焔の龍刃

彩月野生

文字の大きさ
41 / 81
第二章【神無殻の業】

第21話〈策略に踊らされて〉

しおりを挟む
「お二人共ご無事ですか」  

 背後の暗闇から鈴なりのような声音が鼓膜を震わせる。
 うっすらと浮かび上がるのは、細身で長身の女性の姿。
 その声音には聞き覚えがあった。

「千桜か!」

 夕都は希望が心に灯るのを感じて歓声を上げる。朝火がすでに一歩進み出て、スマホのライトで彼女を照らしていた。

 濃茶の衣装を身に纏い、手甲には紺の脚絆、ブーツ、口元まで布で覆っており、頭巾まで被っている。
 背後には数十人もの影がうごめき、太い縄が見えた。
 皆、千桜の仲間、つまり忍者である。
 彼らは甲賀と伊賀、両派からうまれた忍術を扱う特殊な流派であり、五十年にも満たない新しい一派である。
 指揮をとるのは千桜の祖父の為、彼女の権威は一派の中でも最高位だ。

 千桜は恭しく頭を垂れる。

「我々“二条”は月夜様の命により、龍主様とその忠臣司東朝火様をお助けに参りました」
「そ、その呼び方はやめてくれ」

 夕都はやたらかしこまった態度で接する二条の忍に両手を振って、うわずった声を上げてしまう。
 対して朝火は、冷静な態度でお礼を口にした。

「感謝する」

 千桜は目を輝かせて、その名のごとく笑顔を咲かせた。

 つい先程着いたばかりで、状況把握が間に合わず、噴火口の周りでは、勝大の部下が見張っている可能性があり、夕都と朝火を拘束するつもりかも知れないと忠告される。


 龍脈の力を解放した際、全国で一斉に震震度四から五の地震が起こったらしい。この儀式が原因だとネットから広がり、報道までされているようだ。
 つまりは、人工地震だという馬鹿げた噂話を、世間が認識したのだ。
 夕都は苦笑を漏らす。
 配信されている事実をすっかり忘れていた。
 ひとまず二条流の忍者達に助けてもらってから、どう動くべきか策を練らなければ。

 無事に助け出された夕都と朝火は、噴火口付近の様子を、闇になれた夜目を頼りに視認する。
 空を見上げると、半月が遊歩道を照らし出していた。
 ふと、歩いている人影を見つけて、朝火に手招きをする。二人連なって息を潜めて、遊歩道をゆっくりと歩いていく人影の後ろにはりつく。
 背丈からして男だろう。後をつけていくと、あるはずのプレハブがすっかり片付けられていて声をあげかけた。
 朝火が手を突き出して止まれと牽制する。
 前方を見れば、男は倒れ込み、苦しそうな呼吸を繰り返していた。
 夕都はスマホを懐から取り出して、ライトで照らす。男は顔面に光を注がれて瞳を細めてうめく。
 プレハブの中で見かけた顔である。
 夕都は男を助け起こすと、彼は「先生が」と力なく呟いた。
 朝火も身をかがめると、男の顔を覗きこむ。
 何があったのかを問い詰めたところ、夕都は腕を組み、思考がこんがらがった。
 朝火が状況をまとめる。

「つまり、見物客を助けに現れた輩が、冨田勝大や秘書とスタッフまで襲って、お前は怪我をした勝大を病院まで送り届けたと」

 男は勝大の手伝いで駆り出された、山口県内の役所の者で、見物客を助けに来たスーツ姿の男達が、客がいなくなったタイミングで、プレハブ内にいた人間達に次々とナイフで襲い始めたと語った。
 プレハブのドアは施錠され、スタッフは逃げ出すのは容易ではなく、自分は勝大をどうにか車に押し込み、病院へ向かうので精一杯だったと。
 夕都は腕を組んだまま頷いた。

