異世界に転移してサンドウィッチ屋を開いたら、騎士様の胃袋を掴んでしまった様です。

有永

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第73話 Twilight Z ep:1/3

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その日から、ペリエは実家に用事がありエルステイン領へ向ったため、3日程家を空ける。ちなみにセイルの転移魔法で移動だ。

久しぶりに一人になった自宅にゼニスはなんだか落ち着かない。ペリエと暮らし始めてからの生活が、既に自分の中で当たり前になっていたのだと、改めてペリエの存在の大きさを染み染みと感じた。

ゼニスは身支度を整えると、気分転換に王領内へと散歩に出掛ける事にした。

煙草に火を点け、細く紫煙を吐き出しながら闊歩する。すっかり世界は冬模様で、エリトロ王領内も乾いた木枯らしに包まれていた。コートの襟を立て、紫煙と共に吐く息が白い。

ふと、領内西の端で足を止める。視線の先には、雪より白い薔薇のアーチが作られた、豪奢な邸宅があった。どこかの貴族の邸だろうか。
ゼニスがその白い美しさに目を奪われていると、庭の奥から、モスグリーンの作業服を纏った青年が出て来た。

その青年の姿に、ゼニスは息を飲む。

「カミュ…?」

庭師は、ゼニスが過去に勘当された実家で肌を重ねていた初恋の青年、カミュの面影と酷似していた。しかし、よく見ると髪の色が違う。カミュは薄茶だったが、その庭師は銀髪だった。また、体躯もカミュに比べるとやや細い。
しかし、その顔立ち、特に眉から目の辺りの翳りは、紛れもなく記憶の中の彼だった。

青年はゼニスに気づくと、そっと会釈をし「こんにちは」と声を掛けてきた。優しい足取りで近づいてくる。

「薔薇が、お好きですか?」

ゼニスの知るカミュより声が低い。それに、カミュは自分に対し、あんなよそよそしい敬語を使わなかった。とはいえ、彼と別れてからもう何年も経つ。

「…好きですね。親しかった知人に庭師がいた影響で、花が好きになりました」

ゼニスはそう返しながら、冷静を装って相手の顔を見つめた。こんな偶然があるだろうか。あるいはただ似ているだけなのか。

「貴方は、この家の庭師さんで?」

「はい。私はここの邸宅でお世話になっています」

「…俺はエリトロ宮殿の近くでバーを営んでおります、ゼニスといいます」

ゼニスは落ち着いて、名を名乗る。

「これは丁寧に。私はアイザックと申します」

アイザック。名前は違う。だが、その声、眼差し、全てがゼニスの心の壁を掻き乱す。

「アイザックさん。こちらはどちらの貴族の邸宅で?」

ゼニスは何となく、実家ファスティギアスと関係が有るのかと探ってみた。

「…申し訳ありませんが、主から名を明かすなと言われております。一応、貴族本宅ではありません。持ち物のひとつ、という事でまだ誰も住んではおりません。私が造庭も兼ねて清掃等を管理しております」

アイザックと名乗る青年は、そう言って優雅に微笑んだ。その笑顔には、カミュにあったような無邪気さはなく、どこか世慣れた、諦めのような影が見えた。

「どなたかの持ち物、ですか……」

ゼニスは口の中で呟いた。これほど立派な邸宅を、本宅でもなく使用人もアイザック一人で管理させている。そして、主の名を明かすことを禁じている。いかにも、何か曰くありげだ。

「失礼を承知で伺います。アイザックさんは、どちらの生まれで?」

ゼニスの問いかけに、アイザックは庭師服の袖口を払いながら、少しだけ首を傾げた。

「…私は、このエリトロ王領外で生まれ育ちました。少々複雑な事情がありまして、特定の家に仕える前は各地を転々としておりました」

「そうですか」

ゼニスはそれ以上は追及しなかった。これ以上深入りすれば、アイザックの警戒心は高まるだろう。なにより、もし彼が本当にカミュであれば、彼は自分を避けるはずがない。少なくとも、カミュはゼニスに対し、よそよそしい敬語など使わなかった。

――俺のカミュは、もっと自由で、愛を求める男だった。

ゼニスは一歩後ずさり、コートのポケットから新しい煙草を取り出した。一本を唇に挟み、火を点ける。

「長居を失礼しました、アイザックさん。綺麗な薔薇を拝見出来て、目の保養になりました」

「お役に立てて光栄です、ゼニス様」

アイザックは再び、深くも恭しい会釈をした。その仕草すら、カミュとは違っていた。カミュは、常にゼニスに対して対等であろうとした。
ゼニスはその場を辞去しようと、踵を返す。しかし、その時、アイザックが静かに言葉を付け加えた。

「もしよろしければ、また散歩のついでにでもお立ち寄りください。貴方様の醸し出す、その燻ったような空気が、この寂しい邸宅に、少しだけ温もりを運んでくださったように感じます」

その言葉に、ゼニスは再び足を止めた。燻ったような空気。それは、ゼニス自身が内に秘める、抑圧された激情と、決して晴れることのない過去への後悔を言い当てているようだった。そして、その『寂しい邸宅』という言葉。

「寂しい、ですか」

「ええ。主がまだ住まう予定のない場所は、空虚な時間が流れておりますので」

アイザックはそう答えたが、彼の眼差しは邸宅ではなく、ゼニスの瞳の奥を見つめているようだった。

この男は、自分を知っている。

直感だった。顔は似ていても別人。名前も違う。だが、この感情に訴えかけてくる言葉選び、そして、まるでゼニスの内面を見透かしたような眼差し。

ゼニスは紫煙を深く吸い込み、吐き出した。

「…では、また」

そう短く告げ、ゼニスは今度こそ、その場を後にした。彼の背後で、アイザックが静かに頭を下げている気配を感じた。

ゼニスは足早に自宅へと戻り、鍵を開けて店内に入った。すぐに灯りを点けず、カウンターに凭れかかる。背後のドアを閉め、冷たい空間で一人物思いに沈む。

「アイザック…」

呟いた名前は、カミュよりも重く、深く響いた。
カミュの面影を持つ彼が、なぜ、誰にも明かせない貴族の持ち物に仕えているのか。そして、なぜゼニスの内面を見透かすような言葉を投げかけてくるのか。

(あんなに似ているのに、カミュじゃない。でも、あの眼は…俺を知ってる。

ゼニスはコートのポケットに手を入れた。そこには、朝、ペリエが置き忘れていった、少しだけ甘い香りのするハンカチが入っていた。その温もりに触れた瞬間、ゼニスの頭の中を占めていた『カミュの面影』は、少しだけ後退する。

今は、ペリエと築いた新しい生活がある。過去に囚われて、それを壊すわけにはいかない。
しかし、アイザックの銀髪と、その孤独な瞳が、ゼニスの記憶に焼き付いて離れない。このまま、何事もなかったかのように忘れることができるだろうか。ゼニスは、カウンターの上のマッチに手を伸ばし、再び煙草に火を点けた。

彼は本当に何者なのか。 ゼニスの探究心は、抑えきれない好奇心へと変わり始めていた。






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