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序章 アンジェラス1は、世界を救う

20話 最後の承諾人

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「ーー巫山戯ないでくださいまし!!」

ーーーガッシャァンッ!!!!

カップが床に叩きつけられ、女が叫ぶ。

「私の……私の彼の方を返しなさいな!!」

綺麗な真っ赤な瞳が魔王な少女を真っ直ぐと睨みつける。

そして、少女は口を開く。

『魔王は、世界平和を望んだ。お前達を守る事を選んだのだ、その意志を継げ。』

魔王の瞳で見つめられ、女は淀みソファーへ崩れ落ちる。

そして、少女はーーー




***






人間、ドワーフ、エルフ、人狼の四種族の承諾は得た。
後は、味方である魔族だけ。

だが、一番厄介なのはその味方でう上手く説得できなければ力で抑えるしかなくなるだろう。

かなり危険な橋渡りであるが、成功すれば動きやすくなる。

『アガーナ、入るぞ。』

魔族の魔王の次の最高権力者、アガーナ。
彼女は、以前も記憶整理した通り魔王に恋心を抱いている。

綺麗な銀髪に真っ赤な瞳を持ち、唯一の純粋な吸血鬼の末裔でもある存在だとも記憶されている。

「いらっしゃいませ、魔王様。」

淑女然とした声質と口調だが、視線には明らかな甘い熱が込められている。

『急な訪問ですまぬな。』

「いえ、魔王様の頼みですから。」

『ならば良い。』

少し高圧的な態度をとってみるも、それも許容範囲らしく、ポッと頬を赤く染めている。

全く何処が乙女心を刺激するのか、少女には理解し難い。

『ーーで、今日お前の元を訪ねた理由だか……魔族側の承諾人になってほしいのだ。』

「承諾人、ですの?」

『あぁ、もう人間も魔族も他の種族も争わないで済む世界を作るんだ。』

「そんな承諾如きで、神に半端操られている状態の人間が約束を守るとでも?」

急に、アガーナの口調がキツくなる。

"神に操られる"という言葉を出しことから、おおよそ魔王から(予測の範囲内ではあるが)話を聞いていたのだろう。

『落ち着け、まだ全てを話した訳ではない。』

「あっ…そ、そうですわね、早急すぎましたわ。」

『神に人間が操られていると以前言ったが、そうではなく神に依存させられている状態で、その神が本来ならば魔族と人間同士の戦に入ってくる様になった。』

「つまり、邪神が無干渉なことに対し光の神は勇者に直接干渉していると?」

『理解が早くて助かる。』

かなり頭は回る様だ。記憶では、魔王の補佐役を務めていた時期もあるらしい。

『それで、だ。邪神様と光の神は一騎討ちになり、恐らく相打ちになって二神とも消滅するだろう。』

「そうなれば、勇者も魔王も戦う理由がありませんわね。」

魔族と人間は、互いの神を互いに忌み嫌っているために戦を起こす。
光の神の信者は邪神を悪く思い、またその逆も然り。

『そうなる様に、我は誘導するつもりでいる。』

「勇者は殺せないのですか?光の神が干渉してくるのならば、邪神様に力を貸して貰えば勝てると思いますが。」

アガーナの疑問は最もな事で、ここからがアンジェラスの見せ所だ。

嘘と真実をねじ込み、違和感なく納得させる。

『邪神様は卑怯な事を嫌う。例え相手がどんなに卑怯な事をしていたとしても、正々堂々と戦うのだ。だから、歴代魔王も卑怯な手を使わずに挑んだ結果、死してきた。』

勇者が万能薬を飲んで体を回復しながら挑んでくる事に対し、魔王は実力だけで挑まねばならなかった。勝つことなんて、初めから無理な戦だったのだ。

それでも、諦めずに勇者に死しても呪いをかけ相打ちをしていた歴代魔王は、それだけ魔族を守りたいという心があったからだろう。

「勝ち目など、なかったのですわね……」

『あぁ……そして、勇者はあと半月もしない内に魔王城へ攻めてくるだろう。それも、完全に光の神に洗脳され狂った状態で。』

「……どうして、魔王様はそこまでの情報を?」

