『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第八章 魔人決戦篇

EP218 前世と今を繋ぐ鏡

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「ここが・・・奇跡の世界!?」

「そうだ!我々の故郷、"地球"こそが俺の望む世界だ!」

 眼下に広がる壮大な都市、東京。
 見渡す限りのビル群の上空に、征夜たちは城ごと転移していた。

「これが・・・奇跡!?」

 征夜は驚きを隠せなかった。
 テセウスとラースが、口を揃えて"奇跡の世界"と呼ぶ物の正体が、他でもない"地球"だったとは。

 征夜が想像していた奇跡の世界は、"天国"や"聖域"に近い物だった。
 まさか魔法のカケラも存在しない地球が、奇跡と呼ばれるとは思いもしなかったのだ。

「魔法も何も無い世界が!本当に奇跡なのか!?」

「魔法が無い事が奇跡なんだ。」

「どういう事だ!」

 征夜は噛み付くような口調で、ラースを問い詰める。
 無知な彼を見下すような視線を投げ付けたラースは、淡々とした説明を始める。

「俺が魔界に行った時、書物で知った事だ。
 世界という物は、その全てが神などの"魔法"によって創生される。
 だが、数多ある世界の中に、たった一つだけ例外が有った。」

「それが・・・この世界だって言いたいのか!」

「信じられるか?俺たちが日々、のうのうと暮らしていた世界。
 それが、全ての世界の中で最も希少な物だった。・・・ククククッ!俺は運命を感じたよッ!」

「な、何が言いたいッ!」

 突如として笑い出したラースを警戒しながら、征夜は声を張り上げた。

「俺を馬鹿にした奴らを!俺を拒んだ奴らを!俺よりも幸せな奴らを!全て支配してやる!!!
 80億の人口、その全てを俺の能力で支配する!全てが俺の思いのままだ!」

「そんな・・・そんな事の為に!お前は大勢の人をッ!!!」

 ラースの目的は、驚くほど"下らない事"だった。
 征夜の予想した通り、そこに大義は存在しない。ただ単に、奴は復讐がしたかった。いや、"逆恨みを晴らしたかった"だけなのだ。

「あぁ!そうだよ!全ては地球を!奇跡の世界を支配する為の礎さ!
 4体の竜を生み出したのは、成長したアイツらが持つ膨大な魔力を、後から回収する為だ!だが、お前が奴らを殺したせいで、計画は頓挫したよ!
 だから、人間をマグマに溶かしたのさ!人体に流れる魔力を抽出する為にな!ククッ!クフフフッ!アッハハハハッ!!!」

「何がおかしいッ!」

「"人間をマグマに溶かす奴は、人間じゃない"だと?その通りさ!俺は"魔王"だからなぁッ!
 だが!そうさせたのは誰だ!それは、お前なんだよぉッ!
 必要最低限の犠牲と、四体の竜!それだけで、俺の目的は完遂されたのさ!
 それをお前が邪魔したから、何十万の人間が余計に死んだのさ!お前のせいでなぁッ!!!」

「余計な死だと!?よくもそんな事を言えるッ!
 この世界も!80億の人生も!あの世界の人々の命も!何一つお前の物じゃない筈だ!」

「いいや違う!この世界は、俺の為にあったんだ!
 魔法も何も無い世界で!俺を阻む者は存在しない!
 俺の能力で操れない物なんて、この世界には存在しないんだよ!」

 ラースは高位の悪魔や神などの、"物と認識できない相手"を操れない。魔王はもちろん、"貴族と人間のハーフ"であったセレアさえ、その手中に収まらなかった。

 しかし、この世界に魔族や神は居ない。
 少なくとも、ラースに対抗出来るような"強力な敵"は居ないのだ。
 もしも、そんな者が本当に居たのなら、この世界は"奇跡"には成り得ないのだから。



