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第二章
17村海先輩
しおりを挟む俺達が色々な問題や楽しみを抱えている間にも季節はうつろうらしく、部活が終わるころにはもう空は真っ暗になる時期になってしまった。
いつもならジン先輩と一緒に寮に向かうのだけれど、今日はジン先輩は用事で先に帰ってしまった。仕方なくタラタラと帰りの支度をして寮に向かおうと学校の中を通り抜けようと思ったら、教室の方から物音がした気がした。
こういう時にいるのはだいたいイジメか強姦か、もしくはその両方か……。
前に一度怪我をした不良っぽいのに会ったこともあるがアレは例外中の例外だろう。
こっそりと音のした方を覗き見ると、机が積み上げられていてパッと見ただけでは中で何が起きているのかは分からない。
音をたてないように教室に入って、積み上げられた机の隙間から様子を窺うと複数の男が見覚えのある人を囲っていた。
「え……町塚先輩?」
思わず声を出してしまうなんて失敗をしたのは初めてだった。
囲まれているのがまさか親衛隊長だなんて思いもしない。こういう事に関してはどちらかと言うと加害者側の人間かと思っていた。
町塚先輩を囲んでいた男たちは俺の声に驚いた様に一斉に振り向いた。
「っ!」
そしてその一瞬の隙をついて町塚先輩は走り出した。
「おいッ! 逃がすなっ!!」
男がソレに気付いて声を出した瞬間、俺も咄嗟に動き出した。
小柄な先輩は積み上げられた机を縫うようにして抜けて、教室の前の扉から逃げて行く。ソレを見送った後俺は積み上げられた机を前の扉を塞ぐように机を倒した。けたたましい音を立てて机は崩れて、俺はソレを音だけで確認して後ろの扉に足り出した。
先輩だけ助けて俺は捕まったとかなったら洒落にならんし。
先輩が走っていった方とは逆側に走り出す。
俺は複数の足音を引きつけつつ上の階を目指した。
そこそこ早いとは言っても相手がどの程度のものかも分からない。三階くらいまで登ったら窓から外に飛び降りればいい。半年部活を頑張ってきたおかげでそのくらいなら簡単に出来るようになった。先日だって藤原のために寮の二階から飛び降りたし。
二階なら着いてこれる奴もいるかもしれないけれど訓練もしてない奴が度胸だけで三階から飛び降りるとかしないのは今までの経験から分かっている。
そしたらあとは走って寮まで行くだけだ。
「(万が一、追って飛び降りる様な馬鹿がいたら救急車が必要になるかもしれないけど)」
階段を上がる直前もまだ足音と怒鳴り声は聞こえた。
いや、むしろ増えた。
怒鳴った内容から先輩が上手く逃げ切った事が分かって少し安心する。
そして先輩を追おうとして見失ったのがかなり早い段階である事から机を倒すという判断は正解だったと確信してほくそ笑んだ。まぁその分の人数が俺を追う事になるんだけれど。
数だけで俺に勝った奴はこの半年ほどいない。
ソレは俺の自信でもあり、過信だった。
「うわっ……」
どんっと不意に現れた影にぶつかった。
二階に着いてすぐの事だ。その感触は生身の人間であり、俺は焦った。
他人を連れて飛び降りることは出来ないし、知らない人を巻き込んだと思ったからだ。
「あれ、倉科君?」
聞き覚えのある少し低めの落ち着いた声。
咄嗟に見上げれば黒髪に黒縁眼鏡。生徒会書記、村海先輩だ。
ヤバい。走るの遅そうな人にぶつかった。
「何やって……あぁ」
俺の後ろからする声を聞いて少し驚いた様な表情から納得した様な表情に変わる。そんな顔してる場合じゃないと思うんだけれど。
生徒会企画の表でも一番捕まえた点数の低い人だった。見た目からしても運動ができるタイプには見えない。
どちらかと言うと自作PCとか組んで喜んでそうな感じだ。
「ちょ、俺逃げてるんで……」
「いや、いいよ」
「え……?」
先輩が俺を自分の後ろに隠すように追いやって、二階からいっきに踊り場へとジャンプした。俺を追っていた人達と鉢合う形になりぶつかるかと思ったのに先輩はその勢いを利用して数人にラリアットをかました。
「うわ、いたそ……」
何人かが倒れて何人かは生き残って先輩に殴り掛かる。
ソレを避けたりいなしたりしてダメージを少なくしつつ先輩は敵をなぎ倒してく。
意外過ぎて何と言っていいのか迷うがもしゲームの職業ならバーサーカーとかそんな感じだ。不良とはかけ離れた、どちらかと言うとオタクルックな村海先輩からは予想もつかない荒々しい動きでの乱闘。コレ風紀にバレちゃ駄目な感じだよね……。
ぼおっと見ているうちにどんどん男たちが倒されていってとうとう最後の一人に先輩が手を掛けた。
「一応聞くけどさ、君たち何であの子追ってたの?」
胸倉を掴んで至近距離でヘラヘラ笑ってそんな事を聞く村海先輩に男が怒鳴った。
「町塚をレイプすんの邪魔されたからだよぉっ!! 代わりにレイプしてやろうってなぁっ!!」
そんなつもりで追いかけられてたのか。
ボコボコにされるとは思っていたが性的にもボコボコにされるとは思っていなかった。
「ふーん……? ねぇ、お前等みたいなモブ如きが生徒会長のお姫様に何手ェ出してんの? 死ぬの?」
ヘラヘラと笑いつつ、空いてる方の手で男を殴り飛ばした。
笑っているからこそ怖いとは言うが俺にはそのセリフも別の意味で怖かった。
「モブレとかも別に嫌いじゃあないけどさぁ、これは平凡受け主人公倉科君と咲矢生徒会会長の話だから。お前等引っ込んどけよ」
倒れて気を失ってる相手にヘラリと笑ってそう話しかける姿に寒気がした。
てっきり村海先輩は文系で運動はあまり出来ないタイプだと思っていた。実際はそんな事は無く、何人かいた不良っぽい男子生徒が簡単にのされてしまった。
相変わらず言っている意味は分からない、というかあまり分かりたくない感じだったが。
とにかく、そろそろ先輩を止めなければならない、と俺は階段を下りて踊り場に出る。
「あー、モブとかお姫様とかちょっとワケ分かんないんですけど……。取り敢えず先輩の中では俺は主人公なんですね?」
よくは分からないけど敢えて“受け”という単語は省いた。美姫弥先輩と俺は別にそういった関係では無いし俺もまだ処女でいたい。
「そ、」
「じゃあ、先輩こそしゃしゃり出ないでください。こんな口を利くのは憚られますが俺はこんな惨状は望んでいませんしわざわざ先輩に手を出して頂かなくでも俺は一人で何とかできました」
俺が主人公だというなら先輩なんて必要ない。
主人公がモブ如きに負けるワケないだろう。
そんなことを考える俺は少し怒っていた。焦ってもいたのだと思う。
先輩があの場面で出てこなかったら俺は簡単に男たちから逃げられていた。ソレをわざわざボコボコにする必要なんて無かった。
これじゃあ先輩の否定したOZと同じじゃないか。
まぁ先輩の世界観なんて知らないけど。
「ふーん? そっか。でも、君が主人公だろうとそうでなかろうと絶対に手は出したよ?」
「……何でですか」
この人にとっての俺はいったい何なんだ。以前言っていたように男同士の恋バナが好きだと言うなら俺と先輩がくっつく前に俺が、こういう言い方もナンだけど、傷物になるのを防ぎたいのも何となく分かるけど。それ以外に何の理由があって俺を助けたんだ。
「個人的に君が好きだから」
「……はい?」
たっぷりと間を開けて俺は間抜けな声を出してしまった。
好き?
先輩が俺を? いったいどういう意味で?
「そりゃあ既に会長がフラグ立ててる子に手なんか出さないけどさぁ、俺だってもうずっとこの学校にいるんだもん。男だってバリバリ恋愛対象だよ? 特に君は頭も性格も良いし顔だって悪くない。会長のじゃなきゃ俺が手を出してたかもしれないくらいにね」
「……」
……村海先輩の言葉に俺は開いた口がふさがらなかった。
そうか、恋愛対象が基本的に同性なら好きになる確率なんて高くなって当然だ。でも先輩が俺を好きになるなんて……。
いや、この好きはきっと一般的な学校でいう「クラスのあの子可愛いよなー」くらいの好きだ。もしフラれてもそんなに傷つかないけどあわよくば……くらいの気持ち。
ここに来てから同性愛について何となく分かったような気でいたがやっぱりどこか少女漫画のような恋愛観で勘違いしていた。
男なら誰でもいいわけじゃあない。つまり、ある程度の個人の好みの水準を満たしていればいい。
俺だってそういう感じで中学時代に彼女と付き合っていた。
運命的な恋なんて必要ない……。
久しくこの感じを忘れていた気がする……。
「納得した?」
「はい……」
確かに可愛いと思ってたクラスの女子が襲われてたら俺だって助ける。つまりその程度の事なんだろう。
「でも、先輩の助けはいりませんでしたよ。俺は一人で逃げ切った方が面倒なことにならずに済みました。どうするんですか、この気絶した人たち」
「このまま転がしとけば風紀辺りが回収するんじゃない? 万が一問題になって俺達の名前が出ても知らぬ存ぜぬで通せば何とかなるよ。取り敢えず何食わぬ顔で此処からでて歩こうか」
俺の手を取って、先輩は階下に歩き出した。
廊下を歩きながら俺達は話をする。
「はぁ……俺、あなたの事苦手です。味方みたいな顔して厄介ごとを運んでくる。こないだ貴方との写真をネタに報道の部長に揺すられたんですよ? できればもう俺に近づかないでくださいよ」
ホント、嫌になる。
友達でも無いのに藤原みたいに厄介ごとに巻き込まれてきて、更にある程度下心を持って近づいてくるなんてちょっと耐えられない。こんなめんどくさい人初めてだ。
「ふぅん? 報道の部長に?」
眉間に皺を寄せて睨み付ければ先輩はにっこりと笑って声のトーンを少しだけ下げた。
「ナニ、されたの?」
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