異世界に転移してサンドウィッチ屋を開いたら、騎士様の胃袋を掴んでしまった様です。

有永

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第105話 ふたつの「家族」

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ベットの上で、セイルはモーリとシーラに、自身の出自を静かに打ち明けた。


「…異世界、転移者」

モーリが噛み締める様に呟く。

「では、あの斬新な料理や、見たこともない意匠の菓子は、貴方が魔法で生み出したものなのね?」

シーラがセイルの細い手を両手で包み込みながら、慈しむような瞳で問いかけた。

「すべてではありませんが、知識や一部食材は魔法で生成したものです。ただ、華服に関しては、私が直接錬成したものはほぼありません。道具は自作しましたが、この世界の素材で、この世界の職人さんが作れなければ、文化として根付きませんから……」

モーリとシーラの驚きは無理もなかった。しかし、その瞳にあるのは恐怖ではなく、大切な息子のパートナーに対する深い慈愛と、人知を超えた存在への敬意だった。

「……信じがたい話だが、合点がいったよ」

モーリが静かに頷く。

「君がもたらしたあの斬新なアイディア、そして何より、アッシュがこれほどまでに誰かに執着し、守りたいと願う理由が。君の魂そのものが、この世界にはない輝きを持っていたのだな」

「黙っていて申し訳ありません……」

セイルが弱々しく微笑むと、シーラはその手をさらに強く握りしめた。

「謝らないで、セイルさん。貴方がどこから来たとしても、アッシュを射止めて笑顔にしてくれた事実は変わらないわ。むしろ、そんな重い運命を一人で抱えていたなんて……気づいてあげられなくてごめんなさいね」

侯爵夫妻の温かな受容に、セイルの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。それをアッシュが、愛おしそうに指先で拭う。

「シーラ様…、いえ、シーラ義母様かあさま

セイルが発した言葉に、シーラは目を見開いた。

「今、なんて……?」

シーラは耳を疑ったように聞き返した。セイルは少し照れたように、けれどもしっかりと彼女の瞳を見つめ直した。

「…以前にもお話した通り、私は幼少期に両親を無くして孤児として育ちました。このまま、アッシュのパートナーとして変わらず認めていただけるなら、お二人の事を、義母様かあさま義父様とうさまと、お呼びしても、よろしいでしょうか…?」

セイルの言葉が静かな寝室に染み渡る。

モーリとシーラは一瞬、息を止めたように静止したが、次の瞬間、シーラは溢れ出す感情を抑えきれずセイルの細い体を抱きしめた。

「ええ……ええ、もちろんですとも! セイルさん、いいえ、セイル。私たちの愛しい息子……。よくぞ言ってくれました」

シーラの目からこぼれた涙が、セイルの肩を濡らす。モーリもまた、眼鏡を外して目元を拭うと、厳格な貴族の顔を崩し、一人の父親としての柔らかな笑みを浮かべた。

「歓迎しよう、セイル。エリンジューム侯爵家に、これほど誇らしく、心強い息子を迎えられるとは……。アッシュ、お前には過ぎた伴侶だが、どうか生涯をかけて彼を幸せにしなさい」

「……はい、父上。言われずとも、そのつもりです。命に代えても」

アッシュはまだ顔色の戻らないセイルの肩を、壊れ物を扱うように、けれど力強く母親ごと抱き寄せた。

「……アッシュ、前にも言ったけど、命に代えないでよ…」

セイルはいつもと変わらない苦笑いをアッシュに返した。




翌朝、セイルの容態が安定した頃、セイルはアッシュとモーリとシーラを連れて聖域に転移した。

ヴィラの扉が勢い良く開かれ、ゼニス達が桟橋を駆けてくる。なりふり構わずゼニスがセイルに抱き着いた。

「…セイル…っ!セイルっ!!」

ゼニスが涙を流しながらセイルの名を呼ぶ。ゼニスにとって、セイルは大切な「恩人」であり、「家族」であり、「弟分」なのだ。

「ゼニス、ごめん。心配かけたね」

セイルの言葉に、ゼニスは一瞬目を見開くと、彼は声をたてて泣いた。ヴィラの桟橋に、ゼニスの男泣きが響き渡る。
それを追うように駆け寄ってきたペリエも、言葉にならない安堵の表情でセイルの肩に手を置いた。

