『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第八章 魔人決戦篇

EP215 道徳と正義

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 巨大な扉を押し開けると、そこにはやはり玉座の間が広がっていた。
 床には赤いカーペットが敷かれ、彩り豊かなステンドグラスを通して、七色の光が部屋に差し込んでいる。

 どこか教会にも似ている内装だが、壁や地面の色が異様に派手で趣味が悪い。
 何よりも教会と違うのは、美しいオーラが漂っていない。ジメジメとした湿気に、心の底まで冷え切るような冷気。

 特に気分を悪くさせるのは、身を刺すような"悪意の波動"が絶え間なく放射され続けている事――。

「征夜・・・あそこ・・・!」

「分かってる。」

 恐怖で縮こまった花は、震えながら征夜の背後に隠れた。
 膝をガッと掴み、怯えた様子で部屋の奥を指差して、目線を泳がせている。

 花が指を差した先には豪奢な椅子があり、不敵な笑みを浮かべたラドックスが座っていた。

「ようこそ"宿"よ!我が城へ!俺の歓迎は気に入ってくれたかな!?」

Heart burn心温まるような歓迎をどうも。」

「クハハハハッ!それは嬉しいねぇ!」

 先ほどの激昂具合とは打って変わり、今の征夜は冷静そのものだ。
 むしろ、記憶の片隅に眠っていた英単語を掘り起こせるぐらいには、頭が冴えている。

 ラースは征夜の皮肉を理解したのか、それとも単純に受け取ったのか。それは分からない。
 ただ一つ言える事は、奴が余裕を含んだ笑みを浮かべている事だけ。

「これから殺される割には、随分と陽気じゃないか。」

「俺を舐めるなよ。魔王となった今の俺は、以前とは比較にならんのだ。」

「その割に、小物みたいな口調は変わらないんだな。」

「その程度の挑発で、俺が乗ると思わない方が良いぞ。」

「挑発のつもりは無いんだけどな。」

 このまま互いに言い合いを続けても、実りが無い事は容易に察せられる。
 時間が経てば経つほど、ラースに有利になる。今この瞬間にも、テレポートのリキャスト時間が迫っているのだ。

「魔王になって、お前が強くなったのは分かるさ。
 だが、俺はお前よりも強くなった。お前が殺される結末は、揺るぎない運命だ。」

 征夜は瞳を強烈な琥珀色に輝かせながら、毅然とした表情で言った。
 自信に満ち溢れてはいるが、一切の油断がない。ラースの一挙一動を見逃すまいと、全身を睨み付けている。

「ほぉ?運命か!良いだろう!試してみようか!
 そこまで言うのなら、俺の首を切ってみろ!そのナマクラと鈍い剣捌きでな!」

 ラドックスは強気に言い放つ。こちらも征夜と同様に自信に満ち溢れている。
 しかし違うのは、どこか慢心にも近い余裕を醸している事だ。口が笑っていても、目付きだけは鋭い征夜とは全く違う。

 玉座に座り込んだままのラースは、胸の前で大きく腕を広げた。
 相手を攻撃する突きではなく、子供を包み込む親のような手だ。
 まるで抱擁を受け入れる時のように、穏やかな笑みを浮かべている。

「やれる物ならやってみろ!その度胸があるのなら!」

「カウンター・・・というわけか。」

 征夜は瞬時に狙いを見切った。
 ラドックスが腰に差した豪奢な短剣は、懐に入り込んだ敵を瞬時に殺害することができるだろう。
 勝負は一瞬のうちに決まる。征夜が奴の首を取るか、奴が征夜の心臓を抉るか。その刹那に、世界の命運が掛かっている。

