遊羅々々うらら

H.sark-9

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001話 晴れ空は雪の日の…。

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(わあっ、雪だあっ!)
空が青い。眩しすぎて白虹が煌めきに差すほどの青空が、どこまでも透きすきと通って広がる空。鮮烈なシルエットを描いた雲は、例えばエーゲ海の晴れやかな島のよう。そして彼は草原の上、冷ややかな香りに目を覚ます。
まったりとまつ毛を少し上げ、さらりと髪を梳かした指先がつんと冷たく滴った。そして見渡せば、輝く白いベルベット。
わあ、雪だと心で云って彼は、胸いっぱいに風を吸い込んだ。流した息がきらきら、蒼い雪景色に溶けてゆく。
ふわり、軽く立ち上がると、腕と背を反らせてぐうっと伸び、すっと肩の力を抜いて、彼は今日もまた歩き出す。

歩いていると、彼の目の前に森。
(あら…。)
彼は森の外縁を沿うように歩いた。その時だった。
何者かの気配がした。森の奥に、微かな影。さわさわと揺れる草の音、さくさくと崩れる霜の音。
耳を澄ます。小さな声。
(二体居る。)
子供のそそかしさが香る、高い声であった.
(待てって!俺たちまで殺されちまうよ!)
(そうは見えないよ。あいつと比べてみろ。顔つきがまるきり違うぜ。)
(そんなこと言ったって!万が一襲いかかってきたらどうする!?間違いなくやられる!)
(だからって!こんな機会ほかにないだろ?)
(うむむむーっ!)
彼は歩きながら、目線を逸らした。決まりの悪い情を微かに漏らす。
(隠れているようね。なんでしょ。)
さらさら、草の葉が鳴って後をつける。声はさざめきに隠れつつ、止む気配がなかった。
(うーん…。仕方なしね。)
ふわりと舞い上がる。そしてすっと素早く、子供達の後ろに降り立った。さらと揺れる子供らの髪。
「もしもし。」
「きゃお!!?」
「はぁっ!!?」
頓狂な声を上げた。
「あの…。何か用かしら?」

(ふうん、楽鬼の村ねえ。)
彼は子供の案内に従い、小さな村を訪れた。
「君らがお住まいの?」
「そうだよ」
「あら、ご招待というわけね。」
「ウン」
軽い会話が流れる。少年は澄ました眼に闘志と凶気を沈めたいつぞやの表情を消して、穏やかな微笑み、しかしどこかに灰色の心根が差していた。
村の中へ。平穏に毒が溶けたようで、ざざと村の者達の視線が集う。異形の者へ向かう、違和感、猜疑という、当然の情が宿った視線であった。
(あら、困ったわね。悪い目立ち方。)
彼は少し伏し目がちに、しかし気にしない振りで会話を突き通した。
「兄さん、おいくつ?」
「七才くらいだよ」
「ウン、俺も」
「そう…。それにしても、良いお天気で。」
「うん。」
(決まりが悪いな。私こんなに口下手だったかしら。)
うつろな時が流れ、御一行は奥の奥、中では大きく豪奢な建物の前に辿り着いた。
「あちらに案内して下さるの?」
「ウン」
平屋でありつつ、高く大きくて尚且つどっしりとした木造の住まい。見ると大部屋が開けてあって、幾多の襖が他の部屋へ通じているらしかった。
子供達に連れられて入ってみると、中にいたのは、見たところ歳をとっているであろう女性の姿。
「あら、こんにちは。」
「おやまあ。旅のお方でいらっしゃるか。」
「ええ、まあ。そんなところで。」
彼は晴れた顔で軽く挨拶を。
「まあまあ、お座んなさい。座布団なら用意しますから。」
「ん、ありがたく。」
彼は彼女の用意した座布団にちょんと正座をした。
「村長さん!聞いてくれよ!」
(村長か。社会性があるな。)
「この方がね!あの暴雅凜を倒してくれたんだ!」
子供の表情が熱を帯びる。
「何と!あの暴雅凜を…!まさか!」
(ぼうかりん…?)
「おばさん。そろそろ俺たち行くね。」
「うん、遊びに行ってくるから。」
子供は移り気。慣れない雪に抗える無邪気は無い。
「暴雅凛というのは、私存じ上げないのですが。」
「風を操る、舞闘の男です。」
(風。昨日のあれか。)
彼は合点をつけた。
「ああ、はい。存じ上げております。」
「それで、もう一度お聞きします。貴方があの暴雅凛を、倒してくださったと。」
女性は不安げ、抑えた声で云ってみせる。
「ええ。確かに。」
彼は微笑んだ。
「そうでしたか…。いや、良かった、本当に良かった…。」
その言葉たるや、じんわりと噛み締めるほど。あまり大げさゆえ、火奴羅は戸惑いに目を逸らした。
「この村は、あの男に幾度となく襲われました。あの風で、家も畑も家畜も全て吹き飛ばされました。村の衆に命を落とした者がおりまして…。あの男のせいで、我々はずっと怯えて生きておりました。」
「さようですか…。見たところあなた方、楽鬼ですね。ご苦労が多いでしょう。」
「ええ。楽鬼というのは他と違って闘気が少ない故…、脅かされてきました。しかしこれで我々の大きな脅威が一つ無くなりました。すごく助かっております。貴方には感謝をしきれません…。」
(大袈裟だな…。ん、致し方ないか。)

