137 / 251
第五章 氷狼神眼流編
EP123 入門
しおりを挟む「おい、起きろ。そろそろ行くぞ。」
「うわぁっ!!??」
清也は突然、早朝に起こされた。窓枠の隙間から冷たい雪山の風が流れ込んで来る。
寒さに震える清也の体は、起き上がることを拒否しようとする。しかしそれでも、立ち上がらなければならない。
「ワシの弟子になりたくて来たんじゃないのか?起きる気が無いならそれでもいいが。」
「い、いいえ!僕も修業に行きます!」
清也は当然のように威勢よく返事をするが、資正は不思議そうな顔で質問した。
「修業・・・?お前は何を言っておるんだ?」
「え?師匠は修業なさらないんですか?」
「無論、ワシは日々の鍛錬を欠かす事は無い。
しかし、お前に修業をつけてやると言った事は一度もない。それに、ワシはそもそもお前の師ではない。」
「えっ!?でも今、"そろそろ行くぞ"って・・・。」
「いつ、ワシがお前を認めたんだ?そもそも、昨日の試験にすら落ちたでは無いか。
まぁ、受かったところで修業をつけてやる気など無かったが。」
清也は大きな勘違いをしていた。
明日起こすと言われ、自分は認められて明朝から修業をつけてもらえるのだと。しかし、資正はそれほど甘くはない。
「ひ、酷いじゃ無いですか!受かったら、修業をしてやるって・・・。」
「"今夜の卓を囲むことを許してやる"と、ワシは昨夜言ったのだ。人の話はしっかり聞く事だ。」
「そ、そうですか・・・・・・?では、今から何処に行くんですか?」
清也はいよいよ分からなくなって来た。昨夜に認められなかったのなら、今から自分は何をするのだろう。
答えはごく単純なのに、寝ぼけた清也の頭にはそれが浮かばなかった。
「氷狼神眼流・入門試験に決まっているだろう?」
「・・・っ!!!じゃ、じゃあ!僕を、弟子にしてくれるんですね!」
「"受かれば"な。」
「はい!機会をくれてありがとうございます!絶対受かって見せます!」
清也は勢いよく返事をした。眠気は完全に吹き飛び、表情は活力で満ち溢れ、脳が隅々まで覚醒したようだ。
しかし彼の自信に満ちた表情も、次に資正が放った言葉で掻き消された。
「言い忘れてたが、この試験で死んだ奴も大勢いる。心してかかれよ。」
「・・・へ?」
~~~~~~~~~~~~
(何をするんだろう・・・もしかして熊退治とか!?それとも、異世界だからドラゴン退治なのかな・・・。)
寒さと緊張で震える体を叱咤しながら、清也は資正に連れられて石畳の庭を抜けた先に向かった。
雪山に唸る寒気の波が、清也の入門を拒絶するように全身の感覚を襲う。
「ほれ、着いたぞ。」
「え?もう着いたんですか?・・・うわぁ~凄い綺麗ですね!」
足元ばかり見て予想を立てていた清也は、眼前に広がる巨大な湖に圧倒された。
水面には氷が張り、美しい朝焼けを反射した表面が淡い虹色の光を放っている。
「試験の内容は単純だ。これを対岸まで渡れば良い。」
「・・・えっ!?それだけですか?」
「あぁ、それだけだ。」
清也は正直、"なんて簡単なんだ!"と思ってしまった。
張った氷の上を歩く。本当にただそれだけ。対岸までの距離も最短で行けば40メートルと無いだろう。
「本当に!これを渡れば稽古を着けてくれるんですね!?」
清也は興奮した様子で言質を取る。資正は表情も変えずに清也に返事をした。
「あぁ、本当だ。お前にこれを渡る勇気があるならな。」
「あります!やらせて下さい!」
清也はこの時、完全に先程言われた事を忘れてしまっていた。しかし資正は、その現実を再び彼に知らしめた。
「因みに入門希望者の3割がここで帰り、2割がここから帰れない。侮らん方が良いぞ。」
「え?帰れないってどう言う・・・ッッ!!!」
困惑する清也の様子を察した資正が指差した先、雑木林の手前にある立方体の石群ーーその数、明らかに100は超えている。
「まぁ、ここで死んだ奴だけでは無いが、埋まってる奴の4割はここで死んだな。」
「え・・・のこりの6割は?」
「4割が凍死で2割が衰弱死だな。」
「えぇ・・・。」
清也は早くも、不安に押しつぶされそうになって来た。
一体、これから先の修業に、何が待ち構えているのだろうかーー。
~~~~~~~~~~~~
「ワシが先に渡る。お前は合図をしたら渡れ。」
資正はそう言うと、清也を置いて氷の上に足先を載せた。
しかしその歩行は、清也の予想した慎重な足取りとは大きく異なっていた。
軽やかに、そして何よりもリズミカルな感覚を以って、対岸への最短距離を疾走していく。
その姿は、齢300を超えた老翁のものでは無い。英雄として名を馳せた全盛期から、確実に劣化している筈の身体能力は、未だ剣士としての輝きを失っていないのだ。
「何を呆けておるのだ。ワシはもう、渡り終わったのだぞ。」
「は、はいっ!僕も行きます!」
資正の足取り、それは何の苦労や緊張も感じさせないものだった。それは、真似さえすれば誰でも対岸に辿り着けると感じさせるほどにーー。
(真似をすれば良いんだ!あの人の真似をすれば、僕も対岸へ着ける!)
清也も、かつて多く現れた”死者”と同じ結論に至ったのだ。
「行くぞっ!はぁっ、あああっぁぁぁぁ!!!!?????」
ズゴッ!バシャバシャッ!
正に、それは薄氷だった。人が立つ余地など一切ない、恐らく薄さは3㎝ほどだろう。足先から全身が一瞬で沈み込み、即座に溺れてしまった。
気を抜けば一瞬で意識を失いそうなほどに冷たい氷水の中、清也は先ほどまで足を着けていた側の岸へ出戻りした。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・う、嘘だろ・・・?」
息を途切れさせながら、かじかんだ手足を震えさせる。
「なんだ・・・これ・・・。走れるわけない・・・そんな事、できる訳が・・・。」
歩くだけなら、出来るかも知れない。しかし渡り切れる自信が微塵も湧かない。
「やれるのか・・・僕に・・・。」
全身にまとわりつく氷の粒と、固体となり始めた氷水が、清也の中の闘志を奪っていく。
しかし、それでも立ち上がる。彼の中にある願いが、信念が、魂の律動を加速させているのだ。
「あんな薄い氷、そう簡単に渡れない・・・。どうすれば、良いんだ・・・。」
腰に差した剣を、地面に突き立てて立ち上がる。
「もっと温度が下がれば、氷が厚くなる。渡りやすく・・・そうか!」
握りしめた答え。異世界での相棒。活路はすぐそこにあった。
「フローズンエッジなら、氷を厚くできる!」
刀身を開放した剣が、清也の頭上に構えられる。
三回で対岸まで続く厚い氷の橋を架ける事が出来るなら、これは間違いなく対岸へ渡る希望となる。
「さぁ行くぞっ!はぁぁぁっっっっ・・・・・・・・・いや、これは違う・・・!」
清也は、危うく道を踏み違えるところだった。
これでは剣の力を示すだけで、清也の力は示すことが出来ない。抜きはなった剣を、清也はそのまま地面に着き刺した。
(それで良いのか吹雪清也・・・!これは!そんな試験じゃない筈だ!!!)
