70 / 79
終章【心を紡ぎ我が世は華やぐ】
七話
しおりを挟む
斎王が伊勢へと旅立つ時が訪れた。
泰正、英心、蓮、久遠は、各々共の者に挨拶を交わしていると、斎王が挨拶をしたいと呼ばれた。
お供は数百人もおり、仕える男官は朱い衣装、女官は、笠を被り、白い衣装に身を包んでいる。
対して泰正と英心は狩衣、蓮と久遠は、魔鏡師の出で立ちで、修行僧のような格好をしていた。
お供達の先頭に見える輿の前に、泰正達は連なって歩いていく。
斎王は葱華輦(そうかれん)という、輿の中で静かに出立を待っている。
厚い布で覆われているため、その姿は視認できない。
「斎内親王、件の陰陽師と魔鏡師でございます」
斎王は呼びかけにこたえ、話かけてきた。
「此度は、私と伊勢へと参られるこの縁に深く感謝いたしまする」
「いいえ……! お供できることを、光栄に存じます」
英心にならい、泰正、蓮、久遠も揃って挨拶を述べて、感謝の意を示す。
斎王は小さく笑うと、言葉を続けた。
「伊勢への道は、山賊や魑魅魍魎も出現していると聞いております、どうかお力をお貸し下さい」
「ハッ! 心得ております!」
「我々は少し離れてついて行きますが、異変があればすぐに察知できます故、どうかご安心下さい」
英心に続いて泰正が伝えると、斎王は小さく返事をして、それきり押し黙る。
斎王はこれから、数百人のお供を連れて、途中の河川で精進潔斎を繰り返しながら伊勢へと赴く。
京都と伊勢を結ぶ官道阿須波道を歩き、群行は勢多、甲賀、垂水、鈴鹿、壱志へと、延べ六日をかけて伊勢へと向かうのだ。
斎王の出立の時を、帝が離れた場所で見守っていた。
その視線の先は、英心と泰正が存在しており、強き想いが胸中に渦巻く。
――永響を、酷い目にあわせるでないぞ。
英心はふと空を見上げて瞬いた。
――今、誰かの声が……?
“さあ、征け”
「永響?」
「英心、大丈夫か?」
泰正に手を握られた英心は我に返り、頷いた。
永響の影響を受けて意識を失ったあの日、泰正には己に何があったのかを話している。
永響と完全に一体化しようとする魂についてや、貴族から泰正を助けたのは英心だという事実も。
――私の中に永響が完全に溶け込む前に、浄化することを泰正が望んでいる。
私は紫倉宮英心として、視素羅木泰正の傍に在りたいと願う。
永響は反抗する気配もなく、大人しくしていた。
群行が都を出立してから、まもなく勢多に辿り着こうとしていた。
木々が鬱蒼と生えた、けして広くもなく平坦でもない道を歩き続けた泰正達は、すでに足が棒であった。
途中で斎王が河川で精進潔斎を行うために休めはしたが、回復にはいたらず、頓宮に入る頃には倒れ込みそうになった。
群行は順調に進み、いよいよ最後の宿泊となる壱志の頓宮にて、各々身を休めていた。
食事は肉と酒は禁止である為、菜食が中心の献立を口に運ぶ。
泰正は隣に座る英心にふと目線をやる。
彼は感情の読めぬ顔色で、食事に集中していた。
次に、向かいに並んで座り、食事をしている蓮と久遠を見やる。
久遠が小声で「まず」などと文句をいうと、蓮が注意していた。
各自食事が終わると、英心が男官の一人に呼ばれた為、席を外す。
蓮と久遠は寝こけていた。
仲睦まじい光景に思わず口元をほころばせて、腰を上げた。
境内に降りて、ぼんやりと月を眺めていたら、人の気配を感じて、顔を向ける。
そこには、頭から厚い布をかぶった女人がたたずんでいた。
目的は明らかに、泰正に声をかけるためだろう。
慌てて顔を隠したようだ。
月に煌々と照らされた姿は、顔は見えずとも、神秘的に感じられる。
斎王は、闇に溶けるような甘かやな声音を発した。
