陰陽師盲愛奇譚

彩月野生

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一章【鬼神に取り憑かれし者】

九話

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 花祭りは何ごともなく最終日を迎え、いよいよ陰陽師達が舞を披露する時となった。
 舞は重要な儀式であり、祭りの中心の場となっている、神泉苑にて行われる。

 貴族を中心に招かれ、天皇がお出ましになる為、主催する陰陽師は細心の注意を払わねばならないが、式神を使役すれば大事には至らない。

 特に英心は、清明と同等に式神を使役する事に長けている為、帝、貴族、平民の信頼は厚い。

 それに比べて――と悪口を言われているのは、他ならぬ泰正である。

 神泉苑の桟敷に集まった貴族達が、陰陽師の舞を待つ間、泰正の話題で盛り上がっていた。

「視素羅木殿には困った者ですなあ。何故、式神を使役しないのかほとほと分かりませねなあ」
「事情があると言われてはおりますが、来年の花祭りは不安しかございませぬ」
「……やはり、あの噂な真なのでしょう」
「恋した女子を手に入れる為に、式神を使役したら、呪われたという話ですかな?」

 そんな貴族達の“師匠の悪口”が、酒を運ぶのを手伝っていた千景の耳に届き、思わず文句を言いかけたら、どこからか澄んだ声が響いて視線を泳がせる。

「皆様、退屈をされている様で、大変申し訳ございませぬ」

 桟敷の傍にひらりと舞い降りたのは、鳩から女人へと変身した英心の式神“結縁(ゆえ)”であった。
 彼女は天女の如く美しいと貴族に評判であり、まとう衣も、紫と桃色の艶やかな彩色であり、細身の身体を柔らかく包んでいる。
 貴族の誰もが顔を輝かせて声を上げた。

「これはこれは結縁殿!」
「姿を拝見できるとは!」

 千景は、喜色満面の貴族の男達の、だらしない表情にあきれてため息をつくと、結縁と目があって微笑みを向けられたので、会釈を返す。

 ――こういう時に、式神は助かるわ。

 千景は空の瓶子を下げて、空を見上げた。
 雲一つない空は、まさに花祭りの最後を飾るにふさわしい日和である。
 満開の桜の花びらが、青によく映えた。

「綺麗」


 泰正は、普段よりも上質な生地であつらえた、舞の為に用意した紺色を基調とした狩衣に袖を通し、立烏帽子を被り、姿見の前で姿勢を正す。
 式神が使えたなら、もう少し手際よく着付けができるのだが……と、狩衣の腰帯がずれているようだ。

 手直しをするがなかなか締まりが悪く、苦戦していると、戸を叩く音が聞こえてきて焦って返事を返す。

「もう少しなので、少々お待ちを!」
「ならば、手伝いましょう」
「その声は……」

 部屋に入ってきたのは、紫倉宮英心である。
 英心は何食わぬ顔をして、泰正の背後に周り、衣装に触れて、帯を締めるのを手伝ってくれた。

 こうして衣服越しに触れられるのも、緊張感に包まれる。

「助かる、すまんな」

 泰正は素直にお礼を伝えて頭を垂れた。

「なんの。貴方は昔から着るのが下手で、時間がかかりすぎる」
「……っ」

 珍しく優しく接して来たかと思えば、嫌味を言いに来ただけらしい。
 英心が肩や背中に手を置いて「これで良い、早く来てください」と呟き、さっさと出て行ってしまった。

 緊張感から開放された泰正は、深い息を吐き出すと、心を整えて舞の場へと向かった。
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