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第二章
後編
しおりを挟む全てが終わり私掠船を燃やした後、自室へと戻ると誠がいた。
流石に全く返り血がかからないなんてことは無かったらしくシャワールームで汚れを落としてきたみたいだ。ベットに座りタオルで髪の水気を取っていた。
俺を警戒する様子は、ねぇ。
「おい、誠」
「あ……は、いっ!?」
ベッドに押し倒し、抵抗される前に片手で両手首を捕まえてもう片手で首を押さえた。
「何、です……か?」
「お前、嘘ついたろ。今まで何やってたのか、白状する気はないのか?」
力を入れず気管と血管は閉めないで、あくまでも脅しだ。
痛めつける気は欠片も無い。
「何を、言ってるんですか? 俺、嘘なんてついてませんよ?」
「んなワケあるか。ただの娼館の用心棒ごときがあんな場馴れしてるわけねぇだろ。お前、海上戦の経験があるな?」
手首を押さえつける手の力を強くすると流石に痛かったのか少し呻いた。
顔をしかめ少し潤んだ瞳で俺を睨んだがまぁ怖くはねぇ。悠然と笑い返してやれば諦めたように深く息を吐いた。
「……模擬海戦をしたことがあるんです」
「あん?」
「娼館にいたのは嘘ではありません、でも、俺は用心棒ではなく……」
そこまで話して、誠はまた口を閉ざして視線を落とした。
俺を睨みつけた強気さはいつの間にか消え、顔色は分かりやすく蒼白になっていた。
耐えるように下唇を噛み、押さえつけられた手は震えていた。
そんな様子に俺が同情……しないわけがなかった。
もともと顔が好みだったんだ。そんで性格、戦力もこの数日で惚れた。
手放す気はねぇと思っていたが此処まで懐に入れたんだ……。
「俺には、話せないか?」
首の手は離し、潮で少し痛んだ髪を撫でる。
ビクリと一瞬肩を震わせ誠は潤んだ瞳で俺を見つめた。お……いけんじゃね?
「俺……剣奴だったんです」
「は?」
剣奴って、剣闘士?
大昔に見世物として闘技会で戦ったグラディエータ?
そんなカビの生えた化石みたいなもんがいまだに残ってんのか? しかも、模擬海戦なんかを行える様な大規模なもんが。
「場所は目隠しをされていたのでわかりません。残念ながら言葉も分からないので国すら特定できませんが……そういった装いの風俗店なんだと思います。」
それから誠はつっかえ、嗚咽を洩らしながらもポツリポツリとそこであったことを話し始めた。
ユーラシア大陸の何処かにある大きな花街、そこの一角に誠は陰間(男娼)として売られた。
しかし、特に何かウリがあったわけでもない誠は売れ残りその花街で行われている見世物に出され、ソレは古代ローマのコロセウムをモデルにしたものだった。運動能力は人並み以上にあった誠はそこで生き延びることが出来、そこで剣奴として力をつけた。
しかし、剣奴として人気が出れば誠を買いたがる奴も出てくる。初めての客は誠の熱狂的ファンで、ソイツは血みどろでボロボロになった誠とシたかったらしい。初めての客、しかも言葉の通じない相手にどう対応していいか分からないまま暴力を受け、まぁそういうことだ。
娼館の主に見つかった時誠は既に息も絶え絶えで応急手当をしてももう動くことはできないまでに痛めつけられていた。そしてその客は罪人として報いを受けた後、花街を追放され、誠は瀕死の状態で最後の願いに身体は祖国へ帰りたい、と行けるワケもない小さなボートに動かない身体を乗せてもらい最後は穏やかにこの海の何処かで息を引き取った……かに思われた。
棺桶って表現もあながち間違ってなかったらしい。が、誠は現にいまここに生きていて、身体も動いている。
誠は、客、店主、花街の仲間すべてを欺き、逃げたのだ。
全ては最初の客に殴られていた時に思いついたらしい。瀕死の傷までは受けていないが憔悴したフリをして海に埋葬してもらう。
コロセウムで人気を博した時点で店主からの人望は厚く、死に際の要望ならおそらく聞いてもらえると踏んだ。
そして、その花街の存在自体が違法であるために身体は治っても憔悴したままの誠を医者に見せることも敵わず誠を信じた店主はまんまと誠に逃げられた……というワケだった。
その頃に模擬海戦を行った。だから今こうなっている。
話し終えた時点で誠は泣き出していた。
陰間をしていたことは知られたくなかったし、コロセウムでの事は思い出したくない……。何より、ボロボロにされて犯されたことは思い出すだけでまだパニックを起こしそうなくらいトラウマになっていた。
大部屋を嫌がったのもソレが原因だろう。
そんな誠をかわいそうに思い、抱きしめてあやしていたが……。実際の所、俺が考えていたのは誠への慈愛なんかじゃなく気に入った奴に既にお手付きをされていたことについての憤りと、誠は死んだことになっているのならやはりリスクは無いに等しいという事だった。
これで花街の陰間が逃げ出したという話なら所有者は血眼になって誠を探してる可能性もある……。しかし、死んだと思われているなら万が一グラディエータ時代のファンに見られたり雇い主に出くわしたとしても東洋人だから似てるだけだと言い逃れできる。
まぁ大事をとって奴隷市場や娼館関係の場所には行かせないようにするが……。
しかし、この状況はかなりいいんじゃないかと不埒な事を考えている程度には俺もただの海賊で、男だ。
俺の服を握りしめ肩を震わせて泣く誠の頭をそっと撫でた。
見上げてくるグシャグシャな顔から袖で涙を拭い、グイッと抱き上げ耳許に唇を近づけた。
「怖かったな。だが、もう大丈夫だから……俺の傍にいれば、安全と言い難いが見世物になることも理不尽な暴力を受ける事もない。此処にいろ」
優しく囁けば少しうつむいて擦り寄ってきた。
うわっ、かわいー。
「……はい。でも、やっぱり…俺」
「大部屋は無理、か」
「……すみません」
「なら、だんだん慣れてけばいい。時間はたっぷりあるんだ……しかし、手酷く抱かれたんだろう? 普段は、大丈夫なのか……?」
「普段一緒にいる分にはまだ平気です……。でも、夜は嫌です」
誠は強い。敵に怯えることもない。ソレはあの戦いっぷりを見れば分かる。
けれど、仲間としてやってけるかは別だ。
それは駄目というが、俺とは今のところ数日が過ごせている。ソレは……。
「俺が怖いか?」
グッと抱きしめたまま聞けば誠はうつむいたまま横に首を振った。
しばらくの間に大分懐かれたようで、俺は安心してあごのあたりにある誠の額にキスをした。
「(ここまでしても平気なのは同じ日本人だからか……)」
なら、好都合だ。このまま俺だけに懐いていれば良い。
でも、ずっとは無理だろうからこいつが言葉を覚える前に、モノにすりゃいい。
例えば、今、とかな。
全く、いつの間にこんな惚れたんだか……。
「んぅ……ぁ、え?」
両手で顔を包んで上を向かせ、半開きの唇を塞ぐ。
驚いて薄く開いた隙間に舌をねじ込ませても噛まれることは無かった。
「ふぁ……ん…」
驚いて何をされているのかもよく分かっていない様子の誠の舌を絡め取ればようやく自分がキスされていることを理解したのか目を見開いた。
それでも力が抜けたのか抵抗できていない誠を抱きしめ直し、いったん唇をはなしてもう一回軽く吸ってリップ音を立てた。
「俺は、こういう目でお前のこと見てるけどそれでも俺の方が大部屋よりいいか?」
この船に慣れてきたとはいえまだ話せる相手は俺だけで、この船で一番偉いのも俺。
俺に見放されたらどうなるのか、誠はもちろん分かっているだろう。
見放す気が無い事はもしかしたら分かられてるかもしれないしそれならばと大部屋を選ぶかもしれない。しかし、欠片も意識されないよりはモノにしやすいだろう。
酷いことをしてる自覚はあるが所詮俺は海賊、涙目の誠に睨まれても罪悪感など湧かずむしろ嗜虐心をくすぐられる。
「俺……は、」
さぁ、選べ。
行きつく先に俺以外なんてありはしないけれど。
・・・
誠を拾ってから数年が経った。
アイツはまだ俺の隣にいる。
ただ、俺のモノにはなっていない。
世渡り上手を舐めていた。
会話が成り立たない相手を信頼させて騙して逃げてきたという途方もないコミュニケーション能力を持った奴だって知っていたのに、あの頃はすっかり騙されていた。
オトせそうだと期待させて一線は越えさせず、付かず離れずのらりくらり。
そうこうしているうちに英語を習得して船内での地位を確保してうっかり強行突破できない状況になって……。
今なら分かる。
あの時押し倒して無理やりにでもモノにしてしまえばあの時思い描いていたイイ思いができたんだ。
しかし、今となってはソレがイイと思えなくなっている。とんだマインドコントロールだ。
海賊船の船長として、男として、アイツをオトして手に入れなければもう満足出来ない。
手の内で転がしていたつもりがいつの間にか俺の遥か先にいて、俺がアイツを追いかけていた。
「船長! 次の港見えましたー」
見張り台から望遠鏡を持って叫ぶ誠の言葉は綺麗な英語で、軽く手を挙げて応えればヘラリと笑い返された。
それがまた綺麗で見惚れそうになるからホントに笑えない。
でも、そのうちオトす。
何だかんだでアイツはこの船に乗り続けているんだから脈はあるんだろう。
それに、アイツは喋れるようになっても誰かと関係を持つ事も無くときどき俺に手を出されているだけだ。
他のクルーからは誠は俺のモノだって認識されてるくらいだし。
まぁ、もしかしたらそれもまた誠の思惑通りなのかもしれないが……。
「あーぁ、笑えねぇ」
と、小声でつぶやき、高い位置にいる誠に笑いかけた。
END
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