 だが、一つだけ例外があった――。



「それは違うぞ!お前の計画には穴がある!」

「負け惜しみを言うな!誰が俺を止めると言うんだ!?神か!仏か!悪魔か!
 この天空に至ってなお!天国なんて見えないなぁッ!!!」

「ここに居るぞ!」

「・・・ん?」

 声を張り上げた征夜の方を見て、ラースは硬直した。困惑と嘲笑の入り混じった笑みが、口の端から溢れている。

「俺が!この吹雪征夜が!お前を倒す!
 神も仏も悪魔も!この世界には必要無い!」

 征夜はそこまで言うと、目を瞑って覇気を溜め込んだ。そして全身全霊を込めながら、ラースを威圧するように叫ぶ――。

『悪を打ち砕いて来たのは、いつの時代も人間だ!!!』

「フンッ!良い気になるなよッ!」

 怒号と共に跳び上がった二人は、再び空中で激突した。

~~~~~~~~~~

 殴り合い、弾き合い、技と技を打ち合う二人。
 間髪入れずに繰り出される連斬を回避するラースと、的確に急所を狙う探検の群れから身を守る征夜。
 両者は完全に互角な勝負の中で、"互いの信念"すらも凶器として用いていた――。

「お前は復讐・・・いや、"憂さ晴らし"をした後に、一体何がしたいんだ!」

「言っただろう!俺の目的は、奴らを見返す事だ!
 俺をカスみたいな人生に追いやった全てを!この世界そのものを!完全に支配する!
 俺にとっての理想郷を作るのさ!宇宙で最も価値のある世界の一つ!それが、俺の物になる!!!」

「そんな!"くだらない事"の為にぃッ!!!」

「全ての物が、俺の指先に収まる!希望も、夢も、女も、全てだ!俺の意思無しに世界は動かず!俺の意思無しに人は生きられない!
 80億の命、その運命が全て俺の物になる!これほどに"素晴らしい事"が、他にあるかッ!?」

「それのどこが!一体何が!素晴らしいと言うんだぁッ!!!」

 地球に生きる人口の全てを、生贄と魔王の力で肥大化した自らの能力で支配する。
 そして、彼らの人生の全てを自分に捧げさせる。それがラースの目的。しかし征夜は、その考えに微塵も共感出来なかった。

「お前はその手で、"人類最高の宝"を握り潰そうとしている!それが分からないのか!!!」

「俺が全てを支配する!富・名声・力!この世の全てが俺の物だ!何一つ、取り逃がすものか!」

「そうやってお前が得る物は、全てがまやかしだ!
 お前には分かってない!人が富を持つ意味が!名声を持つ意味が!力を持つ意味が!!!」

「何が言いたいッ!」

 あまりにも抽象的な征夜の主張に、ラースは痺れを切らした。
 これを好機と見た征夜は、持論を爆発させると同時に、敵の懐に切り込んだ。

「心だ!感情だ!"人だけに許された夢"だ!!!
 人の価値は!生きる意味は!全て心に宿っている!心も無く、意思も持たない人間に、何の価値がある!?
 "あの人形"と同じさ!内臓を抜かれて、魂を失って、血の気の引いた顔!アイツと同じ抜け殻!いや!ガラクタだ!
 人生は全て劇になる!お前というクソみたいな作家が描く、駄作になっちまうさ!
 なぁ!言ってみろよ!何の価値があるんだよ!80億のマリオネットは、お前の思い描く世界で何をしてる!?」

 神速の燕返しが、確かに首筋を捉えた。
 しかし、ラースの心は至って冷静。征夜の主張を受け止めてなお、心が微塵も揺れていない。

「女は俺に奉仕し、男は永遠に働かせる!
 そうする事で俺は、"全知全能"になれるのさ!」

カッシャーンッ!

「チッ!」

 乾き切った金属音が部屋に響き、浮遊する短剣が刀を受け止めた事を悟らせる。
 大きな隙を晒した征夜は一歩引き、体制を立て直す事にした。しかし、その中でも"口撃"の手は緩めない。

「全知全能?そんな物、なれる筈が無いだろう!
 他人を操った上に成し得たソレは、なおさらの偽りだ!」

「お前には出来なくても、俺には出来るのさッ!」

「それは傲慢だ!
 俺はずっと、全てを一人で出来る人間になりたかった!誰にも頼らない男にな!
 だが、この世界に来て思い知ったよ!人が得られる力には限界がある!
