【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

文字の大きさ
46 / 176
第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】

四十三話 真相③

しおりを挟む
「う……そ……」

 流れ込んできた記憶に。
 この上ない殺人の告発に。
 ハルナは恐ろしいものを見るようにマヤを見つめ、そのまま後退った。

「……ふ」

 俯いていたマヤが、耐え切れなくなったように口を開く。

「くふふ……あははははッ!」
「マヤ、くん……」

 狂ったような哄笑。
 俺とハルナが黙り込む中で、マヤはしばらくの間笑い続けていた。

「はあ……いやあ、まさかこんな風に証拠を見せつけられるとは。なるほど、人殺しには罰を……そうか……」

 あの声の真意をようやく理解したマヤは、納得して何度も頷くと、

「ミツヤ、お前の言う通りだよ。ナツノちゃんを殺したのは――この僕だ」
「そん、な……」
「あははは……!」
「何がおかしいッ!」

 耳障りなその嗤い声を黙らせたくて、俺はマヤの襟元を掴み上げた。
 マヤは息を詰まらせ、苦し気に咳き込む。

「ミツヤくん、ダメ!」

 ハルナが俺の傍まで駆け寄ってきて、か細い腕で俺の腕を下ろそうとしてきた。
 ……仕方なく、俺はマヤを解放してやる。

「げほっ……ふふ、だってさ。こんなおかしいことってある? まさか殺したナツノちゃん自身に告発されるだなんて。あれから三年も経って……全部湯越郁斗のせいに出来ると思っていたのに、まさか……こんなねえ」

 マヤはふらふらと、俺たちから距離をとる。
 背後を意識しないまま、一歩、二歩と下がっていく。
 そう。
 それでいい。

「……ふふふ。あはははははッ!」

 その笑い声を。
 俺は二度と上げられなくしてやるため、ここへ来たんだ――。

「駄目ッ!」

 あともう少しというところで。
 異変に気付いたハルナが無我夢中で飛び出し、マヤを跳ね飛ばした。

「うわッ」

 その直後。
 マヤが立っていた場所に、死神の鎌のような一閃が駆け抜けたのだった。
 それは他ならぬ、ナツノの悪霊。
 あの日無残にも、マヤに命を散らされた彼女の霊だった。

「ナツノ、ちゃん……」
「ナツノ!」

 声は届くはずもなく。
 マヤを殺し損ねた彼女は気が変わったのか、追撃をせずにふわりと消えていく。
 後を追いかけようとしたけれど、間に合うはずもなかった。

「……ハルナ」
「痛たた……」

 無茶な体当たりをしたせいで、ハルナはほとんど受け身もとれず床に倒れていた。
 腕を擦りながら起き上がる彼女に申し訳なさを感じながらも、俺は努めて冷たい言葉を口にする。

「どうしてそいつを助けたんだよ」
「どうしてって、当たり前じゃない。殺されちゃうところだったのよ?」
「そいつはナツノを殺した奴だ。ナツノに殺される。それは当然の報いじゃねえかよ……」
「当然の報い……?」

 ハルナは意味が分からない、という風に眉をひそめた。

「ふふ……そうだよ。僕は、ナツノちゃんを殺したんだ。だから……別にいいのに。殺されたって当然の男なのに――」

 ピシャリと。
 乾いた音がホールに響いた。
 その大きな音に俺は一瞬、驚いたが。
 それはハルナが、マヤの頬を張った音だった。

「なに言ってるの? 殺されるのが当然の報いだなんて甘ったれないで。それで罪を償えると思ったら大間違いなんだから」
「……あ……」

 頬を押さえたまま、ショックで何も言えなくなっているマヤに、ハルナは更に続けて言う。

「生きて、罪を償いなさい。サツキちゃんだってそうしようとしたでしょうが。殺されて許される罪なんて、あるわけないんだから……」
「……僕、は……」

 茫然自失のマヤをそのままにして、ハルナは俺を睨みつけてきた。
 その眼差しは、俺が彼女を守ったときに向けてくれたものとはまるで違って、射竦められるような鋭いもので。

「……ミツヤくんは、降霊術よりも前から犯人の見当がついてたんだよね。じゃあ……ミツヤくんはこのためにナツノちゃんを呼び出したのね? マヤくんに復讐する……いや、させるために」
「……その通りだ。俺は、ナツノに恨みを晴らしてもらいたくて……降霊術を使った。彼女にマヤが犯人であることを告発してもらって……それから、殺させてあげようと思っていた」

 それこそが、俺が霧夏邸にやって来たただ一つの理由だった。
 殺人犯であるマヤを、殺されたナツノ自身に殺してもらう。
 完璧な復讐。そのための計画――。

「そんなの駄目だよ。ミツヤくんは分かってるでしょ? そんなことしたら、マヤくんのように人殺しになっちゃうのよ? ……ううん、もし今ナツノちゃんの霊がマヤくんを殺してたなら。ミツヤくんはナツノちゃんを人殺しにするところだったんだからね?」

 その言葉に、ハッとさせられた。
 俺が……ナツノを人殺しにしてしまうところだった?
 ああ……考えてみればそんなの、当たり前のことなのに。
 俺は俺自身の悔恨に目を曇らせて。
 酷く当たり前のことにすら、気付かなくなっていた……。

「復讐したい……そう思う気持ちは分かるよ。ナツノちゃんは私達の大切な親友で、そしてミツヤくんの……恋人だったんだから。だけどね? ミツヤくんやナツノちゃんがマヤくんを殺してしまったら……二人も罪を背負わなくちゃいけないし、マヤくんだって罪を背負ったまま、死ななくちゃならないじゃない。そんなのって、あまりにも救いがないよ……」
「ハルナ……」

 俺は、馬鹿だ。
 霧夏邸に来て、閉じ込められて。
 仲間たちの色んな罪や涙と向き合ってきたというのに。
 自分自身の罪深さには、まるで気付かずに。
 ハルナが止めてくれなければ、取り返しのつかない結末を生んでしまうところだった。
 今なら、ソウシの忠告が身に染みて分かる。
 復讐など結局、悲劇の最後を飾るだけでしかない……。

「……ごめん。俺は大馬鹿者だ。怒りに呑まれて……全然、何も見えなくなってたんだ。本当に、ごめん……」
「……いいよ。だって、大切な人だったんだから。とっても大切な……」

 恋人であること。
 ハルナもそれを、理解してくれていた。
 彼女の言葉はちょっとだけ寂しそうだったけれど……俺に怒るようなことは、もうなかった。

「……マヤくん。あなたはナツノちゃんを殺した罪から逃げちゃいけない。逃げようとなんてしたら……私は絶対に貴方を許さないわ」

 強い言葉で、ハルナはマヤに言い聞かせる。

「いい? きっちりと生きて。そして、人ひとりを殺めた罪を少しずつ償っていくのよ」
「……そんなこと、言われたって。僕には……辛過ぎるよ」
「そりゃ、辛くて当たり前よ。だってそれが、罪を犯すということなんだから」

 ハルナは、マヤに手を差し伸べる。
 ちょうど音楽室で……サツキに向けてそうしたように。

「サツキちゃんも、帰って罪を償うって決心したの。マヤくん、あなたも頑張ってよ。あなたはまだ、こうして生きているんだから……」

 これが……ハルナなんだな、と思う。
 彼女は、いつだって誰かの心を救ってきた、そういう存在なんだ。

「……ナツノちゃんは、この屋敷の中庭に眠ってる」

 俯いたままのマヤが、ポツリとそう呟いた。
 差し伸べたハルナの手は掴まなかったけれど、彼だけが持つ真実を俺たちに伝えてくる。

「湯越郁斗に罪を被せるため、……僕はナツノちゃんの体をそこへ埋めたんだよ」
「……中庭ね。屋敷の中であれば、死体が見つかっても湯越郁斗がやったことだと誰もが思う……そう考えたわけだ」
「……うん。黒い噂が広まっていたから」

 中庭。
 そこにナツノの遺体が、眠っている。

「きっと僕なんかが許されることはないんだろうけど……そうだよね。僕だけ逃げたって、あの子はこのままだと、永遠に苦しみ続けなくちゃいけないんだ」

 そう言うと、マヤはようやく顔を上げ、それから懇願するような目で俺たちを見つめた。

「……どうか、ナツノちゃんを救ってあげて。あの子が待ってるのは僕じゃなくて、君たち二人なんだから。ずっと昔から通じ合っていた、君たちしかいないんだから……」
「……ああ、俺たちがあいつを救いに行く。だから死なないように待ってろ。その命はきっと……お前だけが自由にできるものじゃないんだ」

 様々な感情を呑み込んで、俺はマヤにそう告げた。
 マヤはさめざめと泣きながら、何度も何度も、謝罪を繰り返すのだった。

「……ごめんね、二人とも。ごめんね……ナツノちゃん……」

 俺はもう、その声を耳障りだとは、思わなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...