「お茶を淹れましょうね。」
村長のお茶は黒紫色で、霧に燻んだような、不思議な香りが立った。
「時に、他に脅威がおありということで。」
「ええ、実は…。近ごろこの近くで、大型の獣が暴れているのです。山から降りてきたのでしょうが…。一度この村に入ってきてしまった時は大変でした。そこら中に火を吹いて回るのです。村の者で、太刀打ち出来た者は一つとおりませんでした。」
「ん、それは大変でございますね。」
(よきかな、明日もお腹いっぱい夢いっぱい。)
「もし何でしたら、私が…。」
刹那、横の襖が荒く開かれ、別の楽鬼が現れた。
「すっこんでろ。小娘。」
背の高い、楽鬼の少年と思われた。鋭い眉の表情に、頑とした威勢が見え隠れする。彼はやはりの張った顔で何か言おうとしたが、村長が遮り叫んだ。
「まあ、健乱!なんて事を!」
「えぇ、あの。」
その名は健乱。元より鋭い目を更に鋭くして叫んだ。
「お袋!そいつは俺が片付ける。前から言ってるだろ。」
「あ、んー。」
彼は決まり悪そうにして、かすかに、にたりと笑った。
「健乱!お願いだから無理しないで!」
「そんな奴に頼ってなんになる!そんな味方かもわからん奴に俺たちを任せてたまるか!危機意識が足りないんだよ!」
荒れた口調でまくしたてる。すっと静寂。
「健乱…!」
「とにかく、あいつは俺が倒す。」
健乱は部屋から出て行き、乱雑に襖を閉めた。
「ご無礼を…。申し訳ありません。」
村長は深く頭を下げて見せる。
「いえ、お構いなく。」
さらりと彼は受け流した。
「時に、お名前を伺っておりませんでしたね。」
気まずさの紛らわしか、震えた声の村長。
「私の名ですか。私は…。」
彼は外に目をやった。眩しと右手を目の上にかざして、青空の彼方に何かを眺め、そして向き直って微笑み、ささやくように、さらりと言った。
「私、火奴羅と申します。」 

(私、男の子なんだけどなあー。)
一段落つけて外に出た火奴羅は、村に繰り出してみた。先の子供達が喋って回ったのか、火奴羅の噂で村はちょっとした喧騒が。彼を見る目は好奇、憧憬となり、先の雰囲気と対照を成した。
「まあ!きっとあの方よ!」
「わーっ、すごーい!」
「きゃーっ、可愛いー!」
終始このような感じである。
「ん、失礼。」
にこりとして火奴羅は、ふわりと浮かんで飛んで逃げた。
(ごめんなさいね…褒められるの、苦手だから。)

すいすいと飛んでいると村の外、遊びに耽る子供たちを見つけた。戯れに寄ってみる。
「あーっ!さっきのお姉さん!」
「ええ、こんにちは。」
「お姉さん空飛べるの!」
「ん、左様で。」
「うわーっかっこいいー。」
「そうかしら。ふふ。」
火奴羅は少し舞ってみせた。長い髪を柔らかに揺らす、穏やかな舞。
「わーっすごーい!」
「かっこいいー!」
くるりと回って一礼。服の裾が花開く。
「そうだ!お姉さん、今夜は村長さんがご馳走してくれるってよ!」
「あ、あら。へえ…。」
火奴羅は口元を覆って目を見開いた。
「お祭りもね、やるみたい。」
(あれ?ほんとに大袈裟じゃない?)
仕方なしに、彼は夜まで子供の相手をして時を弾いた。