 その穴を埋める為に、人は繋がりを持つんだ!そして繋がりを守る為に、人は力を求める!!!」

 転生者として駆け出したあの日、征夜は"完全に人を頼らない"事を望んでいた。
 しかし、装備を剥ぎ取られ、下宿に雪崩れ込んだ時、既にその考えは薄れていた。

 そして、花と共に鉱山を目指した時、彼は確信した。自分一人で出来る事には、確かな"限界"がある事を――。

「力は繋がりを守る手段に過ぎない!
 心が通じていない相手には、力で成せる事など何も無い!せいぜい、敵を増やすぐらいだ!」

「違うな!人は"力"に寄ってくる!
 男も女も、金・権力・暴力が好きなのさ!」

 ラースの能力は、まさに"支配の力"そのものだ。
 この力があれば、どんな物でも手に入ると言って過言ではない。

 だが、それは"真実"なのだろうか――。

「それは違うぞ!繋がりを作るのは、チンケな"操り糸"じゃない!心なんだ!
 心を失くして生まれた繋がりに、何の意味があるんだ!他人から与えられる全てが、淡い幻になるぞ!」

 セレアティナは、まさに完璧な例だ。
 魔界貴族という出自ゆえに、完璧に操る事は不可能だったが、一時的とは言え彼女を支配できた。
 もしも彼女が人間であったなら、ラースは彼女の心を操った事だろう。より具体的に言えば、ラースを"心から愛させた"はず。

 だが、それは紛れもなく"幻"なのだ。
 能力を解けばそれで終わり、彼女は間違いなく"シンの女"だ。

「そんな能力を使ったところで、何一つ"本物"は手に入らない!」

「くっ・・・生まれた時から全てを持っていたお前が!知ったような口を!!!」

「"全てを持っていた"だと!?お前こそ!知ったような口を聞くな!!!
 俺には友が居なかった!恩師も!仲間もだ!金を目当てで寄ってくる奴は居たがな!
 金があっても、権力があっても、"真の友情"は得られない!富と名声の土台は、力じゃなく心なんだ!!!」

 ラースに対して言える事は、過去の征夜にも言える事だ。
 "札束"は、正に"人を支配する能力"。彼が偏差値70越えの大学に入れたのも、悠王が"教師を操った"と捉えても間違いではない。

 だが、その結果がこれだ。
 転生する前の征夜は、正にハリボテ。その身に宿す力は、何一つ本物ではない。
 当然ながら人望もなく、クラスでも会社でも浮いていた。"金をせびる時"以外、彼は全くの不要だったのだ――。

「だが!お前には暴力がある!違うか!
 あの女も、お前の強さに惹かれて好きになった!違うか!?」

「今でこそ俺は強い!だが、転生したての頃は彼女の方が強かったよッ!
 "俺には出来なくて、彼女には出来る事"が!今でも無限にある!そんな彼女を守りたいから、俺は強くなったんだッ!!!」

「ぐほぉっ!」

 斬撃を受け止めた隙を突いて、征夜の拳がラースの腹に直撃した。
 先ほどまで有った動きのキレが、少しだけ鈍っている。これは肉体の疲労よりも、精神の動揺が関わっている事は想像に難くない。

 征夜にとって、花は"力を求める意味"そのものだ。
 確かに、今の腕力では征夜の方が圧倒的に強い。だが、それでも彼女を見下した事など一度も無い。

 むしろ真逆、自分が強くなるほどに、花が輝いて見えた。
 人を傷付け、殺す事しか出来ない自分と違い、彼女は如何に"尊い"のか。

 薬を使って病を治す。
 魔法を唱えて傷を癒す。
 歌を歌って心を和ます。
 料理を作って腹を満たす。
 冗談を言って人を笑わせる。
 自分に求められてくれる。
 自分を求めてくれる。

 そして、"新たな命"すら宿せるのだ――。

 自分に出来て、彼女に出来ない事など何も無い。征夜は本気で、そう思っていた。
 だからこそ、そんな彼女を守る為に出来る事は、ただガムシャラに強くなる。それだけなのだ。

「お前は人を信じれないんだろ?だから、女の死体なんかに計画の中枢を守らせるんだ!
 魔王となって、さぞかし多くの部下が居るんだろう?その割に、あの番人は弱かったな!」

「知ったような口を利くなぁッ!」

