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零話
しおりを挟む一時穏やかに振る舞った世界は、一瞬にしてその表情を変えられた。荒れ狂う風。大地は鉄錆の如く剥がされ、大木は花弁の如く舞った。その圧倒的な力、牙剥く獣達から抗う全てを奪い、一方的、強制的にその命を薙いで刈ってゆく。
その名は暴雅凜。風を操る生来の力を持ち、全く敵無しと言わんばかり、その力で全てを圧して生きるその世界に、余裕とまたある種の退屈さも抱えつつ生きる者。戦い。彼が腕を上げる時、その暴虐な声が一閃、大気を震わせる。
「テメェら全員、くたばりやがれェ!」
その口調には、強者故の気品も無く、ただ粗雑な風が荒れるのみ。力任せ、強さの誇示に叫ぶのみ。
「だァっはっはっはァ!俺に敵う奴はいねェ!」
生者の失せた世界、彼の声だけが鋭くうつろに通るのみ。
彼の好敵。古くより幾度となく戦って今に至る、その男もまた強者且つ荒れ者である。名は尖剣。操る炎は散り狂い、万を煤とし空と消す。
一度彼等が交われば、岩、朱く溶けて靄となり、地、悉く裂けて谷となり、果てに地獄の闇景色。
さて、今宵再び悪夢が訪れる。仁王と立つは暴雅凛。斜に構えるは尖剣。彼等、戦いこそがその全て。彼等だけではない。この世の者全て、戦いの申し子、戦いの友、戦いの信徒、戦いの奴隷。
「ケッ!今日こそてめェの最期だぜ!」
「こっちの台詞だ!行くぜェ!!」
闘いが始まった。
暴雅凜、ひらり空を舞って巨大な三叉戟を構える。尖剣は刀を抜いた。打ち付けるように一振り、大地を両断。たちどころに炎が上がるがしかし、暴雅凜の三叉戟が風で抗いその追随を許さない。二者は激しくぶつかり合い、双方の武器を交えつつその闘気をぶつけ合った。
「オラオラオラァ!!」
「ウラウラァ!!」
唸る唸るは暴風の声。燃えろ爆ぜろの豪炎の声。戦士達の猛る声。数多の衆生の、苦しみを叫ぶ声。辺り一帯に、絶えず轟音が響き渡る。
「はァッ!」
暴雅凜が力任せに三叉戟を振る。吹き飛ぶ尖剣。刹那、身を構えて暴雅凜が突入する。しかし瞬時に尖剣も膝突き構えて、暴雅凜に斬りかかる。
(ちっ!しぶといヤツ!)
素早く暴雅琳が動く。戟をかざして三つ度振り。ひらりひらりとかわし、刀で薙いで焼き払う尖剣。
暴雅凜、素早く距離を取る。目が僅かに光った。戟を振り上げ、空に掲げる。唸るような音。するとたちまち彼をとりまき巨大な竜巻が現れた。力強い動きで避ける尖剣。竜巻はうねりうねり、地をなぞるように激しく削り、巨大な谷を跡に残した。尖剣はぎりりと睨みつけ、刀を大地に突き立てた。叫ぶような轟音が響いて、地が叫び炎を上げる。竜巻を焼き解いて、炎は暴雅凜の身体を燃した。焼き爛れる彼の肌。しかし次の時、見事に治癒して振り払った。空中、睨み合う両者。力を纏って再びぶつかり合った。一進一退の攻防が続く。
「せいッ!」
激戦の最中、遂に戦局に転機が訪れた。
尖剣の刀、強く紅に染まって三叉戟を振り払う。陽炎が弾けた。
(くッ…!やられたか!)
好機を逃すまいと、光る瞳は切先のよう。すかさずそのまま斬りかかった。一瞬にして暴雅凜の身体に幾つもの太刀筋が紅く刻まれて行く。
「暴雅!こんなものか!!」
「ちッ!負けん!」
反撃、覚悟。暴雅凜は尖剣に突っ込んだ。指に風の槍を成す。振りかぶって、その目に会心の痛撃を見舞った。
「ぐぁぁぁッ!!!」
尖剣が怯んだその隙に、彼は尖剣の首筋を鷲掴み。そのまま地面に叩きつけた。地が割れ、砂塵が噴き出す。
「うぐぉッ!」
(へッ…!勝てるぜ!)
