8 / 176
第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
五話 いくつかの秘め事②
しおりを挟む
玄関ホールへ戻る廊下の途中、右に曲がった先でソウシのお姫様――ユリカちゃんに出くわした。
別にやましい気持ちなどはないが、すぐ後ろの部屋にソウシがいると思うと少し気まずい。
「や、ユリカちゃん」
軽く挨拶すると、彼女はペコリと頭を下げた。
「どうもです。……ハルナちゃんが楽しそうに話してくれたので付いてきたんですけど、ここって本当に霊が出るって噂の館なんですね」
「みたいだな。湯越さんも、霧夏邸のそんな噂に惹かれてここを購入したみたいだし」
「結構有名な話なんですよね。湯越郁斗という人のことは」
「近隣の住民には特に、な」
湯越郁斗。元々この町――伍横町に住んでいた資産家で、妻とは早くに離婚し、一人で娘を育てていたそうだ。
それが何故こんな邸宅を購入し、怪しげな噂が広まったかと言えば理由は一つ、娘の急逝のためだった。
「……娘の留美さんを交通事故で亡くされてから、湯越さんは精神を病んでしまい、いつしか霊的なものに救いを求めて研究をし始めた。具体的には、降霊術によってもう一度、娘の留美さんと話をするための研究を」
一人娘である留美を亡くし、孤独な身となってしまった湯越郁斗。
注いできた愛情が大きかったからこそ、娘が亡くなったことで空いてしまった心の穴もまた大きかったのだ。
……その気持ちは理解できる。
「突然娘が事故で死んだなんて相当なショックだったろう。おまけに事故だなんてさ。相手も死んだらしいし、怒りをぶつける矛先も定まらなかった。それで湯越という人は、狂った方向にその積もり積もった思いを発散させ始めた……」
「悲しい話ですね……」
「俺も湯越さんのようなことがあったら……同じ道を辿りそうだ」
俺がそう呟いてから、廊下はしんと静まりかえる。
その沈黙を嫌がるように、ユリカちゃんがまた口を開く。
「……ところで、その郁斗さんはどうなったんです?」
「それがさ、変死したらしいんだよ。この館の中で」
「変死、ですか……」
「ああ。理由は全く分かっちゃいないけど……留美さんの霊にでも会えて、一緒に旅立っていったのかもしれないな」
「だと、いい……んですかね」
良かったかどうか……それは湯越さんがどんな気持ちでいたかだ。
それで幸せになれたのなら、きっとハッピーエンドなのだろう。
「……すいません、長話になっちゃいましたね」
スマートフォンを取り出し、時間を見ながらユリカちゃんが言った。そして最初と同じようにペコリと頭を下げると、
「そろそろ食堂に行きますね。また」
そう言って、少し早足で歩き去っていくのだった。
怖い話が苦手だったのだろうかと思ったが、俺も腕時計で時間を確認してみると、もう六時半になろうかというところだった。
なるほど食堂に行かないと、ハルナが怒るかもしれない。
「……ん?」
俺もユリカちゃんの後を追おうとしたのだが、床に何かが落ちているのに気付く。さっきユリカちゃんが立っていた場所にあるので、恐らく彼女が落としたのだろう。
拾い上げてみると、それはポケットにも入るサイズの日記帳だった。彼女は几帳面にも日記をつけているようだ。
中身を読もうなどという好奇心はなかったのだが、日記帳をとりあえずポケットにしまおうとしたところで、中からスルリと紙切れが滑り落ちた。
「何だ……?」
どうやらそれは、新聞記事を切り抜いたもののようだった。日記帳の中にどうしてこんなものが挟まっているのかと今度こそ好奇心が沸いてしまい、俺は内容を確認してしまう。
記事の内容は、こんなものだった。
『**日午後五時頃、**県伍横町の路上で、主婦の河南洋子さん(35)が、背後から刃物を持って走ってきた少年に足を刺された。それを近くの住民が通報、洋子さんは病院へ運ばれた。
警察は同日、現場近くで刃物を所持している少年を発見、逮捕した。少年は容疑を認めているという。
洋子さんは全治一ヶ月の重傷。後遺症が残る可能性もある。……』
「これは……四年前の事件記事だな。河南洋子さん……か」
四年前にこの町で起きた事件……それは新聞記事としては小さなものではあるけれど、河南家にとっては決して小さなものではなく。
彼女がこうして肌身離さず持っているほど、今もなお心の大部分を占める事件で。
普段は物静かな彼女の、隠された一面を覗き見た気になって、少し罪悪感があった。
……いや、俺はそういうことを結構している節があるのだけれども。
「……ふう。とりあえず食堂に行かなくちゃな」
ユリカちゃんに日記帳を返さないといけないし、ハルナに怒られるわけにもいかない。俺はすぐに気持ちを切り替えて、食堂に向かい歩いていった。
別にやましい気持ちなどはないが、すぐ後ろの部屋にソウシがいると思うと少し気まずい。
「や、ユリカちゃん」
軽く挨拶すると、彼女はペコリと頭を下げた。
「どうもです。……ハルナちゃんが楽しそうに話してくれたので付いてきたんですけど、ここって本当に霊が出るって噂の館なんですね」