「……本当に、心臓が止まるかと思ったぞ」

「ペリエ……。レティスも、カシスも。みんな、本当にごめん。……みんなの祈り、ちゃんと届いたよ。闇の中で、みんなの声が道標になってくれたんだ」

セイルが穏やかに微笑むと、背後で控えていたレティスとカシスが、こらえきれず二人同時にゼニスごと、セイルしがみついた。

「大丈夫だよ。ほら、この通り」

セイルは、まだ少し熱を帯びているものの、力強く三人を抱きしめ返した。その様子を、少し離れた場所から見ていたモーリとシーラ、そしてアッシュは、静かに目を細める。

「……賑やかで、温かい場所ね。ここが、あの子が創り出した『聖域』なのね」

シーラが感嘆の声を漏らすと、ペガサスが彼女の元へ歩み寄り、その白い鼻先をそっと彼女の手のひらに寄せた。



騒ぎが一段落し、ヴィラのリビングには全員が集まった。

セイルは、モーリとシーラにも「聖域」の成り立ちと、ゼニスたちが自分にとってどれほど大切な存在であるかを改めて説明した。ちなみにお馴染みの精液のくだりで、モーリ達が絶句してアッシュが気不味そうに顔を反らしたのは言うまでもない。



「……そうか。君たちは、セイルを支えてくれる家族のようなものだったのだな」

モーリの言葉に、ゼニスが照れくさそうに頭を掻く。

「家族だなんて、滅相も無いです。俺達はただ、このお人好しに救われただけの連中です」

「いや、ゼニス殿。貴方たちの祈りがなければ、セイルは戻ってこれなかったかもしれない。……エリンジューム家からも、感謝を伝えさせてほしい。ありがとう」

侯爵自ら頭を下げる姿に、ゼニスとペリエは頭を上げて下さいと慌てふためいた。

「義母様、ペガサスとユニコーンを側に付かせますので、温泉、如何でしょうか。肌にとても良い魔石を使用しております。ガウンも有りますので」

セイルの言葉にシーラは目を輝かせる。

「あら、温泉ですって? セイルがそう言うなら、ぜひいただこうかしら」

もう隠す必要も無いと思ったのだろう。セイルは無限収納からガウンと小瓶を2つ取り出し、シーラに差し出した。

「俺も使用している、手製の乳液と化粧水です。是非お持ち下さい。効果は、アッシュの太鼓判付きですので」

セイルから手渡された小瓶を、シーラは宝物のように両手で包み込んだ。

「アッシュの太鼓判付きだなんて、それは期待してしまうわね。……アッシュ、あなた、セイルのこんなに素晴らしい才能を独り占めしようとしていたの?」

「……いえ。独り占めなどとは…」

アッシュが頬を染めてバツが悪そうに視線を逸らすと、モーリが「はっはっは」と豪快に笑い声を上げた。

「シーラ、セイルの言う通りだ。セイルの肌の艶を見れば、その化粧水がいかに上質か一目瞭然だよ。さあ、せっかくの息子の気遣いだ。ゆっくりと羽根を伸ばしてきなさい」

人化したペガサスとユニコーンを連れて、シーラが浮き立つ足取りでヴィラをいそいそと出ていく。

「義父様、実はサウナというものが有りまして」

セイルが説明をしようとすると、サウナに魅せられたアッシュが、待っていましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がった。

「父上、サウナは俺がご案内します。あれは……男の魂を磨き、雑念を払う至高の修行場です。その後の水風呂、そして外気浴。これを知らずして真の休息は語れません。セイルには申し訳無いが…、セイルの体力が回復次第、邸に増設する事を薦めます!」

「ほう、あのアッシュがそこまで熱を上げるとは……。よかろう、お手並み拝見といこうか」

モーリはアッシュの熱量に驚きつつも、どこか嬉しそうに頷いた。かつて厳格だった息子が、これほどまでに活き活きと自分の好きなものを語る姿を、父親として眩しく感じたのかもしれない。

