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第二章
中編
しおりを挟む一通りの検査が終わり、誠の身体に特に大きな問題は無く退院(退室?)が許可された。
雇うとは決めたがいまだ誠の素性は分かっていなくて、とりあえず話はそれからか……。
取り調べは船長室で行おうとそちらに足を向けた時、隣からぎゅるると音がした。見れば誠はお腹を押さえており少しムッとした表情で顔を赤くしていた。
「……腹痛じゃないなら食堂行くか?」
「…………お願いします」
行き先を変更し食堂に着けば多少視線はあったが比較的空いていた。一応病み上がりの誠には粥を出させて自分はコーヒーをもらう。
ふーふーと息を吹きかけて冷ましてからスプーンを口に運び、はふはふと咀嚼しあまり時間をかけず粥は完食され、粥とはいえそれだけ食べられるなら体調は大丈夫なのだろうと誠の分のコーヒーを出させた。
「このままここで話をしても大丈夫か?」
「あ、はい」
誠はそう答えてコーヒーを口に含み、うっと少し顔をしかめた。もしかしたら苦いのは苦手だったのかもしれない。
「まず、お前の素性を話せ。流石に身分を明かせない奴をクルーには出来ない」
「えっと……まず、言った通り俺は日本で生まれた日本人です。俺は田舎の農家のこどもでした。でも日照りが続いて作物がなかなか取れず困窮し、数年前に売られました。知っているかもしれませんが現在鎖国中の日本でも一部の国とは貿易をしているので、俺は奴隷商人を介して大陸に渡りました。その後何だかんだありまして欧羅巴州(ヨーロッパ)まで流されて娼館に買われたんですけど、買った時は女だと思われていたらしく男だとバレて売り直すのが面倒だと判断されたのかそのまま用心棒としてそこで頑張っていました。でも、言葉分かんないのをいいことに女郎と心中させられそうになったので隙を見て逃げました。商船に紛れてたんですが密航がバレそうになったので船を盗んだんですけど櫂落としちゃって死を覚悟したところであなた方に拾われました」
……なるほど。売られて奴隷の身だったのがかなりうまくやったらしい。
そして棺桶って表現もあながち間違ってなかったみたいだ。
言葉が分からない場所でその腕一本で生きてきて、同じ日本人で小さくて細くて顔も悪くない……ホント良い拾い物したな、俺。
「つまり後ろ盾もなければ追ってくる奴もいない、と」
これで実は既に所有者のいる奴隷とかだったら面倒臭いことになるが誠にそういう奴はいない。リスクゼロで有能で真っ新な新人が手に入るなんて願ってもない幸運に思わず顔がニヤけた。
「そう、ですね。娼館ではある意味追われる身みたいなものですけれどあの店に2度と入らなければ問題はないと思います」
「はは、どこの店かは知らねぇが多分二度と入ることはねぇよ。その情報に嘘偽りが無いのならお前はもう此処のクルーだ。気付いちゃいると思うが此処は海賊船だ。イギリスのとある港を拠点としていて公用語は英語。お前には英語を覚えてもらうことになるがまぁずっとここにいることになるだろうから嫌でも覚えるだろ。ここまでで何か質問はあるか?」
「……。クルーってなんですか?」
「乗組員だ。……やっぱ言葉は通じた方がいいな。で、まずは下っ端だが此処では手柄を挙げた奴から船内での地位が上がっていく。下っ端は基本大部屋で雑用も多い。まぁ、お前くらいの戦力があればそのうち上がるだろ。が、お前の場合まだ言葉が通じねぇから俺の直属で俺の部屋で過ごしてもらう。いいか?」
「え……」
「嫌か?」
まぁ嫌だろうな。
監視の意味があることは確かだが、身一つの奴がこのどこにいるのかすら分からないであろう海にボート盗んで出ることはないだろう。ただの俺の下心だ。
「いえ、まぁ……大丈夫です」
それがバレているかは分からないが、まぁ言葉教えなきゃいけねぇし下心抜きで妥当な判断だろ。
少し不満そうだが此処で断る理由も無い。
・・・
あれから数日。
英語は相変わらずだが誠は船内でだんだんと、しかし確実に地位を築いていった。それには喋れないことが一役買っていて、俺に気に入られているという事に関する悪口も最初は多かったがその内容も理解できないため誰彼かまわず愛想を振りまいていて、民族特有の小さい身体と幼い顔立ちが気に入られる原因でもあった。
そんな風にクルーからの印象を良くし、その上で仕事もクルクルとこなせば大抵の奴は気を許す。
此処までの経緯から分かっていたことだが本当に世渡りが上手いらしい。
そして今、この船は交戦中だ。
商船だと思って襲った船が半商半賊の私掠船だった。が、まぁ何てことはない。たかが半商半賊に負ける程軟じゃねぇ。戦況はもちろんこちらの優勢。
その原因の一つに誠がいた。交戦が決まった時に略奪にはまだ慣れていないはずの誠に冗談で斬り込みをやれと言ってみたら二つ返事で了承され、見事成果を出しやがった。
目的の船に乗り込み、敵兵に切り掛かる。この時点じゃ俺たちも相手をただの商船だと思っていたから相手が武装しているなんて思いもしなかった。
そのせいで第一陣の何人かはヤられた。
その中で誠がいち早く体制を整えヤられた奴の分の敵兵まで倒し、傷の深い奴をかばいながら第二陣まで場をもたせた。
「(なんて奴だ。もしかしたら最初に俺と交渉したとき誠が万全だったらやられていたのは俺だったかもしれない……)」
そんな考えが過りつついまだ交戦している誠を見ると驚くほど鮮やかに敵兵を切り伏せた所だった。
小柄で素早いのを活かして、首筋をちょんと切りつけ後は血しぶきを被る前に次の兵に斬りかかる。本当にただの娼館の用心棒なのか……?
しかし、強いことに問題はねぇ……嘘をついていたなら吐かせればいい。内容にもよるがもう手放す気はない。
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