「せ、征夜!危ないよ!やめよう!?罠に決まってるわ!」

「あぁ、全部分かってる。」

 このまま突っ込み、"先手必勝"を志すべきか。
 それとも、流派の教えである"先手必敗"を貫徹するべきか。ここには、二者択一の選択肢しかない。

 征夜はその選択肢を、微塵も迷わなかった――。

「来いと言うなら、遠慮なく行かせてもらうぞ。」

「やるなら全力の方が良い!俺はそう簡単に死なんからな!」

 ラースは自信に満ちた笑みを浮かべ、征夜を懐に誘い込む。

 それが油断なのか、それとも挑発なのか、その表情から窺い知る事は出来ない。

 瞳をギラギラと輝かせる征夜は、そんな彼ににじり寄る。
 その後ろに張り付いた花は、心配そうに征夜を見上げるだけだ。

 そして征夜は、ラースを射程圏内に収めた。
 刀を抜き、肩より上に構えてもなお、奴は防御や反撃の素振りを見せず、大っぴらに隙を晒している。

「・・・死ね"え"ぇぇぇッッッ!!!!!」
<<<刹那氷転>>>

 全身全霊の叫びと共に振り下ろされた刀は、瞬時に亜音速へ到達した。
 狙うはラースの首、ただ一点。一筋の太刀で闇を断ち切り、世界に夜明けを齎す。それが、征夜の意思。



 その筈だった――。



 征夜は突然、クルリと後ろに振り返った。
 あまりにも滑らかなその動きに、その場にいた誰もが呆気に取られ、ただ唖然とする事しか出来ない。

 その直後、彼の刃は確かな"人の感触"を捉えた。
 亜音速の斬撃は鮮血に染まり、虚空を赤黒い軌跡が満たす。技の直撃を悟った征夜は、余韻に浸るように目を瞑る。



「え?征・・・夜・・・?」

 征夜が目を開けると、肩から腰に掛けてザックリと斬られた"花"が、怯え切った表情で彼を見つめていた。

 鮮血を飛び散らせながら、彼女はグッタリと倒れ込む。
 征夜はその時、張り詰めた空気が炸裂し、時が止まったような感覚が空間を満たすのを感じた。

「ど・・・どうし・・・征・・・ゲホッ!」

 倒れ込んだ花は、絶望した表情で征夜を見上げる事しか出来ない。
 助けを乞うような仕草で手を伸ばすが、口から溢れる血でむせて、それすらも出来ない。

「・・・。」

 花を見下ろす征夜の視線は、恐ろしい程に冷酷だった。
 憎悪と殺意に染められた琥珀色の瞳は、花を”別の何か”に見せているのかも知れない。

 花の呼びかけに対して、眉一つ動かす事が無い征夜。
 倒れ込む花の頭上へと歩み寄り、まるでトドメを刺すかの如く、左胸を全力で貫いた。
 
「ぎやあぁぁぁッ!!!せ、征夜ぁ・・・どうしてぇ・・・うぅっ・・・ひくっ・・・ゲホォッ・・・!」

 心臓を貫かれた花は、泣きながら意識を失った。
 ピクリとも動かない花の頭を、征夜は全力で蹴り飛ばす。
 追い打ちを加えられた彼女の首は、曲がってはいけない方向に折れていた。

