遊羅々々うらら

H.sark-9

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022話 森林洞窟の黒い夜

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(金網!?)
それは水面を押し並べて覆っている。
「火奴羅!聞こえる!?」
火奴羅が水面に寄ってきた。波に朧げな顔が焦っているように見える。その手は待てと云うように、ぱっと開いて見せていた。
「…そうだ!火奴羅!空気があるとこ探して!!」
火奴羅は頷いた。水の中とは思わせない、素早い動きで暗がりに消える。
(わ、私どうしたら!)
焦って辺りを見渡せば、薄暗く広い世界。会好の心を映すには、あまりに静やかなものであった。

(とにかく網を上げれば…!)
会好はその広大なる網の地を引き上げるべく、指を掛けた。
(んーっ!!…。)
やはり叶わない。重いと云うより硬い。
(…そうだ!水を吸い出そう!)
会好は水に寄った。しかし小さな会好には網目すら大きく、伸ばした口元が小さな彼女では届かない。
(わ!駄目!えー…、そうだ!)
会好は全力で飛んだ。その先、紫の花の森。そして忙しなく辺りを見渡すと、渦巻くように広がる妙な形の花を一つ、ちぎり取ってまた飛んだ。
(大丈夫かな…。)
花を水に入れる会好。そして持ち上げれば、ひらり隙から少し溢れるも、なみなみたりて保たれた。
(う、重たい…!)
後ろの岩肌にて花を返す。水はざばあと地に染みて消えた。またさらにひと掬い、ひと流し。嫌な胸の高鳴り。目元が熱くなりて、されどなお続けた。

「はっ…、はぁ…、あぁ…っ。」
そしてどれほどかの時が経ち、何回目かの花がもう水から上がらなくなった頃。じんわり、妙に軽い腕を垂れ下げて、会好はついにへたり込んだ。
(…あぁ、あれ…?)
見渡せばぐわあと広がる金網と、ちらちらと揺れる水面。冷たい波に触れると、水の減りが感じられなかった。
(そんな…!駄目なの…。…もう一回!)
会好はその広大なる網の地を引き上げるべく、再び指を掛けた。
(んーっ!!!くっ…!)
やはり叶わない。硬いと云うより強い。
(は!そういえば!)
思い出せば、記憶の森の石の呪い。
(金網が勝手に動いたんなら、何かすればまた動くかも!)
会好は飛び出して見回して、壁づたいに飛び回った。
(何か、何かないかな!)
ふと天を仰げば、降り垂れる幾多の大きな岩の槍。火奴羅が回した石に似るかな。
(あれだっ!)
会好はその一つに飛びついて、ぎゅっと掴み込んで力一杯回した。乾いた岩肌が刺々しく、その手を痛める。
(うーん!だめかあ!)
引き下ろせど押し上げど、巨山の如く鎮座してある。
(次っ!)
再び先の一つに飛びついて、ぐぐっと握り込んで力一杯回した。乾いた岩肌は微かに脆く、表が薄くほろほろと壊れてさらり、滑ってうまく力を入れられない。
(だめ!次!)
無数の岩柱を舞うように、また一つ一つと飛びつくこと数えて二十といくつかな。その岩を抱いて、会好はその奥に折れるような、硬さの先の脆さを感じた。
(はっ!これだっ!)
会好は全身の力を使って思い切り回し込んだ。ごごごっと重たい音がその手のひらを叩く。そして目の前が急に開けて、轟音。天地壁と跳ね返って世界を揺らすほどに響いて、見ると砂埃の奥に砕けた岩が転がっていた。
(網は…!)
あるがまま。
(これもだめ!)
会好は見回した。髪は乱れ、首は痛む。目先は赤く、朧に霞む。胸がふわりと浮いて気が悪い。最早真新しいものは無かった。
(どうしよう!どうしよう!)
会好は飛んだ。飛んで探した。何をともなく、天地返して惑うだけ。

それからいくばくの時が経ったか。疲れ地に着くも頭の中は、思慮が飛びゆく流れ星。ゆき過ぎた惑いは時に、悲哀の情を呼ぶ。熱い一筋が頬を伝った。
(私には…何もできないな…。)
頭が、腕が、指先が重い。力及ばずはたりと倒れこむ。錆か苔か、天のくすんだ色合いが広く、遠く佇んでいる。
(思えば…いつも助けてもらうだけ…。)
地に落ち込んでゆく。天が遠くなってゆく。そんな気がする。
(この下に火奴羅…。何してるんだろう。)
想いが水に揺れた。
(…もう、貴方無しでは…)
聞こえる、火奴羅の声。
(…生きていけないね…。ふふ…)
知らない、でも聞いたようなことば。
(何だろう…。確かに聞こえた。火奴羅…。)
地の、何か暖かさが身に染みて、胸が、鼓動が速くなる。
(そうだ…!きっと火奴羅は、私を頼って…!)
ぐったり、やはり重くても、お腹に力を入れて起き上がった。
(私達は今まで一緒に生きてきたんだ!)
飛んだ。会好は頬を拭って飛び上がった。
(泣くな!私!)
向かうは、両者を断った網の板。
(私だけじゃ出来ないことも、火奴羅だけじゃ出来ないことでも!私達は一緒に乗り越えてきたんだ!!)
力強く降り立った網の床が、しゃらしゃらと鳴らす揺れの先。
(そう、金網はあの枠を滑って出てきた。)
網板が移動出来るような壁の溝部分が、この機械仕掛けを物語るよう。
「火奴羅!来なさい!!!!」
会好の力強い声が、水を、風をぴりりと揺らした。

