婚約破棄も断罪もザマァもありませんが

クルットル

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竜と戦闘しました

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 クリスタルドラゴンは冷所、暗所を好み、熱や光を嫌う。体表面は硬い鱗で覆われているため、物理攻撃はほとんど効かない。ゲートルード様が剣に火属性を付与したのはその為だ。
 ティアーナ様は渋い顔でクリスタルドラゴンを睨んだ。彼女の武器は杖とレイピアのみ。得意魔術は補助魔術サポート。習得されている攻性の魔術もいくつかあるが、いずれもクリスタルドラゴンに対しては有効ではない。
 ゆえに攻撃の要はソードアルト殿下とゲートルード様となる。彼らは竜の死角に回り込んで、果敢に攻撃を仕掛ける。ゲートルード様の剣は竜の鱗に傷を与え、ソードアルト殿下の光属性の攻性魔術は竜の片眼を眩ませる。
 いかに彼らが強者であっても、このレベルの魔物を相手に瞬殺──というわけにはいかない。いずれもダメージを与えてはいるが、竜からすれば『ご挨拶』程度にとどまっている。
 巣穴の竜が外敵を前におとなしくしているはずもなく、大気を震わせるような唸り声を上げた。ティアーナ様の❬響奏レゾナンス❭がなかったら身が竦んで動けなくなっていたかもしれない。竜の咆哮には戦意を喪失させる威圧感があり、❬響奏❭はそれに対抗する精神の守りなのだ。
 クリスタルドラゴンの反撃は痛烈だった。竜の尾がまるで別の生き物のように振れ、地面に叩きつけられる。サゴマイザーによって抉られた岩盤が砕け、飛び散った破片がこちらに飛んでくる!
 ゲームのリーリエであれば魔術で回避できただろうけれど、いまの私は魔術の実力不足にして、身体的には脚の骨折後の後遺症を抱える身。当然跳び退いて回避なんてもってのほか、迫る石礫を前に呆然とすることしかできない。
「皇女殿下!」 
 と、タイミングを合わせたように眼前に防性魔術❬シールド❭が現れる。ソードアルト殿下だ。正六角形が組み合わされた、いわゆるハニカム構造の魔術の盾が、私に向かってきた石礫をすべて弾く。
「あ、ありがとうございます!」
「回避はこちらでやるから、自分の役目に集中して」
 殿下はそう言って、また攻撃に転じる。
 それもそうだ……気持ちが切り替わる。守られてばかりではいられないし、無力さを嘆く暇などない。自分なりにできることを、十全に果たすべきだ。
 私は予め開いていた魔導書グリモワールの❬解析アナライズ❭の頁に魔力を注ぎ、決められた文言を詠唱する。
 『ルプクル』におけるリーリエは魔術適性が突出している。全系統に適性があり、努力さえすれば身に付かない魔術はない。「使いこなす」という意味ではソードアルト殿下には劣るだろうし、ルートごとに育成できる魔術系統には限りがあるけれど、原作のリーリエは今の私のような『無能』では決してない。
(そして今の私だって、「やればできる」……!)
 前世における私、本間海南は、年齢を重ねてから自分の経験不足や過去の怠慢を悔やむこともあったけれど、今の私、リーリエはなんてったってまだ15歳なのだ。これからいくらでも時間があるし、心身ともに伸び盛り。
 そもそも魔術とか、正直かなりわくわくします!
 
 ところで──この場にいる全員が、『ルプクル』に登場する、つまりアルストリアに生息する魔物の生態や弱点を把握している。クリスタルドラゴンの弱点だって、単純に言えば火属性と光属性だ。そんな中、「いまさら」❬解析❭なんてして何の意味があるのか? ──と、普通の人は思うかもしれない。
 でも、戦うということは攻撃するばかりではない。クリスタルドラゴンからの攻撃を躱し、あるいは耐えなければならない。
 実は、クリスタルドラゴンの攻撃属性には個体差がある。背中の水晶が個体によって別々の属性を帯びていて、しかも複数の属性を持ち、発光するときの色によって属性を見分けることができるのだけれど、「発光するとき」とは、クリスタルドラゴンがまさに攻撃を発するときなのだ。
 もちろん、事前に属性がわからなくても対抗策はある。さっきソードアルト殿下が全員にかけてくれた強化魔術バフ──属性耐性アップだ。
 属性耐性は魔術の相性のひとつで、元々の体質によって個人差がある。たとえば、ダイアルート陛下やソードアルト殿下(と、ロヤルシールド様)は闇属性への耐性が高い。対して、ティアーナ様は闇属性への耐性が低い。これを補うのが属性耐性アップ、というわけだった。
 でも、ソードアルト殿下が使った属性耐性アップは、全属性に対して30%(というのはゲームでの話だけど)耐性をアップするもので、たとえば元々の耐性が70%なら100%に、50%なら80%に、30%なら60%にと、耐性が低いほど効果が薄い。ちなみにこの%はダメージに対するものなので、耐性が30%なら、HPを100削る攻撃から30%を防ぐ、つまり実際のダメージは70になる、ということだ。
 効率を考えれば、元から耐性が70%の人を100%にするより、全員の耐性を70%にした方がいい。もちろん、100%ダメージカットできればそれにこしたことはないのだけど、それは望みすぎというか、費用対効果コスパの面で言えば無駄になる。当然ながら、どんな魔術にも魔力を使うし、たとえば強化魔術なら、補正する値が大きければ大きいほど魔力を消費する。
 つまり❬解析❭をすれば、このクリスタルドラゴンの攻撃の属性の耐性だけをピンポイントで、しかもその属性の耐性が低い仲間を特に手厚く補正するための基本情報が把握できる。
 
