遊羅々々うらら

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021話 森林洞窟の怪夢

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(ん、朝。)
おおきく風を吸えば、懐かしや、澄んだ香りでいっぱい。
(わあ、きれいな色。)
涼やかな青が奥抜ける空に、純な白雲がふわりと映える。
(え、うわわ。)
会好は驚いたように飛び起きた。
(一日中寝てたんだ。あ、ちょっと首が痛いな。)
見渡せば、火奴羅の安らかな寝顔。
(元気になったかな…。)
「火奴羅、おーい。」
頬をつねるとすべやかに、瞼を薄く開いてご覧。
「ん…?」
ぐぐっと起き上がり、髪を撫でた手首が麗しく、嫋やかに捲れる袖から露わになる。惚けた顔に潤んだ瞳、艶やかな睫が夢追いのまま。
「火奴羅。おはよ。」
「ん…。会好。」
徐ろに下ろした手のひらに、冷ややかな紅が触れた。
「あら…?」

手に取る火奴羅。重たげな剣は明るき中には歪で、揺れると表面に波の光が、移り変わって瞬いた。刃先をなぞれば、最早斬れたものでは無い。やはり剣と云うには、満たぬ長物であった。
「うわ、なんだこれ。」
「火奴羅、覚えてないの。」
切り傷の香り。赤い身は結晶の如く透いて、中が暗い。
「…血繚天。」
「え?」
火奴羅は立ち上がると、妙に慣れた手つきでくるり、剣を大きく回して肩に乗せた。
「名前つけたの。いいでしょ。」
「それ、どうするの?」
会好はいつものように、火奴羅のふわりとした頭に乗った。
「面白いから使ってみるよ。」
俯き加減、怪しげな笑みを見せる。
「…これで勝てるかしら。」
(うわ、なんとしたたかな。)
会好は少し驚いて、少しほっとした。

真白な日が暖かく、照った草葉も眩き頃。会好は歩く火奴羅から離れて大きく飛び回った。
(よく寝たからかな。こんなに元気なの、久しぶり!)
「火奴羅!ほらはやく!」
「もー、またんかえ。」
火奴羅はまだ少し眠たげ、しかし空に舞えば驚く速さで、会好の周りを飛んでみせる。そのまま空へ、高い所へ。川が、森が小さく、大地が大きく。その微かに桃色の髪が会好の目の前で、晴れの日の水面のように眩しく光っていた。
「あらら?」
火奴羅が会好の下で呟く。
「どしたの。」
逆さになる会好。
「ふふ、やはりね。会好、着いたよ。」
得意げに指した先、それは岩に囲まれた小さな森。
「わあ、あれが。たしかにちょっと不自然だね。」
「いこうか!」
鳥達がはたはたと去る中、会好はいつになく鋭い速さで、こんもりと寄り集まった森に向かった。

「わあ!暗いね。」
日の光、煌めく青が嘘のよう。
「やっぱりいつ来ても、これは…。」
暗がりに静かな風が、しっとりと冷たい。ふと持たれた岩肌も、寒い日の水のよう。
「たしか、あっちかしら。」
火奴羅は待ちきれない様子で、高い草葉をわけて進む。
「あ、ちょっとお。」
走るように飛ぶ会好。
「あ!ほらあ!」
「わ!!」
会好は驚いた。
「あ、ごめんなさい。」
困ったように笑った火奴羅。
(わあ、楽しそう…。)
その顔が少し嬉しかった。
「ええと…。いくらか試すしかないか。」
ごりごりと妙な音を立てて、火奴羅は何かを動かした。肩から覗き込むと、いつぞやの小さな石柱が立っている。
「あ、ほんとだ。重そう。」
横から見た火奴羅の顔は涼しげで、すこし熱かった。

それから少しの後。ごとごっとと地が揺れて、火奴羅がぐっと背を反らした。
「あっ、あはぁ!出来たよ、会好。」
見ると石柱がぼんやり光っている。
「わ、やったね!」
会好は火奴羅の肩に座った。そして顔を合わせ、笑ってみせる。
「で、何が起こるかな。」
火奴羅は怪訝な顔で柱を見た。
「あれ。分からないの?」
続く会好。それは光るだけで、何も変わりがない。
「ふーーん、そうねえ。」
火奴羅は指先で頬を撫でた。
「ぶー。ちょっとお、調べておいてよ。」
会好は肩に寝た。
「そう云われましても…。」
苦く笑う火奴羅。
ばりぃっ!と破ける音。
(何!?)
会好は辺りを見回した。
「わ!会好!」
下を見て目を大きくした火奴羅。
「え…?」
その足元、大地が大きく裂けていた。がさあと云って空を見れば、突然下向きの嵐。雪崩の如く、木の葉が流れ落ちてくる。
「わ!あーー……」
「きゃあーーー……!」

