『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第三章 シャノン大海戦編

EP56 気合

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 二人は一か月の旅を経て、ついにシャノンの街に到着した。
 だが、二人にとっては到着したことよりも旅が終わったことの方が嬉しかった。
 サランとはここで別れようと思ったが、花のもとを離れようとしないので町に一緒に入る事にした。

「死んじまいそうだ・・・。」

 シンは正気に戻ると同時に疲れが押し寄せてきた。

「私もよ・・・お腹も痛いし・・・。」

 今日は花にとって、一か月の中で一番つらい日でもあった。
 明言はしなかったが、シンにもそれはなんとなく伝わっている。

「宿だ・・・宿を探そう・・・。」

 シンはその一言を最後に話さなくなった。

 ~~~~~~~~~~~~~

 町に入ると、多くの人が嫌でもこちらを見てくる。

「おい・・・なんだよあれ?馬じゃないぞ・・・。」
「ユニコーンだ!本当にいたのか・・・。」
「おい、あの二人大丈夫か?めっちゃ、よろけてるぞ」
「放っとこうぜ、関わりたくないし・・・。」

 シンは歯を喰いしばって耐えた。

(助ける奴なんていないよなぁ・・・。)

 痛み、苦しみ、怒り、悲しみを心に抱えたまま歩き続けた。

 花は意識がもうろうとしており、そんなことを考える余裕もなかった。
 そして、遂に倒れてしまった。

「おい!花!しっかりしろ!」

 花からは返事がない。意識を無くしているようだ。

 仕方なく、シンが花を負ぶさろうとしたときのことだった。
 野次馬の一人が二人に聞こえる声でこう言った。

「うわっ・・・二人とも汚ねぇ・・・。」





「あ"?」

 低く威圧感に満ちた声が、シンの喉から響いた。
 普段の、どこか余裕を感じさせる明るい声とは大違いだ。
 眉間には血管が浮き出て、目つきも別人のように鋭くなった。

「てめぇ、今なんつった?」

 シンは負ぶさろうとした花を優しく地面に降ろすと、野次馬のほうに向き直って言った。
 髪が逆立ち、体が震えている。目は血走っているようにも見える。

 言った本人を除くすべての野次馬は、シンから漂う異様な雰囲気を感じ取り、委縮した。

 しかし、 当の本人は気にすることなく言い切った。

「汚ねえと思ったから言ったんだ!悪いかよ!」

「”二人とも”っつたか?」

 この一点が、シンの逆鱗に触れた。

「あ、あぁ!そうだよ!やる気か!?」

 男は少し怯えた様子で拳を構えた。

「・・・グフッ、アッハハハハ!てめぇ面白いなぁ!」

 シンは鬼神のような表情を崩し、突然狂ったように笑い出した。
 それは演技ではなく、心の底から来る笑いだった。

「何が可笑しいんだよ!」

 男は少し立ち直った。先程よりも態度が少し大きくなったようだ。

「てめぇ、俺に"素手"で喧嘩売ってんだろ?笑わせてくれるよなぁ?
 そんな奴、清也を除けばここ8年は居なかったぜ!俺とやり合いてえなら、"得物"持ってこいよなぁ!」

 シンは男に対し、爆笑を抑えきれないようである。

「はぁっ?」

 野次馬全員が呆れた顔をしている。
 それもそのはず、どう見ても殴り合える体調でない男が、ハンデをやると言っているのだ。

「こいつイかれてんのか?」

 野次馬の一人が、笑うことなく言った。
 その声からは心配の色が窺える。

「イカれてんのはそいつの方だぜ?
 俺はともかく、女に対して"汚い"だなんて、まともな感性をした男なら言わねぇよ。
 ここ数年は"封印"してたんだが、こいつも寝ちまったし、まぁ良しとするか。」

 シンは花のほうを見て申し訳なさそうに言った。
 その顔には、貼り付いたような笑いが浮かんだままだが、声からはそれを感じられなかった。

「ハハッ!おい嘘だろ?お前こいつの彼氏かよ?お似合いじゃねぇか!」

 男はシンに向けて言った。
 それを聞いたシンの顔から笑いが消え、呆れたような顔になった。

「てめぇはどうしてそうもアホなんだ?
 せっかく、得物を取ってくる時間をやったのに・・・しゃあねぇなぁ、コイツを使え。」

 シンはそう言うと、ポケットから自分の拳鍔を取り出し、男に投げ渡した。

「高級品だ。大事に使えよ?
 もっとも、てめぇの地面に転がったセミみてぇな拳が、俺に当たるわけねぇけどなぁ!」

 シンがそう言った瞬間、男は拳鍔を嵌める事も無く、シンに突っ込んで来た。
 シンは逃げる素振りがない。男は段々と近づいて来て、ついに拳の射程にシンを入れた。

「死ねや!クソ野ろ」





 男は言い終わる前に、意識を失っていた。
 白目を剥き、口から泡を吹いている。
 よく見ると、シンの革靴が男の頭頂部を押さえつけ、顔面を土に伏せさせている。

「おいおいそんなもんかよ?もっと気合い入れろやこんのクソボケがぁ!
 え?言ったじゃねえか、てめぇの拳は当たらねぇってよぉ!」

 シンは荒々しく言い放つと、気絶した男の頭を力強く踏みつけ、唾を吐いた。
 野次馬が騒めき立っている。

「嘘だろ?一撃で・・・?」
「まぐれに決まってるさ!油断しすぎたんだよ!」
「でも、俺にはあいつの動きが見えなかったぜ?」
「あいつどっから蹴りかかって来たんだ?そもそも蹴り・・・なのか?」
「えっ!?踵落としじゃないのか?」
「いや、上に跳び上がってなかったか?」

「おいおいおいおいおい!?誰もいねぇのかよ!
 この薄らボケの仇、討とうとする奴はよぉ?えぇ?気合いが入って無ぇなぁ!てめぇら!」

 シンが叫ぶと、野次馬の男の大半が三歩前に出て来た。

「ほぉ?少しは気合い入れてんじゃねぇか!
 さぁ、来いよ!俺を殺したい奴から、性根を叩き直してやるからよぉ!」



 シンはそう言うと一呼吸置き、一段と低い声でこう言った。

「今のを蹴りと見抜いた奴、少しはやるじゃねぇか。そいつの為に一応名乗ってやる。
 俺の名は金入俊彦。またの名を暴走族連合・・・・・賦遊理威フューリー四代目総長、"翔脚とびあしのシン"だ!」
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