婚約破棄も断罪もザマァもありませんが

クルットル

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息子にからかわれました

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 もちろん今回は「特定の動作」を行う予定なので、ソードアルト殿下が必ず立ち会わなければならなかったわけじゃない。
 それで何故殿下が立ち会うことになったのかというと、ご本人曰く「『ぼく』だって幼馴染みとしばしの別れになるのだから、見送りくらいしたっていいだろう?」ということだった。
 古代でダイアルート陛下に嫁いで初代王妃となる予定のリーリエとは違い、ティアーナ様とゲートルード様は過去にしばらく滞在したあと、折を見て現在、つまりこの時代に戻ることになっていたので、ソードアルト殿下は幼馴染みのおふたりとすぐに再会するはずだ。
 しばしの別れといっても、ソードアルト殿下ご自身が解説してくれたことによれば、アルスの神官の時間魔術なら私たちが過去に行った直後の時点におふたりが戻ってくることも可能なので、いま彼らと「さよなら」した1秒後に「お久し振り」となるわけで。
 いま改めてソードアルト殿下のお顔を見ると、見た目だけはロヤルシールド様の冷たい美貌に変化しているものの、その実、いつもの殿下の余裕たっぷりで何を考えているかわからない、飄々とした、茶目っ気に溢れた表情をなさっておいでなのでした。
「面白がってるだけですよね?」
 何だかからかわれているような気がして少しだけ憤慨して見せると、殿下はその微笑みをいっそう深めて仰った。
「だって、『私』が『母上』と今生の別れになるのは事実でしょう?」
 それはソードアルト殿下というよりは、ロヤルシールド様としての発言のようだった。
「まあ、たしかにそうですけど……」
 初代国王ダイアルートと初代王妃リーリエの子、ロヤルシールド様がソードアルト殿下の「中にいる」ということ、それはすなわち、ソードアルト殿下がロヤルシールド様の「生まれ変わり」ということだ。
 この世界では、人間の魂はそもそも生まれ変わるもの。
 もちろん、前世の記憶を覚えているのはソードアルト殿下くらいのもので、一般には記憶を持たないのが普通だし、私──本間海南やゲートルード様──田中さん、そしてティアーナ様の前世のように、「異世界から転生」することはない。創造主アルスに創られたこの世界、アルストリアに生まれた人間が、生まれて生きて死に、また同じ世界に生まれ変わる、ということを繰り返しているだけだ。
 だから、私たち「異世界からの転生者」はもちろん、毎回ロヤルシールド様としての記憶を引き継いで転生しているロヤルシールド様も、いわば「例外中の例外」というわけなのでした。
 でも、リーリエの魂は転生しない。これは『設定資料集』でも明言されている。何故なのかはわからないけど、リーリエは他のアルストリアの人々とは違って、死んだらそれで終わり、生まれ変わることはなかったらしい。一応説明されているのは、アルストリアの人間であるリーリエの魂は、ドラグネスト帝国の第七皇女として生まれた今世こそが「最初で最後の生」だったのだということ。
 だからここでお別れしてしまえば、ロヤルシールド様はこれ以降、リーリエ本人はもちろん、その生まれ変わりとも二度と会えない。
 科学的には生まれ変わりなど存在しないことになっている地球人である本間海南としては、そもそもロヤルシールド様はその最初の生においてリーリエとのお別れをきっちり済ませているのだから、それ以上を望むのは贅沢というものなんじゃないかと思う。
 でも、アルストリアに生きるリーリエの感覚からすれば、それは同情に値することだった。
 普通の人間は生まれ変わる。記憶がなくても、過去に縁があったものは未来でも近しい者になりやすいという。
 そんな世界で、ロヤルシールド様は今、これから、二度と生まれ変わることのない母親との、永遠の別れを経験するのだ。
 「二度と生まれ変われない」リーリエ本人としての感情も複雑だった。息子であるロヤルシールド様への親心もまったく実感がないこの時に、これが永遠の別れなのだと言われても、ロヤルシールド様が母親に求めるような言葉を彼に与えることはできない。
 そんな私の心情を見透かしたのか、ソードアルト殿下はファンに応えるアイドルのようにウィンクを飛ばしてみせた。
「気にしなくていい。知ってのとおり、『私』には人並の情はないのだからね」
 そんなことはない、と言いそうになる。
 ダイアルート陛下の時代の、つまり生前のロヤルシールド様は確かに感情が希薄な方だけれど、その生まれ変わりであるソードアルト殿下は違う。
 ソードアルト殿下として今世で育んできた人格もそうだけど、幾度となく繰り返し転生してきたロヤルシールド様としての人格も、その途方もなく長い時間のなかで数多の人々と関わることによって、生前にはなかった人間味というものが備わっている。
 だからこそ、原作ゲームでのソードアルト殿下の発言も、ソードアルト殿下としてのものとロヤルシールド様としてのもの、どちらとも明言できない、どちらでもある、不可分のものとして描かれていた。
 ここにいるソードアルト殿下だって同じだ。彼はソードアルト殿下であると同時に、ロヤルシールド様でもある。私がリーリエであり、本間海南でもあるのと同じように。
「さて、『母上』はどうやら『私』と別れがたいようですが、いつまでも親子で見つめ合っているわけにもいかない。そろそろ始めようか、皇女殿下?」
「な、違……!」
 別れがたいのは「貴方」の方でしょう~!?
 と、反射的に言い返しそうになったけど、やめた。
 素直にいえば、私はソードアルト殿下とはこれでお別れだということを、『ルプクル』ファンとして残念に思っている。というか、滅茶苦茶、滅茶苦茶残念です!!
 もう会えないなんてイヤですわー!!
 なにしろ前世の私、本間海南は箱推しのオタクなのである。
 
 とはいえ、いつまでも駄々っ子のように殿下にしがみついているわけにもいかない。観念して遺跡の中央部に向き直ると、傍らのゲートルード様……というか田中さんから生あたたかい目で見られた。
 どうせ「リーリエたん、かわいい~」とか思ってるんですよね、わかります。
「殿下……」
「リーリエさん……」
 エヴァやティアーナ様からは気遣うような眼差し。私はそれに「大丈夫ですよ」と目配せを返しながら、ゲームと同じように遺跡の中央部……よくわからない円形の祭壇に向かった。
 祭壇の上には、大人の男性の胴体ほどの大きさの、巨大な紅い宝石が宙に浮いている。これは『アルスの心臓』と呼ばれているもので、アルス信仰のシンボルであると共に、神官の時間魔術の媒介となる石だ。
 私は意を決してその石に触れる。
 と、石を中心に目に見えない波動のようなものが広がり、刹那の後、視界がまばゆい光に埋め尽くされた。
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