上 下
11 / 61
序章 アンジェラス1は、世界を救う

10話 何のために

しおりを挟む
茶を4人分用意して、自分とエル、リアナとカイトでテーブルを囲む。

「こうしてゆっくり机を囲むのは、半年ぶりですね。」

「そうだな。」

そういえば、もうこの森に篭る様になって半年も経っていたのか。
なんの変化もない森の中では、日付なんて気にしないから分からない

「この森での生活は、楽しいですか?」

「まぁ、充実はしてるよ。」

「そうですか。」

あまり会話が続かない。
互いに、聞きたい事はあるが切り出せずにいるのだ。

「なぁ、王国で何があったのか、聞いてもいいか?」

"王国"という言葉が出て来た途端に、2人の肩がピクついた。

「なにか、あったんだな。」

「……大した事は起きていない。」

「なら、なんでそんなに動揺してるんだよ。」

「起きたというより、俺達が起こしてしまったんだ。」

「は?」

起こしてしまったという言葉に一瞬思考が停止する。

「私達は、取り返しのつかない事をしてしまいました。」

俯いて落ち込んでいる雰囲気を出しているが声が、余りにも淡々としている。

「な、何をしたんだ……?」

「力を抑えきれずに、祖国の半分の人を殺してしまいました。」

「っ」

そう、リアナが告げた後、混乱している自分を知って知らずかカイトが続ける。

「そして、ソレを魔王の所為にして逃げて来たんだ。」

「魔王の所為に……」

あの、性根がかなり優しい魔王の所為に……?

「お前達、自分が何したか分かってるのか……?」

もし、濡れ衣を着せられた魔王が怒って全力で世界を滅ぼしに来たら、聖剣がない今、自分にできる事はない。

協力性が欠けている人間と、魔王に絶対の忠義を誓っている魔族とでは絶対に数で押される。

「で、でも魔王は悪い存在なので少し膨張したくらいーー「ふざけるな!!」」

「お前は、魔王が全力で攻めて来たら人間側に勝ち目があると思ってるのか!?」

「それは……」

「勝てるわけがないだろ!惨敗もいい所だ!」

「だが、勇者がいるだろう。」

だから、何も問題ないと宣うカイトに殺気が心の内から湧いてくる。

「お前達はっ………」

「それに、私達も強くなりました。」

「何も問題ない。」

ニコリと、仲間だと笑う勇者の御付きの2人。

「お前達は何も分かってないっ」

なんで、こんなに人間は考えが足りない奴らばかりなんだ。
少し考えれば、今の人間の協調性を見るだけで分かるだろうに。

「アーちゃん、落ち着いて……」

トントンと背中をリズム良くさすってくれるエル。

「人間がどうなろうと、アーちゃんには関係が無いんでしょ?」

「っ!」

「だから、もうアーちゃんに会いに来ないで。」

エルが、2人を睨みながら言う。

「アーちゃんを、惑わせないで。この平和な森でずっとずっと一緒に暮らすの。」

「エル……」

国が滅びると聞いて、思わず叫んでしまったが確かにそうだ。
自分は、あくまでも魔王に好きにしてくれと言った。

人間の為に怒る必要なんて、無いんだ。

「お前達人間がどうなろうと、自分には関係ない。」

「何を言って……」

驚き目を見開くリアナとカイトに、酷なことを告げる。

「自分は魔王と傍観することを約束したんだ。だから、勇者として手を貸す事は未来永劫あり得ない。」

しっかりと見据え、はっきりと言葉にする。

「え、あ……」

「そ、そんなはず……」

あり得ないと、状況が飲み込めていない2人の反応を待つ。
理解ができれば、怒るやら悲しむやら何か反応を示すだろう。

「だ……嘘だろう!?」

バンッ!と行儀悪くもカイトが必死の形相で机を叩く。

「まさか魔王に唆されたのかっ!?」

「何を言われたのですか!?」

あくまでも魔王が、全面的に悪いと言いたい様で、責め立てる様に問いただしてくる。

「まさか、幻惑魔法にでもっ……」

「いや、精神的な苦痛を与えられてっ……」

各々推測し出してしまい、暫くの間、静寂が部屋の中を包む。

そして、2人が出した結論はーー

「「隷属魔法。」」

「何がどうしてそうなった。」

隷属魔法は、かなりの実力の差がないと掛けられない。
魔王と勇者は、殆ど力が同じなのだから、掛かる訳が無いだろうに。

「魔王が強すぎて、幻惑魔法もついでに掛けられたんですねっ……」

「大丈夫だ勇者、隷属魔法で自殺しろと命じられても止めてやるからなっ。」

肩にポンッと手を置いて、勝手に同情される。

「んなわけねぇだろ!!」

「いえ、隷属魔法にかけられれば認識が変わるのも分かります。」

「いや、もしかしたら隷属魔法に掛けられたこと自体を、忘れる様に命じられているのかもしれない。」

「そ、そんなっ!」

2人の世界に入り込み、ハンカチで上品に泣く聖女と、青白い顔をして俯く魔法剣士。

「絶対に助けてあげますからっ!」

「その為に俺たちは、命懸けで魔王を倒すんだからなっ!」

勝手に話を進めて、2人で手を取り合っている。
本当に、仲が良い事である。

「はぁ……貴様ら、アーちゃんの話を聞かぬか。」

突然、エルが口調を変えた。

「アーちゃんは、隷属魔法になどかかっておらぬ。勇者が魔王風情に負けるはずがなかろう、もう少し考えて物を言え。」

随分と苛立った様子で、子供にしか見えなかったエルの、銀狐として威厳が垣間見える。

「「………」」

足を組み、説教じみた言葉に目を見合わせて押し黙るカイトとリアナ。

「それと貴様ら、臭い。」

顔を歪めさせて、心底嫌そうにしている。

「どんな匂いがするんだ?」

「腐ってるの。血が、肉が腐敗してるの。」

ぎゅっと腕に抱きついてきて、先ほどの威厳が台無しである。

「体が腐ってるって事か?」

「うん。内蔵が腐ってるの。」

ーーガタッ!

