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17 作戦失敗
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奥に進むにつれ階段状に高くなる教室の一番端っこで、サシャはうっとりと魔術の本の表紙を撫でる。魔石の欠片を散りばめた美しい装丁のそれは、リアムが貸してくれたのだ。もちろんタダではなく、今後定期的にモデルを引き受けることを約束させられた。
(魔術をある程度練習したら、家族に見せて驚かせたいな)
そんな夢想で思わず顔が綻ぶ。
すぐ隣に、誰かが座る気配がした。
「何か良いことでもあったのかい? 昨日の落ち込んでいた君とは大違いだけど」
「……えぇ、まぁ。殿下、何もこんな端の席に座らなくてもよろしいのでは?
アルフレッドはサシャの苦言も意に介さず、一時限目の語学の教科書を広げ始めた。
「私がどこに座ろうとも自由だろう? ところで、今日からエストナ語での会話実践が始まるようだけど、私で良ければ今から練習するかい? 本だけだと、発音や聞き取りは学びづらいだろうし」
サシャはぱちぱちと目を瞬かせた。
「もしかして、この前の殿下のふざけた提案とは全く関係なしに、わたしのことを気遣って隣に座ってくださったのですか?」
アルフレッドは求婚をふざけた提案と一蹴されたことにもめげず、そして顔色ひとつ変えずに嘘を吐いた。
「もちろん。ただ君の役に立ちたいだけだよ」
サシャでなければ、麗しの王子様にこんなことを言われてときめかないなんてありえないが、そこはサシャである。ときめきではなく、人の善意を疑ったことに対する申し訳なさを感じていた。
(最近は、流石に同じクラスの生徒たちは殿下に見慣れてきて、四六時中殿下に注目が集まることもなくなってきたし……あまり、警戒しすぎてもいけない、かも?)
サシャがアルフレッドに近づきたくない理由は主に二つ。
一つは、王子様であるアルフレッドの傍にいると注目を集め、要らぬ恨みを買いそうだから。
次に、色恋に拒否反応があるので、この前のような求婚や抱擁にどう対応していいか分からなくなってしまうから。
(殿下も人前では変なことはしないだろうし……変態って印象が強すぎるけど、優秀な人だから見習うところはあるのよね)
どの科目でも当てられたら淀みなく、そして過不足なく解答しているし、日常生活でも一つ一つの動きが綺麗だ。王妃を選ぶ目以外は本当に完璧だと思う。
「お気遣い、ありがとうございます。では、一応変なところがないか確認してもらえますか? エストナの方と会話した時は通じたので、基礎はできていると思うのですが」
サシャは教科書から適当な一節を拾い、読み上げた。
『聖女は魔王に向かって叫んだ。あなたのせいで、尊き命が失われた。豊かな大地は焦土と化した。今この場で罪を償いたまえ、と』
アルフレッドは目を瞠る。
隣国エストナ語は歌のような独特な節回しが特徴で、適切に発声できれば非常に美しい言語として有名だが、同時に習得が難しい言語としても名が知られている。
隣国で外交上のつながりも強いとはいえ、この国の貴族たちでもなかなか使いこなせず苦しむことが多い言語だ。
だがサシャは、完璧に使いこなして見せた。しかもエストナの貴族が喋るような訛りの一切ない発音だ。
サシャはアルフレッドの驚愕の表情に、少し心配そうな顔をした。
「で、殿下? 何か変なところがありましたか?」
「……いや、文句のつけようがない。どうやって学んだんだい?」
サシャはほっとしたように肩の力を抜く。
「良かったです。会話は図書館の司書の方に基礎を教えてもらいました。あと、その方が通訳の仕事を紹介してくださって、エストナの方に町を案内したりしていたら、ある程度使えるようになりましたね」
「通訳の、仕事?」
「はい。他の国のことも知れて楽しいですし、お給料も良くて! いいことずくめのお仕事でしたね」
珍しくサシャが友好的な態度を見せてくれているのは嬉しいが、ソフィーのせいで勉強を教えて仲良くなるという作戦が潰されたことと、「通訳の仕事」が気になって素直に喜べないアルフレッドであった。
(魔術をある程度練習したら、家族に見せて驚かせたいな)
そんな夢想で思わず顔が綻ぶ。
すぐ隣に、誰かが座る気配がした。
「何か良いことでもあったのかい? 昨日の落ち込んでいた君とは大違いだけど」
「……えぇ、まぁ。殿下、何もこんな端の席に座らなくてもよろしいのでは?
アルフレッドはサシャの苦言も意に介さず、一時限目の語学の教科書を広げ始めた。
「私がどこに座ろうとも自由だろう? ところで、今日からエストナ語での会話実践が始まるようだけど、私で良ければ今から練習するかい? 本だけだと、発音や聞き取りは学びづらいだろうし」
サシャはぱちぱちと目を瞬かせた。
「もしかして、この前の殿下のふざけた提案とは全く関係なしに、わたしのことを気遣って隣に座ってくださったのですか?」
アルフレッドは求婚をふざけた提案と一蹴されたことにもめげず、そして顔色ひとつ変えずに嘘を吐いた。
「もちろん。ただ君の役に立ちたいだけだよ」
サシャでなければ、麗しの王子様にこんなことを言われてときめかないなんてありえないが、そこはサシャである。ときめきではなく、人の善意を疑ったことに対する申し訳なさを感じていた。
(最近は、流石に同じクラスの生徒たちは殿下に見慣れてきて、四六時中殿下に注目が集まることもなくなってきたし……あまり、警戒しすぎてもいけない、かも?)
サシャがアルフレッドに近づきたくない理由は主に二つ。
一つは、王子様であるアルフレッドの傍にいると注目を集め、要らぬ恨みを買いそうだから。
次に、色恋に拒否反応があるので、この前のような求婚や抱擁にどう対応していいか分からなくなってしまうから。
(殿下も人前では変なことはしないだろうし……変態って印象が強すぎるけど、優秀な人だから見習うところはあるのよね)
どの科目でも当てられたら淀みなく、そして過不足なく解答しているし、日常生活でも一つ一つの動きが綺麗だ。王妃を選ぶ目以外は本当に完璧だと思う。
「お気遣い、ありがとうございます。では、一応変なところがないか確認してもらえますか? エストナの方と会話した時は通じたので、基礎はできていると思うのですが」
サシャは教科書から適当な一節を拾い、読み上げた。
『聖女は魔王に向かって叫んだ。あなたのせいで、尊き命が失われた。豊かな大地は焦土と化した。今この場で罪を償いたまえ、と』
アルフレッドは目を瞠る。
隣国エストナ語は歌のような独特な節回しが特徴で、適切に発声できれば非常に美しい言語として有名だが、同時に習得が難しい言語としても名が知られている。
隣国で外交上のつながりも強いとはいえ、この国の貴族たちでもなかなか使いこなせず苦しむことが多い言語だ。
だがサシャは、完璧に使いこなして見せた。しかもエストナの貴族が喋るような訛りの一切ない発音だ。
サシャはアルフレッドの驚愕の表情に、少し心配そうな顔をした。
「で、殿下? 何か変なところがありましたか?」
「……いや、文句のつけようがない。どうやって学んだんだい?」
サシャはほっとしたように肩の力を抜く。
「良かったです。会話は図書館の司書の方に基礎を教えてもらいました。あと、その方が通訳の仕事を紹介してくださって、エストナの方に町を案内したりしていたら、ある程度使えるようになりましたね」
「通訳の、仕事?」
「はい。他の国のことも知れて楽しいですし、お給料も良くて! いいことずくめのお仕事でしたね」
珍しくサシャが友好的な態度を見せてくれているのは嬉しいが、ソフィーのせいで勉強を教えて仲良くなるという作戦が潰されたことと、「通訳の仕事」が気になって素直に喜べないアルフレッドであった。
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