わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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16 希望

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 サシャは表情にこそ出ていないが、すっかり落ち込んでしまっていた。魔法が使えないと分かった時の周囲の慰めるような反応もなかなか精神にきた。

 ほとんどの人は微量であれ魔力を持つものの、サシャのように全く魔力を持たない生徒も過去にいたにはいたらしい。彼らは魔法学の実践はできないため、魔法に関するレポート作成で代替することで単位を取得したようだ。

 学ぶのはサシャにとって苦ではないから、レポート課題は全く問題ではない。それでも、割り切れない気持ちを抱えていた。

 放課後、中庭の人目につかない木陰でサシャは体操座りをしていじけていた。

 目を閉じれば、水を自在に操るリリアの魔法がありありと思い出される。

 自然の理を超えた力。

(わたしも、使ってみたかったなぁ……ま、人生上手くいかないよね)

「そこ、あたしの特等席なんだけど?」

「ふぁ! あ、リアム、様」

 完全に油断しきっていたサシャは、突然声をかけられて飛び上がった。視線を上げれば、太陽の光を浴びて、金の髪をきらきら輝かせているリアムがこちらを見下ろしていた。

 リアムはサシャの腕を掴んで立たせた。サシャは戸惑いながら、少し高い位置にある紫の瞳を見返す。

「悩みがあるなら聞くわよ――モデルをしてもらいながら、ね」


 サシャは再び普段なら絶対着ないようなひらひらの服を着せられた。太ももの中ほどまで入ったスリットが落ち着かない。

 試着室からおずおずと出てきたサシャに、リアムはひとつ頷いて見せた。

「前は白いレースでかわいらしい仕上がりだったけど、やっぱ黒は引き締まってあんたの冷たそうなイメージと合うわね。――?」

 リアムの視線はサシャの耳元に注がれる。

「あんた、イヤリングは?」

「……お恥ずかしいことに、つけ方が分からなくて」

「……ふぅ。呆れた。いいわ、この椅子にかけて」

 リアムはサシャからイヤリングを受け取ると、窓際の椅子に座るよう促した。用意されていたイヤリングは、緑の宝石が嵌められた非常に精緻な造りのもので、サシャは持っている間落とすんじゃないかと生きた心地がしなかった。

 座ったサシャの頭上に、影が落ちる。耳たぶに冷たい金具が当たる。

「! リアム様? 距離が近いです」

「つけてあげるから、じっとして。少しくらい我慢なさい」

 吐息が耳元にかかり、サシャの頬に熱が集まった。美人が至近距離にいるのは、少しばかり心臓に悪い。

(そして明らかに高価なものが耳にぶら下がっているのが、とっても心臓に悪い!)

「服がシンプルなデザインだから、アクセサリーが映えるわね。もう動いていいわ」

「動いたら落ちそうなので、絶対に動けません……!」

 リアムは苦しそうなサシャに笑いながら、筆とキャンバスの用意を始めた。

「もっと余裕を見せて。それじゃ不格好すぎるわ」

「うぅ……はい」

 それでも固さがとれないので、リアムは前と同じように布と刺繍糸、針を渡した。するとサシャは目の色を変えて作業を始める。

「それで、あんたは何を悩んでたの?」

 すっかり緊張が解れたサシャに、本題をぶつける。サシャは一瞬何のことが分からない、という顔をしたが、少しして悩みを思い出したようだ。

「実は――」

 筆を走らせながら、リアムは確認する。

「魔法が使えるかもって期待したけど、魔力が一切ないと判明して、拗ねてたのね」

「そうなんです……物語で活躍する魔法使いみたいなことができるかもって、柄にもなくわくわくしてて」

 落ち込むサシャに何を思ったか、リアムはいきなり立ち上がって、壁際の棚を漁る。

「?」

 紙の束とペン、そして一冊の本を持ってリアムが戻ってきた。

「魔力がなくても、魔法を使える方法があるの」

「え? でも、魔石は起動に魔力が必要ですよね?」

「そうね。でも、魔術は違う」

 リアムは魔術の仕組みを解説する。

 魔法は魔法陣を展開することで使うことができる。魔力を持つ者は、使いたい魔法をイメージすることで感覚的に魔法陣を描くことができる。

「魔法の肝は魔法陣。魔力が強ければ強いほど、複雑な魔法陣を描くことができるわ」

 本を開き、最初の図を見せる。

 そこには非常にシンプルな図形が描かれていた。

「魔石の欠片を混ぜ込んだインクで、正確に魔法陣を描けば、魔力を持たない者でも魔法を使うことができるのよ」

「そんな便利なものがあるのに、魔術ってあまり普及してないですよね?」

 サシャの尤もな疑問に、リアムは肩をすくめた。

「大多数は魔力持ちだから、手動で魔法を使うなんて効率悪いことしないわ。それに……」

 リアムはパラパラと頁をめくり、持って来た紙に図を描き始めた。完成しても、何も起こらない。

 左手に本を、右手に紙を持って説明する。

「ほら、スペルが一つ違うだけで発動しない。魔術にはとんでもなく正確性が求められるの。簡単な魔法陣じゃ弱っちい魔法しか使えないし、複雑になると描き間違いが起きやすい。こんな使いにくいもの、普及しないのも当然よ。だけど……」

 リアムはサシャに目配せする。サシャの瞳は期待で輝いていた。

「細かい作業が得意で、魔法に憧れがあるあんたには、最適な手段よね」

「はい! 教えてくれてありがとうございます、リアム様!」

 サシャは喜びのあまりリアムに抱きついた。咄嗟に受け止めつつ、リアムは頭を押さえた。

「……男に見られていない、っていうのも困りものね……」
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