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第一区画

40. 桃乃の決意

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 俺と桃乃は近くのベンチに座り、桃乃が話し出すのを待っていた。もちろんココアを撫でないと吠えるため、常に撫で回している。

「あの……まず仕事を休んですみません」

 桃乃は俺に謝ってきた。まず初めに自分が仕事を休むことで、抜けたことによる迷惑を謝るしっかりした子だ。

「ああ、体調が悪かったのなら仕方ないよ」

「あれから悪夢を見るようになったんです」

 やはり異世界に行った影響が出てるのだろうか。誰だって死ぬ手前までいけば何かしら影響はある。

 それでもうつ病にならなくてよかったと思う。毎日パワハラをされていたら、精神的におかしくなってしまう。

「それはすまない」

「いえ、私が勝手に入ったんで仕方ないです」

 そうは言っても俺自身のミスだ。これからは他の人には言わないようにしないと……。って思ったがあの場に笹寺もいたためすでに話している。

 あいつならきっと違う穴だと思っているだろう。

「先輩は何のために異世界に行ってるんですか?」

「金を稼ぐためだ」

 俺は即答した。庭の異世界に行く理由って本当にそれしかないのだ。スキルが手に入るのは嬉しいことだが、一番はお金のためだ。

「ぷっ!?」

 俺の答えに桃乃は吹き出していた。

「あとはコボルト達が可愛いからな」

「あー、それは私もわかります」

 どうやら桃乃も犬好きなんだろう。ココアを飼っているぐらいだからな。

「おお、それは同志ってことだな」

 俺はココアを激しく撫でると、さらに尻尾を振り回していた。さっきからずっとハアハア言っているが大丈夫なのだろうか。

 今も俺の周りをくるくると走っている。

「あの後から悪夢も見るけど、毎回先輩が助けてくれるんですよね。だから今日も会った時に先輩が助けてくれると思いました」

「いや、俺はそんなすごいやつでもないぞ?」

「いやいや、仕事でもあの異世界でも私の憧れ……ですよ?」

「おいおい、言うなら最後までしっかり言ってくれよ」

 俺と桃乃はそんな冗談を言いながら笑っていた。何か本質的な何かを聞きたいのだろう。

 俺は真剣な表情を桃乃に向けた。

「それでどうしたんだ?」

「あー、気づいてますよね。先輩ってなんでそこまでお金が必要なんですか? 家も待ってるし、独身だから特にお金も必要ないですよね?」

 どうやら俺が異世界に行く本当の理由を聞きたいのだろう。悪夢を解決する何かを探していたのかもしれない。

「"FIRE"って言葉を知っているか?」

「FIREですか? 先輩燃え尽きるんですか? あの有名な──」

「いやいや、俺はボクシング選手でもないからな!」

 これだけ冗談を言えるのなら元気になってきている気がする。"FIRE"って言葉自体がそこまで認知されていないのだろう。

「最近は少しずつ話題になっているけど……」

 桃乃を見ると首を横に振っていた。

「昔から仕事が嫌いで、毎日朝から晩まで働いて何のために働いているか分からないんだ。家に来たからわかるだろうけど、家族もみんな事故で亡くなって、俺に残されたのはあの家とお金だった」

 俺の話を桃乃は静かに聞いている。少し恥ずかしいが、俺は過去を語り始めた。

「でもそのお金も当時学生で管理もできずに親戚達に騙し取られたんだ。俺は大学に行くお金と生活するだけでほぼ使い切って……結局そのまま大人になったら、家畜の動物のようにただ単に働いて飯を食べるだけだった」 
 
 そんな時に"FIRE"って言葉に出会った。FIREって簡単に言えば働かずにお金を手に入れることを言う。

 急に全てを失い、俺自身何がやりたかったのかわからなくなった今だからこそ、働かずに好きなことをして生きたいと思ったのだ。

 好きな人や友達とたくさんの時間を共に過ごせるのも生きている今しかない。

「実際は仕事のことで精一杯でそんな時間を過ごせる余裕も体力も残っていないのが現状だ。FIREするために株を買うのも不動産買うのもお金が必要になる」

 桃乃は俺が何を言いたいのか理解してきたのだろう。

「だからお金が必要であの穴を通ってるんですね」

「そういうことだ。俺は色んな人と関わって有意義な時間を過ごしたい。だからあれだけのリスクを背負ってお金を稼いでいる」

 簡単に転職すれば問題はないだろう。ただ、自分が経営しない限りは会社の社畜奴隷になるのは変わらない。

 お金を稼ぐのもそんな簡単なことではない。

「今回は俺が完全に巻き込んで……本当にすまなかった」

 俺は改めて頭を下げる。本当に心の底から俺が悪かったと思っている。

 だけど、俺は自分から連絡する勇気も謝る勇気もない弱い人間だ。

 そんな自分を変えたいと思って、無意識に穴に入っているのかもしれない。

 建前ではお金が欲しいと言っているが、結局自分でもなぜあの庭の穴に行くのかわからなくなってきていた。

「謝罪はもう大丈夫です」

 辺りは完璧に陽が落ち静かになっていた。周囲にいるのも俺達しかおらず、どこか隔離された空間にいる感じがした。

「先輩、一つ頼み事を聞いてもらってもいいですか?」

 俺は桃乃が言うことを受け止める覚悟があった。俺にできることがあれば手伝おうと思っている。








「私をもう一度あの異世界に連れてってください」

 桃乃の声だけが渇いた空気に響いていた。
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