神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第一部 第四章 モルガーナ

第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第四章 5

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       * 5 *

「莫迦かっ。追いかけてどうするつもりだ!」
 思わず僕は叫んでいた。
『でも、でもアタシにできること、他にないもんっ!』
 息を切らせながらも、電話の向こうの夏姫はそんなことを言う。
『明美にあんなことしたあいつを、許せないもん!』
 簡単なものだけど、概要は聞いた。
 通り魔を追いかけるなんて正気の沙汰じゃない。
 確かに遠坂にできることはないかも知れないが、そうだとしてもせめて僕がいるときにしてくれればと思ってしまう。
 ――クソッ。どうする?!
 少し考えて、僕は言う。
「わかった。僕もできるだけ早くそっちに向かう。自分の位置を登録した人に送信する機能、あるだろ? それをオンにしておいてくれ」
『わかった。……できるだけ早く来てね、克樹!』
 それだけ言って通話は切れてしまった。
「ふふっ。やっぱり、もうすぐ次のエリキシルバトルが始まるのね」
 さも楽しそうに折り曲げた指を紅い唇に当てて笑うモルガーナを、僕は睨みつける。
「さて、どうするの? すぐにも相棒の元に向かうのでしょう? けれど質問をするならいまだけよ。次に会う機会をつくって上げる気はないしね」
 もうそれが性質なのか、モルガーナは悪意すら籠もっていそうな言葉を紡ぐ。
 でも、僕はもうするべき質問を決めていた。
「僕が訊きたいことはひとつだ。エリキシルバトルへの参加資格は、スフィアカップで直接エリキシルスフィアを受け取った人に限られるかどうか、だ」
 おそらく、こいつは名前を聞いても答えはしないだろう。もしかしたら参加者の名前すら把握していないかも知れない。だから僕は、少し遠回しな訊き方をした。
「直接受け取った人間である必要はないわ。現在のエリキシルスフィアの所有者、それが参加資格よ」
「わかった。それだけわかれば充分だ」
 モルガーナに背を向け、ノブに手をかける。
 すぐに夏姫の元に向かわなくちゃならなかった。
 でも中野から端末に表示されてる夏姫の居場所まで、普通の方法では三十分でもたどり着くことができない。
 どうするかを考えて扉を開けようとしたとき、僕はひとつのことを思い付く。
「モルガーナ。ひとつお願いがあるんだ」
「お願い? 貴方は私にそんなことができる立場にあると思っているのかしら?」
 厳しい言葉を使いつつも、彼女の目は笑っている。何を言われるのかを楽しみにしている表情だ。
「お前にとっても悪い話じゃない、はずだ。バトルへの参加者はできるだけ多い方がいい。少なくとも現段階では。違うか?」
「――聞きましょうか」
 たぶん、それはモルガーナの力をもってすれば可能なことだろうと思った。彼女の力はどこまであるのかはわからない。けど、魔法の力なんかじゃなく、彼女の影響力は僕の想像を超えるほどの大きいものであるように思えていた。
 だからひとつの願いを、それを願うことに意味があるかどうかはわからなかったが、僕は口にする。
「また難しいことを言う。けれど、わかったわ。私のできる範囲でとしか約束できないけれど、願いを叶えましょう。ただし、条件があるわ」
「その条件とは?」
「貴方が今日これから始まる戦いに勝つこと」
「だったら問題ないさ」
 言って僕は振り向かせた顔を正面に向ける。
「また会えるときを楽しみにしているわ」
 モルガーナの気色の悪くなる声に送られて、僕は控え室を出た。
 通路を走って入ってきたスタッフ用出口の前で、エイナの歌が続いていることを確認してくぐり、足音を忍ばせて会場の外へと向かう。
 外はすっかり日が暮れていたが、会場の正面入り口近くを行き交う人の数はけっこう多い。できるだけ人目のない建物の裏手まで来て、僕は肩にかけていたデイパックを下ろした。
 スマートギアを被って起動したまま仕舞ってあったアリシアを取り出す。
「リーリエ、出番だ」
『え? こんなところで?』
 タイル敷きの地面の上にアリシアを立たせたリーリエが疑問の言葉を口にする。
「あぁ、ここでだ」
 アリシアに拡張センサー付きのヘルメットを被らせ、さらに突っ込んできていた機動ユニット、スレイプニルと画鋲銃を取り出す。
『こんなこと、できるのかな?』
 画鋲銃をラッチに引っかけ、スレイプニルにまたがったリーリエが補助電源ケーブルを接続した。
 ピクシードールを巨大化させる時点でどういう原理でやっているのかわからないし、アライズ時の活動用エネルギーもどこから生み出しているのかよくわからない。
 でも内蔵バッテリから活動時間が計算されているのはいろいろ試している間に確認済みだったから、アライズするときにエネルギーを食うにしても、スレイプニルの補助バッテリも含められるならば可能、だと思えた。
 エリキシルバトルアプリを立ち上げた僕は、音声入力待ちのその画面に向かって、一度大きく息を吸った後、自分の願いを込めながら唱えた。
「アライズ!」
 光がアリシアだけじゃなく、スレイプニルからも発せられる。
 光が弾けて消えた後、現れたのは巨大化したスレイプニルを含むアリシアだった。
 大きくなるとよくわかるけど、実は左右二輪のスレイプニルのわずかな座席に僕は身体を滑り込ませる。
「アクティブ、パッシブともにセンサーは全開。道は任せる。できるだけ人に見つからないように急いでくれ」
『うん、わかった』
 補助電源ケーブルに触れないようにしながら、僕は巨大化しても小柄なアリシアの意外にほっそりしてる腰に手を回す。
『いくよっ』
 けっこう大きなモーターを音を響かせて、リーリエがスレイプニルをスタートさせた。
 ――すぐ行く! 夏姫!!
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