異世界に転移してサンドウィッチ屋を開いたら、騎士様の胃袋を掴んでしまった様です。

有永

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第18話 ポトフとシチュー

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エリトロから旅立って3日め。
昼前に、セイルはアッシュを連れて転移魔法でマシェリル領門から少し離れた森の中に転移する。

「…凄いな。大分前に陛下の領地訪問の護衛兼付き添いで、騎士団でマシェリルに訪れた事があるんだが…、確かにあのエンブレムはマシェリルのものだ」

遠くに見える領門とその真上に掛かる旗にアッシュは目を見開く。普段、堅実で冷静な彼が驚きの表情を見せるのは珍しい。

「俺も他人を連れて転移をしたのは初めてだったけど、アッシュ、体調不良とかも無いみたいで良かった」

セイルも安堵の笑みを浮かべる。
領門で身分証と入領税金を払い、マシェリル領に入る。昼前という事もあり、領内は活気に満ちていた。人々の声、屋台の匂い、馬車の蹄の音。全てが生命力に溢れている。

「…領主にも挨拶に行きたいが…、さすがに無理か…」

きょろきょろと周囲を見渡しながら、アッシュは真面目な顔でひとりごちた。

「アッシュは真面目だねぇ。今はプライベートの旅なんだから、仕事のことは忘れて。この時間だとゼニスはまだ寝てると思うから、せっかくだから散策しようか。お腹も空いたし」

セイルが店や屋台を覗き込みながら手でお腹を軽く押さえる仕草は、どこか幼く見えて、アッシュの表情がわずかに緩む。

「俺が少しだけアイデアを提供した定食屋があるんだよ。行ってみようか」

セイルの提案に、アッシュは素直に頷いた。
繁華街から少し外れた、こぢんまりとした店に入る。古いが手入れが行き届いており、なかなか繁盛している様だ。

「クインリッツさん、お久しぶりです!」

セイルは丁度厨房から出てきた、がっしりとした体躯の女性に声を掛けた。女性はセイルを見掛けると、小麦色の顔に満面の笑顔を浮かべて駆け寄って来る。

「セイルじゃないか!久しぶりだねぇ!」

女性はまるで息子に再会したかのように、ばんばんと、セイルのすらりとした背中を叩いた。アッシュは一瞬、その豪快な力にヒヤリとしたが、セイルは慣れた様子で笑っている。

「クインリッツさんもお元気そうで、何よりです」

セイルが目を細めて微笑む。それはアッシュが今まで見たこともない、またいつもと違った、少し親愛と懐かしさが混じったような柔らかな笑顔を浮かべていた。

「セイルが教えてくれたメニューは今も変わらず人気だよ!久しぶりに食べて行くかい?」

「ではシチューを二人分、お願いします」

セイルは隣のアッシュを見上げ、ニコリと笑う。アッシュはクインリッツに、同じ様な材料で味が変えられるポトフとホワイトシチューの二種類を教えたのだった。夏場は難しいが、春秋冬は好評だったという。

「アッシュ、クインリッツさんの料理は、心が温まるような味なんだ。君にもきっと気に入ってもらえると思う」

セイルは親しみを込めた眼差しでアッシュを見つめた。アッシュは、彼の穏やかで優しい雰囲気に包まれ、心が癒されていくのを感じた。

「ああ、楽しみだ」

彼はそう短く答えたが、その声には、普段の業務的な声色とは違う、わずかな期待が滲んでいた。

二人がテーブルに着くと、お冷を持ったクインリッツが訪れ、笑顔で尋ねてきた。

「彼は…恋人かい?セイル」

クインリッツのストレートな問いかけに、セイルは一瞬たじろいだ。アッシュは無表情を保ったまま、クインリッツを見返す。しかし、彼の心の奥底では、セイルの答えを待つ微かな緊張感が走っていた。

「えっ、あぁ、ええと…クインリッツさん。アッシュは…とても大切な人、だよ」

セイルは、曖昧な表現を選びつつも、どこか嬉しそうな、そして微かな羞恥心を滲ませた微笑みを浮かべた。その言葉に、アッシュの黒い瞳が一瞬揺らぐ。恋人という言葉に肯定は貰えなかったが『大切な人』—その言葉が、アッシュの心の堅い鎧の隙間に、そっと温かい雫のように染み込んだ。

クインリッツはセイルもゼニスも知っている。彼らの性癖も、なんとなく。彼女からしたら若い常連客は皆息子・娘みたいな感じだ。

「へぇ、セイルがねぇ。いいことだ。倖せになりなよ」

クインリッツはそう言って、満足そうに厨房へ戻っていった。

「…大切な人、か」

アッシュは、ぼそりとつぶやいた。セイルは顔を少し赤くしながら、ごまかすように話を逸らす。

「ポトフはリメインでも日替わりで出したことがあるからシチューにしちゃったけど、よかった?」

「セイルが良いと思う方で構わない」

アッシュは微笑んだ。

「また夕食に招いた時に、シチューを作るよ」

「ああ、楽しみにしてる」

二人は笑顔で見つめ合った。クインリッツの店は、二人の間に漂う、微かな緊張感と甘い空気をそっと包み込むように、暖かな光を灯していた。



陽が少し傾いたころ、セイル達はカレスに向かった。カレスの開店時間は19時。そろそろゼニスが2階の住居側から1階の店舗に降りて、開店準備前の一服をしている頃だ。

セイルが『準備中』と書かれた看板が掛けられた扉に手を添える。抵抗が無い。そのまま扉を開けた。カランカラン、と鐘が控えめな音を立てる。

「すみません、まだ準備中で…、セイルか?」

カウンターキッチンの奥、薄暗い店内で唯一灯りのついた照明の下で、紫煙をくゆらせていたゼニスがセイルに気づいた。彼は灰皿に煙草を押し付け、ゆっくりと立ち上がる。その動作の一つ一つに、バーの店長らしい気だるさと実直さが滲んでいた。

「突然ごめん、ゼニス」

眉尻を下げてセイルが謝る。

「いつもの事だ。気にするな…って、」

セイルの後に見知らぬ男が居るのが分かると、ゼニスは眉を潜めた。その鋭い視線が、大柄で整った顔立ちの男、アッシュに向けられる。アッシュは、ゼニスの露骨な視線を受けても微動だにせず、ただ真っ直ぐに彼を見返した。

「…誰だ?」

ゼニスの声は低く、警戒の色を帯びていた。かつての恋人を戦で失って以来、恋愛から遠ざかっているゼニスにとって、セイルの隣に立つ、いかにも『真面目』そうな男の存在は、看過できないものだった。

「立ち話もあれか、とりあえず入れ」

ゼニスは2人を招き入れると扉に鍵を掛けた。





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