(…あれ…?)
暖かく、柔らかいもの。
「うう…。」
見渡すと、暗い中でほんのりとした明るさに、辺りがゆっくり姿を現す。
「あ、火奴羅…。」
そこは、倒れた火奴羅の頬の上。
「ね、火奴羅。大丈夫。」
ぺちぺちと叩いてみる。
「あ、ああ…。」
吐息まじりに火奴羅が目を開けた。
「ここは…。ああーっ!」
急に声をあげる火奴羅。
「わ!!!」
「あら、またまたごめんなさいっ。」
火奴羅は恥ずかしそうに笑った。
「で、どーしたのよ。」
「ほら、あれ。」
火奴羅が指した先、暗がりによく見上げると、木や草のような何かが奇妙な様で茂っている。
「わ、何あれ。なんだか森みたい。」
しかしそれは艶やかな青緑ではない、赤や紫、桃色といった、褪せたような色付きで、風がない中で時が止まったように動かない。
「あ、記憶の森っていうもの?」
火奴羅は歩み寄って木々に触れた。
「ふーん、どうかしら…。でも色味はそれっぽいのね。」
「ちょっと調べてみようか。」
見回すと、空は大きく割れた滑らかな岩の壁。
「ね、私たちあそこから落ちてきたのかな。」
会好はそれを指して火奴羅を見つめた。
「ん、吸い込まれたみたいね。」
会好が瞳を覗くと、火奴羅は辺りを見回して歩いてみる。
「風を起こすようなものが見当たらないとすれば、おそらく気圧のせい…。」
「といいますと。」
「ここの気圧が不自然に低かったと考えると、よほど長い間外と隔離されていたんじゃないかしら。」
会好は手を叩いて目を大きくした。
「わあ、それじゃ昔のままってこと!?」
「そう…。これは期待できそうね!」

複雑に枝分かれした真紅の草、紫に渦巻いたような形の葉の低木、灰色の幹に時折半透明の桃色結晶体が突き出す細めの大木と、見れば見るほど目に珍しい草木をかき分けて、会好は薄暗い中を火奴羅と歩いた。
「ね、火奴羅。」
「ん。」
静かな中で声が少し遠くに響く。
「楽し?」
「うん!」
火奴羅は眩く笑った。
「こういう珍しい景色って、わくわくするでしょ?」
「そうだね…。」
会好は少し不安げ。
「あら?もしかして、あんまりお好きでない?」
上を見上げて指さした。
「ね、私達、帰れるのかな。」
「ああ、大丈夫じゃないかしら…。」
火奴羅は前髪を払ってみせる。
「たしかにこの暗さじゃ迷っちゃうかな。」
ゆらり飛び上がった。会好も続く。
「はあっ!」
その拳から撃ち出でた流れ星が、天の亀裂を貫く。かに思われたが、天井は岩が少し崩れたようで、日の光が降り注いで来ない。
「…あら。では…、はあっっ!!」
その胸から溢れ出た天河が、天の亀裂の先を穿つ。かに思われたが、何やら高い音がきいんと遠くまで響いたようで、未だ日の恵みが無い。
「おお、我が桜花清流をも跳ね返すとは…!」
「おうか…?」
会好はくるりと火奴羅の周りを飛んだ。
「ええ。桜花清流。私の技なのよ。」
得意気に腕を組む火奴羅。
「へえ、ちゃんと名前があるんだ。」
「そりゃまあ、神気彗星拳を継承しておりますから。体系化された立派な武術なのよ。」
会好は目を大きくした。
「わあ、他の技も見せて!」
「ええ…?ってえ、そんな場合じゃないでしょう!?といっても…。」
覗き込むように、火奴羅は天を見上げる。
「そうね…。あらかた全部試してみましょうか。」
そして紅き剣を地に刺し立てた。