そして夜。
村中に灯火が盛った。花太鼓の音、八弦楽の音、熱笛の音が賑わう中、和と静が訪れた村の祭りが夜に咲く。村長の家、広間には、豪勢な料理が並ぶこと輝かしく、村の衆が集いて一層の喧騒があった。
火奴羅は部屋の奥、偉そうな位置に座らされ、騒ぎ乱れる村の衆をうつろに眺めていた。時折気付いたように、お吸い物を啜って居る。
部屋の隅、随分と不機嫌そうに座る健乱が火奴羅の目にちらりと映った。
「夜風に当たってきます」
居づらくなって火奴羅は、影を薄くして外に出た。

縁側はやはり豪華というべきか趣きがあり、朱い柵に腕を掛けて寄りかかれば、白月の下で穏やかに暗い庭が、見事に侘びの情を示している。火奴羅が息をついて風に髪を揺らして居ると、軋む足音。目をやれば健乱の姿があった。こちらを見ている。
「あら。何かご用事?」
返事はなかった。ただ目をそらして立ち去ろうとした。火奴羅は柳に風、何もなかったように頬に手を当ててまたうつろに景色を眺めてみる。
「おい!」
鋭い声。
「やはり用があるじゃない。」
「何だと?」
圧のある言い方とともに迫る健乱。火奴羅はくるりと身を返し、斜めに構えて向き合った。
「私が明日化け物退治をするのが気に入らないんでしょ。」
「あれはこの村の問題だ。お前には関係ないんだよ。」
襖一枚その奥では相変わらずの喧騒、しかし其のさざめきが遥か遠くに消えゆく程の静寂が、両者の間に差した。
「ん、つまりあなたはご自身でこの村を守ると。他の力は借りずに。」
息をつかず火奴羅は続ける。
「何故?頼っていいじゃない。誰かに。」
健乱は目を背けた。
「…死んでもそんなことしてやるか。」
暗く吐き捨てる。
「俺は村の連中が嫌いだ。どいつも弱くて自分勝手で、俺の苦労なんか知っちゃいねえ。」
「…そ。ま、私はあなたに任せてもよいの。頑張っておゆき。」
荒風。火奴羅の衣がはためく。踵を返して火奴羅は、空へ飛びたつ––。
「…お前に何が分かる。」
つま先が床板から離れる刹那、健乱の軋み声。火奴羅は止まった。
「確かにお前は強えよなァ。あの暴雅凛を殺したんなら、強えよ。下らねェ。そういう奴が俺は一番嫌いなんだ。」
俯きに目を見せず、殺したような声。
「お前は何も感じないんだろ。強く生まれたってだけで、思い悩むこともなく適当に殺すだけだ…!」
火奴羅は言葉なく振り返ってみせた。
「そんなお前に…。お前に何が分かる!」
ばりぃと貫く音。健乱は床を踏みしめた。
「俺の親父はな!あの暴雅凜とやらに殺されたんだ!俺は奴に挑んだ!何度も!だが…!相手にされなかった!」
火奴羅は至極冷静、視線で少年を見留めるのみ。
「奴を倒したお前なんかに!この俺の気持ちが分かるかよ!鬼として生まれた…俺の気持ちが分かるか!お前も暴雅凛も同じだ!舞闘なんかには…!」
握り締めた拳に、痛々しく血が滲む。
「舞闘なんかに!俺の気持ちは分からねぇ!」 
クワァァァァ…!
静寂に、喧騒に差す遠い声。

クワァァァァァ!!!!
心を逆さに撫でる声。力強く、ざざと村全体に這いずり回る声。酒席は不穏などよめきに変わる。
「来やがった…。」
踵を返す健乱。早足、床板を鳴らす。
「健乱!」
鋭く放つ火奴羅。声で場を制した。
「行かれるのか。」
相も変わらず健乱を射抜く火奴羅の目。ぎょっとしたようで、微かに後ろによろめく。
「お気をつけて。」
妖しく一つ微笑み。そして健乱は飛ぶように走り去った。

ぴしと襖が開く。どやどやと出づるお祭騒ぎ。火奴羅はたたと跳ねて下がった。
ざわめき、その中かき分けて村長が現れる。
「火奴羅…殿。健乱は…?」
息切れ、酷く焦ったよう。火奴羅が夜の先を指すと、長の顔に更なる焦りが浮き出た。
ギァアアアアアアーーーー!!!!!
空虚、健乱の勇み声は無く、乾いた村には不気味なほど、鮮やかに響く声であった。

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