「どこが間違ってる!言ってみろッ!」

「好きな女を失った事の無いお前に!俺の何が分かるかと聞いてるんだッ!」

「何度も言わせるなッ!お前の気持ちなど分かる訳がないッ!何故ならッ!お前がッ!間違ってるからだッ!!!」

「ぐぉ"ッ!げぁ"ッ!お"ごぉ"ぉ"ッ!!!」

 やはり、ラースは動揺している。続け様に放った三連斬が、見事なまでに直撃した。
 致命傷を与えるほどの決定打こそ無いが、畳み掛けるには今しかない。口撃と斬撃に一層の力を込め、征夜は追い討ちに掛かった。

「こんな事じゃないだろう!お前がするべき事は!
 こんな事をして、お前の女が生き返るのか!喜ぶのか!笑っていられるか!もう一度よく考えろ!」

「うるさい!俺の計画と彼女は関係ないッ!」

「違うな!お前の中で、"彼女への思い"と"前世への復讐"が結び付いてるのさ!
 本当なら、何の関係も無い二つの事だ!それがむしろ、お前の計画が歪んでいる証拠さ!」

「な、何を言ってる・・・。」

 ラースの動揺は、ついに頂点へと達した。
 防戦一方に回った彼は、手も足も出ていない。

 そう、征夜の言葉は彼自身にも理解出来ていなかった深層心理に、致命的な一撃を加えていた――。

「お前が外道に走ったのは、好きだった女が死んだからだと言ってるんだ!」

「何の根拠があって!」

「俺への異常な執着さ!」

「・・・ッ!」

「お前は、何処かで俺の事を知った。
 そうでもなけりゃ、"生まれた時から全てを持っていた"なんて言わないさ!
 お前にとって俺は、"勇者"である以前に"前世と今を繋ぐ鏡"だった。だから、俺に花を殺させようとしたのさ!
 計画の発端が女の死でなければ、ここまで俺に執着する筈が無い!お前自身が自覚してないだけで、この計画の動機は歪んでいたのさ!」

「ぐっ・・・。」

 確かに、計画自体は10年ほど前から進んでいたのだろう。
 だが、征夜に対する"異常な執着"を見る限り、そこに私怨があるのは確実。いや、無い方がおかしいのだ。

 何故なら征夜は、"ラースの鏡"なのだから。

「俺は、自分が誰よりも恵まれている事実を否定しない。いや、出来る筈がない。
 大富豪の家に生まれたし、父も母も愛してくれた。この世界に来てからは、誰よりも可愛い彼女が出来た。
 その全てが、お前には許せなかった。自分と真逆の人生を歩んでいる俺が、嫉妬でしかなかったんだ。」

 言い出したらキリが無いほどに、征夜の境遇は恵まれている。
 もしも人生の希少性が神のダーツで決まるなら、彼の人生は"ダーツ盤を貫通して壁を突き抜ける"ほどの確率だ。

 彼を見ていれば、誰もが嫉妬するだろう。
 もしも嫉妬しないとすれば、それは征夜以上に恵まれた者だけ。
 ラースが彼を羨ましく思うのは、何も不自然な事ではなかった。

「くっ・・・そうさ!その通りさ!だが、それが何だって言うんだ!
 文字も書けない!学校にも行けない!まともな仕事も無い!そんな奴の苦しみが!貴様に理解できるのか!!!」

「本当に苦しいのは、そんな事じゃ無いだろう!」

「何が言いたいッ!」

「たしかに!俺は親の金で、学歴社会の勝ち組になったよ!そして、親のコネで大企業に入ったさ!
 でもなぁ!俺は自分の生活に満足した事は一度も無い!!!何故か分かるかぁッ!!!」

「俺を馬鹿にしてるのか!貴様ぁッ!」

 自分とラースの境遇を理解した上で、そんな物は問題ではないと主張する征夜。そんな彼に、ラースは怒り心頭だ。
 もしも彼と同じ境遇に立ったなら、誰もが同じことを思うはず。自他共に認める"七光り"である彼に、悲惨な過去を否定する権利などない。

 だが、征夜とてそれは分かっている。それが分かった上でも、否定しなければならなかった。
 もしも彼が善良な一般人だったのなら、征夜は彼の境遇に涙して、手を差し伸べたに違いない。
 しかし、奴は邪悪な魔王だ。そして、世界の支配を企む巨悪なのだ。そんな者の意見を、肯定できる訳がない。

「"自分の価値"を認められない限り、人は幸せになれない!!!」

「そんな物は詭弁だぁッ!!!」

「いいや詭弁じゃない!お前が最も、それを理解してる筈だ!!!」

「な、何・・・?」

「お前が本当に得たい物は、理想郷じゃない!違うかッ!!!」

「何も違わないさ!俺は全てを手に入れるッ!
 前世で手に入らなかった全てを!転生してもなお、手に入らなかった全てをッ!」

「富・名声・力なんて大それた物を、お前は必要としていなかった!
 金・仕事・才能、お前の前世に足りなかった物はこれだ!違うか!」

 人形使いは、給料が良いとは言えなかった。
 彼はサーカスに強制的に所属して各地を回っていたので、給与も大半は団長に抜かれる。
 日々を暮らすので精一杯、病気をしても自力で治すしかない。

 他の仕事は存在しなかった。
 団長は彼を学校に行かせない事で、人形使いとして一生を搾取しようと画策していたのだ。
 文字が読めないのでは、比較的専門知識の少ない接客業すらままならない。

 そして最も重要なのは、才能が無かった事だ。
 彼は、20年の人生の大半を鍛錬に励んでいた。しかし、どれほど練習を続けても彼は全く上達しなかった。

 もしも、人形使いとしての技術が卓越していたなら、才能があったなら、独立してフリーになる事も出来た。だが、それすら出来なかったのだ。
 何も出来ないからこそ、サーカスに残るしかない。彼の仕事は人形使いではなく、他の団員の"サンドバッグ"だった。
 挙げ句の果てに、経営が悪化した事を理由に突然の解雇。あまりにも酷い、酷すぎる。

 こんな話を聞いて、同情しない者など居ない。
 日記には彼の境遇のほとんどが記されており、征夜も全てを読んでいた。そして、幾度となく涙を流していた。

「あぁ!そうだよ!前世はそう思ってたさ!
 でもなぁっ!どれも手に入らなかったから、もっと欲しくなったのさ!
 "満たされた器"のお前には、一生かかっても分かるまいッ!!!」

「お前だって、一度は満たされた筈だ!
 人形使いとして、確かな仕事を手に入れた筈だろう!"女神からの能力"と共にな!」

「それがどうしたぁッ!!!」

「分からないのか!お前には!もう分かる筈だ!
 何故なら、天才人形使いとしての生活に!お前は満足できなかったからだ!」

「・・・ハッ!」

 ラースはここに来て、ついに征夜の真意に気が付いた。つまり彼は、"やり過ぎた"と言いたかったのだ。

 前世でのラースの死因は、災害そのものだ。
 そこに団員の陰謀は存在せず、復讐の理由にはならない。
 では何故、ラースはこれほどまでに野望を肥大化させる必要があったのか。征夜はそこを突いて来た。

「金が欲しいなら!仕事が欲しいなら!あの仕事を続ければ良かった!
 でも、お前は満足出来なかったんだろ!お前の持ってる能力は"借り物"だからだ!
 人形使いラドックスを褒めても、お前を誉めたことにはならないから!それが苦しかったんだ!」

 この世界でのラースは、金・仕事・才能の三拍子が揃った男だった。
 女神から与えられた能力は、"人形使いとしての才能"そのものと言っても良い。
 そして、天才人形使いとしての生活は、巨万の富と素晴らしい仕事に満たされ、乾いた彼の心に慈雨を降らせていた。

 そう、前世で望んでいたはずの物を、彼は既に手に入れていた。
 それなのに、どうして"世界征服"などと言う野望を抱く必要があったのか。

 その答えは単純、与えられた新生活などでは、彼の心が満たされなかったからだ――。

「お前が俺と戦ってるのは!金が欲しいからでも、地球が欲しいからでも、地位が欲しいからでもない!
 ただ純粋に・・・"幸せ"が欲しいんだ!違うか!!!」

「な、何を・・・!」

 ラドックスが新生活で満たされなかった理由は間違いなく、"彼"を認める者が居なかったから。
 女神から与えられた才能は、彼の努力により得られた物ではない。"天才人形使い"が讃えられるたびに、彼の心には巨大な影が出来ていた。

 その影を打ち消してくれる者は、"たった一人"しか居なかった――。

