【完】婚約破棄&処刑されて転生しましたけれど、家族と再会し仲間もできて幸せです。[ ご令嬢はいつでもオムニバス1〜5 ]

丹斗大巴

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第5部 悪役令嬢の厄落とし! 一年契約の婚約者に妬かれても、節約して推しのライブ予約してあるので早く帰りたい。だめなら胃腸薬ください!

容子は眠らない

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 カーテンの向こうからうっすらと光が透けてきた。

「 ♪ いつ認めるの My favorite…… パーフェクトな ありのままを……
 わたしが君のライフセーバー…… 照れていないでこっち見て……!   
 ああ、だってそう~…… 気になってるんでしょう~…… Love so sweet! Yeah!…… ♪ 」

 うわぁ……、朝か……。
 こんなに泣いたの新記録だよ……。
 ライフセーバーをエンドレスで歌い続けて、もう喉はカラカラ、声はガサガサ、鼻はパンパン、目は百万回蜂に刺されたみたいにブクブクに腫れている。
 ああ、やばい……。
 なんで? なんでもう夜明けなの? 時間が過ぎるのが早すぎるよ。
 このまま時間が止まればいい。
 今夜六時半が永遠に来なければいいのに。

「お……っ、お嬢様……、まさか、一睡もしておられないのですか……?」

 いつもの時間になってヘティがやって来た。
 気を使って、あれこれ世話を焼いてくれる。
 いや……、もういいんだよ、ヘティ。

「私のことより、出発の準備はしたの?」
「えっ……!? こ、このような状態のお嬢様を置いて発つことなどできません」

 いやいや、なに言ってるの。
 日本に帰る呪文が嘘だった以上、冷静に考えて、私に今できることはなにもない。
 正直、部屋の窓から飛び降りてもう一度頭を強打すれば、と何回も思った。
 一晩のうちに十回以上は窓の桟に手を掛けた。
 でも、そんなことをしたら、一番世話になったヘティに確実に迷惑をかけることになる。
 それに、謝罪を受け入れてくれたマーガレットにも。
 恩義を仇では返せない。
 もしやるのだとしたら、誰にも迷惑のかからない場所で、確実に、最も日本に帰れる可能性の高い場所を選ばないと……。
 ぎりぎりのぎりぎりのところで、理性の糸が切れないで済んでよかったと思う。
 
 今日、日本に帰れなくても、三か月後の王宮夜会のときには大腕を振って大階段に行くことができる。
 入れ替わった場所と同じ場所で頭を打てば、恐らく元通りになる可能性が一番高い。
 始めからそうしておけばよかった……。
 始めから……目標を王宮の大階段にしておけば……。
 そう思うと、いったん止まったはずの涙がまた滲んでしまう……。

 デコラム領から王都まで馬車で七日。私にオリンピック選手並みの馬術が備わっていたとしても、馬で駆けて三日はかかるそうだ。
 なんでなのよ、魔物が出てくるファンタジー世界なら、魔法の絨毯やテレポーテーションくらいあるでしょうよ! なければ嘘でしょ!……と思ったが、そうそう都合のいいものはないらしい。もうまったくの万事休すだ。
 初手からが悪手だった。取り戻しようがない。
 
 今夜ライブが始まる六時半が来るのを、私はただじりじりと待つことしかできない。
 そして、ツノ様がファンのみんなのために一生懸命に歌って踊って輝く様を想像しながら、ライブが終わるそときまで、この知らない国の知らない場所で私はただ、唇をかみしめて待つことしかできないのだ……。
 これよりひどい地獄なんか、地獄にもないと思う……。

 ここから先せめてできることといえば、今度は確実に、そしてできるだけ早く日本に帰り、今日のライブの記録映像を入手すること。そして、ファンのみんなのSNSを掘りまくって、ライブがどんなだったのか、ツノ様がどんなに素敵で、どんな言葉を話し、最後にファンのみんなになにを伝えたのかを知ること。フリマサイトで転売されていたらファングッズを買いあさること。ツノ様のSNSをまた最初から、そして最後まで全部読むこと。……

 今より最悪なんてないと思う。
 本当に、今日は人生で最悪の一日だ。
 だけど、私の人生のプラマイ指数がマイナス一億万点だったとしても、ヘティにはそれは関係ない。
 それに、今まで私に親切にしてくれたヘティがちゃんと約束通り実家に帰って休めるなら、マイナス一億万がほんの少しだけプラスに盛り返すと思う。
 
