異世界に転移してサンドウィッチ屋を開いたら、騎士様の胃袋を掴んでしまった様です。

有永

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第6話 光魔法と青空

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「……転移魔法」

淡い光に包まれて消えた騎士がいた場所を、ラルクは食い入るように見つめていた。その瞳は、何かを探るように静かに揺れている。

「ペリエ!さっきの騎士は誰だ!お前の部下だろう!」

宰相のシュロが、怒りに顔を紅潮させてペリエに詰め寄った。

「…申し訳ありません。存じ上げない騎士でした」

ペリエは顔を背け、うつむいたまま消え入りそうな声で答える。

「何だと!?どういうことだ!」

シュロはペリエの言葉を信じられないといった様子で、さらに声を荒げた。

「…アッシュを訪ねてここに来た際、王宮入口で『自分は治癒魔法が使えるので手伝いがしたい』と申されたので……」

「つまり、お前は、騎士服を着ていたとはいえ、見知らぬ人間を王宮に連れ込んだというのか!」

シュロはペリエの胸ぐらを掴み、激昂する。

「何を考えている!もし何かあったら……」

「シュロ、落ち着け。その手を離せ」

ラルクの落ち着いた声が静寂を切り裂く。シュロは舌打ちをしてペリエを解放した。
ペリエは服の乱れも直さずに俯き、「申し訳ありません」と小声で絞り出す。

ラルクはペリエに歩み寄り、その両肩に手を置いた。ペリエがゆっくりと顔を上げると、ラルクの黄金色の瞳と目が合った。

「もう一度確認するが…、本当に知らない騎士だったんだな?」

すべてを見透かすような眼差しが、ペリエの決意を揺るがせる。彼の忠誠心と、心に秘めた真実が激しくせめぎ合い、ペリエの瞳が潤んでいく。

「…申し訳ありません」

ペリエの両目から、ほろりと涙が溢れた。ラルクの目を見つめたまま、とめどなく涙が流れる。ラルクの後ろで、シュロが信じられないといった様子で目を見開いた。

「お前ほどの男が、なぜ泣く?」

ラルクはペリエの肩から手を離し、その髪をそっと撫でた。ペリエはただ静かに涙を流し続ける。

「…申し訳ありません、申し訳ありません…」

ペリエは俯き、何度もそう繰り返した。

ラルクはペリエの背中を力強く叩くと、声を上げた。

「まあいい!結果上々じゃないか!」

ラルクは破顔し、ペリエの背中を何度も叩いた。

「陛下!?」

シュロは眉間に皺を寄せ、怪訝な目でラルクを睨んだ。

「これを見ろ」

ラルクは右腕の袖を捲り上げた。

「なっ……!」

ラルクの右腕には、若い頃に負った太い傷跡があった。しかし、その傷はまるで最初から存在しなかったかのように綺麗に消えている。

「馬鹿な!いくら高度な治癒魔法でも、古傷まで治すなど、あり得ない…!」

シュロは驚愕し、絶句した。

「…お前も、身体が軽くなってないか?目の下の隈が無くなってるぞ」

ラルクがにやりと笑い、シュロの眉間を指でつつく。

「……っ、」

シュロは自分の体に意識を向け、息を呑んだ。確かに、先ほどまでの体の不調が嘘のように消え、むしろ若返ったかのように軽くなっている。

「ペリエ、他の騎士と手分けして残務を頼む」

「…はい!」

ペリエは涙を拭い、力強く敬礼した。

「他の者も、申し訳ないが頼んだぞ!」

ラルクがそう声を上げると、騎士たちは一斉に「はっ!」と敬礼した。その声には、先ほどまでの混乱は消え、活気が満ちていた。



ラルクの執務室で、ラルクは椅子に座り脚を組む。その隣でシュロは立ったまま、低い声でラルクに問いただした。

「どういうつもりだ、ラルク」

ラルクは腕を組み、シュロを見上げる。

「何故ペリエが涙を流したか、解るか?」

「……いや」

「ペリエは俺の質問に肯定も否定もしなかった。…出来なかったのだろう」

ラルクはシュロを諭すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ペリエは第二騎士団団長だ。誰よりも国に、俺に忠義を立てている。しかし、あの騎士に関しては何も話せなかった。おそらく、その忠誠心と、彼が守ろうとした何かとのせめぎ合いが、彼の心を締め付けたのだろう」