「・・・やったか。」

 征夜はそう言うと、花に突き刺さった刀を乱雑に引き抜いた。
 彼女に背を向けた征夜は、一瞥を与える事も無くラースの方へと歩んで行く。



 そして、優しく"口付け"を交わした――。



「君が無事で良かった・・・。」

 征夜が微笑みながら語り掛けると、ラースの姿がゆっくりと靄に包まれていく。
 輪郭が崩れ、目鼻立ちが変わり、屈強な体格は華奢になっていく。

 玉座に座っていたのは、怯え切った”花”だった――。

~~~~~~~~~

「んむ・・・んむむぅ~!」

「分かってる。すぐに外すよ。」

 口に縄を噛まされた花は、両手を縛られた格好で玉座に囚われていた。
 何かを話そうとしている彼女の拘束を、征夜は手早く解いていく。

「ぷはっ!・・・征夜!征夜ぁ~!」

「うわっ!」

 安堵の涙を浮かべた花は、勢いよく征夜に抱き着いた。

「怖がらせてごめん。」

「ひくっ・・・ほんとに・・・殺されちゃうかと思ったよぉ・・・!」

「最初から分かってたんだ。でも、奴に悟られたら困るからね。」

 征夜たちが和やかな雰囲気に包まれていると、背後からラースの声が響いて来る。

「ち、ちぐじょぉー!な、なぜ・・・わがっだぁ・・・!」

 グチャグチャに切り裂かれた内臓を再生しながら、ラースは立ち上がった。
 花の面影は次第に無くなり、緑だった髪色は毒々しい青に変わって行く。

「チッ!しぶとい奴だ。」

「答えろおぉッ!なぜ!分かったぁッ!!!」

 いつになく激昂しているラースは、その理由を知りたくて仕方がないようだ。
 興奮する彼の神経を逆撫でするように、征夜は敢えて淡白な口調で語り始める。

「そんなに知りたいなら教えてやる。
 第一に、花は敵に対してでも""や、""なんて言わねぇよ。
 パラドが元人間な事を知ってるなら、なおさら言う訳ねぇだろ。」

「クソッ・・・!」

 些細な言葉選びが、確かな違和感を持たせていた。
 「花はそんな事言わない。」と言う、どうしようもなく主観的な見方も、征夜にとっては確信に他ならなかった。

 征夜はそれほどまでに、"自分の信じる花"を信じていたのだ。だからこそ、第二の理由にも自信を持てた。

「第二に、話す前から違和感があった。
 お前と花じゃ、"匂い"が違うんだよ。体臭や香水じゃなく、魂の匂いが違う。」

「匂い・・・だと?」

 あまりにも抽象的過ぎる征夜の答えに、ラースは思わず面喰らった。
 征夜の背後で聞き入っている本人ですら、驚いているように見える。

 だが、征夜はそんな二人を気にする事もなく、ひたすらに"花に対する持論"を展開する。

「花の匂いは"高嶺の花"の匂いだ。
 手を伸ばしても届かない。手を差し伸べられて、初めて触れられる花。そんな、凄く可愛い匂いがする。」

「は?」

「う、嬉しいけども・・・。」

 ラースは勿論のこと、花も反応に困っているようだ。
 いつもなら顔を赤らめるような言葉だが、状況が状況なので笑えない。
 ただ一つ言えるのは、この緊迫した状況でも恋人に対する想いを語れる征夜に、"不気味"と言う感情が湧いている事だ。

 そんな、珍妙な空気を洗い流すが如く、征夜は"特大の挑発"を叩き込んだ。

「お前からは、"貧乏人のゲロの匂い"がする。
 良い物を食ってなくて、体中が腐ってる匂いだ。」

 ダンクシュートを決められたバスケットゴールのように、ラースはただ呆然としていた。
 心に開いた虚空を、砲弾がすり抜けてったかのような、恐ろしい感覚。そのあまりの衝撃に、思考が真っ白になる。

「せ、征夜・・・それは言い過ぎなんじゃ・・・。」

 流石の花も、この発言には驚きを隠せない。
 普段、自分に甘い言葉を掛けてくれるのと同じ口から、"信じられない暴言"が飛び出した。
 心の底から溢れ出した"侮蔑"の感情を察した花は、隠し切れなかった征夜の衝動に対し、少しだけ退いてしまう。

 しかし、征夜は何事も無かったかのように花の方へ振り向くと、今の発言に対する釈明とも取れる言葉を並べ始めた。

「花、俺は"正義の味方"でありたいとは思ってる。
 だが、断じて"正義"ではないとも思ってる。君が思ってるほど俺は優しくも、善良でもない。」

「ど、どう言う事・・・?」

「どうしようもないクズに情けや道徳心を向けてやれるほど、"人間が出来てない"って事さ。
