16 / 39
16 希望
しおりを挟む
サシャは表情にこそ出ていないが、すっかり落ち込んでしまっていた。魔法が使えないと分かった時の周囲の慰めるような反応もなかなか精神にきた。
ほとんどの人は微量であれ魔力を持つものの、サシャのように全く魔力を持たない生徒も過去にいたにはいたらしい。彼らは魔法学の実践はできないため、魔法に関するレポート作成で代替することで単位を取得したようだ。
学ぶのはサシャにとって苦ではないから、レポート課題は全く問題ではない。それでも、割り切れない気持ちを抱えていた。
放課後、中庭の人目につかない木陰でサシャは体操座りをしていじけていた。
目を閉じれば、水を自在に操るリリアの魔法がありありと思い出される。
自然の理を超えた力。
(わたしも、使ってみたかったなぁ……ま、人生上手くいかないよね)
「そこ、あたしの特等席なんだけど?」
「ふぁ! あ、リアム、様」
完全に油断しきっていたサシャは、突然声をかけられて飛び上がった。視線を上げれば、太陽の光を浴びて、金の髪をきらきら輝かせているリアムがこちらを見下ろしていた。
リアムはサシャの腕を掴んで立たせた。サシャは戸惑いながら、少し高い位置にある紫の瞳を見返す。
「悩みがあるなら聞くわよ――モデルをしてもらいながら、ね」
サシャは再び普段なら絶対着ないようなひらひらの服を着せられた。太ももの中ほどまで入ったスリットが落ち着かない。
試着室からおずおずと出てきたサシャに、リアムはひとつ頷いて見せた。
「前は白いレースでかわいらしい仕上がりだったけど、やっぱ黒は引き締まってあんたの冷たそうなイメージと合うわね。――?」
リアムの視線はサシャの耳元に注がれる。
「あんた、イヤリングは?」
「……お恥ずかしいことに、つけ方が分からなくて」
「……ふぅ。呆れた。いいわ、この椅子にかけて」
リアムはサシャからイヤリングを受け取ると、窓際の椅子に座るよう促した。用意されていたイヤリングは、緑の宝石が嵌められた非常に精緻な造りのもので、サシャは持っている間落とすんじゃないかと生きた心地がしなかった。
座ったサシャの頭上に、影が落ちる。耳たぶに冷たい金具が当たる。
「! リアム様? 距離が近いです」
「つけてあげるから、じっとして。少しくらい我慢なさい」
吐息が耳元にかかり、サシャの頬に熱が集まった。美人が至近距離にいるのは、少しばかり心臓に悪い。
(そして明らかに高価なものが耳にぶら下がっているのが、とっても心臓に悪い!)
「服がシンプルなデザインだから、アクセサリーが映えるわね。もう動いていいわ」
「動いたら落ちそうなので、絶対に動けません……!」
リアムは苦しそうなサシャに笑いながら、筆とキャンバスの用意を始めた。
「もっと余裕を見せて。それじゃ不格好すぎるわ」
「うぅ……はい」
それでも固さがとれないので、リアムは前と同じように布と刺繍糸、針を渡した。するとサシャは目の色を変えて作業を始める。
「それで、あんたは何を悩んでたの?」
すっかり緊張が解れたサシャに、本題をぶつける。サシャは一瞬何のことが分からない、という顔をしたが、少しして悩みを思い出したようだ。
「実は――」
筆を走らせながら、リアムは確認する。
「魔法が使えるかもって期待したけど、魔力が一切ないと判明して、拗ねてたのね」
「そうなんです……物語で活躍する魔法使いみたいなことができるかもって、柄にもなくわくわくしてて」
落ち込むサシャに何を思ったか、リアムはいきなり立ち上がって、壁際の棚を漁る。
「?」
紙の束とペン、そして一冊の本を持ってリアムが戻ってきた。
「魔力がなくても、魔法を使える方法があるの」
「え? でも、魔石は起動に魔力が必要ですよね?」
「そうね。でも、魔術は違う」
リアムは魔術の仕組みを解説する。
魔法は魔法陣を展開することで使うことができる。魔力を持つ者は、使いたい魔法をイメージすることで感覚的に魔法陣を描くことができる。
「魔法の肝は魔法陣。魔力が強ければ強いほど、複雑な魔法陣を描くことができるわ」
本を開き、最初の図を見せる。
そこには非常にシンプルな図形が描かれていた。
「魔石の欠片を混ぜ込んだインクで、正確に魔法陣を描けば、魔力を持たない者でも魔法を使うことができるのよ」
「そんな便利なものがあるのに、魔術ってあまり普及してないですよね?」
サシャの尤もな疑問に、リアムは肩をすくめた。
「大多数は魔力持ちだから、手動で魔法を使うなんて効率悪いことしないわ。それに……」
リアムはパラパラと頁をめくり、持って来た紙に図を描き始めた。完成しても、何も起こらない。
左手に本を、右手に紙を持って説明する。
「ほら、スペルが一つ違うだけで発動しない。魔術にはとんでもなく正確性が求められるの。簡単な魔法陣じゃ弱っちい魔法しか使えないし、複雑になると描き間違いが起きやすい。こんな使いにくいもの、普及しないのも当然よ。だけど……」
リアムはサシャに目配せする。サシャの瞳は期待で輝いていた。
「細かい作業が得意で、魔法に憧れがあるあんたには、最適な手段よね」
「はい! 教えてくれてありがとうございます、リアム様!」
サシャは喜びのあまりリアムに抱きついた。咄嗟に受け止めつつ、リアムは頭を押さえた。
