転生受付嬢はもう恋なんてしない――なのに最強剣士からの溺愛が止まりません!

人妻あず。

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 ――白い天井が、ぼやけて見える。

 かすかに鼻を刺す、消毒薬の匂い。
 目を瞬かせると、見慣れた医務室の天井が映った。

「……ここは」

「気がついた?」
 優しい声に顔を向けると、ギルド長がベッドのそばに座っていた。

「はい……」
 上体を起こす。
 体のあちこちが重くて、痛い。けれど――生きている。

「よかったわ。この部屋はしばらく面会謝絶にしてあるから、安心して休みなさい」
 ギルド長が、枕元の小さなベルを指さす。
「具合が悪くなったら、これを鳴らして」

「……あの、ギルド長」

「なにかしら?」

 私は息を整え、喉の奥から言葉を絞り出した。
「私は――いったい、誰なんですか?」

 一瞬、空気が止まる。

「リーナ……記憶が戻ったの?」
「いえ。ただ……偶然、見てしまったんです。三か月前の新聞を」

 ギルド長のまつげが、わずかに揺れた。

「”フェリエ男爵夫妻惨殺事件”の記事を」

 ぴく、と彼女の表情が動く。
 その反応が、すべてを物語っていた。

「それに……“体質改善の薬”って言われていたもの、あれ、ヴェノムストーンの中和薬ですよね?」

 ギルド長の目が細められる。
「――それを、誰に聞いたの?」

「それは……」
 喉が詰まり、言葉が出ない。

 しばしの沈黙。
 やがてギルド長は、かすかにため息をついた。

「……まだ体が本調子じゃないのよ。今は、刺激を避けることね」

 優しい声の奥に、どこか冷たい響きがあった。

「思い出せないことは、思い出さなくていいことかもしれないわ」

 彼女は目を伏せ、静かに立ち上がる。
「じゃあ、私は仕事があるから。ちゃんと寝ていなさい」

 足音が遠ざかっていく。
 扉が閉まると、部屋には時計の音だけが残った。

 私は白い天井を見つめながら、唇をかすかに噛んだ。
 ――“思い出さなくていいこと”。
 それが、いちばん怖い。

「よっ」

 ギルド長と入れ替わるように、ドアの隙間からソーマが顔を出した。

「ソーマ!」
 思わず声を上げると、彼はすぐに人差し指を唇に当てた。

「しーっ。面会謝絶の部屋に忍び込んだの、バレたらヤバいからな」

「確かに…」

 ふふっと同時に笑う。

「マリアも会いたがってたけど、あいつ騒がしいから止めた」

「もう……」
 自然と頬がゆるんだ。

 けれどその笑顔は長く続かなかった。

「しっかし、お前……あんなに血を吐くなんて、本当に大丈夫か? なんかの病気とかじゃないのか?」

「ヴェノムストーンの中毒症状なんだって」

「ヴェノムストーン……あの採掘中に触れると毒を出す石か? 俺、一回掘り当てたことあるけど、すぐ中和薬飲めば平気だったぞ?」

「私も、まだよくわからないの」
 息を吐く。

「フェリエ家で――ヴェノムストーンを使った儀式があって。たぶん、私も……そこに関わってた。そうなんだと思う」

 ソーマの表情が固まった。
「記憶、戻ったのか?」

「全然。でも……ギルド長の反応を見たら、確信したの。私が“フェリエ家のリーナ”であることは、間違いない」

 ソーマは腕を組み、難しい顔でうなる。
「ますます謎だな。フェリエ男爵の娘なら貴族のお嬢様だろ? なんでギルドで働いてるんだ?」

「それが、私にもわからないの。ギルドで働いたのは主治医の紹介と、私自身の意思。特に財産もなかったし……」

 ふと、あの日の記憶がよみがえる。
 この世界で目を覚ましたとき――私は主治医の屋敷の一室で寝かされていた。
 財産も家もなく、身の回りの最低限の品と、見知らぬ名だけが与えられた。

 だからずっと、自分はただの平民の出だと思っていた。
 それでよかった。
 ――あの“前の世界の地獄”から抜け出せたのなら。

 けれど今、その過去の闇が、ゆっくりと形を取り戻そうとしている。
「『思い出せないことは、思い出さなくていいことかもしれないわ』」

「えっ?」

「さっき、ギルド長に言われたの」
 自分の声が少し震えているのがわかった。
「ギルド長は――少なくとも何かを知ってる。……そして、それを隠してる」

 ソーマの眉がぴくりと動く。
「ゾルフとロイズが死んだのも、ギルド絡みかもしれないってことか……」

 沈黙。
 やがて、彼はじっと私を見据えた。

「レンもリーナも、ギルドにいるの……危なくないか?」

「えっ?」

「ひょっとしたら――ギルド長が主導かもしれない」
 その言葉に、背筋が凍る。
「ギルド長なら、殺人だってモンスターのせいにできる」

「まさか……ギルド長が……」
 喉がひりつき、息を呑んだ。

「レンはクエストに出ちまったし、アレクもいねぇ。……この状況じゃ、誰も信用できねぇ」

「でも、ギルド長はそんな人じゃ――」

「そもそも、あのパーティーを組んだのはギルド長だろ。何かの“仕掛け”かもしれない」

 息が詰まる。
 ソーマの声が低くなる。

「リーナ。……俺もマメに様子見に来るから、油断するな」

 その言葉の重さに、胸がぎゅっと締めつけられた。
 このギルドが“居場所”だと思っていた――
 でも今はもう、どこまでが味方で、どこからが敵なのか分からない。
(レン……早く戻ってきて……)
 私は心の中で小さくつぶやいた。
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