「お前は・・・あの人が欲しかったんだろ・・・?自分の手で殺した女に・・・愛して欲しかった・・・価値を認めて欲しかった・・・。
 それが叶わないから・・・こんなくだらない事で自分の価値を証明しようとしたんだ!!!違うかぁッ!!!」

「ふぐぅっ!!!」

 強烈な殴打がラースの顔面を抉り、力強く吹き飛ばした。
 背後の壁に激突して崩れ落ちた彼に、征夜は馬乗りになって追撃する。

「自分を取り戻せ!ラドックス!!!
 こんな事して何になる!こんな事をして・・・お前を誰が認めるんだ・・・!」

「おごっ!ぬぐぅっ!ごほぉっ!!!」

 顔面に次々と叩き込まれる征夜の拳は、小刻みに震えていた。
 だが、彼の表情に浮かんでいたのは"嘲笑"や"怒り"ではなかった。

「もう・・・やめるんだ・・・うぅっ・・・これ以上やっても・・・意味が無いだろ・・・!」

 そう、彼は泣いていた。
 この戦いの無意味さに、彼の計画の無意味さに、涙せずにはいられなかった。
 本来なら、自分たちは戦う必要の無い存在なのだ。確かにラースにとって、自分は嫉妬の対象。しかし、命を削り合う死闘など必要なかった。

 ラースの暴走によって、多くの人が犠牲になった。その罪は重すぎる。
 何も無ければ、手を取り合えたかも知れない二人。しかし、後戻り出来ない所まで来てしまった。

「俺も・・・"アンタ"も・・・同じなんだ・・・!
 確かに俺には才能があった・・・剣才だ・・・!
 でも・・・そんな物は地球では使い道が少なすぎる!オリンピックに出るか、道場を開くか!そのぐらいしかないんだ!」

「な、何が言いたい・・・。」

「俺の才能も、女神に与えられたに等しい!
 転生が無ければ、一生をカスのまま暮らしていた!自分の才能に、微塵も気付く事なく・・・!」

 こうして考えてみると、征夜は女神から能力を貰わなかったが、"転生のチャンス"そのものが彼にとって最大のプレゼントだったのだろう。
 竜の首をギルドに持っていけば、それだけで金が手に入る。どんな"チート能力"よりも、この環境自体が最強の能力なのだ。

 そして征夜の剣才は、ハッキリ言って驚異的。
 あの資正ですら、彼の潜在能力を異常だと思っている。
 だが、それは異世界転生ありきの物。地球で暮らすサラリーマンに、剣術の才を生かす機会など無い。

「アンタだって同じだ!太平の世界は!お前にとって理想だった筈!
 ドイツ人は、そんなにも人形劇が好きなのか!?娯楽が世界中で飽和している現代の地球より、あの世界の方がよっぽど良い環境の筈だ!!!」

 だが、それはラースとて同じ事。
 女神から受け取った天賦の才を活かせる環境が、あの世界にはある。
 もしもアランの試験を受けなければ、今頃は人形使いとしての安住を得ていた筈だ。結婚して、子供が居てもおかしくなかった。

 だが、彼女を失った時、その道は閉ざされた――。

「好きだった女を殺して、絶望したのは分かる・・・でも!罪無き人を・・・殺して良い理由には・・・ならないだろ・・・!」

 訴えかけるような、祈るような口調で、征夜は叫んだ。
 ラースの事は許せない。だが、彼が悪いと断じる事も出来ない。

(もしも花が死んでたら・・・僕は今頃・・・。)

 未遂で済んだ自分ですら、アランを叩き斬ろうとしたのだ。花が居なければ間違いなく、どちらかが死んでいた。
 そう考えてみると、実際に殺してしまったラースの、やり場のない後悔と憎悪は計り知れない物がある。

 ドロドロに溶かされた人たちと、同じ言葉しか話さないパラド。
 どこまでも悲惨な二つの光景が脳内を廻り、征夜の思考をぐちゃぐちゃに掻き乱していく――。

「・・・××す××良×った?」

「何?」

 ボソボソと呟かれたラースの言葉が、征夜には聞こえなかった。
 だが、堰を切って溢れ出した"魂の叫び"は、止まる事を知らない。

「どうすれば良かったと言うんだ!俺は!俺に残された"夢"は、これぐらいしかないだろう!
 彼女の事を忘れて、人形使いとしてノウノウと暮らせと!?ふざけるな!そんな事、出来る筈もない!!!」

