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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
EP180 ごめんなさい
しおりを挟む翌朝、セレアは脱衣所に篭っていた。そして祈るような気持ちで、妊娠検査をしたのだが――。
「"陰性"・・・。」
これが間違っている可能性もあるが、女の勘で理解する。
自分は命を宿していない。そもそも、出来る筈がなかったのだ。
(もう・・・私にやれる事は無い・・・。)
早く出発しなければ、時間切れで殺される。
テレポートは連続使用出来ない。よって、今夜をこの町で過ごす事も、シンを助ける余裕も無いのだ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」
思わず涙が溢れてくる。身勝手で無力で、最後まで何も残せなかった自分に、腹が立って仕方ない。
愛は本物だ。そこに一切の偽りは無い。だがそれでも、届かない幸せがある事を実感する。
「絶対に・・・生きなきゃ・・・シン達の為にも・・・!」
怒りと悲しみで歪んだ顔を鏡に映しながら、彼女は爪楊枝に"睡眠薬"を塗り始めた――。
~~~~~~~~~~
外に出ると、シンは教団員と戦っていた。
彼はセレアに言われて、今朝から引っ越しの準備をしていた。彼女との本格的な同棲を、この町で始めるつもりだったのだ。
彼も馬鹿ではない。彼女の言葉に裏がある事は、長年の勘で分かっていた。
ただ、彼女が自分の事を本気で思っている事も、同じように分かっていた。
(これで刺す・・・刺す・・・刺すのよ・・・!)
「はぁ・・・はぁ”・・・はぁ”・・・!」
悲しみと焦りで、肺が痛くなって来る。
過呼吸になりながらも歩み寄り、シンの隙を伺う事にした。
シンは強かった。見張れてしまうほどに相手を圧倒し、数的不利をものともせずに敵を倒す。
(こんなにカッコいいなんて・・・ズルいよ・・・。)
セレアは、涙が溢れそうになるのを感じた。
愛しているのだ。これ以上無いほどに、彼の事が好きなのだ。それなのに、今から彼を騙し討ちする必要がある。
「し、シン・・・大丈夫なの・・・?大きな音が聞こえたから、出て来たんだけど・・・。」
すぐ傍まで駆け寄ったセレアは、わざとらしく声を掛ける。"自らの邪悪さ"に吐き気を催しながらも、懸命に演技を続ける。
「何でもねぇから安心しろ。・・・待っててくれ、すぐに行くから。」
「えぇ、分かったわ・・・。」
(やだよ・・・!こんな事・・・したくないよ・・・!シンは悪くないのに・・・悪くな・・・あっ。)
足元には"死体"が転がり、脳天に空いた風穴から出血を続けている。それは間違いなく、シンが殺した者だ。
そんな様子を見た彼女は、自分の中に"偽りの正義感"を見出す事が出来た。
(シンは・・・人殺しなの・・・!人殺しなんだよ・・・!か、彼は・・・悪い人なの・・・!)
またしても彼女は、罪悪感で吐きそうになる。
この教団員たちは、セレアが自分でけしかけた者たちなのだ。
シンは確かに人を殺したが、それは自衛のためだ。元を正せば、彼女が身勝手な理由でシンを倒そうとしている為だ。
全て自分が悪い。それが分かっていても、シンを貶める事で正当化する自分が、信じられないほど邪悪に思えた。
これまでに生きて来た人生の全てが、この一瞬の悪行で塗り潰されるように感じてしまう。
(シンは・・・人殺しなのに・・・!シンは・・・でも・・・仕方なく・・・!わ、私が・・・悪くて・・・!)
思考がグチャグチャに混乱し、世界の全てが自分を叱責しているように見えた。
握りしめた一本の爪楊枝だけが、自分を救ってくれる気がしてならない。
(シンは人殺し!シンは悪い人なの!でも好きで!大好きで・・・!はぁ・・・はぁ・・・あ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッッッ!!!!!)
「・・・ごめんね!」
心の中で叫びを上げながら、セレアは爪楊枝をシンの首に突き刺した。
塗り込まれた即効性の睡眠薬が浸透し、彼の体から自由を奪う。
「・・・なるほど、そう言うわけか。」
シンは慌てふためく事もなく、特に不満そうな顔もせずに語りかけた。
その顔はむしろ笑っており、微塵も憎悪や失望を感じさせない。
「シン・・・ごめんなさい!あなたと過ごせて・・・本当に楽しかったわ・・・ありがとう・・・。」
「まぁ、仕方ないか・・・それじゃあな。」
シンはそう言うと、静かに倒れ込んだ。
失神する直前に見せたのは"満面の笑み"であり、まるで"お前に負けるなら本望"とさえ思わせた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい!!!!!」
セレアは地面に伏せて号泣し、その美しい顔を泥水で汚す。
降り注ぐ霧雨が彼女の心を穿ち、悲しみと絶望を染み渡らせていた――。
~~~~~~~~~
「は、運ばないと・・・運ばないと・・・。」
放心状態に陥った彼女は、二人の"手配犯"を荷車に載せようとしていた。
シンを優しく持ち上げて、荷台へ運ぶ。その最中に思うのは、彼と過ごした思い出だ。
(そう言えば最初に出会った時は、私が荷台に詰め込まれたのよね・・・。)
1か月前の出来事が、今でも鮮明に思い出せる。
これまでの人生で出会った男の中で、他と比較が出来ないほど"最高な男"と出会った日の事を、彼女が忘れるはずがなかった。
(懐かしいな・・・初めて見た時から、一目惚れしちゃって・・・。)
あの時から今に至るまで、一度たりともシンへの思いは変わっていない。
むしろ日々強まっていく思いが、自分でも怖くなるほどに彼女を"乙女"に変えていた。
だが、それも今日で終わり。
明日からは彼の居ない世界で、再び寂しく暮らす必要がある。
もはや、泣く力も残っていない。
孤独になるのが恐ろしく、生涯で二度と現れない"運命の相手"に対する喪失感が、彼女を狂わせようとしていた――。
「次は花を・・・。」
セレアが花を持ち上げようとした時、彼女の瞳が僅かに開いた。
「せ・・・れあ・・・?どう・・・して・・・こんな・・・。」
「あ、あぁ・・・!」
悲しそうに涙を流す花に、セレアはかける言葉が無い。
泣きたいのは彼女の方だと分かるのに、襲った側である自分が泣いている事実が嫌になる。
「ごめん・・・なさい・・・!」
「ふむぅ・・・っ!」
セレアは花の口に、睡眠薬入りのハンカチを押し当てた。
再び気を失った彼女を見て、セレアは訳が分からなくなって来た。
「私・・・どうして・・・こんな事を・・・ひくっ・・・ぐすっ・・・!」
彼女は花を抱いたまま、落雷の響く雲の下で再び泣き始めた。
身に纏った服が濡れる事も構わずにアスファルトへ突っ伏す事が、彼女に出来る唯一の贖罪だった――。
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