「じゃ、いくよ。これが月季凶撃。いつもやってるやつ。」
すっと息をついて、火奴羅は腰前に手首を交えた。
「はっ。」
一突き。先と同様光の弾が、天に弾けて消える。
「あ、これこれ。」
「連続でも!!」
素早い手捌きから無数の光が撃ち出されてゆく。
「うわあ、だめだね。」
会好は真下から覗き込んだ。亀裂は歪みもせず平然たる構え。
「次!桜花清流!本気でいくよ!」
火奴羅は叫ぶと空の中、腰を折った身構えで力を溜めた。ほんのり火奴羅の色に光が宿ると、力強い動きで横、上、そして前へ、腕を突き出した。そしてどかんと光を撃ち出す。反動で火奴羅が後退った。光の線がぎりぎりと、火花を打ち出して天を削ってゆく。
「頑張れ!」
火奴羅の頭にのって、興奮のあまり会好はその白い髪を思い切り引いた。
「…ああっ!」
突如力尽きたように火奴羅は後ろに飛ばされた。
「うう、だめかしら…。」
会好は再び真下から覗いた。削れた様子も見当たらない。
「うわ、全然だ。」
「次いっ!陽花地裂拳!」
くるり立ち上がると、正に超時空移動の如く、瞬間的な動きで拳一つと天を突き上げた。ごいいんと深い音が響く。
「ってえー…!」
ひらりひらりと落ちてゆく火奴羅。
「ね、大丈夫?」
「まだまだ!鬼灯裂壊破!」
くるり立ち上がると、正に烈風木の葉隠れの如く、瞬間的な動きで拳一つと天を突き上げた。ばちぃと強い割れ音が響く。
「あがっ!」
反動で吹き飛び地に激突する火奴羅。
「…ね、大丈夫…?」
「…さいご。」
突き立てた膝の上、小さな顔立ちに据える瞳が凄みを見せた。袖のはためき、手のひらをひらり、きびと後ろに伸ばす。
「菫珠雷弾。」
そして地を蹴った刹那、桜色の爆裂と撃音。ほぼ同時の音裂の後、残り光の先に脚槍を突き立てた火奴羅がいた。微かな亀裂が歪むだけ。ただ、それだけ。

「ほお~…!これは…!」
火奴羅は亀裂を間近で眺めてしみじみと唸ってみせる。
「何かわかったの?」
会好も覗いてみると、割れ落ちた岩の先、そこには黄色にこうこうと、艶やかに鈍く光る硬そうな壁があった。
「わあ、きれい。」
「これは獣王星天鋼…!うん、間違いないな。」
ふれるとひやり、つるりと硬かった。
「…これ程までに獣王星天鋼を精錬できるとは、一体どれ程の技術力を持っていたのだろうか。いやそもそも記憶の森のカモフラ技術に石柱の施錠システムなど…そういえばなんと超時代的…!嗚呼っ!太古の神秘たるや!」
火奴羅が早口で呟く。
「ねえ、火奴羅。」
「ああ、ごめんなさい。はあ、ともかくこれじゃ私の技でも駄目ね。他の出口探しましょ。」
「あ、うん!…ふふ。」
思わず柔らかい笑みが溢れる。
「ちょっと、笑わんと!」
「ううん、ちがうの。ねえ、ほら、あそこは。」
会好は遠く、かすかにきらりきらりと何かが揺れる所を指さしてみせた。
「ん…あら。なにかありそうね!」
ざくりと剣を引き抜くと火奴羅は、先とはうってかわった振る舞いで不思議な草木を尻目に会好を抱いて飛んだ。
会好はゆっくり辺りを見回す。
(思えば私がしたかったことって、こういうことなのかな。)

「わあ!火奴羅!すごいよ!」
会好は目を大きくした。火奴羅の風で、きらきらりと激しく揺れる。
「おわ、水がたまってるのね。…あれ?ちょっと見て!」
火奴羅が駆け寄った先、水の淵に触れてみせる。暗がりの水面に目が慣れると、淵が不自然に直線的であるように見えた。
「わ、真っ直ぐだ。なんか誰かが作ったみたいだね。」
「異議なし。問題はこれが何のために作られたか…。」
会好は目を凝らした。水の先は底なしの穴のようで、どこまでも暗いようである。
「…ちょっと潜ってみよかな。」
立ち上がる火奴羅。
「そっか。気、つけてね。」
会好は火奴羅の肩を離れた。水の中に飛び込む火奴羅。がちっと大きな音。
(え…?)
会好は水面に降りた。硬い。
(金網!?)
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