大袈裟に、椅子が鳴る。
その音の方向は、カイトとリアナの方で。

「なぁ、やっぱり何かしたんだな?」

そういえば始めに、"力が抑えきれなかった"とリアナが言っていた。
もしかして、ソレと関係しているのだろうか?

「別に、アレクさんが気にすることでは無いですよ?」

「い、命に関わることでも無いしな。」

そう言う割にはかなりの動揺っぷりである。昔から、2人とも嘘をつくのが下手だった。

「命に関わることをしてるんだな……」

「「……」」

また押し黙ってしまった。
きっと、これ以上聞いても大した収穫は望めないだろう。

「でもまぁ……確かに自分には関係ないな。」

「え……」

「自分は魔王を倒す気はないんだ。魔王に好きにさせるつもりでいるから、今更お前達どうなったって知った事じゃない。」

そう、言い放てば時間が止まった様に動かなくなってしまった。

「う、そ…ですよね……?」

「はは……冗談だよな……?」

まるで壊れた人形の様に、嘘だ、冗談だ、と繰り返す。
一体何がこの2人をこんなに追い詰めているのか気になるが、魔王が関連している事くらいは、容易に分かる為に下手に踏み入らない方が良いだろう。

聖剣が無い今、協調性も何も無い人間に勝ち目はないし、負け戦に参戦するほど馬鹿じゃ無い。

「お前達が自分の御付きでいる必要はもう無い。神のお告げなんて生まれてこの方一度も無かったし、魔王を倒さなくても別に良いだろ。」

予測の範囲内でありながらも、神の戦争を知っているのは、魔王と勇者だけ。

「そう言うわけだから、早く帰ってよ。アーちゃんが迷惑してる。」

そう、エルが声をかけた、その直後。

「巫山戯るな……」

「?」

「ふざけるなっ!!!」

ドスの効いた声が、室内に響く。
顔を真っ赤にして、激怒しているカイトに、顔を真っ赤にしたり、青白くしたりしながら泣いているリアナ。

「俺達は、お前と肩を並べられる様に何もかも犠牲にして、ここに立ってるんだぞ!!リアナも、聖女の秩序を捨ててお前に会いに来たんだぞ!!」

意味がわからない。どうして自分と会うためだけに聖女としての秩序を捨てねばならないのか。

「ソレをお前は…お前はっ!!!」

ギリッと歯を噛み締め、睨みつけられる。
怒っているのは分かったが、全く話の要点が掴めないから、何も言えない。

「つまり、何が言いたいんだよ。」

何もわからないまま睨みつけられるのは、不本意な為、一応事情は聞く。
聞いたからと言って、魔王を倒しに行くとは限らないが。

「貴方を…アレクさんと一緒に魔王を倒す為に、アキシトリを飲んだんです。」

「アキシトリ……」

聞いたことがある。人が絶対に飲むことを許されない禁断の魔薬。
"麻薬"ではなく"魔薬"と書かれるのは、人間にとって悪魔の様な薬だからだ。

それを、この2人は飲んだのか?

「ソレを飲んで、私達は貴方と一緒に魔王を倒したかったんです……役目を、3人で一緒に果たしたいんです……」

「っ……」

泣きながら、そう語るリアナに大体話の整理は着いてきた。
この2人は自分と魔王を倒したいが為に、冒険という強くなるための過程を吹っ飛ばして、勇者と肩を並べられる程に成長したという事なのだろう。

「お前達は、自分がそんなに強いと思っているのか。」

「強いです。貴方には手も足も出ませんから……」

「今でも、肩を並べられるだけだと感覚で分かる。」
 
確かに、歴代の勇者と比べて小さな頃から両親から、死ぬほど鍛えられて来た自分は強いだろう。
他国の皇子と皇女では、相手にならないのも無理はない。

でも、だからって魔薬に頼るなんて。

「お前達は、もう人間じゃないんだぞ……」

魔族の物を一つでも体内に入れれば、魔力が膨大に膨れ上がり、魔族としての特徴が何処かに出てくる。
きっと、この2人にも身体のどこかにあるはずだ。

「分かっている。」

「魔族の仲間入りした証なら、ありますよ。」

そう言って、めくり上げられた時、思わず目を瞑りたい衝動に駆られた。

「ちゃんと見てください。」

恐る恐る瞼を上げれば、カイトは、胸部が赤黒く染まって、リアナは、片耳が黒く染まっていた。

「体が真っ黒に染まりきる前に、魔王を私達は倒さなければなりません。」

「だから、頼む。」

魔王を倒してくれと、目で訴えかけられる。

エルを見れば、判断は任せると言う様に自分を見つめていた。

「ごめん……」

そう言った途端、2人の顔が絶望へと変わった。





***



ーーその日の夜、女神を見た。
綺麗な、真っ白な存在だった。

吸い込まれそうなほどに大きくて暖かくて、全てが溶けた。

心が軽くなって、心が黒く染まった。






しおりを挟む

処理中です...