「ヘティ、今日が約束の四十五日目だよ。明日ちゃんと実家に帰れるように準備してね」
「えっ、そんな、お嬢様……!」

 いやいや、十年以上仕えてきた相手だからって、そこまで他人のことを心配し過ぎるのはよくないよ。
 仕事はあくまでも仕事だし、ヘティにとって私はたった二カ月のつきあいだし、それに、ある意味ではこれはヘティにとって幸いだったはず。
 昨日私がベアトリスに入れ替わっていたら、ベアトリスはヘティが帰省するのを断固拒否するかもしれない。
 私がまだここにいて唯一よかったのは、それかもね。
 だから、ままならないことばっかりある人生の中にあっても、自分が誰かになにかを施せる機会があったときには、ちゃんと約束は守りたい。
 恩を返して、義理を果たしたい。
 
「あっ、マーガレットにはもう馬車を出してもらえるように昨日言ってあるから。明日は朝一で出発するといいよ」
「お嬢……、ヨ、ヨウコ様、それではヨウコ様が……っ」

 子どもの頃病弱だった私は、人生が本当にままならないということを嫌と言うほど味わってきた。
 病院には私のように、悪いことなんてしてないのに神様から難病を与えられる子がいて、抗がん剤や副作用の激しい薬に一生懸命耐えて頑張っていたのに再発する子がいた。そこには、頑張ったぶん報われるなんて理屈もなくて、退院できずにそのままベッドから消えていってしまう子もいた。
 自分の力ではどうにもならないことは、世の中の誰にでも、どこにでも、無数にある……。どうして私ばっかり……。そう思ったけど、私ばかりじゃない。
 だからこそ、自分でどうにかできることで人に喜んでもらえるなら、私はそれを選びたい。
 
「お願いヘティ、こんな顔だと説得力ないかもしれないけど、ヘティだけでも予定通り休暇を取って家族と心ゆくまで過ごしてくれたら、私も嬉しいんだよ」
「ヨウコ様を置いて私だけが休むなど……」
「それなら、お休みは私のためだと思って羽を伸ばしてきてよ。あっ、休みの日は仕事のことなんか考えちゃだめだよ。オンオフの切り替え大事にしないと。人生は有限だよ」

 心配そうなヘティに私は無理やり強張った頬を引き上げて笑って見せた。いくらベアトリスが美貌に恵まれているとはいえ、きっと無様な笑顔だろうな。
 私はやや強引にヘティを説得し、ついでに旅支度の際ヘティに準備させた帽子の箱を取ってこさせた。

「今日はこれをお召しですか?」
「ううん、これはヘティが実家に帰るとき渡そうと思って。ヘティにはこのブルーグリーンのリボンが似合うと思って私が選んだんだけどどうかな?」

 帽子の箱の中には、おそろいのリボンがついた絹の手袋も入っている。驚き顔のヘティが、ちょっとためらいがちに嬉しさを押しとどめている。いやぁ……ねえ、本当なら、お互い満面の喜びの笑顔でこの帽子の贈っているはずだったんだけどね。
 ほんと、人生って思い通りに行かないね。

「こんなにして頂いて本当によろしいのですか……?」
「うん、この帽子を被ったら、ベアトリスのことも私のことも一旦頭からきれいさっぱり忘れること。私のことなら本当に気にしなくていいから。こうなってしまった以上どうせ、私にもヘティにもできることはしばらくないもん」

 ……なんて、ヘティの前ではかっこつけたけど、本当はそんなきれいさっぱり気持ちを切り替えられるはずもない私。でも、これ以上くよくよしているところを見せると、やっぱり残るとか言いだしちゃうかもだから、ヘティの前でだけでも笑顔でいるようにしよう。

「お嬢様、朝食はいかがいたしますか? こちらに運ばせた方がよろしいかと存じますが」
「あー……、えーと、泣きすぎて実はまだ胸がいっぱいなの。あったかいお茶なら。あ、あと胃薬」
「空のお腹に胃薬はあまりよくありません。もう少し効き目の優しい胃腸薬があるかどうか、聞いてみましょう。それから、お顔を少し冷やしたほうがようございますね」

 さすが、できる侍女ヘティ。
 ……本当は……、ヘティにそばにいて欲しいよ……。
 私にとっては、薬よりヘティがいてくれた方が安らぐ。
 でも、返せる恩は返せるうちに。
 ベアトリスが戻ってきたら、暴虐悪役令嬢に元通りかも知れないからね。
 ヘティがそっと私を振り返った。

「あの……、エバン様のことはどうなさるおつもりでしょうか……?」

 一瞬で、私の胸の中に吐き気とも怒りともつかない嫌なものが吹きあがった。
 うっ……。名前を聞いただけでこれか……。
 胃になにも入ってなくてよかったな。
 気を付けよう。
 エバンの顔を見たら、吐くかもしれない。

