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Fifth Chapter...7/23
あの日の家族
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真っ暗闇の中に、僕は独りぼっちで立ち竦んでいた。
指一本動かせず、逃げ出すことも出来ない。
状況を理解出来ないまま、ただがむしゃらに、体に力を込めて動かそうとしていたとき。
目の前に、突然女の子が現れた。
河野理魚だった。
彼女は、音もなく、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。それは、歩くというよりもむしろ、滑るような感じで。
長髪が顔全体を覆い、表情はまるで見えない。けれど、不気味さだけはひしひしと感じられる。
僕は、目を逸らしたくなるのだが、眼球すらも全く動かすことが出来なくて。彼女がただ、静かに迫って来るのを見つめることしか出来なくて。
そして、とうとう僕の目の前までやってきた彼女が、ゆっくりと、その髪を掻き分け。
真っ赤な、
真っ赤な両目で、僕を睨んで。
嗤った。
狂ったように、ひたすらに、嗤った――。
*
「わあッ」
思わず叫び声を上げながら、僕はベッドから跳ね起きた。
今のは……ただの、悪い夢か。
「……はあ」
額に手をやると、汗がじっとりと滲んでいる。心臓は、まだバクバクと大きな音を立てていた。
目を閉じればまだ、鮮明に蘇る。黒髪の間から覗いた、おぞましい赤の双眸。人を死に至らしめるような、恐怖の赤眼……。昨日、雨の中見たそれは、やはり僕の頭の中に残り続け、こうして悪夢にまでなってしまったようだ。
理魚ちゃんは……どうしてあんな目の色を、していたのだろう。
どうして、あんな場所にいたのだろう。
それも分からないし、何より、鬼封じの池のことも分からない。
昨日あった一切のことが、僕には理解できなかった。
「……起きよう」
ずっと引き摺っていても仕方がない。そう思うことにして、僕は痛む頭を振り、ベッドから起き上がった。カーテンを引いて外を見ると、曇天ではあるものの、夜中まで降っていた雨はもう上がっていた。
着替えを済ませ、僕は部屋を出る。そして、両親の寝室を過ぎて、階下へと。
……本当は、ここにはもう一つ、部屋があるはずだった。
僕の、妹の部屋だ。
忘れようと努めた名前。忘れようと努めた姿。
けれど、そんな努力も殆ど無駄で。
今でもまだ、彼女が僕の心から消えることはない。
真智田理緒。それが、僕の妹の名前で。
そして、どういう偶然か、あの河野理魚という少女は、妹にとても良く似ていた。
理緒を忘れられない理由の一つは、間違いなくあの少女なのだけど。
それを嘆いたところで、どうしようもない。
だから、せめてなるべく関わらずに過ごしていこうと考えていたのに。
昨日は、あんな奇妙なことになってしまった。
「……はあ、駄目だな」
嫌なことを考えないようにする、というのは、人間の最も苦手なことじゃないだろうかと思う。
少なくとも、僕には難しい、問題だった。
リビングに行き、いつもの席に着いて、母さんの美味しい朝食を食べる。そんな瞬間でも、やはり頭の中はぐるぐると色んなことが渦巻いていて。
その朝は朝食を食べきるのに、いつもより長く時間がかかってしまった。
「大丈夫? 試験、緊張してるの?」
母さんからそう心配され、僕は大丈夫だよ、と答える。実際、試験については大して不安はなかった。
でも、それ以上の不安の数々が、頭をもたげている。
――今日は試験だけど、あの子は来るのだろうか。
そんなこともまた、不安だった。
真智田理緒。今も消えない、昏い幻影。
彼女は、家族を崩壊させて死んでいった、傷だらけの妹だった。
指一本動かせず、逃げ出すことも出来ない。
状況を理解出来ないまま、ただがむしゃらに、体に力を込めて動かそうとしていたとき。
目の前に、突然女の子が現れた。
河野理魚だった。
彼女は、音もなく、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。それは、歩くというよりもむしろ、滑るような感じで。
長髪が顔全体を覆い、表情はまるで見えない。けれど、不気味さだけはひしひしと感じられる。
僕は、目を逸らしたくなるのだが、眼球すらも全く動かすことが出来なくて。彼女がただ、静かに迫って来るのを見つめることしか出来なくて。
そして、とうとう僕の目の前までやってきた彼女が、ゆっくりと、その髪を掻き分け。
真っ赤な、
真っ赤な両目で、僕を睨んで。
嗤った。
狂ったように、ひたすらに、嗤った――。
*
「わあッ」
思わず叫び声を上げながら、僕はベッドから跳ね起きた。
今のは……ただの、悪い夢か。
「……はあ」
額に手をやると、汗がじっとりと滲んでいる。心臓は、まだバクバクと大きな音を立てていた。
目を閉じればまだ、鮮明に蘇る。黒髪の間から覗いた、おぞましい赤の双眸。人を死に至らしめるような、恐怖の赤眼……。昨日、雨の中見たそれは、やはり僕の頭の中に残り続け、こうして悪夢にまでなってしまったようだ。
理魚ちゃんは……どうしてあんな目の色を、していたのだろう。
どうして、あんな場所にいたのだろう。
それも分からないし、何より、鬼封じの池のことも分からない。
昨日あった一切のことが、僕には理解できなかった。
「……起きよう」
ずっと引き摺っていても仕方がない。そう思うことにして、僕は痛む頭を振り、ベッドから起き上がった。カーテンを引いて外を見ると、曇天ではあるものの、夜中まで降っていた雨はもう上がっていた。
着替えを済ませ、僕は部屋を出る。そして、両親の寝室を過ぎて、階下へと。
……本当は、ここにはもう一つ、部屋があるはずだった。
僕の、妹の部屋だ。
忘れようと努めた名前。忘れようと努めた姿。
けれど、そんな努力も殆ど無駄で。
今でもまだ、彼女が僕の心から消えることはない。
真智田理緒。それが、僕の妹の名前で。
そして、どういう偶然か、あの河野理魚という少女は、妹にとても良く似ていた。
理緒を忘れられない理由の一つは、間違いなくあの少女なのだけど。
それを嘆いたところで、どうしようもない。
だから、せめてなるべく関わらずに過ごしていこうと考えていたのに。
昨日は、あんな奇妙なことになってしまった。
「……はあ、駄目だな」
嫌なことを考えないようにする、というのは、人間の最も苦手なことじゃないだろうかと思う。
少なくとも、僕には難しい、問題だった。
リビングに行き、いつもの席に着いて、母さんの美味しい朝食を食べる。そんな瞬間でも、やはり頭の中はぐるぐると色んなことが渦巻いていて。
その朝は朝食を食べきるのに、いつもより長く時間がかかってしまった。
「大丈夫? 試験、緊張してるの?」
母さんからそう心配され、僕は大丈夫だよ、と答える。実際、試験については大して不安はなかった。
でも、それ以上の不安の数々が、頭をもたげている。
――今日は試験だけど、あの子は来るのだろうか。
そんなこともまた、不安だった。
真智田理緒。今も消えない、昏い幻影。
彼女は、家族を崩壊させて死んでいった、傷だらけの妹だった。
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