Breath~自分の愛が信じられない男と愛を理解できない男~

彩月野生

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終章〈逃れられない運命〉

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 その声は澄んでいて美しい水面を連想させる。
 目の前に広がったその透明な世界はベルタ、レフ、テティーそしてアシュの意識に染み込んだ。
 淡い光を放つ人の形。
 その下にはわずかに揺らめく透明な水。

『ペネム』

 懐かしさに涙ぐむ少女はその姿を見つめる。

<負担が大きいのにどうしてワタシに接触をするのかな>
『それは』
<知っているよ。彼だろう? まさかワタシと同化させる気なのかい?>

 壊れかけた自分に接触する事は、この少女にとってどれ程の負担をかけるのか理解している。
 正常だった頃とは状況が違うのだから。
 アシュの命を使い、少しずつ修復されていくペネムは、彼の小さな意識を感じ取りしばし沈黙した。
 その間に入る形でベルタとレフの意識が混入する。

 ――テティー

『邪魔をしないで』

 ――これ以上ペネムを苦しめてはいけない

 その声はよく聴くと二重になっていた。
 女と少年の声。
 別の意識の筈なのに何故二人は重なっているのだろうか。
 疑問を抱えながら贄となった青年は彼等を見守る。

『元に戻れるのに苦しいってどういう事なの? そんな事はあり得ないわ』

 ――君を取り込んだ事で絶望しているペネムにこれ以上の苦しみを与えるなんて

 声と共に世界の景色が変わる。
 変化を遂げたその光景にテティーは、恐怖と不安の色を表情に浮かべた。
 
 それは、過去の記憶。

 ペネムと一つになる前――なる頃の。

 小さな手が大きな指につままれる。
 ゆるくパーマのかかった長い髪を揺らし微笑む若い女性。
 隣には眼鏡をかけた黒髪の男性。
 二人とも柔らかな表情で赤ん坊を見つめていた。

「この子大人しいわね」
「まだ分からないよ。もう少し大きくならないと」

 子供の異変は数ヶ月と経たない内に現れる。
 風邪ばかりひいて高熱を出す日々が続いた。
 常に病に冒されている状態が長引く。
 医者に診せた結果、長くは生きられない身体と診断されてしまう。

 学校には行かせず、なるべく自然に触れられる様に自由に過ごさせてやった。
 やがて子供は愛らしい少女へと成長した。
 ここまで育ったのは奇跡的であり、成長を諦めていた両親に少しだけ希望を与えた。
 少女を育てるのと並行して行っていた、ある実験に本格的にのめり込んだのだ。

 彼女の両親は優秀な科学者であった。
 子供が産まれる前から携わっていたとある研究。
 機械と人の命との融合。
 そんな真似ができるのか――学会で注目されつつも、馬鹿にされた目が向けられる事が多かった。
 
 しかし、ある時。
 人工知能を組込んだその意識を誕生させた時。
 周囲の目の色が変わった。
 その人工知能を狙う輩が現れたのだ。
 娘の為に使うと決めていた彼等は、決して要望に応じず、ついに命を狙われる様になってしまった。
 その頃から少女は家の中に閉じ込められる様になり、週に一度のピクニックに出掛ける事もできなくなってしまった。
 怖い顔をして誰かと電話をしている両親の姿を、少女は不安そうに見守る日々を過ごす。

 それから間もなく、遠い場所に行く事になった。
 新しい家にはたくさんの知らない人達が住んでおり、大きな家だったが幼いながら狭く感じた。
 家族は歓迎されて温かく迎えられる。

「ありがとう、巻き込んですまない」
「いいんだ。私たちも君達と同じ様な立場を経験して、こうして支え合って生きている」
「今日からみんな家族だよ」

 少女に微笑む男はとても優しい目を持っていた。
 暫し穏やかな日々が続いたのを覚えている。

 ある日、家族の数人が買い物から帰って来た時だった。
 銃声が鳴り響いたのは。
 驚いて外を見ると、奇妙な柄のいかつい男達が銃片手に家を取り囲んでいた。
 それは軍人であり少女の両親を探し出した輩の手先だった。
 皆、凍り付き絶望した。
 大声を上げて少女の両親へと詰め寄る軍人達。

「ここの人達は関係無い」
「失いたく無いのなら、お前達の研究の成果を差し出せ」

 顔をマスクで覆い隠す男に父は自室へと連れて行かれ、そこで話し声と二度目の銃声が響く。
 ドアを蹴破って出て来た軍人の男は、仲間に声をかけるとあっと言う間に出て行ってしまった。

「パパ!」

 少女は泣きながら部屋に走って入るが、そこには、膝を崩して座り込む父の姿があった。
 しっかりと少女を見つめて笑う。

「ああ、テティー……」

 続いて母も入って来て泣きながら抱きつく。
 皆、彼の命を案じて青くなっていたのだが無事を喜んだ。
 後に、彼はあの軍人にコピーを渡した事を説明する。

「コピー?」
「正確にいえばコピーではないんだが、限りなくペネムに近いシステムなんだ」
「人工知能じゃないのか」
「ああ。もしもの時の為のシステムといえるかな。ペネムは今のところ私たち以外に直せる人間はいないからね」

 テティーの両親はあらかじめペネムのシステムと、修復方法についてここの人間達――主に科学者達には説明をしていた。
 彼等は昔なじみの仲間達であり信頼できるからこそ話したのだ。

「さっきの奴ら、軍人じゃないんじゃないか」
「……そう思うかい」
「どうも妙だ。もしかすると俺達と同じなんじゃ」

 調べてみると彼等の正体が分かり接触を試みたのだが。
 
 再び姿を現した彼の格好に出迎えたテティーの父が驚愕した。

「ひどい顔だ」

 現れたのは確かにあの襲撃事件の時の犯人の一人だったが、ひどく顔がむくんでいた。
 もっとも顔なんてあの時は分からなかったのだが。
 すっかり態度が豹変していた彼に、事実を確認すると単純な返答が返って来る。

「あんたたちから奪えって依頼されて渡したら報酬の事でもめて」
「誰から依頼されたんだ?」

 依頼主はペネムという人工知能を狙う輩の一人で、聞いた事もない科学者だった。
 彼は逃げてしまい、コピーは闇市場に流してしまったという。
 所在は不明との事。
 科学者であったのかも怪しいところだ。

「……償いといえるかは分からないが、君にも手伝ってもらうよ」
「え」
「私の娘が少しでも生きられる世界を作る事さ」

 真剣な目に怯むと頷く事しかできなかった。

 事の成り行きを、贄となろうとしている青年は見守っていた。
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