 正直、エバンの酷い嘘については、心底、心底、本当に心の底から、許せない。
 この手で殴り飛ばしてメタメタにしてやりたい。
 ううん、それでも足りない。足りないわ、ばかやろうっ……!
 でも、ベアトリスとエバンのこれまでの関係性からしたら、エバンがベアトリスの姿そのものをしている私を信じず、そればかりか嘘をついてこらしめてやろうと思ったのは、ごく当たり前の心理にも思う。
 いや、だからって許したわけじゃない。
 許せるわけじゃない。
 許せるわけなんかない。

「別にどうもしない……」
「え、でも、それでは……」
 
 ヘティは私の気持ちに寄り添ってくれるけど、今さらエバンに関わったところで、なにか得があるわけではない。
 エバンのことははっきりいって、どうでもいいのだ。
 ああ、ただ……。
 私は思い出したようにベッドサイドに置いてあった、ベアトリスへの手紙を手に取った。

「ベアトリスにはエバンはそう悪い人じゃないから、心を開いて歩み寄ってみたらって書いたけど、改めて、エバンについてはよく注意して付き合いを考えた方がいいみたいって、書きなおす」

 それだけ。
 ベアトリス、あとはあなたに任せるわ。
 嘘つき同士仲良くなのか悪くなのか知らないけど、あとはふたりでやってちょうだい。



***
(エバン視点)



「困りましたなぁ……、ベアトリスがあないな様子では、話もできまへん」

 昨日から部屋に閉じこもってしまったベアトリス……の体の中にはクスモト・ヨウコの魂が宿っていて、正確には、閉じこもってしまったのは恐らくヨウコだ。
 朝食の席に顔を見せなかったため、デコラム子爵夫人が様子を見に行ったらしい。話では朝食にはいっさい手を付けずに胃腸薬だけを飲んだらしいから、きっと確かだろう。粗食、小食を好むのはヨウコの方だからだ。

「マーガレット、とにかく、彼女を連れ出すことだけでもできないのか?」
「散歩でもどないって誘うてはみたんやけど……」

 デコラム子爵夫人は朝からベアトリスのあの日記帳を手にしている。どうやら、ふたりの過去について、互いに話す約束をしていたらしい。
 ヨウコのおかげで、姉妹の軋轢が解消されその溝が埋まろうというそのときだったのに、俺の嘘のせいでぶち壊してしまったようだ……。
 俺のついた、あの酷い嘘のせいで……。

「エバン殿」
「……はっ」

 デコラム子爵に声をかけられて、我に返った。

「昨日、君とベアトリス嬢にはなにがあったんだ?」

 まっすぐに向けられた視線に、情けなくも下を向いてしまった。
 自分のした行いのせいでヨウコを傷つけたことを、昨日俺は素直に打ち明けることができなかった。尊敬するデコラム子爵に呆れられたくなかったのだ。
 それと同時に、ベアトリスが今ここにはおらず、かわりにいるのはヨウコという別の人格だということも話さなくてはならない。
 その確信を得たのが昨日だというのに、いや、本当は今だってそうでなければと願っている自分がいる。それを口にするのが苦しくて、俺は逃げていた。
 だが、もはや隠し立てを続けることなどできないことはわかっている。
 ベアトリスは今いない。
 いるのは、ヨウコなのだ……。

「そ、その、信じて頂けないかもしれませんが、今、ベアトリスは……」

 ぎゅっ、と拳に力を込めた。
 長年手を取り合えなかった妹と邂逅で来た喜びを、再び夫人から奪ってしまうことになる。
 妻の喜びを自分のものとしていたデコラム子爵。ベアトリスとの仲も応援してくれた。それなのに。
 俺は幻滅されるだろう。
 だが、すでにヨウコに幻滅された俺だ。
 今の俺に一体なにができるだろう。
 このふたりに本当のことを話して、なにが変わる?
 だが、真実を打ち明けることで、本当の姉妹が、もう一度、今度こそ本当に互いに手を携さえるのなら。
 自分が今すべきことは……、真実を口にすること、それだけだ。

「ベアトリスは、今、ヨウコという別の女性なのです……!」

 思い切って言い切ったあと、そっと顔をあげると、目を丸くした夫妻が黙って私を見ていた。
 まるで、珍妙な獣でも見たときの様子だ。きっと俺も同じような顔をしてヨウコを見ただろう。今さらながら、ヨウコの立たされていただろう頼りない立場を感じ入る。
 信頼を得るべくして次の言葉を探した、そのとき、夫人の口から驚くべき一言が発せられた。

「なんでエバン様が、その名を知ってるん?」
 
 ――えっ……?
 聞き間違いかと思ったが、夫人の言葉は確かにその通りだった。
 夫人に問われるままに、俺はヨウコとの出会いから今日までのことをすべて打ち明けてた。

「せやったん……。それは、エバン様もご苦労さんどしたなぁ」
「い、いえ、私は……」

 夫人とデコラム子爵が互いに顔を合わせて、なにか考えている。
 というか、逆にどうして夫人は、ヨウコのことを知っているんだ……?

