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5愚弟の生贄
しおりを挟むサビーノは弟の目前まで歩を進めると、低い声で制する。
「オディロンよ、これ以上我が生贄に手を出すというのであれば、覚悟はできているだろうな?」
「……兄者よ、それは俺の台詞だ。もう生贄を、人間をこの国に入れるなとあれほど忠告した筈だ!!」
対峙する二人の人狼は、今にもぶつかり合うような雰囲気だ。
張り詰めた空気は懐かしさもある。戦場の空気だ。
殺し合いになる……!
――万が一、あいつが死んだら計画が台無しだ!
止めなければ!!
フリオは腰に手をやるとはっとする。
生贄は、武器や防具の携行を許されないのだった。
丸腰で間に入っても、圧死するだけだと歯がみしたその時。
「オディロン様!! お止め下さい!!」
どこからともなく少年の澄んだ声が聞こえた。
辺りを探すとすぐに見つかる。噴水の前にいつの間にか、少年が立っていた。
袖の広がった白いローブを着た、やわらかそうな栗毛の少年は、オディロンの傍に駆け寄って来る。
その姿に、一瞬弟の姿を重ねたフリオは、頭を振って幻想を振り払う。
弟もこんな儚げな印象の少年だった……。
オディロンが少年を注視すると、舌打ちをしてサビーノから離れたので、胸をなで下ろす。
「こんにちはサビーノ様」
「ジョエルか。まだ生きていたのだな」
「はい。今日は買い物に来ただけなんです、でも、サビーノ様のお話を町の人と話していたら……この通りです」
「ふん。何も壊してないぞ?」
「暴れたら皆は怖がりますよ! もう何回も同じ事を繰り返して――」
「いい加減黙れ!」
バシン。
「あ!」
ジョエルがオディロンの平手打ちを食らって地面に転がった。
腕力のある人狼に殴られたらひとたまりもない、ましてやこんな線の細い少年ならば尚更。
フリオはジョエルを助け起こしてやる。
「大丈夫か?」
「い、てて……? あ、はい。大丈夫ですありがとうございます」
「そうか? 顔は痛くないか?」
「ええ」
頬をさするジョエルは、困ったように微笑むと首を傾げた。
中性的な愛らしさを持つジョエルに息を飲む。
声も少年独特の透き通った美しい声音で、歌声を聞いてみたいと思う程だ。
「あの、貴方は」
「あ? ああ、俺はフリオ。獣人王の生贄だ」
「新しい生贄の方なんですね。僕はジョエルと言います。オディロン様の生贄です」
「……そうか」
サビーノとは違って、弟は生贄をぞんざいに扱うらしい。
ジョエルの頬は特に腫れていないのを見るに、力加減はしているようだが。
オディロンが背を向けて噴水広場から立ち去り、その後をジョエルが追った。
再び静かな時間が訪れ、サビーノがフリオの隣に佇む。
腕を組み、ため息を吐いた。
「愚弟は人間を見下しているのだ」
「それは当たり前かもな」
自然と出た言葉だった。
オディロンを見ていれば分かる。
人間が想像している獣人そのものだ。
「威圧的で力だけが取り柄のケダモノだ」
「それが、お前達人間が抱く我らの印象か?」
「あ? ああ」
眉根を潜めて答えると、サビーノは無言で歩き出すので、その後に続いた。
大きな背中を見つめながら歩を進めていると、そのままサビーノが語り始めた。
「我が国の王都を見て、どう感じる?」
「どう、とは?」
「この町の者達の様子は、人間達とどう違う?」
「……」
率直な問いかけに困惑して、視線を巡らせる。
どこを見ても、和やかな雰囲気の獣人達の姿しかなかった。
その姿に、家族を思いだして胸がちくりと痛む。
「変わらない」
サビーノが地を踏みしめる振動を感じながら、背中に向かって答えると、その歩調が遅くなり、やがて歩を止めて振り返った。
細められた赤い瞳に心臓が脈打つ。
その目の色に、どことなく寂しさを感じたのだ。それも、とても長い年月を超えてきたような……。
そのケダモノの口元が緩み、穏やかな声音が吐き出された。
「そうか。ならいい」
「……」
それだけ呟くと、再び背を向けて歩き出す。
その背中には、どことなく悲壮感が漂っている。
そっと、視線を逸らせた。
俯いた先は整備された土の道だ。
歩きやすいように整えたのだろう、家屋だって雨風をしのげるように、頑丈な作りをしている。
きちんと設計をして頭を使って建てたのだ。
住む者の事を考えて……。
歩きながら、思考を巡らせる。
――獣人と人間の違いか……。
こうして彼らの生活に触れてしまえば、己の無知さと、偏見の目で見ていた事実に、恥を感じた。
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