そのまま暴雅凜は空に舞い上がった。尖剣は彼の手の中、痺れて動かない。
空中で暴雅凜は、尖剣の首を掲げた。片足で天を蹴り、背を反らせて力を込める。
「ぐらァァァッ!!」
彼の雄叫びが轟いた。
振り下ろされた爪先が空を切る。彼は弾けるように身を屈め、鋭く宙を返えるように尖剣の首元を放った。まるで流れ星、その身体は閃光となり地へと一直線。頭天より地へ叩き付けられた、尖剣の身体から地割れが稲妻のようにビシィと伸びる。
すかさず暴雅凜は三叉戟を拾い、再び空へ飛び上がった。
「くたばれ…尖剣!」
彼はきっと武器を構えた。一直線に光を描き、尖剣の胸元へ迫る。
「でああああーッッ!!!」
戟が尖剣を穿った。胸の中で風が破裂するように暴れ狂う。傷が開き、漏れた紅い炎が巨大な渦を作って幾枝にも伸びて行く。竜巻が、火柱が四方に散って、蹂躙するが如くその地を強削し尽くした。
「うぐッ…!うがあああァ!!」
尖剣の胸元、傷穴が徐々に開いてゆく。
「死ねェェェェ!!」
「がァァァァァ!!」
そして迎えた決着の時。尖剣の身が裂解した。莫大な火球をもって、その力が放出される。散り散りになったその身体は四方に舞って消えた。尖剣は死んだ。
「ヘヘっ…!だァっはっはっはァ!」
嵐が静まる後。虚しさが支配する地の中、きらりと光る小さな玉。暴雅凜は手に取り、傷だらけの尖り牙で、がりり、咀嚼して飲み込んだ。
暴雅凛の身体がぼうっと光る。
「ふははは!!!俺は…!俺は最強だァ!!」
我が力、まさに究極なり。そう言わんばかりの叫び声。無理もなく、己が生涯の敵を喰い物にしたのが彼。その力さえ我がものとした男にとって、もはや負い目など無い。彼は自分の強さを誇示する欲に駆られた。
(強い!俺は強い!!もう恐れるものはねェ!目に入った者全て…この手で殺して殺して、殺しまくってやる!!)
そして次の夜。彼はその力のもと、再び夜の世界へ繰り出した。
(けッ!誰もいねェじゃねえか。しけてやがる!)
静寂。冷ややかに、水を打ったような闇世界。夜空に浮かぶ満月さえも暗く、彼は孤独に争いを求めて歩み続けた。
世界は、四つに分かれている。
生者の世界は、その二つ。
ふと、暴雅凜は遠くに、白く光る何かを認めた。徐々に近づいて来る。
(何だ?敵か?)
暴雅凜も歩を速めた。次第にその姿が露わになってゆく。
(何だ…鬼か?まァいい。居ないよりはマシだ。)
それは小柄な、長髪の者だった。ほのかに桜色がかった白い髪を後ろ頭で一つ結わえている。武器を持たず、柔にゆらめく黒い着物を纏うのみ。
(群れていないのか。無防備な奴だ。)
その者は、彼に一瞥をやることもなく、その大きな目を少し伏せているだけで、情を見せず、音を立てず、軽々と歩いている。
そして彼等はすれ違った。
暴雅凜は戟を構えた。軽く薙ぎ払うように風を放つ。その力はより激しく、一帯をすぐさま嵐に変えた。
草木が舞った。風が唸った。万物がその力に平伏す。長髪の者も、空に舞い上がった。
(けッ!遊んでやるぜ!)
彼は風を器用に操り、長髪の者を眺めた。その身体は力無く、桜が舞うが如く、ふわりふわりと弄ばれていた。そのように、彼の目に映った。
「くらえーーッ!!」
彼は三叉戟を振り、竜巻を起こした。地が裂け、草木が散る。その者は、しかしながら、ひらひらと舞ってその竜巻に掠らなかった。
(ちッ!悪運の強いヤツ!)
もう一度三叉戟を振る。竜巻が、次はその者の元へ真っ直ぐ向かった。しかし風が抜けてよく見ればまた、依然としてふわわと浮かんでいるのであった。
(ちくしょう!何故当たらない!)