「みたいだな。湯越さんも、霧夏邸のそんな噂に惹かれてここを購入したみたいだし」
「結構有名な話なんですよね。湯越郁斗という人のことは」
「近隣の住民には特に、な」
湯越郁斗。元々この町――伍横町に住んでいた資産家で、妻とは早くに離婚し、一人で娘を育てていたそうだ。
それが何故こんな邸宅を購入し、怪しげな噂が広まったかと言えば理由は一つ、娘の急逝のためだった。
「……娘の留美さんを交通事故で亡くされてから、湯越さんは精神を病んでしまい、いつしか霊的なものに救いを求めて研究をし始めた。具体的には、降霊術によってもう一度、娘の留美さんと話をするための研究を」
一人娘である留美を亡くし、孤独な身となってしまった湯越郁斗。
注いできた愛情が大きかったからこそ、娘が亡くなったことで空いてしまった心の穴もまた大きかったのだ。
……その気持ちは理解できる。
「突然娘が事故で死んだなんて相当なショックだったろう。おまけに事故だなんてさ。相手も死んだらしいし、怒りをぶつける矛先も定まらなかった。それで湯越という人は、狂った方向にその積もり積もった思いを発散させ始めた……」
「悲しい話ですね……」
「俺も湯越さんのようなことがあったら……同じ道を辿りそうだ」
俺がそう呟いてから、廊下はしんと静まりかえる。
その沈黙を嫌がるように、ユリカちゃんがまた口を開く。
「……ところで、その郁斗さんはどうなったんです?」
「それがさ、変死したらしいんだよ。この館の中で」
「変死、ですか……」
「ああ。理由は全く分かっちゃいないけど……留美さんの霊にでも会えて、一緒に旅立っていったのかもしれないな」
「だと、いい……んですかね」
良かったかどうか……それは湯越さんがどんな気持ちでいたかだ。
それで幸せになれたのなら、きっとハッピーエンドなのだろう。
「……すいません、長話になっちゃいましたね」
スマートフォンを取り出し、時間を見ながらユリカちゃんが言った。そして最初と同じようにペコリと頭を下げると、
「そろそろ食堂に行きますね。また」
そう言って、少し早足で歩き去っていくのだった。
怖い話が苦手だったのだろうかと思ったが、俺も腕時計で時間を確認してみると、もう六時半になろうかというところだった。
なるほど食堂に行かないと、ハルナが怒るかもしれない。
「……ん?」
俺もユリカちゃんの後を追おうとしたのだが、床に何かが落ちているのに気付く。さっきユリカちゃんが立っていた場所にあるので、恐らく彼女が落としたのだろう。
拾い上げてみると、それはポケットにも入るサイズの日記帳だった。彼女は几帳面にも日記をつけているようだ。
中身を読もうなどという好奇心はなかったのだが、日記帳をとりあえずポケットにしまおうとしたところで、中からスルリと紙切れが滑り落ちた。
「何だ……?」
どうやらそれは、新聞記事を切り抜いたもののようだった。日記帳の中にどうしてこんなものが挟まっているのかと今度こそ好奇心が沸いてしまい、俺は内容を確認してしまう。
記事の内容は、こんなものだった。
『**日午後五時頃、**県伍横町の路上で、主婦の河南洋子さん(35)が、背後から刃物を持って走ってきた少年に足を刺された。それを近くの住民が通報、洋子さんは病院へ運ばれた。
警察は同日、現場近くで刃物を所持している少年を発見、逮捕した。少年は容疑を認めているという。
洋子さんは全治一ヶ月の重傷。後遺症が残る可能性もある。……』
「これは……四年前の事件記事だな。河南洋子さん……か」
四年前にこの町で起きた事件……それは新聞記事としては小さなものではあるけれど、河南家にとっては決して小さなものではなく。
彼女がこうして肌身離さず持っているほど、今もなお心の大部分を占める事件で。
普段は物静かな彼女の、隠された一面を覗き見た気になって、少し罪悪感があった。
……いや、俺はそういうことを結構している節があるのだけれども。
「……ふう。とりあえず食堂に行かなくちゃな」
ユリカちゃんに日記帳を返さないといけないし、ハルナに怒られるわけにもいかない。俺はすぐに気持ちを切り替えて、食堂に向かい歩いていった。
0
あなたにおすすめの小説
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
カーマン・ライン
マン太
BL
辺境の惑星にある整備工場で働くソル。
ある日、その整備工場に所属不明の戦闘機が不時着する。乗っていたのは美しい容姿の青年、アレク。彼の戦闘機の修理が終わるまで共に過ごすことに。
そこから、二人の運命が動き出す。
※余り濃い絡みはありません(多分)。
※宇宙を舞台にしていますが、スター○レック、スター・○ォーズ等は大好きでも、正直、詳しくありません。
雰囲気だけでも伝われば…と思っております。その辺の突っ込みはご容赦を。
※エブリスタ、小説家になろうにも掲載しております。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる