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中編

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 不治の病と聞くと、とても難病で不幸な病と想像される方が多いかと思います。私も実際になるまではそう思っておりました。時折痛む頭に苦しくなる胸。酷い時には立っても居られない状態にもなります。

 ですが完治するお薬は無いとはいえ、症状を和らげる薬はあるのです。それのお陰で私は何ら問題なく日常生活を送れています。影響はないそうなので、普通に子供だって望めます。

 旦那様・・・ラシューの言葉で一番腹が立ったのは『後継ぎも産めないような』でしょうか。世の中には愛し合っていても子が望めないご夫婦もおられます。どうしても後継が必要な場合は養子を迎えておられる方も大勢います。

 私とラシューの間には愛がありません、子作りしてません。それでどうやって子を望めと言うのでしょう。私一人で子供は出来るわけではないのですよ。

 早々に愛人を作って夫婦生活を放棄したくせに・・・本当に腹立たしい男です。

「よしっと、これで準備オッケーね」

 私はまとめた荷物を目の前にして、小さく頷きました。

「アンジュ様、これはどうされますか?」
「ああそれは新しい家には持っていけないから・・・売ってしまう物の中に入れておいて」

 元々離縁は考えていたので、新しい家は簡単に見つかりました。いざ離縁する時まで残ってればいいのだけど・・・と思っていた物件が残っていたのです。本当に幸運でした。
 ただ一軒家とはいえそれほど大きくはないので、どうしても諦めなければいけない家財は多くあります。売ってしまう物、売り物にならない処分する物を分けた私は、それらの多さに溜め息をつきました。

「これだけの家財・・・売ればそれなりの金額になるかしら?」
「そうですね。新しい事業には何かとお金がかかりますから。結構な足しになるのではないでしょうか」

 ずっとこの侯爵家で働いてくれていた使用人達が頷く。私も頷き返した。

「みんな今までありがとう。新しい職場になる不安はあるでしょうが、大丈夫。これまでラシュー様の代わりに働いていた私には、色々な伝手がありますから。既に新しい事業を支援してくださる方も名乗りを上げてくださってますし、取引先も多数決まってますから。当面のお給料は心配しないでね」
「アンジュ様、誰も心配しておりませんよ。ラシュー様が傾けた侯爵家をこれまで支え、どうにか立て直してくださった手腕を私達は知ってますから。何かあっても我々が一丸となってお支えします」
「ありがとう、みんな」

 素晴らしい使用人達に・・・いいえ、これからは仕事仲間、ね。素晴らしい仕事仲間に恵まれた私は、嬉しさのあまり静かに涙をこぼすのだった。

「さあ、行きましょう」
「はい、アンジュ様!」

 皆が荷物を載せた複数台の馬車に分かれて乗り込むのを見てから、私は一度屋敷内を振り返った。
 わずか五年、されど五年。過ごした侯爵邸は確かに我が家となっていた。

 私はグルリと屋敷内を見渡して・・・そして静かに扉を閉めるのだった。
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