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綻び(5)―救いと、予兆
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……眩しい……頭痛い。
桜那が目を覚ますと、すでに太陽が高くなっていて、あたりはすっかり明るくなっていた。ふと横を見ると、宏章が桜那の手を握ったまま眠っていた。
……ずっと握ってくれてたんだ。
桜那は愛しさが込み上げてきて、涙を滲ませた。
昨晩飲みすぎたせいで、頭も胃も重く寝覚めは最悪だった。だが何故か心は晴れ晴れとして、清々しさを感じていた。部屋を見渡すと、桜那が飲み散らかした酒瓶やカンも、綺麗に片付けられていた。
「……ん」
宏章も日差しで目を覚まして、ゴソゴソと体を動かし始めた。バッと勢いよく体を起こし、心配そうに桜那の方を振り返る。
「……おはよう」
桜那は穏やかな表情で、幸せそうに微笑んでいた。
その顔を見て、宏章はホッとして桜那を強く抱きしめた。桜那はそっと宏章の背中に手を回し、ぴったりと体をつけて、しばらく宏章の体温を感じていた。
突然、ぐうーっと宏章のお腹が鳴った。
宏章は昨晩から何も食べておらず、安心したら急に腹が空いてきたのだ。
「……ごめん」
宏章が照れながら呟くと、桜那は吹き出して、あははと声を上げて笑った。
「ごめんね、昨日から何も食べてないもんね。今から何か作るよ」
「いや!俺が用意するよ……」
「いいの、私が作りたいの。私シャワー浴びてくるから宏章はテレビ見て待ってて」
桜那は足早にバスルームへと向かった。
元気そうな桜那の姿に安心すると、宏章はとりあえずテレビを点けた。時計を見ると十一時半を過ぎていて、お昼の情報番組が始まっていた。
……あ!秦野侑李だ。
お昼のバラエティのゲストで、秦野侑李が出演していた。しばらく食い入る様に見ていると、秦野侑李が素っ頓狂な受け答えをして、周囲からどっと笑いが巻き起こった。宏章もつられて思わず声を出して笑っていると、シャワーを終えた桜那がちょうどそのタイミングで戻ってきた。
「侑李さん、すごいよね。こんな返しが出来るんだもん」
桜那は尊敬の眼差しで、テレビ画面の侑李を見つめていた。
「桜那もバラエティでは、充分面白いと思うけど」
宏章が答えると、桜那はため息をついて笑った。
「それは事前にかなり準備してるから。私は台本かなりじっくり読み込んでから収録に入るんだけど、侑李さんはものの数十分くらいで全部頭に入っちゃうの。それであの返しでしょ?あの現場での瞬発力や理解力とか、本当に天才なんだと思う。それに侑李さんて、すごく求心力があって……。いつの間にか、侑李さんの周りにはいい人が集まってくるの。もちろん本人の、人を嗅ぎ分ける嗅覚も凄いんだけど……、AV女優時代からそうなんだって。昔は色々と本人も苦労したみたいなんだけどね。私はやっぱり、ああいう風にはなれないから……」
桜那は悲しげに肩を落とした。テレビ越しに見る秦野侑李は、それこそ桜那が教えてくれたイメージそのままの、自然体でいつの間にか周囲を惹きつけるような人間だった。宏章も無意識のうちに目で追って、引き込まれてつい笑ってしまっていた。
宏章も初めは秦野侑李が元AV女優だと言うことは全く知らず、後から知って驚いたくらいだった。現役の頃がどうだったかは分からないが、少なくとも今のポジションになるまでには並大抵の努力ではなかったろうし、桜那の言う通り、本人の才能も凄いんだろうという事は一般人の宏章ですら感じていた。
「じゃあ桜那は努力の天才だな。そこまで自分を追い込んで努力できるのも才能のうちだろ。なかなか出来る事じゃないよ」
宏章は心からそう感じていた。それと同時に桜那の事が羨ましくもあった。宏章は今までの人生で一度も、そこまで情熱を傾けられるものがなかったから。夢に向かって、ひたむきに努力し続ける事ができる桜那に、羨望と尊敬の念を抱いていたのだ。
桜那は宏章の言葉でみるみる肩の力が抜けていった。今までずっと誰かに認めてもらいたくて肩肘張って生きてきたが、そんな自分に疲れ果ててもいた。宏章と居ると、そのままの自分でいてもいいんだと思えた。桜那にとって、宏章は安息の場そのものだった。
「宏章、ありがとう。私また頑張れそうだよ」
桜那は目を輝かせて、穏やかな笑みを浮かべた。
「充分頑張ってるから、頑張り過ぎないでほしいけどね。俺は何も出来ないかもしれないけど、せめて側にいさせてよ」
そう言って苦笑いする宏章を、桜那が後ろからぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。
「充分だよ」
宏章は目を閉じて、しばらく桜那の温もりを感じていた。
その後二人は一緒に昼食を取って、天気も良いので散歩しようかと太陽の下、二人並んで歩いた。近くのカフェでコーヒーをテイクアウトして、夕飯の買い出しをしただけだったが、それだけで充分幸せだった。
「せっかく二人ともオフだったのに、私のせいで勿体ない事しちゃった」
桜那がため息交じりに呟いた。
「お出掛けなら、またいつでも行けるよ」
宏章が優しく宥めると、桜那は嬉しそうに笑った。
