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7兵士の間で流行っているもの
しおりを挟む弟の日記を手に入れた事は、フリオに様々な恩恵を与えてくれた。
同時に、弟が抱いていた複雑な感情を知る事になったが、目をそらさずに丁寧に読み進めている。
サビーノは日中は王としての公務に忙しく、フリオを呼び出したり部屋にやって来る事はないので、その時間帯を見計らってこっそりと目を通す。
〝サビーノ様は僕に優しくしてくれる。生贄の僕にどうしてそんなに優しくしてくれるのか聞いてみると、オマエを愛したいと言ってくれた〟
〝僕は驚いた。獣人は気性の荒い野蛮な種族であり、戦場では人間を食い殺していると兄上と父上から聞いていたから〟
〝サビーノ様がどうして、生贄を愛したいのかは怖くて聞けなかった。でも、もしかしたら僕は食べられないのかな?〟
――っ!
読んでいられず、乱暴に本を閉じると寝台に突っ伏す。
長いため息を吐いて瞳をきつく瞑った。
瞼の裏には、笑顔のマリユスが浮かんで張り付き、いつまでも消えない。
……もう一度、会いたかった。
身体の弱い子だったから、剣もろくに扱えず、他国からは能なしと蔑まれていたが、家族も民もマリユスを愛していた。
戦場から帰ってきたフリオを気遣い、一晩中傍に寄り添ってくれるような、優しい子だった。
――それなのに、ケダモノに喰われるなんて……無残な最期を遂げるなんて……まだ十四だったのに……!
勢いよく起き上がり拳を寝台に叩きつける。
大きく軋んだ寝台の上で、心の底から湧き上がる憎悪を吐き捨てた。
「ケダモノめ……! 必ず! 必ずこの手で終わらせてやる!」
このままだと憎悪に飲まれてしまう。
腹をさすって、深呼吸を繰り返して、冷静さを取り戻そうと努める。
大丈夫だ、この胎にあいつの子種を注ぎ、身ごもるまでは、この怒りと憎悪を抑え込め!!
――俺は、マリユスの為にケダモノ達を終わらせる……!
マリユスの日記からは、奴の好き嫌いや習慣について記されていた。
その情報を使って、取り入ろう。
今後は奴に穏やかに接して、早く本番に繋がるようにしなければ。
まずはあいつの好物でも贈るか。
とはいえ、自由時間は限られているし、昼食まであと一時間くらいしかない。
今から王都に向かっても、時間までに戻ってこれないだろう。
この前王都に行った時は、サビーノに抱えられて俊足で移動できたが、今回は一人で向かわなければならないので、相当時間がかかる。
そういえば、と思い出す。サビーノがこう言っていた『もし王都へ行きたい事があれば、我に言え、我がいない時は衛兵に頼め』と。
生贄は逃げない――という絶対的な信頼はあくまでもサビーノの感覚なのだろうが、退屈しないのはいい事だ。
閉じこもるのは性にあわない。
フリオは早速部屋の扉を開けると、衛兵に呼びかけた。
「誰か! いないか!?」
「なんだ」
野太い声で答えたのは、ライオンの獣人だ。
この城へ来る前に会っているので、どんな風に運ばれるのか想像すると、苦笑してしまうが王都に行きたいと頼み込んだ。
眉間に皺を寄せたライオン獣人は、疑問を投げてくる。
「何の用事だ?」
「サビーノに何か贈りたいんだ」
「贈る? どういうつもりだ?」
「……今までさんざん無礼な態度を取ってきたからな、きちんと謝りたいんだ」
「なるほど? ならば、連れて行ってやらん事もない」
「助かる!」
良かったと安心していたのもつかの間、不穏な声がどこからか聞こえてきた。
「おいおい、生贄を遊ばせてやるのかあ?」
トカゲの獣人が、フリオに顔を近づけて鼻を鳴らす。
こいつも、城に来る前にあった獣人だ。
睨み付けてやると、にやにや嗤って腕を組む。
口元を吊り上げて愉しそうな声を上げた。
「オマエ、マリユスの兄なんだって? アニキのオマエもあそこの具合はいいんだろうなあ~」
「なんだと?」
今なんて言った?