「ぐがあ"ぁ"ッ!?」

 征夜の脳内に、盛大な火花が散った。
 馬乗りになって殴っていたラースの額が、全力の頭突きを征夜の顎に喰らわせたのだ。
 幸いにも舌は噛まなかったが、せっかく取ったマウントポジションは維持できない。

「俺には夢が・・・夢が必要だった!それが無ければどうして!今まで生きていられたか!」

「お・・・お前の・・・言い分は・・・分かる!そ、その・・・通りだ!だが・・・やり直せる!
 自分を・・・取り戻すんだ!心から・・・罪を償えば・・・"彼女と同じ場所"に行ける筈だ!」

 朦朧とする意識を集中させた征夜は、必死に言葉を振り絞った。
 力の入らない足腰に鞭を打って、彼はなんとか立ち上がって刀を構えた。

 心なしか、征夜の言葉には覇気が無い。
 声が震えているのは当然ながら、先ほどのような"キレのある口撃"とは言い難い精神論しか、出て来ないのだ。

 天国に期待しろ。そこで死んだ女に会える。
 そんな事を言われて、納得できる男が居るだろうか。その言葉で心を入れ替えて、「俺が悪かった。」と懺悔する男が居るだろうか。

 当然ながら、ラースはそんな男ではない――。

「そんな物は気休めだ!俺は一度死んだ人間!天国なんぞに希望を持てるか!」

「その通りかも・・・知れないがッ!」

「反省なんて無駄な事、俺はしないさ!
 消えない罪を背負ったなら、地獄行きは免れない!なら、どっちにしろ同じ事!」
<<<凶魔活性!!!>>>

「な、何をっ!?」

 "凶魔活性形態"に移行したラースの背には、巨大な翼が生えた。頭頂部には二本の角が生えている。
 白目は黒く染まり上がり、瞳は光を失った。皮膚からは、みるみる血の気が引いていく。

 その時、征夜の中に"凄まじい悪寒"が走った。それはまさに、本能的な恐怖とも呼べる物――。

「な、何だ・・・お前!何をしたいんだッ!」

「地獄に行くのは、俺だけじゃないぞッ!
 世界の征服など!今となってはどうでも良い!俺の望みはただ一つ!」

「ま、まさか・・・お前ッ!?」

 キッチンの隅に追い詰めたゴキブリが、全身全霊の飛翔を試みる時のような、"予測不能"と言う恐怖が、全身の血管を駆け巡った。
 征夜の中の危険信号は点滅すらせず、鮮烈に赤く輝いている。
 もはや疑う余地も無いほどに、ラースを取り囲む空気の流れが変わったのだ。





 そして征夜の予感は、寸分の狂いもなく当たっていた。





「貴様も!あの世界も!この世界も!全て"道連れ"にしてやるッ!」

「何いぃぃぃッッッ!!!???」

 その時、膨大な力を持つ魔王の姿は突如として夢想の彼方に消えた。
 高貴で、どこか神々しさを感じさせるヴェールを脱ぎ去ったラースの姿は、もはや魔王と呼べる男ではなかった。



 そこに居たのは紛れもなく、全てを失った者の末路。"無敵の人"だった――。
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 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
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 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

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転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
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【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

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