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第一章<王となる者の定め>
騎士とケダモノ王子5
しおりを挟むアルノルトとランドルフの噂が囁かれるようになり、恐らく陛下の耳にも入っているだろうが、誰も直接訊ねようとはしない。
ランドルフの気性を考えれば仕方ないだろう。
今日は朝から騒がしいが、第三王子エイドリックの誕生日祝いの祝宴が開かれる為だ。
アルノルトは騎士団長として護衛を務める事になっているのだが、ランドルフには祝宴の席に同席するように命令されており困り果てた。
どうしたものかと副団長と共に守備を確認しいるところに、ランダリルが様子を見に来た。
祝宴の開かれる城の最上階への通路や、外側からの侵入に備えて窓や扉をくまなく確認して、念のため白魔術師達に結界を張らせている旨を説明する。
上質な白地の生地に朱の刺繍をあしらえた衣装を着込み、やわらかく膨らんだ袖に腕を通しているせいか、普段より幼く見えた。
アルノルトはいつもの鎧姿である為、もし祝宴に出るなら着替えるようにと助言をされる。
城内の階段を歩きつつ、副団長が見守る中で言葉をかわす。
「それは、ランダリル様は私が祝宴に顔を出すことを容認されているという事でしょうか」
「ああ。兄上も望んでいるし」
「しかし本日は第三王子エイドリック様のお祝いです。エイドリック様のご意向を確認すべきでは」
「エイドリックは反対しないよ。兄上の機嫌をそこねるのが怖いんだ」
「はあ」
踊り場で足を止めて向き合う形で話を続ける。ランダリルは瞳を細め、手すりをさすりつつアルノルトを見据えた。
「兄上の事をどう思う?」
「どう、とは?」
「お前は兄上を傍で見てきた数少ない臣下だ。様々な逸話は知っているだろう」
「……」
アルノルトの脳裏にはある事件が思い浮かんでいた。
――ランドルフが十八歳だった頃、火災の事故があった。
王室の一部が燃えてその際に妃がひどい火傷を負ってしまったのだ。
よりにもよって顔を負傷してしまい生涯癒えぬ傷が残り、精神的に不安定になってしまい、引きこもるようになり、そのまま衰弱死してしまったのである。
「母を襲った炎は、間違いなく兄上の火だ」
「ランダリル様……」
「あの場で兄上の姿を見た者はいないようだが、その炎は魔の炎だったと聞いた。だから、傷を癒やす事はできず、生涯の傷跡が残されてしまったんだ」
「……ランダリル様は、ランドルフ様を疑っているのですか」
「信じたくはないよ。けれど、この心が確信しているんだ」
「はっきりとおわかりになると?」
「ああ。そんな兄上が国を統べる者になるとしたら、行く末が不安にもなるものだ」
アルノルトは視線を彷徨わせると腕を組んで考え込む。
通常の感性を持つ者ならば、ランダリルを即位させるべきだと思うだろう。
穏やかで民からの信頼も厚く、頭の回転も早い。
ランダリルならば、うまくこの国をまとめるに違いない。
――だが、心配な点はある。
ランダリルはその穏やかさ故に侮られているのだ。
我が国は、かつてこの世界にはびこっていた魔の者達を力によって西の大陸へと追放し、繁栄してきた歴史を持つ。
初代国王は絶大な炎の魔力を抱き、建国して五百年経つ今でも恐れられている。
――その初代国王に匹敵するほどの魔力を秘めているランドルフ様は、その存在だけで他国への牽制となっているのだ。
ランドルフが王につけば他国との戦は劇的に減るだろう。
ただし、武力を持ってしてだが……。
アルノルトはランドルフが暴力で国を支配する、血濡れた幻影が脳裏に浮かんで身震いする。
顔を振って腕を解き背中を壁にもたれさせた。
「アルノルト、大丈夫か?」
「あ……申し訳ありません……」
「万が一の時は兄上を頼む」
「ランダリル様」
肩に手を置かれて青い目を覗き込むと、湖面のように揺れていた。
それからエイドリックの誕生祝いの祝宴は滞りなく進み、食事も終盤を迎えた頃、同盟国の各国の要人の視線がランドルフに向けられているのに気付く。
と、いうのもランドルフに要人の一人が声をかけたのがきっかけだ。
小太りの中年――同盟国ゼログの大臣が先日の魔獣退治の件を褒め称えている。
アルノルトは祝宴の端の席にて様子を見守っていた。
「さすがバルテオ初代国王ハインツ様の生まれ変わりと言われるだけあって、すさまじい炎の魔力ですな! これは国王となるのはランドルフ様で決まりですかな?」
「……ペレオ、いい加減口を閉じろ」
「はっ、これは申し訳ございません余計な話を」
注意を促すのはゼログ王太子ドレアスだ。短く切りそろえた黒髪に赤く鋭い目つき。爬虫類を思わせるような顔つきだが、均衡が取れており、一度見れば忘れられない顔立ちをしている。
ランドルフが杯に並々と注がれた赤い酒を一口飲み軽く笑う。
「お褒めの言葉、恐縮です」
「……っ」
祝宴の中心にいるエイドリックが、ペレオを睨み付けて勢いよく酒が入った杯を胃に流し込むと乱暴に卓に置く。
隣で様子を伺っていた現国王オスヴァルドも眉根をひそめている。
それからの祝宴の状況はエイドリックそっちのけて、ランドルフの話題ばかり上がった。
その話題を口にするのは、ペレオを注意した筈のドレアスだ。
ランダリルは傍観に徹しており、時々相づちをうちつつ、酒をちびちびと飲んでいるだけだった。
アルノルトは終盤で祝宴に参加したので、開始当初の様子は知らないが、恐らくエイドリックは不機嫌な状態で祝いの席で顔をしかめていたであろう。
ついため息を吐くと急に名前を呼ばれて顔を上げた。
「おいアルノルト」
「は? はい!」
呼びかけたのはランドルフだ。
顎で席を立つように命令されてひとまず腰を上げる。
要人達の視線が集中し、緊張の最中挨拶の言葉を発した。
「本日は、我がバステオの第三王子エイドリック様の誕生祝いの席にお集まり頂き、ありがとうございます。私は本来であれば、この場にいるべきではない者ですが、ご厚意で参加をさせて頂いております」
あえて誰の意向で出席となったのかは言わない。それがランドルフは気にくわなかった様子で、口を挟んできた。
「このアルノルトは、つい先日騎士団長として就任したばかりでいささか緊張しているようです。彼は今後は私の片腕としても活躍をしてもらうつもです」
「――ランドルフ様!?」
何故この場でそんな話をするのだろうか――視線を要人達に向けると、何故かペレオが口元を吊り上げていた。
アルノルトはその様子に違和感を感じて胸騒ぎを覚える。
この祝宴、何か裏があるに違いないと。
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