「……男に見られていない、っていうのも困りものね……」
ほとんどの人は微量であれ魔力を持つものの、サシャのように全く魔力を持たない生徒も過去にいたにはいたらしい。彼らは魔法学の実践はできないため、魔法に関するレポート作成で代替することで単位を取得したようだ。
学ぶのはサシャにとって苦ではないから、レポート課題は全く問題ではない。それでも、割り切れない気持ちを抱えていた。
放課後、中庭の人目につかない木陰でサシャは体操座りをしていじけていた。
目を閉じれば、水を自在に操るリリアの魔法がありありと思い出される。
自然の理を超えた力。
(わたしも、使ってみたかったなぁ……ま、人生上手くいかないよね)
「そこ、あたしの特等席なんだけど?」
「ふぁ! あ、リアム、様」
完全に油断しきっていたサシャは、突然声をかけられて飛び上がった。視線を上げれば、太陽の光を浴びて、金の髪をきらきら輝かせているリアムがこちらを見下ろしていた。
リアムはサシャの腕を掴んで立たせた。サシャは戸惑いながら、少し高い位置にある紫の瞳を見返す。
「悩みがあるなら聞くわよ――モデルをしてもらいながら、ね」
サシャは再び普段なら絶対着ないようなひらひらの服を着せられた。太ももの中ほどまで入ったスリットが落ち着かない。
試着室からおずおずと出てきたサシャに、リアムはひとつ頷いて見せた。
「前は白いレースでかわいらしい仕上がりだったけど、やっぱ黒は引き締まってあんたの冷たそうなイメージと合うわね。――?」
リアムの視線はサシャの耳元に注がれる。
「あんた、イヤリングは?」
「……お恥ずかしいことに、つけ方が分からなくて」
「……ふぅ。呆れた。いいわ、この椅子にかけて」
リアムはサシャからイヤリングを受け取ると、窓際の椅子に座るよう促した。用意されていたイヤリングは、緑の宝石が嵌められた非常に精緻な造りのもので、サシャは持っている間落とすんじゃないかと生きた心地がしなかった。
座ったサシャの頭上に、影が落ちる。耳たぶに冷たい金具が当たる。
「! リアム様? 距離が近いです」
「つけてあげるから、じっとして。少しくらい我慢なさい」
吐息が耳元にかかり、サシャの頬に熱が集まった。美人が至近距離にいるのは、少しばかり心臓に悪い。
(そして明らかに高価なものが耳にぶら下がっているのが、とっても心臓に悪い!)
「服がシンプルなデザインだから、アクセサリーが映えるわね。もう動いていいわ」
「動いたら落ちそうなので、絶対に動けません……!」
リアムは苦しそうなサシャに笑いながら、筆とキャンバスの用意を始めた。
「もっと余裕を見せて。それじゃ不格好すぎるわ」
「うぅ……はい」
それでも固さがとれないので、リアムは前と同じように布と刺繍糸、針を渡した。するとサシャは目の色を変えて作業を始める。
「それで、あんたは何を悩んでたの?」
すっかり緊張が解れたサシャに、本題をぶつける。サシャは一瞬何のことが分からない、という顔をしたが、少しして悩みを思い出したようだ。
「実は――」
筆を走らせながら、リアムは確認する。
「魔法が使えるかもって期待したけど、魔力が一切ないと判明して、拗ねてたのね」
「そうなんです……物語で活躍する魔法使いみたいなことができるかもって、柄にもなくわくわくしてて」
落ち込むサシャに何を思ったか、リアムはいきなり立ち上がって、壁際の棚を漁る。
「?」
紙の束とペン、そして一冊の本を持ってリアムが戻ってきた。
「魔力がなくても、魔法を使える方法があるの」
「え? でも、魔石は起動に魔力が必要ですよね?」
「そうね。でも、魔術は違う」
リアムは魔術の仕組みを解説する。
魔法は魔法陣を展開することで使うことができる。魔力を持つ者は、使いたい魔法をイメージすることで感覚的に魔法陣を描くことができる。
「魔法の肝は魔法陣。魔力が強ければ強いほど、複雑な魔法陣を描くことができるわ」
本を開き、最初の図を見せる。
そこには非常にシンプルな図形が描かれていた。
「魔石の欠片を混ぜ込んだインクで、正確に魔法陣を描けば、魔力を持たない者でも魔法を使うことができるのよ」
「そんな便利なものがあるのに、魔術ってあまり普及してないですよね?」
サシャの尤もな疑問に、リアムは肩をすくめた。
「大多数は魔力持ちだから、手動で魔法を使うなんて効率悪いことしないわ。それに……」
リアムはパラパラと頁をめくり、持って来た紙に図を描き始めた。完成しても、何も起こらない。
左手に本を、右手に紙を持って説明する。
「ほら、スペルが一つ違うだけで発動しない。魔術にはとんでもなく正確性が求められるの。簡単な魔法陣じゃ弱っちい魔法しか使えないし、複雑になると描き間違いが起きやすい。こんな使いにくいもの、普及しないのも当然よ。だけど……」
リアムはサシャに目配せする。サシャの瞳は期待で輝いていた。
「細かい作業が得意で、魔法に憧れがあるあんたには、最適な手段よね」
「はい! 教えてくれてありがとうございます、リアム様!」
サシャは喜びのあまりリアムに抱きついた。咄嗟に受け止めつつ、リアムは頭を押さえた。
「……男に見られていない、っていうのも困りものね……」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる