『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

文字の大きさ
9 / 40
第九章 反逆の狼牙編

EP239 ちくちく言葉の権化

しおりを挟む

 翌朝――。

コンコンコンッ・・・

「ん?」

 扉を叩く軽快な音によって、征夜の意識は覚醒した。

 窓の外に広がる景色は、未だに薄暗い。
 彼方に聳える山々の陰から、うっすらと太陽が昇りつつある。しかし、掛け布団の隙間を縫って吹き込む風は、朝とは思えないほど冷たかった。

ゴンゴンゴンッ!

 扉を叩く音は、次第に重く激しくなる。
 その訪問者が苛立っている事は、流石の征夜にも察せられた。

「ふぇ?・・・あぅぅ・・・今、行きま~す・・・。」

 征夜の隣には、当然のように花が寝ていた。
 小さく欠伸をかき、寝巻きのままスッと立ち上がった彼女は、肌寒そうに震えながら戸口に向かう。

 早朝の冷気にかじかんだ指先は、冷たいドアノブに触れ、恐る恐る内鍵を捻った。

「さっさと起きなさいよッ!もうみんな集まって、アンタの事待ってんの・・・え?」

 扉は勢いよく開け放たれ、鋭い怒号と共に小柄な女性が分け入って来た。
 しかし、2.3歩踏み入ったところになって、彼女の足取りは急に止まる。

「あ、あれ?花?」

「えぇーと・・・もしかして私、寝坊しちゃったかな?」

 少し焦ったような調子で、花は愛想笑いを浮かべた。
 早朝から凄まじい剣幕で迫る槍使いの女アメリアに対して、少しばかり引いている。

「ごめん!別に、あなたに言った訳じゃなくて・・・ここって、吹雪征夜の部屋よね?」

「うん、征夜ならまだ寝てるよ。」

「は?一緒の部屋で?」

 アメリアは少しギョッとした表情で、花とベッドの間に目を泳がせた。
 昨晩も、特に何かあった訳でもなく一緒に寝ただけなのだが、色々と邪推されても仕方の無い状況だ。

「・・・あ~、えと・・・起こして来て。」

「分かった!・・・征夜ぁ!起きなさ~い!」

「まだ眠いよ・・・。」

「美味しいスープあるよ!」

「起きますッ!・・・うぐぁっ!」

 母親に起こされる学生と同じ調子で、ベッドから飛び出した征夜。勢い余って足を滑らせ、地面に突っ伏してしまう。

「イッテテテテ・・・。」

「おはよっ!征夜!」

「お、おはよう・・・あの・・・何の用ですか?」

 ズキズキと痛む額を摩り、バサバサに乱れた髪を整えながら、征夜は呑気に応答した。
 しかし、そのマイペースな声は、アメリアの神経を逆撫でしたようだ。

「もう6時よ!起床と点呼は5時!ルーネに言われなかったの?」

「いやあの・・・聞いてないです・・・。」

「とにかく来て!アンタのせいで、ずぅーっと待たされてるの!」

「えっ、ちょ、うわっ!?」

 アメリアの指がパジャマの袖を強く掴み、有無を言わさずに征夜を引っ張って行く。
 まだ、朝食も着替えも洗顔も済んでいない。それなのに、彼女は強引に征夜を連れて行こうとする。

(た、助けて花!この人ヤバい!)

(悪い子じゃないから大丈夫!・・・多分!)

 猛烈な剣幕に怯んだ征夜は、視線で花に助けを求めた。しかしながら、アメリアの威圧感に屈したのは花とて同じ。

 結局、適当な愛想笑いを浮かべた彼女は、連行される征夜を尻目に、ソソクサと着替え始めた。

~~~~~~~~~~

「アンタ、花の彼氏なの?」

「は、はい・・・。」

「全然似合ってないね。豚に真珠って感じ。」

「え"ぇ"ぇ"ッ!?」

 あまりにも辛辣な発言が、突如として飛び出した。
 もはや暴言に近い指摘を心臓に食らった征夜は、思わずよろめいてしまう。

「そ、そんな事言わなくても・・・。」

「だって事実でしょう?彼女と釣り合うだけの知性が、アンタからは感じられないわ。」

「え・・・あ・・・はい・・・まぁ、小学算数も危うい脳筋ですし・・・ハハッ。」

 ガチガチのリケジョである花と、四則演算も怪しい征夜。学力という点において、彼は花の足元にも及ばない。

 今にして思えば、彼は"体育会系"だったのだろう。
 しかし、それは転生した後で分かった事。
 小中高大の学生生活においては、本当に何の取り柄も無い男だったと、彼自身も自覚していた。

(まぁ事実だよな・・・。)

 アメリアの指摘を真摯に受け止めた征夜は、愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
 自虐と共に溢れ出した引き攣った笑みが、このトゲトゲしい会話の流れを断ち切ってくれる。そう思ったのだ。

 ところが、アメリアの猛攻は留まるところを知らない――。

「アンタって本当にバカなのね?そんな事聞いてないよ。」

「ひえぇっ!?」
(なんだコイツぅッ!?"ちくちく言葉の権化"か!?)

 険悪なムードを正そうと、敢えて反論しなかった征夜。そんな彼の隙に突け込んで、彼女は更なる口撃を加える。

「口調からして、頭が悪そうなのはすぐ分かる。そもそも、アンタに頭脳は期待してないから安心して。」

「えっ?はっ?じゃあ何が言いたいの?」

「そんな事をわざわざ問う辺り、本当に短慮なのね。」

「いや、だって会話にならないじゃん!何考えてるのか分かんないよ!」

「節操無しの上にコミュ力も無いの?」

「ファーッ!?」

 鉄壁の防御と、続け様に繰り出される強烈な一撃。
 征夜の神経を逆撫でし、的確に心を破壊しにくる女の言葉。
 あまりに容赦の無い攻めに対し、征夜は笑う事しか出来なかった。思考回路が完全にショートし、顎が外れそうになる。

「せ、せせ、節操無しっ?ぼ、僕が!?」

「そうでしょ?」

「い、いや、待ってくれよ!何の話をしてるんだい!?」

 困惑する征夜をよそに、ソソクサと歩み去ろうとするアメリア。征夜はそんな彼女の手を握って、話し合おうとするが――。

「不潔な手で触んないで・・・!」

「痛っ!ふ、不潔って何さ!?」

 入浴は毎日してるし、不潔な物を触った覚えも無い。
 しかし、征夜の手は勢いよく叩き返され、暴言と共に振り払われた。その理由が、彼には分からなかった。

「無償で借りてる客室で"寝れる"神経が、生理的に無理!」

「寝る?そんなの当たり前じゃないか!」

 宿泊先として、女王の言い付けを受けた部屋。
 そこで就寝する事に、何の後ろめたさが有るだろう。征夜には、アメリアの言葉が全く理解出来なかった。

「当たり前!?アンタ、花の事を何だと思ってるの!?」

(何だって言われても・・・。)

 恋人であり、最愛の人であり、自分に人生をくれた人であり、自分に無い物を補ってくれる人であり、宇宙で一番素敵な女性。

 考えれば考えるほど、返答に迷った。
 征夜の中で彼女は特別を通り越して、"唯一神"に近い存在。しかし、そんな事を言ってしまえば、気味悪がられるに決まっている。

(あ、当たり障りの無いところで・・・。)

 それとなくボカした表現で、大切な恋人である事を伝える。その為には、やはり比喩を使うのが良いだろう。

 だが、ここで"大事故"が発生した――。

「そりゃあ、"毎晩寝ても良い"関係だよ!」

パチーンッ!

 鋭利かつ重厚な平手が、突如として頬に飛んだ。
 顎の関節が軋む音と、頬の筋肉が波打つ衝撃が脳の奥まで浸透し、激痛と困惑が思考を支配する。

「お、おご・・・痛い・・・。」

「このモラハラ男!アンタはもう喋んなくて良い!」

 逆立つ髪に、ギラギラと光る眼光。
 悪いのはアメリアの筈なのに、征夜を折檻した彼女の目線は侮蔑の色に満ちていた。
 ゴミを見るような視線を強烈な敵愾心と共に浴びせた彼女は、唖然とする征夜を引っ張りながら、再び歩み出す。

(ひ、酷いなぁ・・・。)

 "誰に対しても寛容"が、彼の基本的なスタンス。
 しかし、何事にも例外は存在するものだ。これから彼女と友好な関係を築ける自信が、微塵も湧かなかった。

 征夜はヒリヒリと痛む頬を摩りながら、アメリアの背を睨み付けた。

~~~~~~~~~~

 玉座の間には、既に大勢が集結していた。
 その顔ぶれは十人十色で、服装もてんでバラバラ。制服や隊服のような物は無く、全員が個性豊かな私服に身を包んでいた。

「おっ、来た来た。」

「おはようございます、勇者様。」

 シンは待ちかねたような表情を、玉座に座ったルーネは朗らかな笑みを浮かべ、征夜を群衆の元へ招き入れた。
 しかし、彼の事を全く知らない者たちは、アメリアに手を引かれる無様な様子を見て、品定めするような視線を浴びせる。

「アレが・・・勇者?」
「はい、魔王と呼ばれる方を倒したと聞きました。」
「え~!"グラっち"、こんな陰キャに負けたの!?」
「グランディエルを殺したのは人形使いの男で、それを倒したのが彼よ。」
「この先も、勇者に神のご加護があらん事を・・・。」

 ライフルを持った女、学ランを身に付けた眼鏡の男、魔族と思わしき少女、白銀の剣を握りしめた女、聖職者と思わしき女性。
 ザッと耳に入っただけで、これだけの人間が征夜に目線を釘付けにして、噂話に花を咲かせていた。

「アメリア、どうでした?あなたも"納得"できる結果でしたか?」

「全然ダメ、不合格ね。コイツ相当なクズよ。」

「ふ、不合格・・・?」

 ヒソヒソと話し合うルーネとアメリアの会話に、征夜は強引に割り込んだ。
 "不合格"とは何の事だろうか。その結果が、アメリアの態度に関係があるのだろうか。そう思うと、征夜は不思議でならなかった。

「適性を見る為に、色々と煽ってみた。そしたら、アンタの本性がよく分かったわ。」

「本性?」

 アレだけの会話で、自分の何が分かったのか。
 もしや、心理テストのような物を仕掛けられていたのだろうか。疑問に思った征夜は、更に深く聞き返す。

 ところが、アメリアの口から飛び出したのは、驚愕の回答だった――。



「ルーネ!コイツはね!自分の恋人を意思なんて関係無しに毎晩犯す、最低なDV野郎よ!」

「・・・はっ?いやいやいやいやいやいやいやいやッ!!!何の話ぃッ!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...