 長々と説明してしまいましたが、❬解析❭に実際にかかった時間は1秒です。補助魔術は時間が勝負。短時間で最大限の効果、が鉄則なのでございます。
「電気属性、氷属性、地属性! あ、耐性補正はこっちでやります! ゲートルード様とソードアルト殿下は引き続き攻撃を!」
「了解!」
「おっけおっけ、かしこまり!」
 田中さんの返事がおかしい。
 つっこむ間も惜しかったのでスルーして、私は目的の頁を開く。この❬魔導書❭には自動索引オートサーチ機能がついていて、念じるだけで開きたい頁までめくってくれる。
 重ね重ね言いますが、こういう魔導書が広く一般に流通しているわけではありません。こんなの本当に『伝説級』の代物レジェンダリーアイテムですからね!
 リーリエとソードアルト殿下は元の属性耐性が高めなので今回は補正なし、雷属性が少し低いティアーナ様、氷属性低めなゲートルード様に手厚く補正。
 いまのところ起きる気配がないエヴァはソードアルト殿下の❬隔壁ウォール❭があるので大丈夫なはず。
 ティアーナ様は歌唱詠唱ソングを続けながらクリスタルドラゴンの攻撃を躱し、華麗に舞う。レイピアを構え、竜の眼を果敢に狙う。
 う、美しい……いやいや、見とれてる場合じゃない。
 竜は先程のソードアルト殿下の攻性魔術で警戒を強めたのか、眼を庇うように動く。巨体ゆえ、その動きは俊敏とはいえないけれど、竜がこちらの攻撃を避ける度に地が揺れ、洞穴が崩れてしまうのではないかとひやひやさせられる。
 実際には、テラスプの洞穴全体に劣化防止の魔術が施されているため、崩れることはないのだけど。
 とはいえ、この巨躯に暴れられると、私リーリエはもちろん、ティアーナ様のような華奢な妖精さんは、防性魔術全開でもぶつかればひとたまりもない。
 竜の尾が鞭のようにティアーナ様を襲い、避けきれなかったティアーナ様は弾き飛ばされて壁に身体を打ちつけられた。
 歌唱詠唱が途切れる。ソードアルト殿下がすかさず補助魔法をいくつか放ってフォローに回るが、その分、攻撃はゲートルード様が一人で負う間があった。
 私はもう一度魔導書を構え、弱体魔術デバフの頁を開く。毒、混乱、火傷、手当たり次第に状態異常をばらまいて、竜の動きを封じる作戦だ。ソードアルト殿下がティアーナ様に回復魔術を施し、体勢を立て直すまでの間の時間稼ぎにもなるはず。
 状態異常を引き起こす魔術に属性は関係ない。端的に言えば、火のない所に煙が立つ魔術。たとえば、火属性の攻性魔術でも火傷を負わせることはできるけれど、状態異常の場合はそういった経緯がなく、ただ火傷という状態をおこす。毒や麻痺も同じで、毒物や電気を用いることなくその状態にすることができる。
 クリスタルドラゴンは基本的に水属性と闇属性に対して耐性が高く、くわえて自分の攻撃属性にも耐性がある。稀に攻撃属性が火と光の個体もいて、その場合は苦戦を強いられることになる。
 でも、状態異常なら属性耐性は関係がない。火属性に耐性を持つ個体にも、火傷によるスリップダメージを与えることが可能だ。
 冬じゃなくても雪国じゃなくても凍結もできます!
 状態異常最高~!
 
 とはいえ──もちろん、状態異常耐性というものも存在する。クリスタルドラゴンは状態異常耐性が低めなのでこんな作戦ができてしまうのだけど、『ルプクル』に登場する中ボス以上の魔物は大体状態異常耐性が高くて、そういう時の状態異常は飾りです。雑魚を片付けるのには便利だけど、ゲームの中なら殴った方が早いという……悲しいお話なのでした。
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