 尊厳を踏み躙って、立場を貶して、人格を否定する。それが正義の為に出来る汚れ仕事なら、俺はそれを拒まない。」

 花にとっては"行き過ぎた暴言"であっても、征夜にとっては"ただの挑発"に過ぎないのだ。

 その理由は単純。
 征夜は大人として持ち合わせるべき、最低限の倫理観が歪んでいる。その事を、彼自身が最も良く理解していた。

 だから、"超えてはいけないライン"を軽く踏み越える。
 "勇者にあるまじき発言"であっても、遠慮なく口に出来る。何故なら、花とは違う価値観で生きているから。

「花、君は素敵で、綺麗で、何より"全ての人"に同情できる心を持っている女性だと思う。
 だけど、俺は違うんだ。俺は目に映る人にしか同情できない。そして俺の目に映る人に、"人間を溶岩に放り込むような奴"は存在しない。」

「あっ・・・。」

 楠木花はその時、"吹雪征夜"の人格を再認識した。正しくは、思い出したのだ。
 彼は大人としての道徳を持っていない。だから、"正義の価値観"を物差しにして、行動を決めていた。

 当然ながら征夜の中で、ラースは正義に含まれていない。
 考えてみれば、彼が行ってきた事は"外道"の言葉では言い表せないほどの、大罪であった。
 罪無き人々を操り、拐い、辱め、殺す。命を弄ぶような実験を行なった果てに、数え切れないほどの人間を傷付けた。

 轟きの谷で出会った少年、フィーガル。
 その幼い瞳に、転生者を悪だと信じ込ませた事実だけでも、極刑に値するだろう――。

「・・・お前のような奴は!人以下の畜生だッ!!!」

 溢れ出した感情が爆発する。
 赤色に点滅し始めた凶狼の瞳が、薄暗い部屋の中で不気味に輝き、ラースの心を突き刺そうと狙う。

 征夜にとって、現状の正義の味方は"ラースを倒す者"だ。
 そして、彼を挑発する事で冷静さを失わせ、戦闘力を少しでも削ぐ。その為なら、たとえ人格を否定しても"正義"に違いない。

 それが彼にとっての、宿敵を前にして思い至った結論だった――。

「お前が花に化けて出た時、俺はお前の考えがすぐに分かった!お前は絶対に、俺に花を殺させるってなぁ!!!」

 事の顛末は単純明快。
 花はラースの傀儡であるパラドを倒した。否、"昇天"させた後、征夜と合流する前に囚われていたのだ。

 そして、能力により幻覚を見せるラースは、花の姿に化け、征夜たちに合流。
 本物の花は玉座に縛られ、ラースの幻覚を上から被せられていた。後はそこに、自身の手で征夜を誘導する。

 征夜が正体を見破らなければ、最高の作戦だった筈。
 憎くて堪らない宿敵が、自らの手で恋人の首を切り落とし、絶望する様を見ながら背中を差し貫く。

 これほどまでに面白い物は、ラースにとって他に無かっただろう――。

「あの分岐は俺を操る為に作った!そうだろう!!!」

 ラースの悪辣な企みは、完膚無きまでに失敗した。
 しかし、征夜の怒りと憎悪は収まる事を知らない。何故なら、奴の思考がどれほどに卑劣であるか、完璧に理解したからだ。

 3つ有るルートのうち、征夜は絶対に花と共に進む事になる。
 それは即ち、いつでも征夜を"射程圏内"に納め、彼の行動を"視界"に納める事でもある。
 彼の不意を突き、彼が絶望する様を見届ける特等席が、他でもない"楠木花の姿"だったのだ。

 だからこそ、あの看板の文言は"征夜対策"を想定して、綿密に作られていた。

 アスレチックのルートは、シンか征夜にしか無理。
 魔法トラップのルートは、ミサラにしか解除できない。
 残ったルートは征夜と花で行く。

 一見、単純にパーティをバラけさせるだけの分かれ道に見える。しかし、コレにはラースの深い考えが巡らされていた。

 早い話、"征夜は花を離さない"のだ。
 これこそが分岐のミソであり、征夜の思考を読んだ策略である。

 トラップをミサラが解除し、ミサラの後を着いて花が進む。他の二人はそれぞれの道を進む。
 冷静に考えてみてほしい。これが、"理想のグループ分け"の筈だ。

 確かに、征夜が戦闘で怪我をする可能性はある。
 しかし、回復役の花に安全性を担保すれば、少なくともミサラがラースと戦う時のリスクは減る。

 もしくは花を、シンの後に着いて戦闘ルートを行かせる選択肢もあった筈。
 シンと征夜は、戦闘力や身体能力がほぼ同等。即ち、二人の文化を入れ替えても構わないと言う事だ。