「じゃあ、あんたはプレハブが片付けられた所や、スタッフがどうなったのかは、見てないんだな」
「は、はい」

 男は朝火と同年代ほどに見える。
 経験は浅いようだ。
 近くにまだ待機していた二条流の者たちに、彼の保護を願い出て、笠山から降りようとした時、千桜が声を上げて駆けよってくる。
 スマホの画面を見せたので、二人とも覗き込めば、ある事実を報道するニュースキャスターの言葉に絶句した。

『……このイベントは、ある有力な宗教団体への寄付金を集める目的で開催したと遺書には残されており、息子の一成氏は父勝大氏を止めることができなかった自責の念から、自死をしたと推測されており、現在、勝大氏が入院している山口県内の病院には、多数の報道陣が集まっていて――』

「……はあ?」 

 地方のニュース番組が流す、政治家の自死を告げる荒唐無稽な内容に、頭がついていかない。
 このように大々的に政治家の自死を報道するのは、予想外である。
 何よりも、脳内では高野山にいるはずの冨田一成の姿が浮んで消えない。

「ま、まさか、高野山に刺客が」 

 夕都の呟きに被さるように電子音が鳴り響いた。千桜が、頭巾を取り外して、胸元からもう一つのスマホを掴んで見せる。
 月夜のものだ。朝火は、非通知の文言を見つめて、夕都を見やり頷く。
 夕都は早まる鼓動を感じつつ、千桜から赤いスマホを受け取った。
 月明かりが辺りを煌煌と照らし出すおかげで、若干安心感はある。

 意を決して通話ボタンをタップした。

「もしもし」
『おや。月夜さんではないな』

 中性的な声音だが、五十代ほどに聞こえる。夕都は声に集中して、名を尋ねた。

「貴方は」
『私は、《むらさめしげゆき》と申します。もしかすると、月折夕都くん。つまりは、龍主かな』 

 夕都は視線を彷徨わせて、男の名を脳内で反芻する。 

 ――むらさめ、村雨?

 息を呑み、男の正体を叫んだ。

「総理!?」

 夕都の叫び声に、朝火も千桜も反応して、小さな驚きの声を上げる。
 総理は話しを続けた。

『君たちを振り回していた冨田親子については、もう心配はいらないよ。宜しければ、君とお会いしたい』
「……」

 背中に冷や汗がつたう。頭の片隅では、危機を訴える言葉で溢れているが、この機を逃せば、神無殻は、本当に日本から淘汰されるかもしれない。
 月夜が戻るまでは、なんとしてでも守り通す。

 夕都は、まるで何かの力に操られたかのように、総理に答えた。

 通話を終えると、朝火が双眸を細めて肩をすくめて歩を進める。
 千桜が慌ててその後を追う。

「ふう~」

 盛大に息を吐きだして、月を睨んだ。

 ――夜は長い。

 夕都は小走りに二人を追いかけた。 


 数時間前。
 高野山の宿坊の庭の片隅。
 一成は、あり得ない相手とのやり取りに気を失いかけていた。
 その意識をスマホの向こうの声が引きずり戻す。

『それで、承諾してくれたのかな』
「へ? あ、はあ、はい! 総理!」
『ならば、君の命は助けてあげよう。良いかい。先程話した通りに、君は死んだことになり、新たな生を中国で過ごすんだ。今すぐに教えた場所にいって、君の父が神無殻と手を組んで、光側の支配を目論んでいたと話しなさい。そして、君は息子として止めようとしたが、命を狙われたと。のも、神無殻の指示であると話すんだよ。そのスマホはすぐに処分するようにね。それじゃあ』
「あ! お、お待ちを!」

 一成は切れてしまった通話に愕然としたが、我に返ると懐にスマホをおしこみ、無我夢中で僧たちをなぎ倒して、高野山から脱出をはかった。
 総理に言われた通りに、和歌山港を目指して、途中で変装し、体力の限界まで走り抜いたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...