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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
EP152 頂上の竜
しおりを挟む広大に入り組んだ熱帯林を抜けると、島の中央に聳え立つ火山の山肌が見えてきた。
かなり古い物ではあるが、一応の山道が作られており、征夜は岩の窪みにつま先を引っ掛けるようにして、慎重に登って行った。
征夜が登山をしている最中にも、灼炎竜は時おり火炎放射を行なった。
眠る猫のように体を丸めながら、欠伸のような格好で炎を吹く様は、パッと見ただけでは恐ろしい生物兵器には見えない。
ただ、胴体よりも巨大な翼と、象すらも丸呑みに出来そうな口、恐竜を想わせる巨大な牙が、その竜を兵器たらしめている。
(アイツも被害者なんだ・・・僕の手で、終わらせないと・・・。)
人の欲によって生み出された兵器。生まれてきた意味も分からないまま、人を殺す生き物。
罪は無いのかも知れない。強いて言えば、生まれてきた事が罪なのだ。ならば、これ以上の殺戮を行なう前に、"勇者"の手で葬ってやるのが、唯一の手向けである。
また、それとは別に怪物と戦う事への不安も、僅かながらある。
だからこそ自分を鼓舞するかのように、道中で冗談を考え続けていた。
(リオ〇ウスを狩りに行くモン〇ターハンターって、こんな気分なのかな?)
そんな下らない事を考えているうちに、征夜は山頂に着いた。
大切な翼を傷付けた不敬者の登場に、眠っていた灼炎竜は覚醒した。飛翔を許されない翼を広げ、征夜を最大限に威嚇する。
「僕を・・・待ってたんだろ・・・?」
征夜の問いかけに対して、灼炎竜は巨大な咆哮で応えた。
どうやら、人の言葉が理解できるらしい。高いと警戒心を込めた眼差しで、征夜を睨み付けている。
「さぁ、始めようか・・・!」
征夜の言葉と刀が抜き放たれた金属音は、開戦の合図として灼炎竜にも伝わった――。
~~~~~~~~~~
決闘の地は休火山の頂上。かつては、溶岩の噴出する危険な火口であった場所の直上に、魔法によって土地を作った。
まるで、地下より溢れ出す溶岩を封印するかのように、その地面は平たく出来ていた。そして、周囲の山肌よりも少し窪んでいる。
頂上の大気と言うのは、下界を包む物とは全く違う感触をもって、生物に接している。温かく、柔らかな空気とは違う。来る者を拒み、限界まで試している。
そんなヒリヒリとしたプレッシャーを、征夜も感じていた――。
(空気が・・・薄くて重い・・・。)
彼が感じているのは、単なる自然現象による気象の変化では無い。
言うなれば、圧倒的な覇気による緊張感。試練の象徴たる"頂上"と、災害の象徴たる"竜"。それらによる重圧が、彼の本能にのし掛かっている。
(でも・・・やるしかない!!!)
腹に力を込め、大きく一歩を踏み出す。そこから先は、逃げる事の許されない戦い。どちらかが死ぬまで終わらない、真の死闘だ。
自身の身長の何十倍もある怪物を相手に、征夜は果敢に立ち向かった。
無理に駆け出す事はせず、余裕のある足取りで距離を詰めていく。こうする事で、素早い攻撃にも咄嗟に回避できる余裕を与えているのだ。
灼炎竜にも、征夜の狙いは分かっていた。だからこそ、まずは"小手調べ"から始めることにした。
ガアァァァオンッッッ!!!!!
勢いよく咆哮を上げ、体内の空気を一気に放射する。
そしてその後、吸い込んだ空気を体内の魔力と反応させ、巨大な火球を生成した。
(・・・来る!)
攻撃の予兆を察知した征夜は、足捌きのスピードを殺さぬように細心の注意を払いながら、ほぼ直角に回避した。
竜の口から放たれた火球は、先ほどまで征夜がいた地点で爆発し、黒い煙を立てている。
(直撃したら即死だった・・・だが、当たらなければどうと言う事はない!)
