異世界に転移してサンドウィッチ屋を開いたら、騎士様の胃袋を掴んでしまった様です。

有永

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第190話 逢いたかった




カールは副団長に視線をずらすとニコリと目を細めた。

「……副団長様でしょうか?挨拶が遅れて申し訳有りません。私は『カール・オデュッセイア』と申します。アッシュ兄様とは遠縁にあたりまして、幼い頃から親しくさせております」

カールは完璧なボウ・アンド・スクレープを披露した。

​​「……は、はあ。これはご丁寧に。エリンジューム団長にこれほど美しい……いえ、凛々しいご親族がいらっしゃったとは」

​副団長は、カールの放つ圧倒的な「美」の圧力に気圧され、珍しく言葉を詰まらせた。
​カールはふっと唇の端を上げ、艶然と微笑んだ。

​「兄様は昔から生真面目すぎて、周囲を疲れさせてはいませんか? 今日は公務も一段落したと伺いましたし……。宜しければ、私の滞在している別荘で積もる話でもいかがでしょう。副団長様、兄様を少々お借りしても?」

​「え、ええ! もちろんです。団長、あとは我々で引き受けますので、どうぞごゆっくり!」

​副団長は、カールの背後に漂う「拒絶を許さぬ貴族の威圧感」と、それでいてとろけるような甘い香りに当てられ、半ば思考停止状態で敬礼を送った。


​アッシュは、まるで夢遊病者のような足取りでカールの後に続いた。

宿舎を出て、アルジャンテが御者に扮した豪奢な馬車に乗り込んだ瞬間、結界魔法の起動音が鼓膜を叩く。

​「……セイル、なのか?」

​馬車の扉が閉まると同時に、アッシュは絞り出すような声で問うた。

対面に座る「カール」は、扇子で口元を隠し、クスクスと喉を鳴らして笑った。その仕草は、父モーリには決して不可能な、煽るような色気に満ちている。
 
​「ふふ、驚いた? アッシュ。そんなに怖い顔をしないで」

​「驚かないはずがないだろう! 父上の若い頃の姿で、その……そんな、太ももを露わにするような格好で……!」

​アッシュの視線は、カールの組んだ脚から覗く黒いタイツと、スリットからこぼれる絶対領域に釘付けになっていた。セイルの本来の姿よりも、さらに「男を惑わすこと」に特化したような装い。

​「だって、ダイアンサスには俺の顔を知っている商人もいるかもしれないし、もちろんエリトロ騎士団の皆は言わずもがなだろう?。エリンジュームの遠縁を名乗るなら、これくらい血筋を感じさせる顔の方が説得力があるでしょう?」

​セイルは紫色の魔方陣を展開して変身解くと、座席を移動し、アッシュの隣にぴたりと体を寄せた。化粧と服装はそのままだ。

スラリと伸びた指先が、アッシュのネイビーブルーの騎士礼服の襟元をなぞる。

​「……寂しかったよ、アッシュ。一刻も早く、君に抱きしめて欲しくて……わざわざ『公爵領の隠れ家』まで用意したんだから」

​耳元で囁かれる甘い声。馬車の中、隣には最愛の、そして少々淫らな恋人。

アッシュの脳内では、倫理観と情欲が激しいデッドヒートを繰り広げていた。

​「セイル……君は、本当に加減というものを……」

​「嫌い?」

​上目遣いで覗き込まれ、アッシュはついに降伏した。
彼は大きな掌で、カールの細い腰を強引に引き寄せ、その唇を塞いだ。


​馬車が到着したのは、領外れにある、昨日までボロ家だったとは到底思えないほど美しく改装された屋敷だった。

門をくぐれば、手入れの行き届いた庭園と、清らかな音を立てる小さな噴水が二人を迎える。

​「……ここを、君が一人でやったのか?」

呆然と、アッシュはその家を見つめる。

​「ブランシュたちにも手伝ってもらったけどね。さあ、入って。アッシュのために、最高の風呂と食事、それから……『俺』を用意して待っていたんだ」

​玄関ホールでは、執事のような佇まいのブランシュと、犬の姿のノワールが「おかえりなさいませ」と出迎えてくれた。ノワールが「アッシュ様、腰を抜かさなくて重畳です」と呆れたようにヤジを飛ばしてくるが、アッシュにはそれに答える余裕すらない。

​セイルは、アッシュの手を引いて二階の主寝室へと向かう。

そこには、セイルが錬金魔法で作り上げた、雲のように柔らかそうな天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座していた。

​「アッシュ、まずは旅の汚れを落としてくる? それとも……」

​セイルは、ハーフアップにしていた髪を解き、指先でルージュの引かれた唇をなぞった。

​「先に、俺を食べてくれる?」

​その一言が、アッシュの中に残っていた最後の理性の鎖を、跡形もなく焼き切った。アッシュが荒々しくセイルを抱き締める。

「セイル……、セイル!」

「アッシュ…、アッシュ。……逢いたかったよ!」

二人は崩れ落ちるようにベッドへともつれ込んだ。長旅の渇きを癒やすように、幾度も唇を重ねる。セイルの纏うカールの衣装が、アッシュの大きな手によって乱暴に剥ぎ取られていく。

​「ま、待ってアッシュ……。そんなに急がなくても……」

​「黙れ……、こんな格好で『兄様』などと呼ぶ君が悪いんだ。……もう、一分一秒も待てない」



​外ではダイアンサスの静かな夜風が木々を揺らしていたが、結界に守られたその寝室だけは、熱い吐息と情欲の熱に支配されていた。


一ヶ月の滞在。その初夜は、まだ始まったばかりだった。





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