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【幻影鏡界 ―Church of GHOST―】
19.ヴァルハラの計画②
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「そして、もう一つの研究が君の言う装置……『ヴァルハラ』という仮称のついた装置の研究だ。端的に言えば、ヴァルハラとは魂を効率よく改造するための装置であり、それを使えば瞬時に一定範囲の魂を集め、改造し、また固着させることができるというとんでもないものだった」
「魂の集められる宮殿……」
ヴァルハラとは、確か北欧神話に登場するオーディンの宮殿だ。そこには死んだ戦士たちの魂が集められるとされている。
死者の魂を装置により纏めて処理できると言うなら、なるほどヴァルハラという名称がつくのも納得はできた。
但し、神話と違いその魂に安寧など訪れないのだろうが。
「僕らは常日頃からの実験と同じく、その機構も素晴らしい装置だと思い込むようにしていたけれど。……いい加減、認めていればよかったんだ。その装置がどれほど恐ろしいものなのかを」
「……マキバさん」
彼は悔しげにまぶたを強く閉じ、それを誤魔化すように眼鏡を押し上げる。
「鏡ヶ原のボーイスカウト企画が始まったのは、日下班にとある研究員が派遣されてからだった。どうみてもただの女の子にしか見えなかったあの研究員だが、彼女はやって来るなり一泊二日で子供たちを過ごさせる企画を僕に与えた。いつか実験のために被験者を募るが、表向きはボーイスカウトのような企画とするため。彼女はそう口にした。もちろん疑問は抱いたけど、その子は僕よりも上の階級だったし、結局僕たちに選択権もないからと素直に従ったんだ」
その少女とは、間違いなく俺たちの知る人物のことだ。
安藤蘭。全てを裏切り、闇の中へと消え去った女……。
「だけど……二年前。いよいよ臨床実験を行うという日になって、集められたのは……協力的な被験者では決してなかった。全員が全員、何の事情も知らない純粋無垢な子供たちだったんだよ」
「……誰もがただの宿泊行事だと思ってた。でもそれは、GHOSTの悪しき策略だったと……」
GHOSTの、と言うより安藤蘭が一から十まで計画したことだったのかもしれない。
人を騙し、優越感に浸りながら目的を達成する。あいつの性格はきっとそんな感じだ。
ついこの間までは、ただのお気楽女だと思っていたのだけれど。
「鏡ヶ原で使用されたのは、ヴァルハラの最終試験版……最低限の機能を備えた小型のものだった。それでも、一度装置を発動させれば半径数メートルに存在する生き物の魂を捕捉できるんだ。悍ましい、装置だったよ。
事実を知った僕は、それを見る勇気なんて持てなかった。参加する予定だった実験を欠席して、僕はただ一角荘で震えながら夜を明かした……」
GHOST内での権限を増やしていくには、研究の実績が重要だったという。
けれど、いよいよ直視せざるを得なかった現実は、あまりにも汚らしいもので。その中にまだ体を沈め続ける気には、とてもなれなかったわけだ。
「……あの事件が隠蔽されてすぐ、日下さんは研究を止め、施設を閉鎖してから行方を晦ました。落胆する職員もいたようだけど、僕はそれをありがたいと思ったよ。もう二度と関わるものか……遅すぎるけれど、そう誓ったんだ。こんな研究は誰も幸せにできないと」
「……あなたも、ヒカゲさんと同じ思いだったんですね」
「なのかな」
俺はヒカゲさんが残したメッセージから、あの人の思いを受け取っている。
だから、マキバさんのことも同じように思えた。
取り返しのつかない行為への後悔。
同情は難しかったが、その心情への理解はできた。
「平凡な暮らしに戻って、子どもも生まれて。人並みに幸せな家庭を築けてようやく。僕はもう、あの過去から脱することができたんだと……信じていたんだけれど」
「あなたが、ここへ来たのは……」
「全てを終わらせに。そう思ってくれればいいよ」
微かに窺えるのは、決意の眼差し。
ただ、それはどこか危うげというか、半ば諦め混じりな感情のようにも見えた。
彼は、もしかすると。
ここで自分の命が奪われる可能性を、予期していたのかもしれない……。
「ここに来たのは、僕とそう言う話をするために、だったんだね」
「ええ、まあ。シグレも機転を利かせてくれたんで」
「はは、修羅場を掻い潜ってきた感じがするよ。眠気も感じてないようだし」
「眠気……? まあ、こんな事態ですから」
そう言えば、事件前に強い眠気は確かに感じていたが。
……なるほど、そういう可能性もあるのか。
「ここにはもう目ぼしいものもないだろうし、話も終わった。ひとまず一角荘に戻ってもいいんじゃないかな。マコちゃんの様子も確かめたいしね」
「……そうですね」
上部だけの笑顔を向け、小屋から出ていこうとするマキバさんに、俺は一言だけ声をかける。
「マキバさん。話してくれて、ありがとうございます」
「……いや。いいんだよ」
彼は、今度は本物の笑みを――弱々しい笑みを浮かべる。
「君も色々と背負っているんだろう? 脱出しよう、必ず」
その言葉に、俺はしっかりと頷いた。
「魂の集められる宮殿……」
ヴァルハラとは、確か北欧神話に登場するオーディンの宮殿だ。そこには死んだ戦士たちの魂が集められるとされている。
死者の魂を装置により纏めて処理できると言うなら、なるほどヴァルハラという名称がつくのも納得はできた。
但し、神話と違いその魂に安寧など訪れないのだろうが。
「僕らは常日頃からの実験と同じく、その機構も素晴らしい装置だと思い込むようにしていたけれど。……いい加減、認めていればよかったんだ。その装置がどれほど恐ろしいものなのかを」
「……マキバさん」
彼は悔しげにまぶたを強く閉じ、それを誤魔化すように眼鏡を押し上げる。
「鏡ヶ原のボーイスカウト企画が始まったのは、日下班にとある研究員が派遣されてからだった。どうみてもただの女の子にしか見えなかったあの研究員だが、彼女はやって来るなり一泊二日で子供たちを過ごさせる企画を僕に与えた。いつか実験のために被験者を募るが、表向きはボーイスカウトのような企画とするため。彼女はそう口にした。もちろん疑問は抱いたけど、その子は僕よりも上の階級だったし、結局僕たちに選択権もないからと素直に従ったんだ」
その少女とは、間違いなく俺たちの知る人物のことだ。
安藤蘭。全てを裏切り、闇の中へと消え去った女……。
「だけど……二年前。いよいよ臨床実験を行うという日になって、集められたのは……協力的な被験者では決してなかった。全員が全員、何の事情も知らない純粋無垢な子供たちだったんだよ」
「……誰もがただの宿泊行事だと思ってた。でもそれは、GHOSTの悪しき策略だったと……」
GHOSTの、と言うより安藤蘭が一から十まで計画したことだったのかもしれない。
人を騙し、優越感に浸りながら目的を達成する。あいつの性格はきっとそんな感じだ。
ついこの間までは、ただのお気楽女だと思っていたのだけれど。
「鏡ヶ原で使用されたのは、ヴァルハラの最終試験版……最低限の機能を備えた小型のものだった。それでも、一度装置を発動させれば半径数メートルに存在する生き物の魂を捕捉できるんだ。悍ましい、装置だったよ。
事実を知った僕は、それを見る勇気なんて持てなかった。参加する予定だった実験を欠席して、僕はただ一角荘で震えながら夜を明かした……」
GHOST内での権限を増やしていくには、研究の実績が重要だったという。
けれど、いよいよ直視せざるを得なかった現実は、あまりにも汚らしいもので。その中にまだ体を沈め続ける気には、とてもなれなかったわけだ。
「……あの事件が隠蔽されてすぐ、日下さんは研究を止め、施設を閉鎖してから行方を晦ました。落胆する職員もいたようだけど、僕はそれをありがたいと思ったよ。もう二度と関わるものか……遅すぎるけれど、そう誓ったんだ。こんな研究は誰も幸せにできないと」
「……あなたも、ヒカゲさんと同じ思いだったんですね」
「なのかな」
俺はヒカゲさんが残したメッセージから、あの人の思いを受け取っている。
だから、マキバさんのことも同じように思えた。
取り返しのつかない行為への後悔。
同情は難しかったが、その心情への理解はできた。
「平凡な暮らしに戻って、子どもも生まれて。人並みに幸せな家庭を築けてようやく。僕はもう、あの過去から脱することができたんだと……信じていたんだけれど」
「あなたが、ここへ来たのは……」
「全てを終わらせに。そう思ってくれればいいよ」
微かに窺えるのは、決意の眼差し。
ただ、それはどこか危うげというか、半ば諦め混じりな感情のようにも見えた。
彼は、もしかすると。
ここで自分の命が奪われる可能性を、予期していたのかもしれない……。
「ここに来たのは、僕とそう言う話をするために、だったんだね」
「ええ、まあ。シグレも機転を利かせてくれたんで」
「はは、修羅場を掻い潜ってきた感じがするよ。眠気も感じてないようだし」
「眠気……? まあ、こんな事態ですから」
そう言えば、事件前に強い眠気は確かに感じていたが。
……なるほど、そういう可能性もあるのか。
「ここにはもう目ぼしいものもないだろうし、話も終わった。ひとまず一角荘に戻ってもいいんじゃないかな。マコちゃんの様子も確かめたいしね」
「……そうですね」
上部だけの笑顔を向け、小屋から出ていこうとするマキバさんに、俺は一言だけ声をかける。
「マキバさん。話してくれて、ありがとうございます」
「……いや。いいんだよ」
彼は、今度は本物の笑みを――弱々しい笑みを浮かべる。
「君も色々と背負っているんだろう? 脱出しよう、必ず」
その言葉に、俺はしっかりと頷いた。
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