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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
EP165 日記 <♤>
しおりを挟む「は!?お、おい見ろ!」
「はえぇぇっ!?あ、アレって!」
「あの坊主がやったのか!?」
夕日に照らされた歓楽街に満ち溢れる雑踏が自然と立ち退き、開かれた道の隙間を通る男を見つめる。
あまりにも巨大な"何か"を引き摺りながら、その男は悠然と歩いている。
地下道に通じる貨物搬入路に、全長10メートル超えの巨大なモンスターが運び込まれた。
全身が鱗に覆われ、胴よりも大きな翼を折り畳まれたそのモンスターは、微動だに出来ないほど強固に縛り付けられ、不服そうな表情を浮かべながら、滑車に載せられた。
「"森丘のワイバーン"、捕獲しましたよ。」
一仕事を終えた征夜は、クエストの管理を行う"教団の受付嬢"に対し、報酬金を要求する。
差し出された手に気がついた女は、驚いた表情で聞き返す。
「ほ、捕獲ですか!?」
「はい。」
征夜は、さも当然のように肯定する。しかし、こんな事は異例の中の異例である。
「ワイバーンですよ!?それを、一人で捕獲って・・・。」
「殺すのは可哀想ですよ。コイツだって生きてますから。
それに、無闇に斬りつけて討伐するより、捕獲の方が修行になります。」
征夜は適当に受け流すと、さらに強く手を伸ばした。
不機嫌な訳ではなく、単純に疲れているのだ。今日だけで彼は、既に5頭の大型モンスターを狩猟している。
「は、はい・・・えぇと、クエスト報酬・・・部位破壊報酬と・・・捕獲・・・併せて5ファルゴです!」
算盤を弾き終えた受付嬢は、大きな金貨を5枚取り出した。
「団員証の提示をお願いします!」
「セーヤ・フリーズ大佐です。」
教団は裏社会のギルド。そして、ギルドは時として正規軍の扱いを受ける事がある。
紛争や内戦が勃発した際にはギルド軍の元に集い、その収拾にあたる。
その為、この世界の冒険者には一定の功績を上げると階級が付けられる。より詳しく言えば、部隊長に相当する能力を持った人間から、階級が付くようになる。
裏のギルドである教団も、同様のシステムを取っている。こちらは正規軍ではなく、あくまでゲリラ。しかし、統率者に階級を与えなくては、戦闘が成り立たないのだ。
「危険度⭐︎5のモンスターなので、スタンプは20個ですね。・・・おめでとうございます!昇進です!」
教団から配られた団員証には、スタンプを押す欄がある。この欄が埋まっていくたびに、少しずつ昇進が行われるというシステムだ。
スタンプの数は、クエストの難易度で決まる。今回の場合は、20個であったようだ。
「セーヤ・フリーズ"少将"!更なる武運を期待します!」
「どうも。」
モンスターとの6連戦に疲れ果てた征夜は、素気ない返事と共にギルドを後にした。
~~~~~~~~~~
歓楽街を進む征夜の元に、先ほどの光景を見ていた野次馬が集まって来た。
「兄ちゃん!君も教団員かい!?いや~凄いね!ホントに、教団様々だよ!!!」
「いえ、僕はギルド所属です。」
陽気な中年男性に対し、征夜は嘘を吐いた。
正確には彼も教団員であり、今回のクエストは教団のものだ。しかし彼は、教団の評判を良くする気は一切ない。
(このクエストの目的は、教団が名声を得る事・・・だけど、僕は人を救う為に旅をしてるんだ・・・!)
近所に竜が居たのでは、いくら異世界とは言え危険極まりない。市民に危害を加える前に、狩猟するのが戦士としての責務だと思っているのだ。
ところが、野次馬にとっては違うようだ――。
「・・・お前、ギルドの野郎か!どの面下げて来やがった!」
周囲に集まった者たちが、突如として豹変した。女も男も鍬や斧で武装し、征夜に向けて本気の殺意を向けている。
「死ねぇっ!ギルドの犬がよぉ!」
勢いよく振り下ろされた武器が、征夜の後頭部を砕こうとする。そんな中でも征夜は、冷静に全ての攻撃を受け流した。
(善意ってのは、伝わらないんだなぁ・・・。)
彼らが何に怒っているのか。そんな事は分からない。
しかし彼にとっては、これが正しい事なのだ。名声を得たい訳ではない。
(いつかきっと、分かってくれる。今はそっとしておこう・・・。)
征夜は軽やかな足取りで雑踏を抜けると、町の奥へと進んだ。背後に渦巻く、”享受できたはずの栄光”を捨て去りながら。
今の彼にとって、名声などガラクタに過ぎなかった。
正しい事をやっていれば、必ず人を救えるのだと。
しかし彼は、後にこのように述懐する。
『人は目に見える善意を尊び、見えない善意を悪と呼ぶ。
暴力と威権によって示された正義は、瞳の中で偶像となる。その醜さが、我慢ならなかった。』と――。
~~~~~~~~~~
「ただいま、ミサラ。」
ホテルの扉を開け、中に入った征夜は優しく挨拶をした。しかし、返事は無い。ミサラは鎮静剤を投与後、2週間も眠り続けていた。
「点滴は・・・足りてるね。」
食事代わりの点滴を差された彼女は、征夜が留守をしている時間、看護師によって世話されていた。征夜は、夜間以外は一心にクエストをこなし続けている。
「今日は早く終わったんだ。稼ぎはいい感じだよ。」
返事のない者に対して話しかけるのは、時間を潰すには不向きだ。いくら疲れているとは言え、眠るにはまだ早すぎる時間だ。
(そう言えば・・・ラドックスの日記があったな。アレを読んでみるか。)
鞄を開き、日記を取り出す。変わった雰囲気はなく、ごく普通の日記である。
____________________
2011・3月12日
この世界に来て、今日で1日。これから日記を始めようと思う。まずは、これまでの事を整理しよう。
劇団をクビになって、憂さ晴らしする為に太平洋でサーフィンをしていたら、デカい波にのまれて死んだ。
女神とかいう奴に、「世界を娯楽で満たせ」とかいう、適当な理由で転生させられた。
特殊能力とか言って「”もの”を自在に操る」とか言うのを貰ったが、魔法を使える者が多くいる世界で、果たして使い道はあるのか。
どうせなら、もっと派手でチートなものが欲しい。
____________________
「ものを自在に操る能力・・・それで、人形を操っていたのか。太平洋の大きな波・・・2011年3月・・・なるほど。」
征夜は新しく手に入れた情報を、言葉に出して反芻した。
どうやらラドックスは、不運にもバカンス先にて津波に巻き込まれてしまったらしい。
情報を整理した征夜は、続くページに進む。
____________________
3月15日
この能力の使い方が分かって来た。
人形劇の中に、糸を使わないシーンを盛り込めば良いんだ。これは売れるだろう。あとは練習あるのみだ。
____________________
3月16日
人生で初めて、ファンが出来た・・・。元の世界では考えられない!
しかも女性だ!孤児院の管理をしてるらしく、運営のための費用を稼ぐために冒険家になるらしい!
年齢は少し上だが、とても綺麗な人だ。優しくて、力強い!俺はこの人に会うために、この世界に来たのかもしれない!
____________________
「僕と同じ・・・か?」
異世界での新生活で、新しい出会いがある。この時点では、現在のラドックスの片鱗は窺えない。
むしろ、綺麗な女性との出会いに舞い上がってる点では、至って普通の若者である。
流れが変わったのは、次のページだ――。
____________________
3月×1×
殺し×しまっ×・・・!この手で×女を・・・殺してしま×た・・・!
訳が×からない!!!訳が分からない・・・!!!俺は、怪物と・・・戦っていたはずなんだ・・・!!!
これはおかしい!これは変だ!こんな事ありえない!これは、彼女じゃない!これは、俺の好きな彼女じゃない!クソッ!クソックソックソッ!!!
死体な訳ない!俺は彼女を殺してない!俺は!俺は!ただ、怪物と戦ってただけなんだ!!!
____________________
「うぷっ!・・・・・・お"ゔぇぇっ!!!・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
征夜は突如として、吐き気を催した。日記を掴んだまま走り、トイレに駆け込んで吐き出した。
(ら、ラドックスは・・・あの試験を・・・受けていたんだ・・・!)
ラドックスの状況が、まるで実体験のように感じられた。もしも征夜が気付かなければ、花は今頃土の中に居ただろう。
即ち、ラースは恋していた女性と共に、冒険者になろうとしたのだ。
その為にソントの試験を受け、アランの見込み通りに"相方を殺害"してしまった――。
考えただけでも辛すぎる。いや、考えたくもない。
自分の刃が花の心臓を貫き、息の根を止めてしまったら、自分は今ごろ首を括っていた。
自分に抱きしめられた花の遺体を想像するだけで、彼は嘔吐してしまったのだ。
日記に滲んだ涙が、数箇所を塗りつぶしている点からも、悲壮感が漂っている。
(い、いや・・・まだ続きがある・・・この日記には・・・続きがあるんだ・・・!)
続きを見たくて仕方がない。恐ろしいが、見ずにはいられないのだ。
____________________
コレは・・・彼女じゃない・・・!コレは・・・彼女じゃないんだ・・・!彼女である訳がないんだ・・・!
誰かが、俺を騙そうとしている!誰かが!俺を惑わせているんだ!これは死体じゃない!人形だ!人形に過ぎない!彼女な訳がない!あり得ない!あり得ない!あり得ないんだぁっ!!!
追記
アレは・・・人形だった!ただの人形だっ!いや、本当に良かった!
俺が能力を使うと、彼女の人形はまるで生きてるかのように動いた!
言葉を話し、お辞儀もする!声色だって、彼女のままだ!美しい彼女のまま!
腹から飛び出した綿も、石を詰めれば誤魔化す事ができる!少し顔色が悪いが、人形だから仕方ない!
下にアレを持って行ったら、俺は冒険者になれた!この人形には感謝しないと!
____________________
「お"ゔぅ"ぇ"ぇ"ッッッ!!!」
征夜はまたも、嘔吐した。
今度は悲しみやショックではなく、純粋に気持ちが悪かった。
(か、完全に・・・壊れてる!石を詰めるなんて!しょ、正気じゃない!!!)
当時のラースは、明らかに正気を失っている。
今になって思い返せば、征夜たちはソントにて行われた試験では、10年ぶりの合格者だった。
そして2021年から逆算すると、丁度ラドックスが合格者にあたる事が分かる。
続きを気になる好奇心は、もはや残っていない。
読みたくない。読ませないでほしい。だが、勇者として読まない訳にはいかないのだ。
征夜は死を覚悟するほどの心持ちで、続きを読み進める。
____________________
彼女はどこに行ったんだろう?
いや、いつかは会えるんだろうな!その為には、彼女に見合う男にならないと!
しばらくは、この人形を相棒にしよう!
彼女の姿を精巧に増しているけど、流石にリアル志向すぎる!改良が必要だ!
髪の質は良い感じだ!彼女の匂いがする!一緒に風呂を浴びた時の匂いだ!これはそのままにしよう!
中に色々詰まっていたが、これはホルマリン漬けにしよう!プカプカと浮くのが、とても綺麗だ!
良い感じに見取り図が描けた!
男の子をイメージした人形にして、俺とコントを回そう!
名前を付けよう!・・・"パラド"だ!パラドにしよう!俺のパートナーにピッタリな名前だ!
____________________
「あっ・・・アハハハ・・・。」
征夜はあまりの狂気に、思わず笑ってしまう。
花と共に見た人形劇。あの主役とも言える巨大人形には、"中身"が居たのだ。
より正確に言えば"着ぐるみ"では無く、本体そのものが人形と化していた。
「ガポッ・・・ブクブクブクブクゥ・・・。」
白目を剥いた征夜は意識を保っていられずに、泡を吹いて失神してしまった。
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