彼は顔を赤くし、竜巻を乱れ打ちした。乱れ打ちしたが、やはり当たらない。
「であああーッッ!」
彼は風向きを見て、長髪の者の行く先を読んだ。そして武器を構え、直接突進を仕掛ける。その時だった。
その者は姿を消した。見ると彼のすぐ上に。その者が実に素早い動きで、風に抗って彼を避けたのは、彼の目に明らかだった。
(なッ…!!!)
暴雅凜は唖然としてその者を見上げた。一瞬、目があった。
彼の口元から、微かに笑みがこぼれていた。
片は、共存が覇する世界。
片は、闘争が覇する世界。
暴雅凜の表情からは怒りの感情が溢れ出ていた。目の前の気に食わぬ鬼を殺す事、それしか頭にないと言わんばかりの凶悪な目つき。暴雅凜は風を纏って暴れた。
風はますます激しくなった。草木はやがて消え失せ、土や砂が舞い上がるのみ。しかしその中でも、長髪の者はひらりひらりと全ての攻撃を流すのであった。
無数の竜巻も、風に乗って飛ぶ岩も、恐ろしく強い力を纏って幾度と無く彼に向かった。しかし彼はその嵐に揺られることなく、その力の何かしらの作用を全く受け付けず、淡々とそれらを避けた。ただその髪と、ふわりと彼の小さな身体を包む、豊かな黒い一繋ぎの着物が、風にたなびくだけであった。
それでも暴雅凜は彼を追い続けた。追い続けて、ひたすら攻撃を仕掛けた。
そして暴雅凜はついに我を忘れ、その戟で直接彼を突き刺さんと彼に向かって突進した。その瞬間だった。
暴雅凜は再び彼と目があった。暴雅凜ははっとした表情を見せた。
暴雅凛をじっと見とめる、煌びやかな視線。それは彼の淡い髪の色、それをさらに鮮やかにしたような寒桜色の光沢が、ぎらり、真っ直ぐに暴雅凜を捉えている。妖しく、不吉な瞳。
顔が引きつる暴雅凛。きりりと踵を返し飛ぶ。そして振り返り、彼に向けて必死の形相、無我夢中で武器を振る。
しかし彼は速かった。真っ直ぐな視線途切れぬまま、冷たい表情崩さぬまま、確実に彼は迫り来る。
逃げる暴雅凛。しかし時すでに遅し。竜巻は寒桜色、実に煌びやかに、世界が彼の色に染まった。そして素早いことは見えぬ程、ひらりと舞うは独楽のよう。夢に輝く泡を残してぎらりと光るは踵槍。真っ直ぐ開いて天地結ぶと彼よ見下ろせ暴雅凛。稲妻落ちたか、光線は見事暴雅凛の頭天を穿った。
彼が生きる世界。その名、呼ばれて修羅界。
その世界で生きるは修羅共なり。
蹴りが入ると、彼は密かに考える。
(力ある者と交わると、いつも思う…。)
彼の目先、そこには先程まで威勢よく風を振るった暴漢の、力無く地面に墜ちて行く様があった。
(あれほど生きの良い者も、終わりには…。)
男の頭は無残に割れていた。身体中を刀で斬られて然としていたであろうその男が、その一撃に抗う事すら出来ない。寒桜色の光が少しずつ、その体を侵食していく。
彼は小さく拳を構えた。男は震え、起き上がるそぶりを見せるも、力なく再び地に伏せた。
(跡の形見も無く散らしてしまうこの力。)
大地に向かって、彼は一気に加速した。その目には、殺風景な世界と、その中にぽつんと男だけが映っていた。
修羅は闘う。生きる為に闘う。
闘って生きる。闘う為に生きる。
(私は…修羅だ!)
彼は迫って男の手前、素早く拳を突き出した。きらりほのかに桜色、光の玉を弾き出す。光の玉が一直線に男に向かって突き抜ける。突き抜け男の身体を穿つ、その様例えば流れ星。
光が溢れ出た。そして火花となり、無数の光の泡となって咲き乱れ夜の世界を照らした。美しく艶やかで、しかし夜の闇が巻く世界の中では、孤独な光でもあった。
寒桜色に照らされた世界に、彼は一人降り立った。そよ風が彼の長い髪を静かに揺らした。彼は再び歩み始めた。彼が去ったその場には、異様な形に削れた大地のみが、荘厳なる静寂のもと、虚ろに佇んでいる。
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