だがこの幸せな時間が、徐々に二人の関係が綻んでいく前触れでもあったのだ。
まるで、嵐の前の静けさの様に。
桜那が目を覚ますと、すでに太陽が高くなっていて、あたりはすっかり明るくなっていた。ふと横を見ると、宏章が桜那の手を握ったまま眠っていた。
……ずっと握ってくれてたんだ。
桜那は愛しさが込み上げてきて、涙を滲ませた。
昨晩飲みすぎたせいで、頭も胃も重く寝覚めは最悪だった。だが何故か心は晴れ晴れとして、清々しさを感じていた。部屋を見渡すと、桜那が飲み散らかした酒瓶やカンも、綺麗に片付けられていた。
「……ん」
宏章も日差しで目を覚まして、ゴソゴソと体を動かし始めた。バッと勢いよく体を起こし、心配そうに桜那の方を振り返る。
「……おはよう」
桜那は穏やかな表情で、幸せそうに微笑んでいた。
その顔を見て、宏章はホッとして桜那を強く抱きしめた。桜那はそっと宏章の背中に手を回し、ぴったりと体をつけて、しばらく宏章の体温を感じていた。
突然、ぐうーっと宏章のお腹が鳴った。
宏章は昨晩から何も食べておらず、安心したら急に腹が空いてきたのだ。
「……ごめん」
宏章が照れながら呟くと、桜那は吹き出して、あははと声を上げて笑った。
「ごめんね、昨日から何も食べてないもんね。今から何か作るよ」
「いや!俺が用意するよ……」
「いいの、私が作りたいの。私シャワー浴びてくるから宏章はテレビ見て待ってて」
桜那は足早にバスルームへと向かった。
元気そうな桜那の姿に安心すると、宏章はとりあえずテレビを点けた。時計を見ると十一時半を過ぎていて、お昼の情報番組が始まっていた。
……あ!秦野侑李だ。
お昼のバラエティのゲストで、秦野侑李が出演していた。しばらく食い入る様に見ていると、秦野侑李が素っ頓狂な受け答えをして、周囲からどっと笑いが巻き起こった。宏章もつられて思わず声を出して笑っていると、シャワーを終えた桜那がちょうどそのタイミングで戻ってきた。
「侑李さん、すごいよね。こんな返しが出来るんだもん」
桜那は尊敬の眼差しで、テレビ画面の侑李を見つめていた。
「桜那もバラエティでは、充分面白いと思うけど」
宏章が答えると、桜那はため息をついて笑った。
「それは事前にかなり準備してるから。私は台本かなりじっくり読み込んでから収録に入るんだけど、侑李さんはものの数十分くらいで全部頭に入っちゃうの。それであの返しでしょ?あの現場での瞬発力や理解力とか、本当に天才なんだと思う。それに侑李さんて、すごく求心力があって……。いつの間にか、侑李さんの周りにはいい人が集まってくるの。もちろん本人の、人を嗅ぎ分ける嗅覚も凄いんだけど……、AV女優時代からそうなんだって。昔は色々と本人も苦労したみたいなんだけどね。私はやっぱり、ああいう風にはなれないから……」
桜那は悲しげに肩を落とした。テレビ越しに見る秦野侑李は、それこそ桜那が教えてくれたイメージそのままの、自然体でいつの間にか周囲を惹きつけるような人間だった。宏章も無意識のうちに目で追って、引き込まれてつい笑ってしまっていた。
宏章も初めは秦野侑李が元AV女優だと言うことは全く知らず、後から知って驚いたくらいだった。現役の頃がどうだったかは分からないが、少なくとも今のポジションになるまでには並大抵の努力ではなかったろうし、桜那の言う通り、本人の才能も凄いんだろうという事は一般人の宏章ですら感じていた。
「じゃあ桜那は努力の天才だな。そこまで自分を追い込んで努力できるのも才能のうちだろ。なかなか出来る事じゃないよ」
宏章は心からそう感じていた。それと同時に桜那の事が羨ましくもあった。宏章は今までの人生で一度も、そこまで情熱を傾けられるものがなかったから。夢に向かって、ひたむきに努力し続ける事ができる桜那に、羨望と尊敬の念を抱いていたのだ。
桜那は宏章の言葉でみるみる肩の力が抜けていった。今までずっと誰かに認めてもらいたくて肩肘張って生きてきたが、そんな自分に疲れ果ててもいた。宏章と居ると、そのままの自分でいてもいいんだと思えた。桜那にとって、宏章は安息の場そのものだった。
「宏章、ありがとう。私また頑張れそうだよ」
桜那は目を輝かせて、穏やかな笑みを浮かべた。
「充分頑張ってるから、頑張り過ぎないでほしいけどね。俺は何も出来ないかもしれないけど、せめて側にいさせてよ」
そう言って苦笑いする宏章を、桜那が後ろからぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。
「充分だよ」
宏章は目を閉じて、しばらく桜那の温もりを感じていた。
その後二人は一緒に昼食を取って、天気も良いので散歩しようかと太陽の下、二人並んで歩いた。近くのカフェでコーヒーをテイクアウトして、夕飯の買い出しをしただけだったが、それだけで充分幸せだった。
「せっかく二人ともオフだったのに、私のせいで勿体ない事しちゃった」
桜那がため息交じりに呟いた。
「お出掛けなら、またいつでも行けるよ」
宏章が優しく宥めると、桜那は嬉しそうに笑った。
だがこの幸せな時間が、徐々に二人の関係が綻んでいく前触れでもあったのだ。
まるで、嵐の前の静けさの様に。
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