アッシュが手ぬぐいと脱衣籠を手にし、モーリを連れてヴィラを出ていく。


「四人とも、本当にごめんね。せっかくの連休だったのに…」

リビングに残されたセイルは、申し訳なさそうに眉を下げた。しかし、ゼニスは不敵な笑みを浮かべてセイルの頭を軽く小突いた。

「バカ言え。お前が無事だったってのが一番なんだよ!」

「そうですよ、セイルさん。僕たち、セイルさんがいなくなっちゃうんじゃないかって……怖くて、怖くて」

レティスが涙を拭いながら、切実に訴える。カシスもまた、黙って頷き、セイルの無事を確かめるようにその細い手首をそっと握った。

「……ありがとう。みんな、本当に大好きだよ」

セイルの瞳が潤み、温かな空気が部屋を満たす。そんな中、ペリエがふと思い出したように口を開いた。

「ところで、セイル。アッシュの奴、すっかり『サウナ伝道師』みたいになってたな。あの真面目な顔で『魂を磨く』だなんて」

その言葉に、セイルは思わず噴き出した。

「ふふっ……アッシュ、本当に気に入ってくれたみたいだね。昨夜も意識が戻った後、俺の心配をしながらも『サウナの管理は俺が引き受けようか』なんて真顔で言ってたんだよ」

「ははっ、騎士団長がサウナ番かよ。傑作だな!」

ゼニスが笑い飛ばし、ようやくいつもの「リメイン」と「エム」の賑やかな空気が戻ってきた。



一方、岩風呂。
シーラは人化したユニコーンにエスコートされ、乳白色の湯に身を沈めていた。

「……なんて贅沢なのかしら。肌に染み渡るようなこの感覚。魔法の力というのは、こんなにも優しいものなのね」

豊満な胸に湯を絡めながら、シーラは吐息を零す。

「セイルの光魔法には慈愛の性質を持っております。シーラ様、貴女が彼を息子として受け入れたことで、この聖域の加護はさらに強まりました。有難うございます」

ユニコーンが静かに告げると、シーラは満足げに目を細めた。

同時に、サウナ室では。

「父上、どうですか。この熱波。今、石にアロマ水というものををかけます……これが『ロウリュ』です」

ジュワーッ!!という景気良い音と共に、凄まじい熱気がモーリを襲う。

「……っ、これは……確かに、戦場にも似た過酷さだが……不思議と、雑念が消えていくな……」

「そうです。その後、湖に飛び込み、外で風を浴びるのです。そうすれば……『整い』ます」

「整う……? 妙な言葉だが、悪くない。アッシュ、お前がセイルを守ると決めた覚悟、この熱さのように本物なのだな」

裸で向き合う親子。言葉は少なくとも、熱気と汗を通じて、長年あった心の壁が少しずつ溶けていくのを感じていた。


昼を二刻程過ぎた頃、セイルたちはエリトロへ戻ることになった。

「じゃあゼニス、ペリエ、今度こそゆっくりしてね。明日の夕方に、必ず迎えに来るから」

エムは明日まで休業である。ペリエとゼニスは滞在を一日延ばしたのであった。

セイルは、まだ少し顔色は白いものの、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて二人に手を振った。
魔力枯渇という死線を越えた直後とは思えないその凛とした姿に、ゼニスは鼻をすすり、ペリエは深く安堵の息を吐く。

「……おう。あんまり無理すんなよ。アッシュ、しっかり見張ってろよ」

「言われずとも。父上、母上、レティス、カシス。行きましょう」

アッシュの言葉を合図に、セイルが転移魔法を展開する。光が収まった後、ヴィラの桟橋に残されたのは、ゼニスとペリエ、そして静かに控えるペガサスとユニコーンだけだった。