「……」

シュロは黙ってラルクの言葉に耳を傾ける。

「おそらく、これ以上詰め寄っても何も出てこないだろうな」

「しかし…」

「…あの青年はアッシュの名を叫んでいた。ただ目覚めたアッシュを問いただしても、おそらくペリエの二の舞になる」

ラルクは静かに結論を述べた。

「…とりあえず敵では無いだろう。暫くは様子を見よう」

ラルクは肩を竦めて両手を上げた。

「しかし、あの力は…」

「ああ。俺と同じ光魔法だろう」

光魔法を天啓した者はこの世界でも数人しか確認出来ていない。ラルクはクラミス王家では初めて光魔法を天啓した人物だった。

「我が王家には代々側妃も王配も設けていない。先代の父上も母上も、間違い無くお互い操を立てている筈だ」

シュロも頷く。

「光魔法は、治癒魔法が使える白魔法の上位職だと言われている。白魔法が全て使え、白魔法師が使えない攻撃魔法や結界魔法等が使える。俺は白魔法に関してはマスターだ」

ラルクは組んでいた腕を解くと両拳を握った。

「…しかし、俺は「ヴァルハラ」などという魔法は聞いた事が無い。欠損を再生させるほどの高位な治癒魔法、俺には使えない」

ラルクは握っていた両手を開いて、己の両掌を見つめた。

「光魔法はその稀有な存在により、まだ解明されていない事が多い。もし、彼に話が聞けるなら…」

ラルクは窓の外の空を見つめた。
雲はようやく霞み、青空が広がり始めていた。



だんだんと意識が覚めていく、

魔物に腕を食いちぎられた時に感じた、恐ろしい程の激痛が走った筈の身体が、嘘の様に、今は静かだ、むしろ、心地良い、

温かい、仄かにパンの匂いがする、

いや、これは、甘いコメの匂いか、

…違う、この匂い、

果実と花の蜜が混じった様な、仄かに爽やかな匂い、

この匂い、俺は知ってる、

…起きなくては、

俺は、また、

あの笑顔が、魅たい。




「………ん」

医療室のベットの上で、アッシュは目覚めた。

むくりと半身を起こす。傷ひとつ見当たらない自身の身体を、不思議そうな顔で眺める。

俺は確か…、左腕と、左脚が…、。

暮れかかる窓の外を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていると医療室の扉が開いた。

「……っ!、アッシュ!!」

誰かが駆け寄って、アッシュを抱き締める。見覚えがある、明るい茶髪とバーガンディの騎士服。

「……ペリエ」

アッシュはその背中に手を回し、親友の名を呼んだ。

「良かった…、本当に良かった」

ペリエは涙を流しながら、アッシュを強く抱き締めた。

「…苦しい、ペリエ」

ペリエは、構わずアッシュを抱き締める。アッシュはぽんぽんと、ペリエの背中を叩いた。

「…セイルさんか?」

ぴくり、とペリエの体が震える。
ペリエはアッシュを離すと涙を拭い、ベットの側に有る椅子に座り、ゆっくりと説明をした。




「…そうか。そんな事が」

アッシュはベッドのシーツを握りしめながら、セイルを思い返す。

「あの後、その場にいた者全員に箝口令が敷かれた。事情を知らない騎士や領民は、ラルク陛下の光魔法だと思っている」

ペリエは俯きながら言葉を紡ぐ。

「怪我人は一人もいない。お前をはじめ、欠損を負った騎士や冒険者も全員無事だ。…お前、右脚の脛に古傷があっただろう。見てみろ」

シーツをめくり、右脚脛を見る。傷跡は跡形も無く綺麗に治っていた。

「…お前も気づいているだろうが、セイルさんはダブルスじゃない。火魔法、水魔法に加えて、光魔法。少なくともトリニティだ」

「…トリニティ」

「そもそも空間魔法や結界魔法は光魔法の派生だ。陛下も、確か小規模の結界魔法は使えたはずだ」

アッシュは静かにペリエの言葉を聞いていた。

「…それだけじゃない。セイルさんの魔法は、俺たちの知る治癒魔法の常識を遥かに超えている。治癒魔法は、言わば『治す』魔法だ。だがセイルさんの魔法は治すだけでなく『再生』させた。無から有を生み出したんだ。それも、俺たちだけでなく大勢の騎士や冒険者を同時に、だ。あんな力…尋常じゃない」

ペリエは苦しそうに顔を歪める。

「王宮や魔術院はセイルさんの存在を知れば必ず取り込みに来るだろう」

アッシュは窓の外を見ていた。その横顔は、決意に満ちているように見えた。

「…妙に落ち着いているな、お前」

ペリエがアッシュの横顔に問いかけた。

「姿を変えていたのだろう?それに、俺たちを助けるために危険を顧みず駆けつけてくれたんだ。今度は俺たちが陛下や魔術院をうまくかわして、彼の平穏を守ってやれば大丈夫さ」

アッシュは一つ息をつくと、横たわった。

「なんか変わったな、お前」

「…一度死んで、生まれ変わったのかもな」

自嘲気味に、アッシュは目を細めて笑った。

「…とりあえず、今日はこのまま寝な。明日には寮に戻れるだろう。また昼休みに一緒にリメインに行こうな」

ペリエがアッシュの髪を撫でながら微笑む。

「…ああ」

ペリエの体温を感じながら、アッシュは目を閉じた。






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