そして、そんな事は資正にも分かっていた。
「剣を持たせてみたが・・・使わない・・・フフッ・・・。」
鷹ほどに遠方を見通す資正の心眼。当然、清也の選択も見えている。
その時彼は、300年ぶりの笑みを浮かべたーー。
~~~~~~~~~~~
「ゆっくりだ・・・慎重に・・・。」
走り抜けるなど論外だ。割ってしまった氷を避けて、出来るだけ厚い部分を足で探りながら進んでいく。
「はぁ・・・はぁ・・・いっ!?・・・ふぅ・・・。」
一歩進めるたびに、足元の氷に細いひびが入っていく。
異世界に来て、少しは鍛えたとはいえ未だに細い清也とは言え、178㎝の男が薄氷を渡っているのだ。無理も無いだろう。
「まだ・・・10メートル・・・。」
通った道は短く、これから通る道は長い。これが逆だったなら、どれほど良かったろう。
しかしそれでも、進むしか無い。後ろへ退いたのなら、対岸に立つ人物を”未来の師”と呼ぶ事さえ許されない。
「進め・・・進むんだ・・・!」
凍り付きそうな体を、引きづりながら前へ進む。耳はほとんど聞こえない。目も曇ってよく見えない。
それでも、ひたすら進むしかない。自分自身の可能性を試すためにーー。
しかしそれも、長くは続かない。
「だ、だめだ・・・。もう・・・足が・・・。」
立っていられるのが不思議なほどに、彼の全身は疲労していた。
そして、倒れたーー。
バシャーンッ!
気道に氷水が流れ込んで来る。全身の低体温がより一層の深みを増す。
「げぼっ!げほっ!・・・うくっ!・・・ごぼごぼ・・・。」
戻らなければまずい。今度こそ本当に死んでしまう。
今戻れば、体力的に再挑戦の機会はあり得ない。しかしそれでも、戻れば生きて帰れるだろう。
だが、清也の結論は違った。
(進む!戻るんじゃない!進むんだ!)
「はぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
纏わりつく氷の膜をたたき割り、払い除ける。指先に尖った氷が刺さろうとも、今の清也は止まらない。
息継ぎも出来ない。ただ無我夢中で手足を動かし、氷水の中を死ぬ気で泳ぎ続ける。
(でやああぁぁぁぁっっっっっ!!!!!)
苦しいという気持ちも無い。自分に負けたくない、本当にそれだけなのだ。
そして遂に、魂が肉体の限界を超えたーー。
泳いでも、その先に何もない。手に触れるのは氷では無く、もっと力強い物。
「ぐはぁっ!はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。つ、着いた・・・?」
大地に触れた腕を、力強く引っ張り上げる者がいる。
「まさか、初めて正解に辿り着くのがお前とはな・・・。」
覗き込む資正の目は、心なしか優しく見える。
ずっと期待していたものを、誰も辿り着かなかった道を、清也が見つけたからだ。
「泳ぎ切る根性・・・その発想・・・。なるほど、空っぽなりに叩き込み甲斐があるか・・・。」
「渡れなくて・・・すいませ・・・。」
清也は資正のように氷の上を進んだわけでは無く、半分以上を泳いで渡ったのだ。これでは認められるか、心配にもなる。
「某が駆け抜けた姿を見れば、多くの者は走り抜ける事を夢想する。それが無理なら歩いて渡る。途中で溺れたなら、元来た道を戻るだろう。
未だかつて、駆け抜けた者は居ない。歩んで渡りきるには、あの氷は薄すぎる。これまでに我が門下に入ったのは、異能をもった者だけだ。
しかしそれでも、修行を耐え抜いて、我が後継者を名乗るに足る者は居なかった。」
資正の一人称が切り替わっている事に、清也は気付いていない。
「つ、つまり・・・?」
「合格という事だ。」
「や、やった・・・!」
「明日から修業を始める。今日はもう休め。」
「は、はい・・・。」
力尽きた清也は、その場で気を失った。
1
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
「強くてニューゲーム」で異世界無限レベリング ~美少女勇者(3,077歳)、王子様に溺愛されながらレベリングし続けて魔王討伐を目指します!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
作家志望くずれの孫請けゲームプログラマ喪女26歳。デスマーチ明けの昼下がり、道路に飛び出した子供をかばってトラックに轢かれ、異世界転生することになった。
課せられた使命は魔王討伐!? 女神様から与えられたチートは、赤ちゃんから何度でもやり直せる「強くてニューゲーム!?」
強敵・災害・謀略・謀殺なんのその! 勝つまでレベリングすれば必ず勝つ!
やり直し系女勇者の長い永い戦いが、今始まる!!
本作の数千年後のお話、『アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~』を連載中です!!
何卒御覧下さいませ!!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる