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第二章
17-2
しおりを挟む「何もされてませんよ。知り合いという枠に入れられただけです」
あわよくば情報屋のアキレス腱を握りたい。もしくは顔の広いお喋りとして。
一度会って喋って、メアドを交換して……オトモダチになって。
キープしときゃ利用価値はいくらでもあるらしいから。
「でも、ソレだけじゃあ無いかもよ?」
「っ!?」
不意にドンッと壁に押し付けられた。
背中と頭を打って少し痛みが走ったがそんなことよりも体勢がマズイ。よろける様に押し付けられたから実際の身長よりも俺の頭の位置は低く、そのせいで俺のおでこ辺りにから先輩は俺を見下していて、逃げられない様に片方の手は顔の横だがもう片方の手は俺の肩を押さえ付けていた。更に足の間に片足を入れられているせいで下にも逃げられない。
「報道の部長にあったんだ? 彼、手当たり次第に食えそうな子は食っちゃうって聞いてたけど……本当に何にも無いワケないよね? だって君、こんなにも無防備なんだもん。前に会った時に俺、君の事襲ったよね。なのに何ですぐ逃げないの? 真面目そうに見えてやっぱ実は淫乱受けなの?」
「ちょっ、先輩。やめてくださいっ」
割り開かれたままの足を肩に触れていたほうの手でスルリと触られる。
だいたい淫乱とか本気でワケが分からない。確かに今の俺の状況は人生で最も嬉しくないモテ期の到来のようなものだが受け入れた事なんて一度も無ければ恋愛的なのアプローチだって受けちゃあいない。
あくまでも知り合いが爆発的に増えてきているだけだ。
「ねぇ、好きだよ。まだ誰にもお手付きされてないんだったら俺のになってよ。会長のだと思って手は出さなかったけど、こんな状態になってるんなら俺がもらいたい」
「……」
先程よりも身体を寄せて、先輩は俺の耳元で囁いた。
気持ち悪くぞわぞわする何かを押さえ付けて、俺は何とか先輩から逃れようと先輩の胸を押したが自分が下にいる状況じゃ退ける事は出来なかった。
「やっぱ男は嫌? 皆ちゃんと言ってないかもしれないけど、そこそこ君をそういう目で見ているよ? 大丈夫。した事無いならちゃんと優しくするから……」
「嫌です」
先輩の真っ黒な目がどこかギラギラとしている気がして、こうして欲をぶつけられたのは此処に来てから初めてだと思った。
確かに、報道の部長に軽く迫られたり榛名先輩と冗談交じりにじゃれあったりはしたがこんなふうに欲として求められはしなかった。あくまでも探り合いや冗談の延長線上で……。
「おい、何をしている」
低い、 不機嫌な声が右から俺の思考を遮った。
前もこんな状況で助けられた事はあるけどその時とは違うもの。いつも柔らかい、心地良い声色ばかりを聞いていたから、こんな刺々しい声は初めて聞いた。
「もうちょっとでオトせそうだったんだけど、邪魔しないでもらえませんかね。榛名センパイ」
「は? どこがオトせそうなんだ? 俺には嫌がる後輩を無理矢理押し倒そうとしてるワルイ先輩にしか見えないんだけど?」
村海先輩がゆっくりと俺から離れて、俺の視界に榛名先輩が映る。声と同じく、今まで見たことないくらい怒った怖い表情をしていた。
俺は自分で思っていたよりも怯えていたらしく、せっかく村海先輩がどいてくれたのに逃げられずその場にへたり込んでいた。
「完全にビビッてんじゃねぇか。おい、黙っててやるから今すぐ失せろ」
「……そんな事言われて黙って引き下がると思いますか? 貴方だってこの子のこと少なくともそういう目で見ているんでしょう? 会長くらいヘタレで慎重なら安心ですけど、このまま驚いてるこの子を貴方に横取りなんてされたらたまらないんですが」
「あ? いくら生徒会役員だって一般生徒襲ったら停学モンだろ。特に最近は校長もこういった不祥事に厳しくなったしな」
流石に村海先輩もまずいと思ったのかチラリと俺を見た。
「……そうですね。僕としては口説いていただけなんですけど、すこし強引過ぎたかもしれませんね。怖がらせてごめんね、でも、本気だから。君にこうやってぶつかった人が他にいたかどうかも含めて、考えてね」
俺からゆっくりと離れて、村海先輩は榛名先輩とすれ違ってどこかへ行ってしまった。
それと入れ違いに榛名先輩が俺に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「えっと、はい」
差し出された手を取って立ち上がる。
声色はやっぱりいつもよりも硬くて妙な所を見られてしまったと気まずくなった。
「答えたくなかったら構わないが、何でアイツと一緒にいたんだ?」
「すぐそこで会って……前に話したことがあったので、帰る方向が一緒なのでそのまま一緒に歩いていたんですけど」
嘘はついていない。かなり端折ったが。
混乱はしていたがその程度の判断力は残っている……。いや、その事よりも村海先輩の事の方が頭を支配しているだけかもしれない。
「それで、話してたら……」
突然、では無かった。
俺が報道の話をしたからだ。
「……」
「まぁ、詳しく言えとは言わないが……まだ震えてんな。落ち着くまでどっかの教室にでも入ってるか……」
今度は榛名先輩に手を引かれ、空き教室に入る。
適当な椅子に座らされて、先輩も向かいに座る。
「あの……」
「ん?」
わざと柔らかくした声で返されて、少し安心する。
低く柔らかい先輩の声が俺は好きだ。
「先輩は他人から好意を向けられた時、どうしますか……?」
「好意……」
先輩は怪訝そうにその言葉を復唱した。
そう、好意だ。
欲を孕んだ熱っぽい感情。初めてそんなものを向けられた。
村海先輩の言い分では割とそういう目で見られてはいるらしいがあの人の様にハッキリとソレを向けられた事は無かった。
俺だって男で、思春期だ。そういう事に興味が無いわけじゃあない。でも、同性にそうやって求められて簡単に受け入れられるわけが無い。
他人を好きになるのだって数えられる程しか経験していないし、好きになった人に好かれたことも無い。今思うと、彼女はいたけど可愛い子に告白されたからそのまま承諾しただけだった。
そういった意味の欲なんてまだ分からない。
「倉科、アイツがお前をどの程度本気で思っているかも分からないしお前の感情はお前のモノだ。が、俺はアイツを受け入れるのはあんまり賢い選択だとは思えない」
先輩の声はまた硬くなった。
「男にそういう意味で求められるのが初めてで戸惑うのは分かるし、好意を向けられて悪い気がしないというのも分かるが、大事な事はもっと他にあるんじゃないか?」
大事な事……。
「それに、此処で告白されるのは倉科にとっては初めてかもしれないが、お前を好きな奴は他にもいる。ソレはちゃんと覚えておけ」
「……?」
「そういう意味じゃ無いけど、俺もお前の事は好きだよ。良い声をしているし、しっかりしてる。あんまりお前の事をしってるワケじゃないが良い奴で、いろんな奴から好かれている」
さっきの硬い声から優しい声に変わる。その声で甘やかす様な事を言われると村海先輩の時とは全然違うぞくぞくした何かが背中を這って、頬に血液を送られる様だ。
面と向かって褒めてくれる人は多いけれど、この混乱した状態で優しく掛けられる言葉というのは凄く破壊力があった。
「なぁ。一つ、酷い事言っていいか?」
「?」
「アイツに向けられた好意に引きずられてお前がうっかりアレのモノになるくらいなら、俺がお前を貰いたい。そういう好意は無いけどな。だから、あんなのについていくな。お前は一人でもしっかりと立っていられるだろう。どうしても倒れたくなったら俺に言えば傍にいてやるから……。俺が嫌ならジンの奴でもいい。あ、ただし美姫弥はやめとけ」
「美姫弥先輩は駄目なんですか……?」
「あぁ、アイツの気持ちは純粋なモノだが今のお前には良くないモノだ」
純粋……。
もしかしたら、俺が目を向けようとしていないだけで、美姫弥先輩もそういった感情を持っているのかもしれない。でも……。
「……よく分かりません。というか分かりたくありません」
俯いたままそう言えば、榛名先輩は少し乱暴に頭を撫でてくれた。
もうすぐ生徒会企画だ。
俺はこんなメンタルグチャグチャのまま走れるのだろうか……。
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