 しかし、征夜は決してそれをしない。
 何故なら花を"自分の手"で守り、"自分の目"の届く場所に置いておきたい。恋人としての隠し切れない心理を、ラースは逆手に取ろうとした。

 これから殺される相手を、これまで憎み続けてきた相手を、征夜は必死に守る。
 その光景を後ろから見れる事ですら、ラースには楽しかったのだろう。だから、この作戦を思い付いた。

 では何故、企みが分かった上でも征夜はラースを連れて行ったのだろうか。
 答えは、征夜だけが奴の正体を知っていて、他の仲間に相談できない立場に居たからだ。

 言うなれば、花は人質。
 この広い城のどこかに囚われ、ラースがそこに連れて行こうとしている事は分かる。ならば、奴に導かせるのが最良の手段だ。

 その為には、他の仲間に相談は出来ない。
 もしも相談する事でラースに気付かれたら、花への道は閉ざされる。それどころか、花の命は無いかも知れない。

 ラースとシン、ラースとミサラの組み合わせも危険だ。
 彼らは入れ替わりに気付いておらず、征夜が教える事も出来ない。よって、ラースの不意打ちを喰らう可能性がある。

 征夜には、そんな危険を犯す事はできなかった。
 だから、たった一人でラースの考えに従い、乗せられたフリをした。

 その行動によって、逆にラースは完璧に虚を突かれた。
 彼の作戦を見抜いても、見抜いていなくても、結局は同じ行動を取らざるを得ない。
 分岐点を生み出した本人ですら、この事実には頭が回らなかった。だから、分岐点に従うなら絶対に気付いていない。そう思ったのだ。

「俺に花を殺させ、その様子を後ろから見る。
 お前みたいなクズが、何よりも考えそうな事だ。それに・・・」

 征夜はそこまで言うと、小刻みに震え出した。
 しかし、恐怖や怒りなどの感情による震えではない。

「お前、自分の女を殺しちまったんだもんなぁ!!!アッハハハハハッ!!!!!」

「くっ・・・貴様ぁッ!」

 先程の暴言以降、半ば放心状態に陥っていたラースは現実に引き戻された。
 彼がここまでの闇に堕ち、人の道から外れたのは間違いなく"アランの試験"のせいだ。

 日記を読み進めて行くと、色々な事が書いてあった。
 人形使いとしての才能が無く、生まれた時から親がおらず、サーカスに拾われて生き延びて来た。
 そんな状況なので、当然ながら学校には通っていない。そしてサーカスの同僚からも、"穀潰し"として忌み嫌われていたそうだ。

 片思いか、両思いかは分からない。
 だが、パラドの元となった女性は、ラースにとって初めての"仲間"だったのだろう。もしかしたら、恋人に近い存在だったかも知れない。

 "征夜にとっての花"と、同じように――。

(アンタが悪人じゃなかったら・・・こんな事言わずに済んだのに・・・。)

 征夜としても、好きで暴言を吐いている訳ではない。
 確かに、これまでの憂さ晴らしが無いと言えば嘘になる。しかし、相手の気持ちは痛いほど分かるのだ。
 もしも、あの時に花を殺してしまっていたら。今の自分は"醜悪な怪物"に成り果てていたかも知れない。

(だが・・・今のアンタはクズだ!)

 とは言え、それは仮定の話。
 同情できる相手とは言え、奴は罪を重ね過ぎた。
 征夜は心を鬼にして、目の前に立つ"邪悪な魔王"との決着を覚悟した。そして、再び挑発を始める。

「お前の女ってのは、もしや怪物みたいな顔だったのか?
 そうか!だから見間違えたんだな!ククッ・・・クハハハハッ!!!」

 震えながら笑い続ける征夜に対し、ラースの怒りは爆発した。それが挑発だと分かっていても、理性が働かない。

「黙れ!貴様みたいなアホに、彼女の何が分かる!俺の苦しみの何が分かる!!!」

「俺はお前ほどアホじゃないぞ?自分の女を怪物はともかく、お前みたいなクズと見間違うかよ!
 お前の苦しみなんて、分かる筈無いだろう!そんな物が分かるのは、お前と同じクズだけだ!!!」

「ふざけるなぁッ!!!」

「それは!俺のセリフだぁッ!!!」

 ラースは短剣を抜き払い、征夜に切り掛かって来た。
 征夜は急いで花を退避させると、すぐに刀を抜いて応戦する。

 "伝説の戦い"は、今ここに始まった――。
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