「視素羅木様がうらやましい」
「……それはどういう意味でしょうか」
声音が震えていたので、直前まで泣いていたのか、誰かと揉めていたのかもしれない。
泰正は斎王の次なる言葉を待つ。
一陣の冷たい風と共に想いを吐露された。
「私には想いあう殿方がおりました。婚姻間近にこのような目にあうだなんて」
泰正は一考し、口を開く。
「務めが終われば、想い人と一緒になれます……どうか気を落とされず……」
慰めの言葉を聞いた斎王は言い捨てる。
「叶いませぬ! はじめから分かっておりました! 私は己の為には生きれぬと!」
その叫びに泰正は口籠った。
同時に胸中に寂しさがわきあがる。
――斎王はまだ歳若い。過酷な運命だ。
首を横に振り、やるせなさを噛みしめる。
斎王はまたもや言葉を発した。
「視素羅木様、私は正気を失うかもしれませぬ。その時は、紫倉宮様と共に、どうか私をお止めください」
「何をおっしゃる」
「視素羅木様が、紫倉宮様を想って舞をされるのを見たら、私はきっとおかしくなってしまう!」
「……っ」
“想いあう様を見せつけるそなたらが憎い”
――っ!?
今、確かに憎悪の声が脳内に響いたが、斎王はすでに背を向けて立ち去っていた。
泰正は俯き、思考を巡らせる。
――落ち着け……! 私は、己のすべき事をするだけだ。
「泰正!」
「……っ」
突然の想い人の声に息を呑み、振り返ると抱きしめられた。
その肉体の感触と温もりを、つい恍惚と無言で味わう。
「泰正?」
「……な、なんだ?」
「いつの間にかいないから捜したぞ? 冷えるから中へ」
「あ、ああ。すまない」
「他人行儀なことをいうな」
「あ……こ、こら!」
「ははっ」
頬に口づけられた。ふいうちに怒ると腰を抱かれて笑われる。
明るい顔をする彼を見るのは、幸せだ。
泰正は思わず頬を緩めて、身を擦り寄せた。
不安な気持ちは薄れていた。
泰正、英心、蓮、久遠は、各々共の者に挨拶を交わしていると、斎王が挨拶をしたいと呼ばれた。
お供は数百人もおり、仕える男官は朱い衣装、女官は、笠を被り、白い衣装に身を包んでいる。
対して泰正と英心は狩衣、蓮と久遠は、魔鏡師の出で立ちで、修行僧のような格好をしていた。
お供達の先頭に見える輿の前に、泰正達は連なって歩いていく。
斎王は葱華輦(そうかれん)という、輿の中で静かに出立を待っている。
厚い布で覆われているため、その姿は視認できない。
「斎内親王、件の陰陽師と魔鏡師でございます」
斎王は呼びかけにこたえ、話かけてきた。
「此度は、私と伊勢へと参られるこの縁に深く感謝いたしまする」
「いいえ……! お供できることを、光栄に存じます」
英心にならい、泰正、蓮、久遠も揃って挨拶を述べて、感謝の意を示す。
斎王は小さく笑うと、言葉を続けた。
「伊勢への道は、山賊や魑魅魍魎も出現していると聞いております、どうかお力をお貸し下さい」
「ハッ! 心得ております!」
「我々は少し離れてついて行きますが、異変があればすぐに察知できます故、どうかご安心下さい」
英心に続いて泰正が伝えると、斎王は小さく返事をして、それきり押し黙る。
斎王はこれから、数百人のお供を連れて、途中の河川で精進潔斎を繰り返しながら伊勢へと赴く。
京都と伊勢を結ぶ官道阿須波道を歩き、群行は勢多、甲賀、垂水、鈴鹿、壱志へと、延べ六日をかけて伊勢へと向かうのだ。
斎王の出立の時を、帝が離れた場所で見守っていた。
その視線の先は、英心と泰正が存在しており、強き想いが胸中に渦巻く。
――永響を、酷い目にあわせるでないぞ。
英心はふと空を見上げて瞬いた。
――今、誰かの声が……?