つんと静寂。奥底から低音、揺れ、大波。流れる白い髪。
「あれを見て!」
会好が指した先、火奴羅がくるりと目線を差す。
「あっちに金網をずらすよ!」
水の揺らぎの奥で、火奴羅も指差しをして見せた。会好と火奴羅、力強く網目を掴む。ばしぃっと響いた。
「いけーーーーっ!!!!!」
会好は網を引いた。強いと云うより大きい。しかし圧倒などされず、怯むこともなく、会好は網を引いた。その力強さ。火奴羅はちらり、目に映して、そして鋭く前を向く。ぎりり、慣れない音が飛んだ。火奴羅の指先、網目が歪む。少しずつ、少しずつ、細い指が食い込んでゆく。ぎり、ぎりりと錫鳴り。火奴羅の体から光が溢れた。光って暗がりに揺らめいた。

どっ!!!!!!
突如、遥か先から撃音。会好の指先にも激震が打たれた。そして、僅かな手応え。がりり、がりりと響きつつ、会好の、火奴羅の手が進んだ。金網が開いてゆく。
そして水柱。飛び出した火奴羅は地に倒れ、息を大きく吹き、そして風を吸った。濡れた髪で眼差しを隠す顔肌は、会好が思うより白かった。

「火奴羅…?」
会好が寄ると火奴羅は、滴りて長い髪の間からきらり、瞳を覗かせた。伏し目がちで、しかし少しの笑みを見せてくれる。
「ん…そう…。よかった。」
会好はすっと息をすると、暖かな朧げの中、心を落とし込めていった。力尽きるように火奴羅も目を閉じて、安らかな寝息が静けさにとけてゆく。

「私ね、不思議な夢を見たのよ。」
会好は火奴羅の肩に乗った。そして横の髪を抱く。
「あら、聴かせて…。」
木々の間に腰掛けた火奴羅は、風を香って一息とした。
「火奴羅がね。木の上から落ちて泣いちゃう夢。痛そうだった。変だよね…。火奴羅はお腹に穴が開いても泣いたりしないのに。」
「えへ。でもね…。」
流し目にはにかみを添えて。
「私ほんとは、そんな強くないのよ。」
「え…。」
「…ね、私も夢見たの。」
会好ははたと落ちて、火奴羅の二の腕を掴んだ。
「どんなの?」
「会好と私が、一緒に座ってるだけ。」
ふわふわ、鈴なりに揺れる。
「それだけ?」
「ん。」
「えー、なにそれ。」
火奴羅の安らかな笑顔は、青い花の香りがした。
「いいの。私にとっては…、それが一番素敵な夢。」
暗がりにぼんやりと暖かいような、静かな声を聴かせてくれる。
「お隣にあなたがいて、私なんかの話し相手をしてくれて、笑ってくれて…。それが一番素敵なの。だから、いいの。」
「そっか。」

見上げるほどの草木が森と鬱蒼に集う中、会好と火奴羅はふわり落ち葉の山を見つけた。横たわれば、錆か硝子かしゃらしゃらと、軽い音が背中を撫でる。見上げた先、乾いた暗い桃色の葉や実の奥に佇む天壁は、気味悪い程の無表情を見せていた。そのさらに先、地上とは、いかほどのものであったか。気づけば忘れてしまうほど、ここは暗く、静かで、広かった。
「結局今日も出れないね。なんか眠いからもう夜だね。」
「もう。さっきお昼寝したばかりじゃない。…ふふ。」
悪戯な微笑みをしてくれる。
(そうだっけ…。)
会好はすこし心が朧げ。
「ほんとに夜かしらね。」
「え?」
「会好、頑張ってくれたでしょう…。疲れて眠たくなってるんじゃない?」
(そっか…。そっか。終わったんだ。)
確かに目の前には、暖かい胸の息遣いが聞こえる。
「そうかも…。」
寄り添えば、何より心とろける布団となった。
「とりあえず寝ようか。多分、まだ息も続くはず。」
「ん。や、おやすみ…」
言葉足らずで、また、夢の中。

(わあ。ほんとにすぐ寝ちゃった。)
寄り添えば、誰より暖かな頬が触れた。
(えへ。いつも気まぐれで…。でも優しいのね。いつも優しい…。)
まだ少し冷える火奴羅には、熱いほどに沁みる安らぎであった。何かが乱れてゆく。すこしづつ、崩れてゆく。
(会好は、いつも私のために…。)
胸の奥が痛い。
(どうしてだろう。どうして、私なんかに…。)
喉の奥が痛い。
(まだ分からない。よく分からない…。)
目の奥が痛い。
(でも、今日も確かに会好に救われた。)
頭の中が、痛い。
(…思い出すな。私には今しかない。…行こう!)

「んー…。」
起きがけ、暗がりに何か朝を感じた会好は、ふと、何かに触れた。
「ん?」
朧げの先、よく見れば、その頬の隣に乾いた音のものがある。
「わあ!」
小さく結ばれた、紫色の花の輪。不思議な形もよく見ればふわふわと可愛く、髪に差せば、お茶目な飾りとなった。
「火奴羅ぁ!…あ。」
安らげに、まだ寝ている気まぐれな火奴羅を、会好はもう少し寝かせてあげることにした。
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