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25愛しいその面影は
しおりを挟む朝、目を覚ますと珍しくサビーノが隣にいなかった。
もう起きたのだろうか。
いつもならフリオが起きるまで一緒に眠っているのに。
フリオは早起きなので、これ以上早く起きなくても支障はないだろうに。
どこにいるのかは、なんとなく分かっている。
空の庭園に向かって顔だけ覗かせると、やはりサビーノはマリユスの墓の前に膝をついていた。
後ろ姿をしばし見守り、部屋に戻る前にミールの所に寄ってみた。
久しぶりの猫獣人は、おどおどしながらフリオを出迎えた。
相変わらず書庫は薄暗くて圧迫感がある。
「久しぶりだな」
「え、ええ。その……いろいろ大変でしたにゃ?」
「ああ。本当にいろいろあったんだ」
「フリオ様、痩せられましたにゃ?」
「あまり食欲なくてな」
「朝食前ですにゃ? サビーノ様は?」
「あいつは弟の墓にいってる」
「そうですにゃ」
奴隷の身であるフリオが、こうして勝手に書庫に出入りしているのが心配なのだろう。
それでもミールは、フリオを卓の前の椅子に座らせてくれて、言いにくそうに話を切り出す。
「あ、あのですにゃ」
「ん?」
「日記の事とか、書簡についてだとか、お話ありましたにゃ?」
「あ~……、大丈夫だ。まさかオマエがあの書簡を書いていたとは意外だったけどな」
「す、すみませんでしたにゃ。サビーノ様の言っている通りに書いていたんですにゃ」
「気にしなくていい。実際に、あいつが過去に生贄に何をしていたのかは分からないしな」
「……」
ミールは黙り込み、ランプの明かりの中で耳をぴくぴくさせていた。
本当はもう一度呪術師に会う為に力を借りたかったが、そんな気はすっかり失せてしまった。
この場所にいると気が滅入る。
「ミール」
「はいですにゃ?」
「マリユスは、サビーノを愛していたんだよな? サビーノは本当にマリユスを愛せなかったのか?」
「え、えっとフリオ様?」
「……なんでもない」
どうしてこんな事を聞いてしまったのだろう。
ふいにあの子の最期が脳裏に蘇った。
名前もつけられず、利用して弄んで殺してしまった我が子の姿を。
――あいつが止めてくれなければ、あの子は、本物の破壊の神になっていた。
そして、フリオの愛する大切な者達はすべて消えてしまったのだ。
まさかそこまでの力を内包するなんて、あの呪術師は何者なのだろうか。
目深に被っていたローブのせいで顔も見れない。
それに、まるで生気を感じさせない冷たい雰囲気。
――考え込んでも仕方のない話だ。
「フリオ様、大丈夫ですかにゃ?」
「あ? ああ、悪い。そうだ……聞きたい事があるんだが」
「はいにゃ」
「サビーノは、マリユスの心臓を喰らったと言うんだが、生贄を喰らうのはそういう決まりがあるのか?」
「にゃにゃ!?」
「?」
「あ、それはですにゃ……」
「おい!」
突然、書庫の木の扉の向こうから大声が聞こえてきた。
時間切れか。
フリオはミールに「またな」と声をかけ、書庫から出ると、声の主に向き直る。
ライオン獣人がむすっとした顔つきで腕を組み、フリオを睨めつけていた。
どうやら王都に連れて行ってもらった時に、勝手に消えた事をまだ恨んでいる様子だ。
フリオは肩を竦めると口元を緩めた。
「まだ怒ってるのか?」
「当然だ! おかげでサビーノ様に半殺しにされたのだぞ!」
「それであの戦場には姿がなったのか」
「傷はほぼ癒えてはいたが、サビーノ様に戦力にならんと拒絶されたのだ!」
「そうか」
それからライオン獣人は、フリオが奴隷の身であるのに自由すぎると文句をたらたらと言ってきたが、とにかくサビーノの元へ戻るのが先決だと、急かされて食堂に連れて行かれた。
食堂ではサビーノがいつもの席について、フリオを待っていた。
奴隷の身になってからは、何故かフリオがサビーノにいちいち食べさせなければならず、羞恥よりも呆れが強くてため息をつく。
「よいしょ」
「めんどくさそうにするな」
「……仕方ないだろ、赤ん坊かよ」
サビーノの膝の上に乗るとスープ入りの皿を手に持ち、スプーンですくうと大きな口に丁寧に運ぶ。
スープを舌でなめて口に含み、ごくりと飲み込むサビーノに微笑みかける。
「うまいか?」
「ああ。もっと身を寄せろ」
「あ、おい……」
腹に回されたサビーノの腕にさらに強い力が込められ、フリオはあやうくスープをこぼしそうになって、慌てた。
「サビーノ様!」
突然食堂の扉が開き、大声が聞こえて顔を向ける。
豹の獣人が困惑顔でサビーノに駆け寄った。
「何事だ?」
「人間の、じゅ、呪術師が暴れております!」
「何だと!?」
「呪術師?」
フリオは嫌な予感に胸がざわめくのを感じて、サビーノの膝から飛び降りると、食堂から出て行く。
「待てフリオ!」
サビーノの呼び止める声を背に受けつつも、フリオは足を止めず、廊下を駆けて行った。
前方から焦げたようなニオイが漂ってくる。
身の危険を感じて、その場で足を止めた。
――あいつは。
煙から姿を現したのは、やはりあの呪術師だった。
相変わらず黒いローブを目深に被ってはいるが、かろうじてその目鼻立ちと髪の毛が見えていた。
呪術師の周りは焼け焦げており、後方から爆風がその身を揺らしている。
「……っ」
フリオは両腕で顔を覆って熱気から身を守った。
その隙間から呪術師を観察すると、頭から被っているローブがはだけて顔が見えていた。
その顔を見つめて、心臓が止まる思いがした。
……その金髪に、その目は……顔は……。
「ま、マリユス……?」
呆然と呟いたフリオに、マリユスの顔をした呪術師はうっすらと微笑んで答えた。
「やっと顔を見せて話せた、兄上」
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