問い詰めるよりも先に、身体が動いていた。
拳を作ってその腹にたたき込もうとするが――逆にその強靱な尻尾で腹に一撃を食らって、床に背中から叩きつけられてしまう。
「ぐは!」
「ハハハッ! よわっちい王太子様だなあ~」
「おい! やめろ!」
ライオン獣人の言うことなど聞かず、トカゲ獣人はフリオにずんずん近寄ると、口から舌をちろちろと覗かせながら、さらに馬鹿にしたような声をかけてくる。
「オマエの弟もよわっちくてな~、俺にヤられているのを、サビーノ様に告げ口もできずに喘ぐ自分を恥じてたぜえ? 泣いてる姿はたまらなかったなあ」
「……貴様ああ!!」
もう我慢の限界だった。まさか、マリユスがこんなケダモノ達の相手までさせられていたなんて……!!
起き上がるのと同時に、思い切り胴体に突進してやると、見事に命中し、トカゲ獣人は後方に吹っ飛ぶ。
「ぐはあ!!」
鈍い音が響いて、トカゲ獣人がまとう鎧が床とすれる音が響いた。
その腹の上に乗っかる状態で、顔面めがけて何度もぶん殴る。
「この! ケダモノが!! あの子は!! どんな思いで!! 蹂躙されたと!!」
ガッ! ゴッ! ガッ! ガッ! ガッ!
「い、いでいで!! や、やめろ!!」
「やめるか!! オマエの顔がひしゃげるまで殴り続けてやる――!」
渾身の力を込めて思い切り振りあげた拳を、急に掴まれて動かせなくなり、顔を上げた。
ライオン獣人が、神妙な面持ちでフリオの手首を掴んで顔を振っていた。
「もう止せ」
「離せ!!」
「落ち着け。これ以上騒げば、オマエは処刑されてしまう可能性もあるのだぞ」
「……ぐ」
処刑という言葉が、フリオの興奮をゆっくりと静めていく。
死んでしまったら、元も子もない。
天井を仰いで呼吸を整え、トカゲ獣人の腹から退いた。
顔を背けて舌打ちをすると、文句を吐き捨てられる。
「まったく、とんでもねえヤロウだ! ほんとうに王太子様かあ?」
「オマエもオマエだ! 挑発をして楽しんでいただろう!」
「あ? こいつがガキみてえな反応するのが悪いんだろが。それに、オマエだってマリユスをかわいがってただろうが」
「そ、それは。オマエがあの香を使ったのが悪い!」
「香?」
耳に入った単語について確認しようと、二人に問うと、兵士達の間で流行っている、催淫効果のあるお香があるらしい。
フリオは思考を巡らせる。
――それなら、楽に本番を迎えられるんじゃないか?
早速二人にお香が欲しい事を伝えると、顔を曇らせる。
当然の反応なので、礼はすると強く頼み込むと、承諾してくれた。
「恩に着る!」
「何に使うんだよ?」
「サビーノと早く本番をしたいんだ」
「サビーノ様と? ああ……あの方は、愛に執着しているからな」
得心がいったというように頷くライオン獣人に、トカゲ獣人は頭の後ろで腕を組んで、つまらなそうにそっぽを向く。
まだまだ胸の内には、こいつらについての怒りが渦巻いてはいたが、埒があかない。
お香を持ってきてくれるというので、その場でライオン獣人を待つ事にしたのだが、トカゲ獣人がおもむろに声をかけてきた。
「お礼だけどよ」
「なんだ」
「ヤらせろよ」
そっと尻に伸びた手をぴしゃりと叩くと「いて!」と飛び上がる。
このケダモノめ!!
「もし、あのライオン獣人もそれを望んだなら、相手してやるよ、サビーノとの本番後だけどな」
「は? いつになるかわからねえじゃねえかよ!」
「お香でどうにかなるさ」
「そううまくいくかねえ~?」
その言葉が気になったが、お香にかけるしかないと腹はくくった。
弟を奪った相手にいい顔をするなんて、反吐がでる。
便利な物を使って目的を果たせるなら、それで良い。
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