“さあ、征け”
「永響?」
「英心、大丈夫か?」
泰正に手を握られた英心は我に返り、頷いた。
永響の影響を受けて意識を失ったあの日、泰正には己に何があったのかを話している。
永響と完全に一体化しようとする魂についてや、貴族から泰正を助けたのは英心だという事実も。
――私の中に永響が完全に溶け込む前に、浄化することを泰正が望んでいる。
私は紫倉宮英心として、視素羅木泰正の傍に在りたいと願う。
永響は反抗する気配もなく、大人しくしていた。
群行が都を出立してから、まもなく勢多に辿り着こうとしていた。
木々が鬱蒼と生えた、けして広くもなく平坦でもない道を歩き続けた泰正達は、すでに足が棒であった。
途中で斎王が河川で精進潔斎を行うために休めはしたが、回復にはいたらず、頓宮に入る頃には倒れ込みそうになった。
群行は順調に進み、いよいよ最後の宿泊となる壱志の頓宮にて、各々身を休めていた。
食事は肉と酒は禁止である為、菜食が中心の献立を口に運ぶ。
泰正は隣に座る英心にふと目線をやる。
彼は感情の読めぬ顔色で、食事に集中していた。
次に、向かいに並んで座り、食事をしている蓮と久遠を見やる。
久遠が小声で「まず」などと文句をいうと、蓮が注意していた。
各自食事が終わると、英心が男官の一人に呼ばれた為、席を外す。
蓮と久遠は寝こけていた。
仲睦まじい光景に思わず口元をほころばせて、腰を上げた。
境内に降りて、ぼんやりと月を眺めていたら、人の気配を感じて、顔を向ける。
そこには、頭から厚い布をかぶった女人がたたずんでいた。
目的は明らかに、泰正に声をかけるためだろう。
慌てて顔を隠したようだ。
月に煌々と照らされた姿は、顔は見えずとも、神秘的に感じられる。
斎王は、闇に溶けるような甘かやな声音を発した。
「視素羅木様がうらやましい」
「……それはどういう意味でしょうか」
声音が震えていたので、直前まで泣いていたのか、誰かと揉めていたのかもしれない。
泰正は斎王の次なる言葉を待つ。
一陣の冷たい風と共に想いを吐露された。
「私には想いあう殿方がおりました。婚姻間近にこのような目にあうだなんて」
泰正は一考し、口を開く。
「務めが終われば、想い人と一緒になれます……どうか気を落とされず……」
慰めの言葉を聞いた斎王は言い捨てる。
「叶いませぬ! はじめから分かっておりました! 私は己の為には生きれぬと!」
その叫びに泰正は口籠った。
同時に胸中に寂しさがわきあがる。
――斎王はまだ歳若い。過酷な運命だ。
首を横に振り、やるせなさを噛みしめる。
斎王はまたもや言葉を発した。
「視素羅木様、私は正気を失うかもしれませぬ。その時は、紫倉宮様と共に、どうか私をお止めください」
「何をおっしゃる」
「視素羅木様が、紫倉宮様を想って舞をされるのを見たら、私はきっとおかしくなってしまう!」
「……っ」
“想いあう様を見せつけるそなたらが憎い”
――っ!?
今、確かに憎悪の声が脳内に響いたが、斎王はすでに背を向けて立ち去っていた。
泰正は俯き、思考を巡らせる。
――落ち着け……! 私は、己のすべき事をするだけだ。
「泰正!」
「……っ」
突然の想い人の声に息を呑み、振り返ると抱きしめられた。
その肉体の感触と温もりを、つい恍惚と無言で味わう。
「泰正?」
「……な、なんだ?」
「いつの間にかいないから捜したぞ? 冷えるから中へ」
「あ、ああ。すまない」
「他人行儀なことをいうな」
「あ……こ、こら!」
「ははっ」
頬に口づけられた。ふいうちに怒ると腰を抱かれて笑われる。
明るい顔をする彼を見るのは、幸せだ。
泰正は思わず頬を緩めて、身を擦り寄せた。
不安な気持ちは薄れていた。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる