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第一章<王となる者の定め>
騎士とケダモノ王子2
しおりを挟むランドルフに凌辱された翌日。早朝に騎士団長が部屋を訪ねてきた。
騎士達は城の敷地内にある屋敷にて個室をあてがわれているものの、共同生活には変わりがないので、こうして突然部屋を訪ねてくる者もいる。
だが、騎士団長が直接顔を出すのは珍しい。
アルノルトは注意深く様子を伺いつつ招き入れた。
白髪交じりの短い髪を手の平でなでつけながら、騎士団長は座りもせずに淡々と告げた。
「お前が今日から騎士団長だ」
「は?」
今、なんて言ったのだろうか。
背筋がぞわりとわななくのを感じつつ、疑問を口にする。
「私が騎士団長に? 何故です? こんな突然」
「黙って受け入れろ。必要事項は後程まとめて伝える。以上だ」
「待って下さい!」
吐き捨てて立ち去る姿はまるでふてくされているようで、いつもの冷静沈着な騎士団長からは想像もつかず、愕然とした。
――いったい何があったんだ……?
疑問の答えは早々に得られることとなる。
身体を蹂躙されたあの後、どうにか身体を綺麗にして一眠りはできたものの、全身の怠さは残り、朝の鍛錬をさぼってしまい、一人食堂の隅で朝食のパンとスープを口に押し込んでいると、人の近づく気配がして顔を上げた。
目の前の椅子にどかりと座ったのは――金髪青目の鋭い目つきの男。
軽装姿のランドルフが、アルノルトをにやつきながら見据えている。
「殿下」
「よく眠れたか?」
「……っ」
パンを持つ指が震えているのが分かる。昨日、自分は目の前のケダモノに身体を蹂躙された。
その恐怖が肉体に刻まれているのだ。
思わず視線を逸らすと「はい」とだけ返事を返す。
ランドルフは鼻で笑って、アルノルトの皿にのったパンを掴むと乱暴に口の中に放り込んだ。
雑な動作で咀嚼すると、やはりアルノルトの分の水入りの杯を取って中身を飲み干す。
「はあ……もう話は聞いたか?」
「私が、騎士団長という話ですか」
「そうだ。お前は今日から騎士団長及び、俺の側近として常に傍にいろ」
「常に、ですか?」
「ああ……もちろん夜の相手もしてもらうぞ?」
「!」
――夜の相手。
その言葉に、胸の疼きとさらに中心が熱を持つのを感じて生唾を飲む。
ランドルフが肩を揺すって嗤う。
「なんだ、俺にヤられた時を思い出したのか?」
「そ、それは」
顔を背けて、膝の上の手の甲を見つめて黙り込んだ。
肌に張り付いたランドルフの手の平の感触と熱が、触れられてもいないのに、まとわりつくように全身を這うような感覚に陥る。
浅い呼吸を繰り返し、瞳を閉じて世界を遮断した。
「……アルノルト、俺を見ろ」
「……っい、嫌です」
「目をあけろ!」
「――っ」
胸ぐらを掴まれてしまい反動で目を開けると、目の前にランドルフの顔が迫っていた。
「アルノルト!!」
唇が触れそうな――寸での所で誰かの呼びかけに身を竦める。
「あ……」
「チッ」
ランドルフが胸ぐらから手を放した後方から、呼びかけた者が駆け寄ってくるのが見えた。
第二王子――ランダリルだ。
アルノルトとランドルフを交互に見やると目を丸くする。
「邪魔をしてしまい申し訳ありません、兄上」
「いや、良い。アルノルトに何の用だランダリル」
第二王子ランダリル。彼はアルノルトによく話しかけてはたわいない会話を楽しんでいる様子なので、ついアルノルトも長話しに付き合ってしまうのだ。
ランダリルはアルノルトに明るい顔で語りかけてきた。
「騎士団長になったと聞いて。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「お前、まさかそんな事を言うためだけに、わざわざ食堂に来たのか?」
「兄上だってそうでしょう? アルノルトを騎士団長にと推奨したのは兄上だと大臣から聞きました」
「ああ。まあな」
ぶっきらぼうに答えるランドルフが席を立つと、アルノルトを一瞥して口元を吊り上げてみせる。
その表情に心臓が跳ねてアルノルトは唇をきつく閉じた。
残されたアルノルトに、ランダリルは様子を伺うようにしばし視線をよこしていた。
同日の午後、ランドルフに呼ばれて顔を出したアルノルトは、自分が団長となった件について抗議をした。
騎士団長は若干の衰えを見せてはいたものの、団長としての能力は申し分ない。
副団長の己が団長として腰をすえるのはまだ早い。
そうランドルフに申し伝えても無下にされるだけで、まったく通じなかった。
それどころか、今後のランドルフの進退について勝手に相談してくる始末である。
強制的に茶を飲まされつつ、何故かランドルフの即位についての思惑について語られていた。
「お前も知っての通りだが、我が国は例え血を分けた兄弟であろうとも、力を持って王の座を奪うのが伝統だ」
「はい……」
屈強な体躯を椅子に預けた姿は窮屈そうで、もう片方のふとももに足先を乗せてみじろぎつつ言葉を紡ぎ続ける。
「俺は馬鹿真面目に決闘などという形式を取るつもりはない」
「と、言うと?」
「どうせなら戦に紛れて首を取ろうと思ってな」
「戦中にですか」
「そうだ」
どうやらランドルフは本気の様子だ。
実の兄弟を手に掛けて、王の座を確実にするつもりのなのだ。
この残酷な男ならばあり得る話だ。
ランドルフの剣の腕やその頭の良さは、自他共に認める所なのだが、その人間性には誰もが顔をしかめる危うい部分がある。
純粋な子供のようでいて、冷静に利益を求める顔も見せる。
この男の危うさは、国や民にどのような影響を与えるのかは計り知れない。
アルノルトはそっと顔を振ると考えを述べた。
「あまり得策とは言えないかと」
「気にくわんか? ならば、俺がどうれば王の座に確実につけるか考えろ」
「ランドフ様は、長兄です。自ずとそうなります」
「本気で言っているのか? ならば見当違いだな。民が王になるのを望むのは、ランダリルだろう」
「……」
「そして父上もな」
アルノルトは脳裏にランダリルの事を思い浮かべて唸る。
――確かにランダリル様は、優しく気高い人格者であり、民からも好かれている。陛下からの信頼も厚いと感じられる。
陛下のランダリルを見つめる目は、どの息子達に向けるまなざしよりも温かい。
この国のしきたりについて憂いを感じているのではないか。
ランドルフの疑問に答えを出せぬまま、アルノルトは部屋を後にした。
その際に、自分の考えを誰にも漏らすなと釘を刺されて。
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