨日お前が早くに帰ったせいで、仕事が追い付いてねえんだ」
「……あの時は恭平さんが帰したような──」
「うるせー! ともかく仕事が山積みなんだ! 働くぞ!」
照れ臭そうに笑う恭平の姿。そのまま彼は歩みを進めていき、現場の詰所のほうへと向かっていく。彼には見えないだろうが、俺はそれに対して深々と頭を下げて、謝罪、感謝の気持ちを態度で伝える。
改めて感じること。俺は周囲に生かされているということ。皐や恭平、それ以外の人間にだってそうだ。意識できないところで、いろいろな人間に俺は生かされている。
「……それなら、報いらなきゃな」
誰にも聞こえない独り言。久しぶりともいえる独り言。それを吐いたことで、どこか自分を取り戻せたような気がした。
◇
「最近の調子はどうだ?」
午前中の休憩する時間帯になり、恭平はいつも通りに話しかけてきた。昨日までの気まずさを含ませることはなく、あくまで平然とした口ぶりだと思った。
「というか、いつも聞いてますよね、それ」
「そうか? 最近は聞いてなかったような気がするけど。まあ、聞いてたとしても大概忘れてしまっているからな」
がはは、と豪快に笑う恭平の姿。ここでいつもの俺なら、忘れるくらいなら聞かなくてもいいだろう、とかそんな具合のことを考えるのだろうけれど、今日はそんなことがよぎることはない。よぎることはあっても、心の底からそれを思っているわけじゃない。
これはひとつの恭平なりの配慮なのだ。俺が彼に馴染むことができるように、去年から繰り返されているひとつのテンプレート。
「まあ、いろいろありましたよ。昨日とかは特に」
「ほう、詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」
俺は彼の言葉に微笑みながら、取り出した煙草に火をつける。煙草に火をつけて思い出すのは愛莉のこと。だから、まずは愛莉のことを話した。
幼馴染と家に泊めていること、それに少しどぎまぎ、というか動揺していること。それでも皐に支えられていることを認識して、少し、というか結構元気になったこと。
「惚気話を聞きたかったわけじゃねえんだけどな」
「……じゃあ、あとは高校の話とか」
高校については、授業はいつも通りという感じだ。仕事終わりは、正直気が抜けて集中する時間は短いものの、昨日は集中できたような気がする。……いや、愛莉のことで頭がいっぱいだったかもしれない。
高校で思い浮かぶのは、やはり伊万里と皐、俺で共同して活動している自然科学部のことかもしれない。だから、それについてを適当に話してみる。
自然科学部の運営についてを話したところで、何かが解決するわけでもない。昼間に活動する人間がいないから、自然科学部らしい活動ができないこと、勧誘活動でもしたいところではあるが、昼の部と夜の部では連携が難しいだろう、という話が出たこと。
「難航はしていますけど、結局楽しくやれていますよ。先行きは不安だけど」
苦笑交じりに俺は言葉を吐く。笑い話にもならないかもしれないけれど、俺の素直な気持ちを吐き出せたから、だいぶと楽な気持ちになる。
へえ、と恭平は関心のありそうなそぶりを見せる。うんうん、と俺の話が終わった後も頷いている。
「……なにか?」
「……いや、ひとつ思い当たることがあったりなかったりしてな」
恭平は意味ありげな言葉をつづける。
「俺の妹さ、お前が通ってる高校の、昼の部の生徒なんよ」
「……」
はい? と俺はヘンテコな声をあげてしまった。
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