陰陽師盲愛奇譚

彩月野生

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三章【変わる世界】

四話

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 いよいよ英心の元に行く覚悟を決めた泰正は、千景にしばしの別れを告げて、手荷物を抱えて紫倉宮の屋敷にたどり着いたが、門の前で足をすくませる。

 前に来たときも大きな屋敷だと感じていたが、今日は一段と大きく見えてしまう。

 唸りながら立っていると、門が開かれたので間抜けな声を上げてしまった。
 顔を出したのは、式神の結縁である。
 泰正を見て、微笑を浮かべて呼びかけてきた。

「泰正様、お入り下さい」
「結縁……しかし……」
「ここまで来て、怖気づいているのですか? 泰正様らしくないですよ?」
「う、うむ!」
「さあ」

 促されるままに、泰正は結縁の後に続き、ついに屋敷へと足を踏み入れた。
 英心の屋敷に来るときはいつも緊張していたが、今回はひときわ緊張が強い。

 ――な、何せ夫婦としてだからな……!

 どんな顔をして英心に会えば良いのだろう。

「泰正!」
「はっ」

 英心の声が聞こえて、泰正の心臓が異常に脈打ち、呼吸が荒い。
 まともに英心を見れる自信がない。
 顔を背けると後ずさるが、英心が目の前にやってきてしまい、手を掴まれた。

「ひっ」
「早く中に……」
「わ、分かったから、は、離してくれ!」

 英心の熱くて力強い手のひらの感触に、息の根が止まりそうになり、泰正は足元をふらつかせながら、引きずられるように部屋に連れて行かれた。

 立派な庭を抜けて来たのに、何も感じず、泰正の脳内は英心一色である。
 英心は、泰正の心情などお構いなしに、これからについて説明を始める。

「ここがお前の部屋だ。足りぬ物があれば、都度調達しよう」
「あ、ああ……ありがとう……」
「私の屋敷には、式神が多数いる。困った事があれば、言うように」
「ああ」
「それと、清太呂と話あったのだが、お前は身体が衰弱しているらしい。しばらく屋敷に籠もり、養生したほうが良い」
「……そんなに、悪い状態では」
「いいや。自覚はないかもしれないが、だいぶ痩せただろう。千景も心配して、密かに文を送られた」
「千景が?」

 いつの間に……と、文を広げられて、読めば、英心への無茶な要望ばかりが書き連ねられており、から笑いした。
 千景の文のおかけで冷静になれた泰正は、文を英心に返して、改まった挨拶を述べる。

「これから世話になるな、宜しく頼む」
「うむ。私こそ、よろしくお願いする」
「英心……話したい事はたくさんあるのだが」
「うむ。私もお前には確かめなければならぬ事がある」

 二人きりで向かいあって座すると、泰正から話し始めた。
 やはり心臓が早鐘を打つが、無視をする。
 どうにか英心の目を見据えて心情を吐露した。

「私達は、あくまでも帝の命により、夫婦になったわけだが……お互いに不満はあるだろう。その不満を押し殺していては、今後の生活に支障が出てしまう」

 英心は反応せず、ただ泰正を見つめていた。
 何を考えているのかはわからない。
 焦りを覚えながらも、泰正は本音を語る。

「……私は、お前に……その、気持ちを伝えるつもりなどなくて、帝にあてた文がきっかけで、こうなってしまった訳であり……不可抗力なのだ」

 何だか何が言いたかったのか分からくなり、顔を振り、瞬く。
 本題を思い出して、身を乗り出して言葉を続けた。

「私と夫婦などと、お前には迷惑でしかないだろう。いずれ妻を娶り、子をなす望みもあろう。だから、私は帝にこの茶番を解消して頂きたいと懇願するつもりだ」

 そこまで言い切ると、英心がやっと反応して、口を開いた。

「そんな真似をすれば、ただでは済まない。お前も、私も」

 その反論には首を横に振る。

「いいや。お前が不幸に見舞われることは無い」
「ならば、泰正、お前は一人で罰を受けるつもりなんだな……?」
「……」

 その通りだと、無言になり、意図を示した。
 英心は押し黙り、ため息をつく。

「全く、おかしな考えだ」
「は?」

 英心の言葉に、泰正はつい声を上げて、見据える。
 彼は腕を組み、視線を泳がせた。

「何故、帝に逆らうような真似をするのか。全く分からぬ」
「さ、逆らうとは……?」

 意外な反応に困った。
 こんな雰囲気の英心は初めて見た。
 英心は微笑まで浮かべて、呆れたような声音で言葉を続ける。

「帝は私がお前を、友としか見ていないと見抜いているのだろう。だから、友として、お前がまた鬼憑きにならぬよう見張れと申されているのだ……それくらいわからぬか」
「……っ」

 はっきりと英心の口から告げられて、泰正の胸は鈍器で殴打されたような感覚に陥った。
 英心の態度を見るに、彼は泰正を嫌っているのは分かる。
 友とは言ってくれるが、建前であり、帝の命だから、仕方なく夫婦になったのだ。

 ――私の英心への想いを知り、わざわざ夫婦にされるとはなあ。

 男同士であるが故に、居を共にするのは不自然ではあるまい。

 もっとも、英心や泰正のような陰陽師は、婚姻については自由ではあるのだが……。

 泰正はいつのまにか伏せていた瞳を、英心へと戻して答えた。 

「ならば、お前は、私と死ぬまでこの関係で良いと思うのか」
「無論。帝の命なのだ」
「……」

 それなら、私が早くあの世に行けば、英心は自由になれる。
 泰正は英心の本心を知れて、複雑だが、良かったと心底思った。

 割り切って付き合えるなら、越したことはない。
 ただ、同じ屋敷に住んでいるだけで、今まで通り、距離をおいて日々を送るだけだ。

「私はお前に謝らなければ」
「何?」

 突然の謝罪という単語に、眼を瞠る。
 英心は困り顔で、頭を垂れた。
 いきなりの事に困惑してしまう。

「ど、どうした英心!」
「お前が私を想い、長年苦しんだ事実は消えない……すまなかった」
「英心」

 誠心誠意謝る姿に、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
 鼻の奥がつんとして、まぶたが濡れている。
 泰正は迷いつつ、英心の手のひらを握りしめた。
 英心は顔を上げると唇を噛みしめる。

「気にするな……全ては、私が決めた事だ」
「泰正」

 泰正は英心の手に触れている事実に、胸を高鳴らせながら、口を動かす。

「私の父と母は、私のせいで命を落とした……英心よ、お前は何も悪くない」
「……」

 泰正は事実と本心を話しただけだが、英心は、顔を曇らせて、黙り込んでしまった。
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