「私達も森に戻る。難儀だったな。ゆっくり休め」

人化を解きながら、ペガサスとユニコーンは桟橋を歩いて行った。


「……嵐のような公休だったな、おい」

ゼニスが苦笑しながら、聖域の清浄な空気を胸いっぱいに吸い込む。

「だが、これで本当に『家族』になったんだな、あいつら」

ペリエが空を見上げる。そこには、セイルの魔力の安定を証明するかのような、一点の曇りもない碧空が広がっていた。



転移した先は、侯爵邸のアッシュの私室だった。
レティスとカシスをそれぞれの家へ送り届ける手配を済ませた後、モーリはセイルに向き直り、その肩に大きな手を置いた。

「セイル。今日はゆっくり体を休ませなさい。そして明日からは少しだけ、自分を甘やかすことを覚えなさい。君がいなくなるのは、この国の光が一つ消えるも同義なのだからね」

「義父様……ありがとうございます」

「あらあなた、説教はそれくらいにして。セイル、今夜は消化に良いスープを作らせるわ。アッシュ、貴方は片時も離れず付き添うこと。いいわね?」

「はい、母上。そのつもりです」

侯爵夫妻が部屋を去り、ようやく二人きりになった室内で、アッシュはたまらずセイルを背後から抱きしめた。

「……アッシュ?」

「……怖かった。君の指先が冷たくなっていくのを感じて、このまま消えてしまうのではないかと……」

アッシュの腕が震えている。セイルは、自分を繋ぎ止めてくれた最強の騎士の手に、自らの手を重ねた。

「消えないよ。僕の居場所は、アッシュがいるここだけだ。……魔法の源も、みんなとの絆も、全部この世界にあるんだから」

セイルはアッシュの首筋に顔を埋め、清潔な石鹸との匂いと、彼特有の仄甘い匂いに、ようやく本当の意味で「生還」したことを実感していた。



一方、一足先に休日を再開させたゼニスとペリエは、他に誰もいないヴィラで贅沢な時間を過ごしていた。

窓から射し込む月灯りを浴びながら、広大なベットの上で、ペリエとゼニスは一糸纏わぬ姿で手を繋ぎ、ぼんやりと事後の吐息を鎮めていた。

「……俺さ、セイルに救われた時、もう一生分の運を使い果たしたと思ってた」

ゼニスが天井を見上げたまま、ぽつりと零す。全てに絶望しかかっていたあの日、セイルがアッシュをカレスに連れて来なければ、近い将来、ゼニスは自ら命を絶っていたかもしれなかった。

「でも、お前と出会って、こうしてまた誰かと一緒に生きたいって思えた。……セイルの奴には、感謝しきれねぇな」

ペリエは何も言わず、ゼニスの体を引き寄せ抱き締めた。
薄く開いた窓から吹き込む聖域の風が、二人の火照った肌を優しく撫でていく。

「ゼニス、俺は少しセイルさんに嫉妬しているよ。お前がセイルさんを抱き締めて号泣した時、…どう足掻いても、俺はゼニスの一番にはなれないのかもしれないって」

ゼニスはペリエのその言葉に少し呆れたように、けれど愛おしさを隠しきれない瞳でペリエを見つめ返した。

「何言ってんだ、お前…」

自分を抱きしめるペリエの腕に力がこもっているのが分かる。かつての第二騎士団長ともあろう男が、自分のようなはぐれ者にそんな顔を見せる。

「セイルへの想いは、死に損なった俺に手を差し伸べてくれた『希望』への祈りだ。……でもな、ペリエ。今、俺の体温を奪って、心臓を騒がせてんのは、お前なんだよ」

ゼニスは空いた方の手でペリエの頬を包み込み、引き寄せて深く唇を重ねた。事後の気だるさの中で交わされるキスは、甘く、けれど確かに独占欲を孕んでいる。

「……一番なんて、器用なランク付けはできねぇよ。だが、俺の『隣』を許してんのは、世界中でペリエ、お前だけだ」

その言葉に、ペリエの碧眼が潤んだ。彼は逃がさないと言わんばかりに、ゼニスの腰をさらに強く抱き込む。

「……分かってる。ずるいな、ゼニス。そう言われたら、俺はもうお前から離れられない」

「離すつもりもねぇよ。……さあ、もう一回、俺を抱き潰せ」

ゼニスの不敵な笑みに、ペリエも元騎士の仮面を脱ぎ捨てた男の顔で応える。


聖域の静かな夜、ヴィラのベッドは二人の熱に溶かされていった。





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