攻撃の第一波を回避した征夜は、再び竜に向けて詰め寄っていく。
今度は先ほどよりも鋭く、素早い切り込みを入れるつもりなのだ。
竜とて、指を咥えて見ているわけではない。
相手はただの人間なのだ。落ち着いて対処をすれば、何の問題もなく殺せると考えている。
だからこそ火球による"牽制"ではなく、肉弾戦による"決着"を望んだ。竜からすれば、その方が遥かに早くて"楽"だったのだ。
だが、竜は一つの事を見誤っていた。
それは、この戦いが長引くほど自分にとって有利であり、体力負けしている征夜は、短期決戦を望んでいると言う事だ。
早期決着せねば死ぬと分かっているなら、力を出し惜しむ必要もない。
慢心している竜と、決死の覚悟の征夜。その差は、火を見るより明らかだった――。
振り下ろされた巨大な前腕を掻い潜り、征夜は右手首の付け根に回り込んだ。
そして、この巨大な凶器を最初に排除するべきだと悟り、全身全霊の斬撃を加えた。
<<竜巻斬!!>>
鱗の僅かな隙間を縫った征夜の斬撃は、手首の肉を確実に捉え、凄まじい速度で斬り裂いた。
分厚い手首の肉を刃の射程に巻き込み、その場で一回転した征夜。成功するかどうかは未知数であったが、どうやら成功であったらしい――。
灼炎竜は、先ほどの迫力に満ちた咆哮ではなく、甲高い叫びを上げた。
上半身を高く掲げ、振り下ろす動作で征夜を押し潰そうとする。しかし、一箇所だけ山頂の土に接地したままの部位があった。
巨大な右前腕が、地面に直立したまま取り残されている。
断面からは鮮血が迸り、ザックリと斬り捌かれた断面が、大気に触れてしまっている。
実のところ、翼膜も前腕も時間を掛ければ修復は可能だ。圧倒的な治癒力を持っていたからこそ、征夜の事を見くびっていた。
しかしこのままでは、回復する前に人間の手で討ち取られてしまう。そんな事は、竜としてのプライドが許さなかった。
(左腕も・・・頂くぞ!)
右腕に続いて、左腕も落とすべきだと判断した征夜は、再び竜巻斬を放つ準備を始めた。
そして、タイミングとして完璧だと判断した瞬間に、全身全霊の斬撃を放った。
しかし、それは何かに阻まれた――。
カッシャーンッ!!!
「・・・はっ!?」
響き渡った鋭い金属音に、征夜は聞き覚えがあった。そして何より、刀の感触にも覚えがある――。
おそらく、右腕を持ち上げて回避するのが間に合わないと感じたのだろう。だからこそ、”牙”で刃を受け止めるという判断に至ったのだ。
破海竜と全く同じ対処を行う点に、奇妙な縁を感じずにはいられない。
(同じ始祖龍を研究して出来たから、こういう所も似てるのかな・・・。
いや、そんな事はどうでも良い!この場合で最善の手は・・・!)
牙を用いて防いだという事は、頭部を垂れているという事。それはつまり、背面を晒しているという事だ。
腕による爪攻撃も、翼による薙ぎ払いも、火炎放射も、頭上にいれば届かない。それ即ち、背面が最も安全なのだ。
「隙ありっ!!!」
頭上を蹴り下して、背面へとよじ登った征夜は、両翼の間に存在する隙間に座り込んだ。
そして姿勢が安定した事を確認すると、鱗のつなぎ目を見定め、勢いよく刀を突き刺した――。
ギャアァァンッッッ!!!
「ぐはっ!」
甲高い咆哮と共に、力の限り体を振るった竜は、背中に纏わりついた征夜を振り払った。
しかしその背面には、深々と刀が突き刺さったままだ。
唯一の武器である剣を失うことは、防御と攻撃の手段を一切失うという事だ。
戦闘においての選択肢が、一気に回避以外に存在しなくなる。これは、かなり危機的な状況と言わざるを得ない。
(し、しまった!剣を失くして・・・うわぁっ!!!)
自分の状況を理解した直後、尻尾による薙ぎ払いが繰り出された。
咄嗟に回避をしたが、この状況が続く事は望ましく無い。
(尻尾を伝って、もう一度背中に登る!)
勝利への道筋を見出した征夜は、灼炎竜に向けて果敢にも立ち向かって行った。
そして、尻尾の根元から背面へと乗り移ろうとしたのだ。
(突風・・・薙ぎ払い・・・火球!右だっ!!!)
激しい攻撃を避けながら、少しずつ距離を詰めていく。
着実に歩みを進め、決して傷を負わない様に細心の注意を払っている。
丸腰且つ上裸の征夜は、たとえ攻撃が掠っただけでも死に直結してしまうのだ。
そんな中でも、征夜は遂に竜の間合いへと入った。
あとは攻撃を避けながら、背面に取り付いて剣を回収するだけだ。
灼炎竜としては、背中に取り付かれたら負けである。
それだけを阻止するために、”最後の一撃”を繰り出す事にした。
(さぁ・・・行くぞ!・・・・・・危ないっ!)
コンマ一秒の判断で、勢いよく振り下ろされた尻尾を避けた。
あと一秒判断が遅れていたら、即死していただろう。
(今度こそ・・・行くぞ!・・・・・・・・・今度はなんだ!?)
攻撃のタイミングを逸した征夜は、再び取り付こうと試みた。
ところが今度は足場がグラグラと揺れてしまい、踏み込みが安定しない。
その揺れは、段々と大きくなっていった。
縦にも横にも拡散し、彼の平衡感覚を失わせてしまう――。
(この揺れは・・・一体・・・・・・うわぁッ!!!!!)
足元が大きくグラつき、まるで何かが崩落するような音が響いた。
そしてその直後、足場の感覚が無くなった――。
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