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48話
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「――そろそろ行くか」
アレクが椅子を引いて、立ち上がった。
「ああ。カイル、マリアを家まで送ってやれ。リーナは俺が送る」
「了解です隊長! マリアさん、責任を持ってお送りします!」
カイルが胸を張って敬礼すると、マリアがクスクス笑いながら手を振る。
そんな二人を見送りつつ、アレクがぼそり。
「悪いなカイル。俺とソーマはレンの見張りがあるんだ。……放っとくと“送り狼”になりかねんからな」
「お、送り狼!?」
その瞬間、ソーマがブッとジュースを吹いた。
「そ、そういえば隊長って“戦場の氷狼”って呼ばれてたよな……」
「今はどっちかというと“発情中の狼”だろ」
「おいソーマ」
レンが微笑んだが目が本気だ。
ソーマが青ざめて両手を振る。
「じょ、冗談だって!冗談!悪気はないって!!」
「ソーマ、あとで覚えてろ」
「ひぃ! カイル、お前は頑張れよ~! 爽やかに送って帰ってこいよ~!」
「はいっ!」
「みんな、またね~~!」
ワインでほんのり赤いマリアと、耳まで赤いカイルは、仲良く手をブンブン振りながら去っていった。
にぎやかだった“らくだ亭”の明かりと笑い声が遠ざかると、夜風がひやりと頬を撫でた。
通りに人影は少なく、石畳に灯るランタンの光が、ゆらゆらと揺れては消えていく。
静けさに包まれたのが、かえって心地よかった。
「――さて、俺たちも行くか」
アレクが短く声をかけ、私たち三人は歩き出した。
「アレク」
レンが横目でアレクを見た。何か、言葉にしない合図のような。
「ああ」
アレクは小さく頷くと、こちらを振り返った。
「二人とも、ちょっと寄っていきたい場所があるんだが……いいか?」
「私はいいけど……何だろ?」
「え、何か用事?」
ソーマが首をかしげる。
「まあ来ればわかる」
そんな会話をしながら連れてこられたのは、町外れにある古びた酒場だった。
看板の灯火はほとんど消えかけ、建物の前に置かれたランタンだけが頼りなく明滅している。
扉を押すと、きしむような音が響き、かすかに焦げた酒と古木の匂いが鼻をくすぐった。
「……ここ、営業してるの?」
「してる。常連しか来ねぇがな」
アレクは慣れた足取りでカウンターへ。
カウンターの奥には髭の濃い店主がいた。
眼光は鋭いが、どこか眠そうで、ゆっくりとこちらを見る。
「マスター、個室空いてるか?」
「おう……アレクか。珍しいじゃねぇか。まあ空いてる、奥使いな」
渋い低い声に、カウンターのグラスがかすかに揺れたように見えた。
「助かる。あと、俺とレンにはラム酒。ソーマと……こっちのお嬢ちゃんにはジュースでも」
アレクの無骨な注文に、マスターは鼻で笑いながら返す。
「ああ。後で持ってく」
奥の通路はさらに薄暗く、壁に掛けられたランタンがじんわり赤い光を広げていた。
個室は六畳ほどの狭い空間で、木の机と椅子がひとつ。
窓には重い布が掛かっており、外の光は一切入らない。
「……なんか、秘密基地みたい」
「そりゃそうだ。秘密の話をするための場所だからな」
アレクはそう言うと、持っていた小袋を開け、四隅に小さな石を置き始めた。
石は黒く、つやつやしていて、置かれた瞬間に空気が変わる。
「防音効果のある魔石だ。話が漏れないよう念のためにな」
「わざわざここまで来た理由って……」
「まあ、腰を落ち着けてからだ」
レンが静かに椅子を引きながら、私の方にちらりと目を向けた。
その目に、ただ事じゃない何かを感じて――私は息を飲む。
マスターがラム酒とジュースを静かにテーブルへ置き、無言で顎を引いて部屋を出ていった。
重い木の扉がギィ……と閉まり、最後に金具がかちりと音を立てた。
その瞬間、空気が変わる。
薄暗い個室に、沈黙がゆっくり降りてきた。
レンが深く息を吸い――口を開く。
「……集まってもらったのは、ゾルフとロイズの死についてだ」
いつもの静かな声なのに、重さが違った。
続けて、視線が私に向けられる。
「そして――リーナ。お前も、この件で無関係じゃない」
言葉と同時に、レンの手がテーブルの上でぎゅっと拳を握りしめる。
その白い指先に、緊張がにじんでいた。
「ど、どういうこと……?」
胸がざわめき、思わず問い返す。
「これだ」
レンが懐から小さな手帳を取り出し、テーブルの中央へ静かに置いた。
擦り切れた黒革の表紙、角のほつれている。
「これ……まさか……」
ソーマが息を呑む。
「あの時、ゾルフの遺体から回収したものだ」
「ゾルフの……手帳……」
無意識にこぼれた私の声に、アレクが重く頷いた。
「先にレンから話は聞いていた。まずは――見てくれ」
アレクの低く落ち着いた声が、個室の静寂に沈んでいく。
手帳の表面には、血のような茶色い染みが残っていた。
誰も触れようとせず、ただその存在だけが、部屋の空気をさらに冷たくしていく。
アレクが椅子を引いて、立ち上がった。
「ああ。カイル、マリアを家まで送ってやれ。リーナは俺が送る」
「了解です隊長! マリアさん、責任を持ってお送りします!」
カイルが胸を張って敬礼すると、マリアがクスクス笑いながら手を振る。
そんな二人を見送りつつ、アレクがぼそり。
「悪いなカイル。俺とソーマはレンの見張りがあるんだ。……放っとくと“送り狼”になりかねんからな」
「お、送り狼!?」
その瞬間、ソーマがブッとジュースを吹いた。
「そ、そういえば隊長って“戦場の氷狼”って呼ばれてたよな……」
「今はどっちかというと“発情中の狼”だろ」
「おいソーマ」
レンが微笑んだが目が本気だ。
ソーマが青ざめて両手を振る。
「じょ、冗談だって!冗談!悪気はないって!!」
「ソーマ、あとで覚えてろ」
「ひぃ! カイル、お前は頑張れよ~! 爽やかに送って帰ってこいよ~!」
「はいっ!」
「みんな、またね~~!」
ワインでほんのり赤いマリアと、耳まで赤いカイルは、仲良く手をブンブン振りながら去っていった。
にぎやかだった“らくだ亭”の明かりと笑い声が遠ざかると、夜風がひやりと頬を撫でた。
通りに人影は少なく、石畳に灯るランタンの光が、ゆらゆらと揺れては消えていく。
静けさに包まれたのが、かえって心地よかった。
「――さて、俺たちも行くか」
アレクが短く声をかけ、私たち三人は歩き出した。
「アレク」
レンが横目でアレクを見た。何か、言葉にしない合図のような。
「ああ」
アレクは小さく頷くと、こちらを振り返った。
「二人とも、ちょっと寄っていきたい場所があるんだが……いいか?」
「私はいいけど……何だろ?」
「え、何か用事?」
ソーマが首をかしげる。
「まあ来ればわかる」
そんな会話をしながら連れてこられたのは、町外れにある古びた酒場だった。
看板の灯火はほとんど消えかけ、建物の前に置かれたランタンだけが頼りなく明滅している。
扉を押すと、きしむような音が響き、かすかに焦げた酒と古木の匂いが鼻をくすぐった。
「……ここ、営業してるの?」
「してる。常連しか来ねぇがな」
アレクは慣れた足取りでカウンターへ。
カウンターの奥には髭の濃い店主がいた。
眼光は鋭いが、どこか眠そうで、ゆっくりとこちらを見る。
「マスター、個室空いてるか?」
「おう……アレクか。珍しいじゃねぇか。まあ空いてる、奥使いな」
渋い低い声に、カウンターのグラスがかすかに揺れたように見えた。
「助かる。あと、俺とレンにはラム酒。ソーマと……こっちのお嬢ちゃんにはジュースでも」
アレクの無骨な注文に、マスターは鼻で笑いながら返す。
「ああ。後で持ってく」
奥の通路はさらに薄暗く、壁に掛けられたランタンがじんわり赤い光を広げていた。
個室は六畳ほどの狭い空間で、木の机と椅子がひとつ。
窓には重い布が掛かっており、外の光は一切入らない。
「……なんか、秘密基地みたい」
「そりゃそうだ。秘密の話をするための場所だからな」
アレクはそう言うと、持っていた小袋を開け、四隅に小さな石を置き始めた。
石は黒く、つやつやしていて、置かれた瞬間に空気が変わる。
「防音効果のある魔石だ。話が漏れないよう念のためにな」
「わざわざここまで来た理由って……」
「まあ、腰を落ち着けてからだ」
レンが静かに椅子を引きながら、私の方にちらりと目を向けた。
その目に、ただ事じゃない何かを感じて――私は息を飲む。
マスターがラム酒とジュースを静かにテーブルへ置き、無言で顎を引いて部屋を出ていった。
重い木の扉がギィ……と閉まり、最後に金具がかちりと音を立てた。
その瞬間、空気が変わる。
薄暗い個室に、沈黙がゆっくり降りてきた。
レンが深く息を吸い――口を開く。
「……集まってもらったのは、ゾルフとロイズの死についてだ」
いつもの静かな声なのに、重さが違った。
続けて、視線が私に向けられる。
「そして――リーナ。お前も、この件で無関係じゃない」
言葉と同時に、レンの手がテーブルの上でぎゅっと拳を握りしめる。
その白い指先に、緊張がにじんでいた。
「ど、どういうこと……?」
胸がざわめき、思わず問い返す。
「これだ」
レンが懐から小さな手帳を取り出し、テーブルの中央へ静かに置いた。
擦り切れた黒革の表紙、角のほつれている。
「これ……まさか……」
ソーマが息を呑む。
「あの時、ゾルフの遺体から回収したものだ」
「ゾルフの……手帳……」
無意識にこぼれた私の声に、アレクが重く頷いた。
「先にレンから話は聞いていた。まずは――見てくれ」
アレクの低く落ち着いた声が、個室の静寂に沈んでいく。
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