「そ、その、一体……?」
「ともかく、エバン様がベアトリスをここへ連れてきてくれはって、ほんまよかった。今宵は新月や。間に合わへんところやった」
「えっ、間に……? あの、まさか……ですが……」

 ふいにデコラム子爵が口を出した。

「マーガレット、先に黒はん達に話をした方がいいのではないか?」
「そうどすなぁ。黒はんより、話を聞かなあかんのは白はんや」

 クロハン……、シロハン……?
 だ、誰だ……?
 しかし、今夫人は確かに間に合わないところだった、と言っていた。
 ひょっとすると、ヨウコの言っていたライブ、とやらにまだ間に合う、そういう意味なんじゃないのか……?
 だとしたら……!

「デコラム子爵夫人、その、今お話しの方に聞けば、ヨウコは元の世界に戻れる、そういうことでしょうか?」

 困ったように頬に手をやって、夫人がコテンと首をかしげた。
 う……。この仕草は貴族の女性が返答に困ったときによく見せる仕草だ。
 簡単にいえば、紳士であれば、これ以上聞いてくれるな、という意味だ。
 デコラム子爵が代わりに応える。

「エバン殿は、帰還の呪文があると嘘をついたことで、彼女の信頼を失ったのだろう? 今君が働きかけても、彼女が素直に聞いてくれるとは思えない」
「た、確かにそうですが……」
「ここはマーガレットに任せて、君は静観しておくのがいいように思うぞ」
「……」

 は、反論の余地がない……。
 だが、今からでも間に合うのなら、ヨウコの願いをかなえてやりたい。
 滅ぼせる罪なら償いたい……!
 俺はまだ、ヨウコに嘘をついたこと、傷つけたこと、信じなかったこと、まだなにひとつ謝れていない。
 いつかヨウコが自分で言っていた。傷つれられた方は辛いままなのに、傷つけたほうは謝って自分が楽になりたいだけだと。
 ああ、今まさに、こんなに苦しむくらいなら、どうして嘘なんか……。
 ……だから、だから、嘘は嫌いなんだ!
 今、ヨウコのためにできることがあるのなら、俺はどんなことだってするつもりだ。
 
「お願いです……っ、私にできることがあるなら、どうか教えてください!」

 もはや考える間もなく頭を下げていた。
 頭の中ではこれまでにヨウコが見せた、あの笑顔や明るい声がくるくると巡る。
 あのときのようにまたヨウコが笑い、楽しそうに異国の思い人について語らうことができるのなら、俺は今どんなことだってする。
 俺の義にかけて、そうすべきなのだ。

 夫人の微かなため息が聞こえた。

「そやなあ……。そしたら、今宵の新月の入りは夕方五時ごろや。それまでに、ベアトリスを目的の場所まで連れていってもらえるやろか?」
「は、はいっ!」

 一も二もなく答えた。デコラム子爵がやや心配そうに夫人の方を見たのがわかった。

「マーガレット……」
「エバン様はタルカット連邦のお方や。多分、白はんがあとはなんとかしてくれる思います」

 シロハン……、その人物が鍵を握っているのか……。
 それで、目的の場所、それはいったいどこなんだ……?

「フンッ、ご冗談を」

 客室のドアの前で、ヘティに侮蔑を含んだ失笑をされた。
 昨日まで侍女として礼儀正しかった彼女が初めて見せる無礼だったが、当然だろう。主が傷つけられて怒らぬ従者などいるはずもない。

「お嬢様はご加減が優れず、とても外に出る気分ではございません」
「だ、だからこそ、少し外の空気を、遠乗りを、と申している!」
「ですから、今はお会いになれません」

 ――バタンッ!
 鼻先でドアを閉められた。哀れみまじりの視線が背中に痛い。

「も、申し訳ありません……」
「マーガレット。やはりエバン殿には大人しくして置いてもらった方が……」
「うーん……、思った以上にこじれてもうとるみたいやなぁ……。しゃあない、ほな、白はんにいっぺん相談してみよか……」

 はあ……。自分のしたことの報いだとはいえ、立つ瀬のない立場は辛いものだ。
 あのドアの向こうでは今もヨウコが泣いているのだと思うと、胸が痛い……。

「なにをしている、エバン殿、行くぞ」
「はっ、はい!」
「わけあって、途中からこれをしてもらう」
「はい?」

 デコラム子爵から手渡されたのは、白い布。

「これで、目隠しをしてもらう」

 ――えっ!?
 そのなにがしハンなる御仁は、目隠しをして会わなければならない相手なのですか……!?
 


 
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