『邪神様から聞いたのだ。今回だけ特別に、邪神様の力を貸してもらう事になっていてな。』

実際はアンジェラス1としての力だが、割愛させていただく。

「そうですの……ならば、魔王様は死なないんですわねっ!」

パァァと、顔を明るくして笑う。

「実を言うと、魔王様は勇者と戦うたびに死してきましたので、魔王様もそうなるのではと思っていましたが…流石魔王様ですっ!」

嬉しそうに笑うアガーナ。だが、聡明な彼女は分かっている筈だ。

『本題はここからだ。』

ピタッとアガーナの動きが止まる。
そして、徐々に真っ赤な瞳が揺れる。

「魔王様が勇者に勝てたなら、それで良いではありませんか。」

『駄目だ。その後の事も考えておくべきだ。』

「そう言う時って……確定事項の時ではありませんか……魔王様は、本当は死ぬんでしょう……」

目尻に涙を溜めて、じっと見つめてくる赤い瞳が、真実を話せと言っている様に見える。

だから、少女はその通りにしようと思った。

『私が魔王じゃないって、本当は気付いてるんでしょ。』

「!?」

『気づいてるから、死ぬんでしょうって言えるんだよね?』

「……」

俯くアガーナは、何も言わない。

ただ、ドレスの裾を握りしめて何かに耐えていた。

『魔王の記憶上、貴方は聡明だから初めから気づいてたんだよね。そんな真実を話せって急かしてくる目で見られると隠し事をする気にもなれなくなっちゃうよ。』

どうせ、記憶は消える。
魔王の存在自体この世界から消えるのだ。

勇者は普通の村人として生きて、輪廻転生して……誰も不幸にはならない未来へと変わる。

『でね、もう本当の本題に入るよ?コレは魔王がのぞーー』

「ーー巫山戯ないでくださいまし!!」

ーーーガッシャァンッ!!!!

カップが床に叩きつけられ、アガーナが叫ぶ。

「私の……私の彼の方を返しなさいな!!」

綺麗な真っ赤な瞳が魔王な少女を真っ直ぐと睨みつける。

そして、少女は口を開く。

『魔王は、世界平和を望んだ。貴方達を守る事を選んだの。その意志を継げ。』

魔王の瞳で見つめられ、女は淀みソファーへ崩れ落ちる。

『魔王のことを愛しているのなら、今から私のする事をやるべきだよ。』

「喋らないでくださいまし!!」

ソファーのクッションに顔を隠して静かに泣くアガーナに、少女は容赦なく言葉を投げかける。

『平和が好きだった魔王と同じで私もこの世界を平和にすることが目的なの。だからさ、貴方も協力してよ。』

多分、この言い方は違うかな。
そう思った少女は席を立ち、アガーナからクッションを取り上げて無理やり瞳を合わせる。

『魔王のことが好きなら、その意思を継ぐべきなの。』

アンジェラスと生きてきて、少女には分かったことがあった。
人間や魔族は、誰か一人でも慕ってくれるものがいれば、その意思を継いでくれる。

どんな形であったとしても、その意思が途絶えることはないのだ。アンジェラスと違って力が全てではないから。

「う、うぁ……」

ポロポロと、真っ赤な瞳から涙が溢れだす。
けれど、少女は面倒だとも厄介だとも思わなかった。

この涙は、過去と決別している涙。次へと進む涙ということを知っていたから。
そうして、今まで救ってきた世界の人達も涙を流し、前に進んでいたから。

「うぁぁ……ぁ……」

抱きしめてやることは出来ない。でもやらなければならない事がある。

『アガーナ、全ての種族が仲良くする承諾人になってくれる?』

まだ泣いているアガーナには悪いが、彼女にばかり構っている時間は少女にもなかった。

「わ、わかり…ましたわ………」

涙声で、承諾宣言をするアガーナの頭を撫で、合わせていた瞳を離す。

『これから、頑張るんだぞ。』

それだけ魔王の口調で短く告げ、応接室から出て行く。
か細い声で、「魔王様……」と呼ぶ声がしたが、少女に向けての言葉ではない為、無視をした。














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